二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

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ポケットモンスターBW *道標の灯火*
日時: 2020/09/15 16:16
名前: 霧火# (ID: HEG2uMET)

初めまして、霧火と申します。

昔からポケモンが好きで、今回小説を書こうと思いました。
舞台はポケットモンスターブラック・ホワイトの世界です…と言っても舞台はゲーム通り
イッシュ地方ですが、時間軸はゲームの【数年前】でオリジナル・捏造の要素が強いです。
そして、別地方のポケモンも登場します。Nとゲーチスは出ないかもしれません(予定)。


!注意事項!
   ↓
1.本作のメインキャラは【最強】ではありません。負ける事も多く悩んだりもします。
2.書く人間がお馬鹿なので、天才キャラは作れません。なんちゃって天才キャラは居ます。
3.バトル描写や台詞が長いので、とんとん拍子にバトルは進みません。バトルの流れは
 ゲーム<アニメ寄りで、地形を利用したり攻撃を「躱せ」で避けたりします。
4.文才がない上にアイデアが浮かぶのも書くペースも遅いため、亀先輩に土下座するくらい
 超鈍足更新です。
 3〜4ヵ月に1話更新出来たら良い方で、その時の状態により6ヵ月〜1年掛かる事があります。
 申し訳ありません。


新しいタイトルが発表されてポケモン世界が広がる中、BWの小説は需要無いかもしれませんが
1人でも多くの人に「面白い」「続きが気になる」と思ってもらえるよう精進致しますので、
読んでいただけたら有り難いです。

**コメントをくれたお客様**

白黒さん パーセンターさん プツ男さん シエルさん
もろっちさん 火矢 八重さん かのさん さーちゃんさん

有り難うございます。小説を書く励みになります++


登場人物(※ネタバレが多いのでご注意下さい)
>>77

出会い・旅立ち編
>>1 >>4 >>6 >>7 >>8 >>12 >>15
サンヨウシティ
>>20 >>21 >>22 >>23
vsプラズマ団
>>26 >>29 >>30 >>31
シッポウシティ
>>34 >>35 >>39 >>40 >>43 >>46 >>47 >>48 >>49 >>50 >>51 >>52 >>55 >>56
ヒウンシティ
>>65 >>66 >>67 >>68 >>69 >>70 >>71 >>72 >>75 >>76 >>78 >>79
ライモンシティ
>>80 >>82 >>83 >>88 >>89 >>90 >>91 >>94 >>95 >>98 >>99 >>100 >>101 >>102 >>103 >>106 >>116 >>121 >>122 >>123 >>126 >>127 >>128 >>130 >>131 >>134 >>137 >>138 >>141 >>142 >>143 >>144 >>145 >>148
>>149 >>150 >>151
修行編
>>152 >>153 >>155 >>156 >>157 >>160 >>163 >>166 >>167 >>168 >>169 >>170 >>171 >>173 >>174 >>175 >>176 >>177 >>178 >>180 >>182 >>183
>>185 >>187


番外編(敵side)
>>188

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Re: 101章 見た目ほど甘くない ( No.185 )
日時: 2018/08/22 23:10
名前: 霧火 (ID: 0XgF3gtW)

「それじゃあ1対1のバトルを始めよう」
「…ええ、そうね……」

一通りリオを弄って満足したのかレイドはほくほく顔だ。
一方弄り倒されたリオはげっそりしていて疲労困憊といった様子だ。

しかし大きく深呼吸して気持ちを切り替えると、リオは鼻歌交じりに指先でボールを回しているレイドを
じっくり観察する。


(逮捕された大人達のポケモンは皆、氷漬けにされていた。
レイドが遺跡で出したのは氷タイプのポケモンか、氷技が使えるポケモンで間違いないわね)


しかしレイドが同じポケモンを出す可能性は低いので、氷に対抗出来るという理由で
ヒトモシを出すのは軽率だ。


なにより──


(木に囲まれた場所だと全力を出し辛い)


万が一1本にでも火が点けば、周りの木々にあっという間に燃え移ってしまうだろう。
そうなるとバトルどころの話ではないし、入口近くに川が流れているとはいえ消火に時間が掛かってしまう。
最悪ジュンサーさんを始めとした沢山の人に迷惑を掛け、1日で2度…それかもっと怒られる羽目になる。


(い、色んな意味でヒトモシは避けた方が良いわね。なら…)


ここは身軽さを活かした戦いが出来るチラーミィか、飛行戦を得意とするバルチャイを出すのが無難──


「決めた!貴方に任せるわ!」

考えた末にリオは腰のベルトにセットされたモンスターボールを1つ手に取り、宙に投げる。
開閉音の後に現れたポケモンにレイドは数秒固まり、そして苦笑した。


「君のポケモンを把握してるわけじゃないけど、まさか……



 シビシラスを出すとは思わなかったよ」


そう、リオが出したのはチラーミィでもバルチャイでもなく、シビシラスだった。


「てっきりヒトモシで来ると思ったんだけど、シビシラス…ね」
「何を考えてるか大体想像つくけど、甘く見ちゃダメ。この子、可愛いだけじゃなくって凄いんだから」

表情を変えないシビシラスの代わりにリオが怒って文句を言うと、レイドは小さく笑った。


「…確かに猪突猛進な君のポケモンだから、普通のシビシラスより厄介そうだ」
「ちょっと聞き捨てならない単語があったんだけど」
「そこは聞き流しなよ。バトル時間が短くなっても良いの?」

ぐっと押し黙ったリオを鼻で笑い、レイドは未だに回っているボールを見遣る。


「君がシビシラスなら…うん、このままで良いか」

レイドは頷きボールを下から指で押し上げた。

ボールが開くと、氷が混じった冷たい風がリオの頬を撫でた。


『プッチ!』

現れたのは美味しそうな真っ白なソフトクリーム……否、それに似た外見のポケモン──
新雪ポケモンのバニプッチだ。


「じゃあ始めようか。バニプッチ、凍える風」
「急降下!」

浮いているシビシラス目掛けて広範囲に吐き出された冷気は、シビシラスが地面スレスレまで急降下する事で回避する。

シビシラスの方がバニプッチより素早いみたいだ。


「スパーク!」

シビシラスは電気を纏うとUの字を描く様に急上昇してバニプッチに突進、下から突き上げられた
バニプッチは数m上空へ吹っ飛ばされる。

しかし、それはシビシラスも同じだった。

攻撃を受けた時にバニプッチは小さな手でシビシラスを掴んでいたのだ。


「この距離なら外さない。凍える風」
「…電磁波!」

互いの技が命中し、冷気と電気が辺りに広がる。
リオがそっと目を開けると、身体に霜が付いたシビシラスと動きが鈍くなったバニプッチが居た。


(攻撃しないで正解だったわね…)


《凍える風》は確実に素早さを下げる技だ。
それならば密着時は攻撃のチャンスだが、こちらも相手の素早さを下げた方が効率的だと思った。


(麻痺で動きが鈍れば攻撃も防御もしやすいし)


「でも可愛いからって甘く見ちゃダメ、よね」


リオは冷気で頬に張り付いた毛先を退けて、両手で頬を叩いて気合いを入れる。


「チャージビーム!」

シビシラスの口から電気の帯が放たれた時に、バニプッチの手の中にヒメリの実くらいの小さな物から、
大きい物だと拳サイズの氷塊が幾つか生成されているのが見えた。


(先にシビシラスの攻撃が当たる。良い具合に麻痺が効いて…)


「氷の礫」


…る、とリオが思った時には既に。

バニプッチの手の中にあった全ての氷塊がシビシラスに命中していた。


「………は?」

状況が理解出来ずに呆然とするリオだったが、シビシラスが川に落ち、水柱が立った事で我に返る。
氷塊は衝撃で粉々に砕けて、一部を地面に残してあとはシビシラスと一緒に川に落ちた。


「シビシラス!大丈夫っ!?」

焦ったリオの声に川から勢い良くシビシラスが飛び出した──全身びしょ濡れだ。
地面を濡らしながらリオの顔の横に移動すると、シビシラスは全身を振るわせて水飛沫を飛ばした。
当然リオの服にも顔にも飛沫は飛ぶわけで…シビシラス程では無いにしろ、リオも多少濡れてしまった。


「慢心するな、集中しろって事よね?ごめん、シビシラス。ありがとう」

リオの言葉に、すり、と頬擦りしてシビシラスはバニプッチの居る所へ向かう。
濡れて重くなり、少し色を変えたリオのパーカーにレイドは気の毒そうに目を細める。


「……服を取りに行く時間くらいあげるけど?」
「大丈夫!」

にっと笑って、リオはパーカーを脱いで腰に結びつけた。
ぎょっとするレイドとは対照的に、リオはキャミソール姿になった事で涼しさを肌で感じて頬を緩める。


「さてと!シビシラスに喝を入れて貰ったし、絶対に負けないわよ!」
「君って……ま、良いや。バニプッチの冷気で風邪ひかないでよ?」
「ご心配なく!熱いバトルで寒さなんて吹き飛ばしちゃうんだから!」


笑い合って、2人と2匹は動いた。

Re: 102章 霧不断の香を焚く ( No.187 )
日時: 2019/04/27 15:45
名前: 霧火 (ID: dY5SyZjq)

「氷の礫」

最初の時よりも速く、多く放たれる礫。
しかし短時間で多くの礫を生成する分、礫の精度は低くなるらしい。


(1つ以外、大きさも厚さも鋭さも無い!)


「チャージビーム!」

豆粒サイズの丸みがある薄い礫に混じって飛んで来たテニスボールくらいの礫に向かって
シビシラスは攻撃を放つ。

ど真ん中に放たれた電気の帯は礫を砕き、氷は四方八方に飛び散るかと思われた。


だが──


(砕けない!?)


リオの予想に反して氷は電気を通し難いのかすぐに壊れず、ただ鈍く光るだけだった。


「攻撃中断、躱して!」

シビシラスと礫の距離はまだある、しかし先程の事もありリオはシビシラスに回避を命じた。
リオの判断は悪くなければ遅くもなかった。
にも拘らず、躱そうとシビシラスが体に力を入れた時には既に礫は真横を通り過ぎていた。


(あっぶな…!)


礫を破壊する事は叶わなかったが、攻撃で軌道をずらす事には成功したらしい。
礫により滝は割れ、その衝撃で大きな水音の後に水が跳ねて来た。
その勢いは地面を削る程に凄く、地面を見下ろすリオの顔が強張った。


「1つ大きな礫を作れば君は他を無視してそれだけに攻撃する。だから強度を上げさせて貰ったよ」
「やってくれるじゃない。それに礫のこの速さ…やっぱり、」
「そう、先制技だよ」


(でも、こんなに速いなんて…!)


そのスピードは、ピッチングマシンから放たれる硬球の様に速かった。
それでも普段ならその速度を逆手に取ったり、ポケモン達の目となりサポートに徹するのだが──


「視界が悪いわね…!」

吐き出されたリオの息はとても白かった。

それはこの森も同じで暖かく湿った空気とバニプッチが吐く冷気が混ざり合い、
更に下方に溜まった冷気が入口近くの川に移動した為、何時しか濃霧が発生していた。
スモッグと違って人体に影響が無いのは救いだが、バニプッチが居る限り霧が晴れる事は無いし、
こうも白くてはバニプッチの姿を捉え難い。


「やっぱり他のポケモンの方が良かったんじゃない?」

耳を澄まし、目を凝らしてバニプッチを探すリオに呆れたレイドの声が響く。
レイドの姿もこの濃霧で完全に見えなくなっていた。


「ヒトモシなら相手の生命エネルギーを辿って、バルチャイなら風で霧を払ってバニプッチを
 見付けられるから、この状況を打破出来たと思うんだけど」
「…ヒトモシの事をよ〜く知ってるのね」

初めて出会った時に語ったバルチャイのオムツ型の骸骨の事と言い、レイドはポケモンの知識が豊富の様だ。

だからこそシビシラスでは無謀だと言いたいのだろう。


「でも、知識だけで私のポケモン達を測って欲しくないわね」


シビシラスだから駄目とか、そんな風に決めつけられたくない。
修行しても技を全く覚えないシビシラスに不安を覚えたりもしたけど、それも最初だけ。
今では持ち前の我慢強さでリオやヒトモシ達を救ってくれる頼れる存在だ。


「凍える風」

リオの言葉に何の反応もせずレイドは攻撃を指示した。
こちらが指示する間もなく右斜め上からマイナス50℃の冷たい風がシビシラスに襲い掛かる。
一瞬霧が晴れてレイドとバニプッチの位置を確認出来たが、すぐに新たな霧が発生して
姿が見えなくなってしまう。


「そう言うなら、バニプッチを負かして僕の考えを正してみてよ。無理だと思うけどさ」
「その言葉、絶対に撤回してもらうんだから!」
「大口叩くのはまず《氷の礫》を破ってからにしたら?」

レイドの言う通り、1番の脅威はその技だ。
最大パワーだと四方八方に放出される《チャージビーム》なら複数の礫を破壊出来るかもしれないが、
最大限の力というのはそう簡単に出せる物では無い。
自身の奥底に眠っている力を引き上げるには力を溜める等の準備と集中力が必要であり、
どうしても時間が掛かってしまう。

今までは運が良かったのか、そういった時間を確保出来る相手ばかりだった。


だが──


「氷の礫」
「切り株の陰へ!」

勢い良く飛んで来た拳サイズの礫3個を眼前にあった切り株を盾にして凌ぐ。


(よりによって先制技を持つ子が相手なんだもんね…)


シビシラスが攻撃でも防御でもない動きを見せれば当然向こうは警戒する。
そうなるとシビシラスがパワーを溜めている間に大技の後に《氷の礫》か、連続で《氷の礫》を打って
早期決着を狙って来るだろう。

回避の指示を出せば早期決着は免れるだろうが、回避に専念するあまり集中出来ず、
今度は持久戦になりかねない。


(シビシラスに無理をさせず、バニプッチを怯ませられれば…せめて麻痺が仕事してくれたら
良かったんだけど)


相手を痺れさせて自分の流れを作るのが得意なシビシラスにとって、麻痺が役割を果たさないのは
大きな痛手だ。


「凍える風」
「躱して!」

シビシラスは切り株から離れて滝を登る様に身体を縦にして上に逃れようとしたが、
木の高さまで吐き出された冷気に逃げ道を封じられ、あっという間に冷気に包まれてしまった。
冷気が下に移動してリオがシビシラスの姿を視認した時には、シビシラスの動きは更に鈍っていた。


「シビシラスの場合、浮遊可能なのは2mくらいか。勉強になったよ」
「…っ」


【浮遊】の特性を持つポケモンは確かに浮く事が出来るが、飛行タイプの様に制限なく
自由に空を飛び回れる訳ではない。
風船の形状をしたポケモンやガスや空気を身体に溜め込めるポケモン、翼を持っているポケモンや
ゴーストポケモンとなると、また話は変わってくるが。


一時的に霧が晴れてレイドの姿だけが現れる。
レイドの目はリオとシビシラスではなく、お洒落な手帳に向けられていた。
片手にペンを持っているので今の情報を書き込んでいたのだろうが、余裕たっぷりなその態度が
リオを苛立たせた。


(悔しい…くやしいくやしいくやしいっ!!悉くシビシラスを馬鹿にされてるみたいで悔しい!!!)


リオが下唇をギッと噛んだ時、瞼に冷たい小さな何かが当たった。


(氷?)


無くなる前に指先で取ってみると、それはコンタクトレンズ以上に薄い氷の結晶だった。
氷混じりの風を発生させて登場したくらいだから、バニプッチの冷気には常に氷が混じっているのだろう。
きっと、この霧の中にも小さな氷の結晶が漂って──


「…そうだ」

そこまで考えて、リオは思い付いた。
シビシラスだからこそ出来る戦略を。


「さて。君がバトル前に言った通り、長々とバトルするのは悪いし…」

手帳を仕舞い、つまらなそうな目でレイドがリオを見た。


「ワンパターン過ぎて飽きたから終わらせよう」
「シビシラス、スパーク!」
「無駄だよ。氷の礫」

バニプッチが頭上で氷を形成する。
小さな物、大きい物、薄い物、厚い物、丸い物、尖った物。
多種多様の氷が今、電気を纏ったシビシラスに放たれようとしている。


「戻すなら今だよ」
「シビシラス、その場で待機!」
「……チッ。構わないバニプッチ、終わりだ」


それは、無数の氷がバニプッチの手を離れたのと同時だった。
電気を纏ったシビシラスの身体は黄色から白へと変わり、光源となったシビシラスは辺りを照らした。
《氷の礫》が光を透過して、あまりの眩しさにバニプッチは思わず目を瞑って攻撃の照準がずれる──


『!』
「シビシラス!」


…事はなく全ての礫はシビシラスに命中して、シビシラスは川の中に落ちた。


「水の波動」

最後にバニプッチの《水の波動》が川に向かって放たれる。
川に落ちた水の玉は衝撃で水風船の様に音を立てて破裂して中の水を解き放ち、水量を増した川は小さな波を発生させた。


そして、シビシラスは目を回した状態でリオの足元に流されて来るのだった。



┼   ┼   ┼   ┼   ┼   ┼   ┼   ┼   ┼   ┼



「《氷の礫》をレンズ代わりにして目眩まし…氷は円形じゃないとレンズの代わりにならないし
 急速に作られた氷は不純物が混ざって半透明だからあまり光らない。
 コンタクトレンズぐらいの薄さになるまで溶かせば多少はマシだろうけど、すぐ水になって
 時間稼ぎは出来ないだろうね。でも着眼点は悪くないし良い線行ってたと思うよ」

切り株に寄り掛かり爪先で地面に散らばった氷の欠片を転がすレイドの言葉を聞きながら
リオは今──とてつもなく凹んでいた。

レイドのシビシラスに対する評価に腹が立ち知識だけで私のポケモン達を測るな、撤回させると
大口を叩いておきながら、自分の誤った知識の所為でシビシラスを負かしてしまった。


実力や経験の差で〝負けた〟のではなく己の判断にシビシラスを巻き込んで〝負かしてしまった〟のだ。


(何がシビシラスだからこそ出来る戦略よ…感情のまま突っ走らないで、もっと慎重になれば良かった。
私の馬鹿…シビシラス、ごめん……)


自分の馬鹿さ加減とシビシラスへの申し訳なさで顔を覆いたくなる。
それ程までに反省点が多過ぎてレイドの言葉を素直に喜ぶ事は出来ないが、無反応と言うのは
流石に感じが悪い。

そう思ったリオはとりあえず顔を挙げてレイドの目を見た。


「ありがとう。本当はこんな欠陥だらけじゃない作戦でシビシラスを勝たせてあげたかったんだけどね。
 そうすればシビシラスの力を認めて貰えたし」

声のトーンが落ちないよう、棘のある言い方にならない様に細心の注意を払いながらゆっくり話すリオ。
そんなリオにレイドは瞬きをし、一言。


「認めるも何も、僕は最初からシビシラスの事を認めてるけど」

「………………はい?」


首を傾げたレイドに釣られる様に、リオもまた首を傾げるのだった。


結局のところ、レイドがシビシラスを悪く言ったのは本心ではなく演技だったらしい。
何故そんな事を、と難しい顔をしたリオが尋ねる前にレイドが口を開いた。


「君を流砂に落とした後に僕が相手にした連中は人質を恐がらせたり人の事を腰抜け野郎と言ったり、
 僕に何度も攻撃を叩き込んだり複数のポケモンを出したり、とにかく卑怯で最低な奴ばかりだったんだ。
 でも、連中のポケモンは皆レベルが高かった。君が負けた僕のバニプッチよりもずっとね」

「!!」

【古代の城】でレイドのポケモンによって氷漬けにされていた複数のポケモンを見て
1対1のバトルが行われなかった事と、殆どがヒトモシ達より経験を積んでいる事は分かっていた。


(でも、私だけじゃなくてあの後レイドにまで攻撃を仕掛けていたなんて…!)


卑怯な相手と呑気な自分に対して怒りが込み上げる。
爪が皮膚に食い込む程に拳を握るリオを知ってか知らずか、レイドは溜め息を吐いて続ける。


「ベテラン刑事でも探偵でもない駆け出しの一般トレーナーで僕の一言で簡単に感情を剥き出しにする君に
 悪人と善人を見分ける観察眼があるワケないし、たった1匹の小さなポケモンに負ける実力じゃ、
 あの場に残ってたとしても状況は変わらない…いや、悪化してたんだよ。
 僕は親切心で君を助けたんじゃない、邪魔だし都合が悪かったから流砂に突き飛ばしたんだ。
 全部自分の為にやった事だし最善の選択をしたと思っている。反省も後悔もしていない。
 けど人によっては最善を最悪と思う場合だってある。皆が納得して反論も起こらない絶対的に正しくて
 綺麗な選択なんてこの世には無いんだよ、面倒臭い事にね。
 …だから、僕の選択に偶然巻き込まれた君がこれ以上小難しい事を考えたり勝手に抱え込む必要は無い」

「………今の話とシビシラスを悪く言う演技をした理由がいまいち繋がらないんだけど」


(でも、慰めてくれたのは分かった)


リオは【迷いの森】に移動する前の「別の形で伝える」という言葉を思い出す。
バトル中レイドの言葉や態度で感情的にはなったが今思えばそれも含めて楽しんでいたと思う。
バニプッチの冷気と森の空気とレイドの長話のお蔭か、バトル前より頭がすっきりして気持ちも落ち着いた。

目の前で涼し気な顔で爪を眺めているレイドが計算してポケモンと場所を選んだのかは分からないが──


(ここまでして貰って、いつまでもウジウジしていられないわよね)


ひゅう…とリオは息を吸うと、思いっきり両頬をぶっ叩いた。
突然のリオの行動に野生のポケモンは目を逸らし逃げ出して、レイドは手を持ち上げたままリオを凝視した。


「レイドごめん!私ずっとウジウジ鬱陶しかったけどそれも終わりにするわ。ウジウジして時間を潰すより
 修行に新しい仲間探しにヒトモシ達のご飯作りにヒトモシ達へのマッサージとブラッシングに
 時間を使った方が良いしね!」

「…鬱陶しくなくなる代わりに暑苦しくなるってオチは勘弁なんだけど」
「こんな簡単な事に気付かなかったなんて恥ずかしいけどレイドのお蔭で目が覚めたわ。ありがとう!」


がっしりとレイドの両肩を掴んで熱くお礼を言うリオにレイドは微笑ましそうに表情を緩める──


「あのさ……人の話聞いてる?」


…事は当然無く、ジト目でリオの左頬を思いきり摘むのだった。


┼   ┼   ┼   ┼   ┼   ┼   ┼   ┼   ┼   ┼



最早お約束の様なやり取りが終わった後にリオは何かを決意したのか頷いた。


「レイド。私、もっと強くなるわ。困ってる人を助けられるように」
「何?君、将来は警官か何でも屋にでもなるの?」
「そういうワケじゃないけど、強くなれば出来る事も増えるでしょ?私を助けてくれたレイドや
 他の人達の様に、私も誰かを助けたいの」
「…助けたんじゃなくて邪魔だから突き飛ばしただけって言ってるでしょ」

外方を向いたレイドに小さく笑ってリオが空を見上げた時。


(────え)


空が、水に絵筆を入れてかき混ぜたかの様にぐにゃり、と歪んだ。

突然の事に驚いてレイドを見ると、レイドが寄り掛かっていた筈の切り株もその奥にあった
キャンピングカーも消え失せ、狭かった森が拓けた土地へと変貌していた。
しかしリオが目を擦って改めて周囲を確認すると、消えたと思った切り株やキャンピングカーは
元々あった場所で己の存在を主張していて、森も木々が密集した狭い場所に戻っていた。


(どこにも異常が無い…目の錯覚?バトルで目を使い過ぎたのかしら)


空を見上げて確認を終えたあたりで、先程リオがした様にレイドが肩を掴んだ。
肩を震わせて目線を空からレイドに変えるとジト目のレイドと目が合った。


「ごめん、ぼーっとしてたわ」
「君って時々周りが見えなくなるよね。まあ良いや、僕からのアドバイス」

リオの意識が何処に向かっていたのか深く追及する気は無いらしい。
人差し指をピンと立てたレイドにリオは胸を撫で下ろし、レイドの話に耳を傾ける。


「強くなるのは良い事だ。でもそれまでに君が対処出来ない事が起こったら利用するんだ」
「利用?」
「近くに居る腕の立つ人間を大袈裟に煽てるなり泣き落としで庇護欲を掻き立てるなり、
 力の無い弱い少女の振りをして相手の正義感を使うなりして様々な手を使って自分の味方に
 なるように利用して、問題を解決させれば良い。君はバトルの時には天候や障害物、
 そして相手の技も上手く利用するだろう?それと同じだよ。もし助けを求めた相手が失敗したら
 それを更に利用してもっと別の強くて御人好しな人間を利用すれば良い」

レイドは満足気に息を吐いてリオの反応を窺う。
リオはレイドの台詞を頭の中で何度か繰り返し、頷いた。


「うん。嫌」
「…は?」

口を半開きにしてぽかんとするレイドに苦笑して、リオは今日の事を思い出して目を細める。


「私は自分の弱さを理由に誰かを利用するなんてしたくない。弱くても私に出来る事があるなら
 どんな些細な事でも全力で協力したいし、最後に助けてくれた人に心からお礼を言いたい。
 折角アドバイスをくれたのにごめんなさい、私ポケモン以外の事で頭を使うのは苦手だから
 レイドの意見は参考に出来ない」

そう言って頭を下げたリオにレイドは肩を竦めた。


「そうだね。君は真っ直ぐなくらい馬鹿正直だったね」
「馬鹿!?」
「ポケモン以外の事で頭を使えないなら、ポケモンの知識は沢山身に付けた方が良いよ。
 本を借りるとか昔の木の実や化石が展示されている場所に行くとか、知識の増やし方は
 色々あるでしょ」

レイドの言葉にリオはある事を思い出してリュックを肩から下ろす。


「そうだ。レイドに見せたい物があるの」

リオがリュックから取り出した物をレイドの目線の高さまで持ち上げると、レイドは目を瞬かせた。


「ポケモンの化石なんて珍しいね。どうしたの?」
「例の2人組から貰ったの。こういう化石は貴重な物だから寄贈した方が良いのかしら?
 でも手続きとか分からないし盗品の可能性もあるから、その場合どうしたら良いのか…」

「僕じゃなくてジュンサーさんに聞けば良いでしょ」と切り捨てられる事も覚悟していたが、
レイドは顎に手をやり地面を見ながら何かを思案し始めた。


(折角のアドバイスを無下にしちゃったのに、また真剣に考えてくれてる…)


リオが化石を抱きかかえてじっとその姿を見詰めること1分弱。
レイドが大きく息を吐いてゆっくりとリオを見た。


「全部の条件を満たすならあそこだな。リマさんにシッポウシティに連れてって貰いなよ」
「何でシッポウシティ?」
「シッポウシティに居るでしょ、化石のスペシャリストが」

リオはハッとする。
博物館に巨大な骨、眼鏡を掛けた男性に本棚。

そして自分達を負かし、同時に大切な事も教えてくれた強くて優しいジムリーダーの姿を──

Re: 番外 笑顔と破壊とツッコミが絶えない職場です? ( No.188 )
日時: 2020/11/05 10:12
名前: 霧火 (ID: HEG2uMET)

ベッドから降りてシーツ諸々を整えて顔を洗う。
クローゼットにズラッと並んだ洋服の中から一式を手に取って袖を通す。
服を着た事で乱れた髪を梳かして両サイドで纏めて三つ編みに。
発声練習は入念に何度も繰り返して。
眼鏡のレンズを拭いて装着。

「よっし!」

これで、ボクことフェイクの完成だ。


「おっはよー」
「間違ってるぞフェイク。正しくは〝おそよう〟だ」
「い゛ーっだ!」

満面の笑顔でメインルームの扉を押し開けた自分を最初に出迎えたのは、シックな黒と白の家具と
巨大スクリーン……と、紅茶のカップ片手に足を組んで座っている弄られ俺様ヘタレこと、ビッシュ。

間髪入れずに嫌味ったらしく訂正して紅茶のカップに口付けるビッシュに舌を出して
向かい側のソファーに腰掛け、首を伸ばして肩を動かし足をばたつかせながらビッシュを観察する。

鬱陶しい?軽い嫌がらせ?知ってる、わざと。

でもビッシュはツッコミも注意もせずに目を閉じて紅茶の香りを堪能している。
ボクは上体を反らして両手の人差し指と親指を使って四角を作り、その中にビッシュの姿を収める。
気分はベストショットを逃さない敏腕カメラマンだ。
実際すらっとした体躯に目鼻立ちの良いビッシュはモデルでも充分通用しそうだ。
当然「黙っていれば」が絶対条件だけど。
兎に角……

この人モデルなんですよーって言って写真をバラ撒けば、小遣い程度は稼げるかも!

そう思って本物のカメラを持って来ようとしたら最後の一口を飲み終わったのか、
カップを片しにビッシュが立ち上がった。

「ちぇー」

被写体が動いてしまったら、いくら敏腕カメラマン(仮)のボクでも思い通りの写真を撮るのは難しい。
今はその時では無い……そう自分に言い聞かせて寝転がろうとしたら、良い匂いが漂って来た。
バターの香りと、果実の甘酸っぱい香りだ。

「朝食の前に、試作品の感想をくれ」

そう言ってビッシュがバスケットを手に戻ってきた。
目の前に置かれた小さなバスケットの中を覗き込むと、そこには多種多様のクッキーが入っていた。
何気なく桃色の丸いクッキーを摘むと、焼き上がって時間がそんなに経っていないのかほんのり温かい。
口に放り込み舌で転がすとほろりと溶けて、バターの香りが鼻を通った後に果実特有の甘酸っぱさが
口いっぱいに広がった。

「これ、中身は何?」
「ベースはモモンの実で、上に乗ってる黒いのはチーゴの実の種だ。モモンの実は低温のオーブンで
 乾燥させて、チーゴの種は砂糖漬けしないでそのまま使った。モモンの実は乾燥させた後に
 日光に当てたから、より甘さが増してるだろ?」

熱弁するビッシュはスルーしてクッキーサンドを食べる。
1枚の四角いクッキーの上にホイップクリームと刻んだオレンの実を乗せて、もう1枚のクッキーで
サンドしたシンプルな物だが、こちらも美味だ。

「熱弁したのにあんま美味しくないじゃんうけるわー!」と笑ってビッシュを弄るボクの計画が台無しだ。
計画を台無しにしたビッシュはむかつくが食べ物に罪は無いので、手は休めない事にする。

「サラッと言ってるけど、木の実って希少なんでしょ?よく各種カゴ一杯になるまで集められたね」
「地道にバイトして、色んな奴と交流して、島に行って、野生のポケモンから拝借してきた賜物だ。
 つっても、全種類あるワケじゃねぇけどな」
「ほぉーん。木の実ってそんなに種類あるんだ」
「ああ。……あの木の実があれば、俺の持ってる木の実の良さを引き出した菓子が作れたんだが」

残念そうに眉を下げるビッシュに、何だその顔と思考女子かよと呆れたけど、優しい優しいボクは
思っていても口に出さず、次のクッキーに手を伸ばそうとした。
しかしテーブルの上には何も無く、伸ばした手を引っ込める。
確かに数十秒前までテーブルの上にはバスケットが置いてあった筈だ。

目を白黒させていると、サクサクと何かを咀嚼する音が間近で聞こえた。

「いや……間近と言うか左隣から?」

そうっと横目で隣を見ると、いつの間にか物騒無機質少女こと、メールがバスケットを抱え込んで
クッキーを頬張っていた。

「……………。」

……顔を綻ばせて食べているならクッキーも本望だろうが、無表情で サクサク、ゴクン。
サクサク、ゴクン。と感想も言わず機械的に食べるのってどうなんだ。
味わって貰ってるのか否か分からないけど、次々と口の中に放り込まれる哀れなクッキー達に合掌。

「どうしたフェイク、手なんか合わせ――うおっ!?メール!?いつからそこに!?」
「ビッシュが桃色クッキーの説明をしている時から。イコール、3分47秒前から。」
「メールってば細か過ぎー」
「ご馳走様。大変美味しゅうございました。突然だけどビッシュに依頼。」
「ご丁寧にどうも。で、依頼?何だ、言ってみろ」

空になったバスケットを預かったビッシュにメールは両手を広げた。
よく小さな子がやる「抱っこー」の、あのポーズだ。

「料理したい。イコール、上の物が必要。」
「確かにあの高さは女には辛いな。分かった、取ってやるよ」
「過保護になるのは良いけど包丁が頭上の棚にあるのってどうなのー?落ちたら頭に刺さるじゃん。
 怪我まっしぐらじゃん」
「大惨事にならねぇ様に対策はしてるから大丈夫だ。で、メール。包丁以外に使う物はあるのか?」
「今は包丁とまな板だけで充分。他に欲しい物があったらまたお願いするかもしれない。」
「了解」

嫌な顔をせず頷くビッシュは本当にお人好しだ。
《メールの料理》に興味が湧いたボクはキッチンへ向かう2人の跡を追い掛ける。


「相変わらずピッカピカだなー」

綺麗なキッチンをざっと見渡して感嘆する。
キッチンの主と言っても過言でないビッシュは綺麗好きなのか、こまめに掃除をしている。
その賜物か料理に良くある油汚れや焦げ、シンクや食洗機に出来やすい水垢、壁に至ってはカビが
一切見当たらない。

「何か前は無かった木の実酒まであるし」

まだお酒を飲める歳ではないが、氷砂糖に漬けてある青色の実はとても美味しそうだ。

滅多に見ない実だ。どんな味がするのか興味がある。念入りに水洗いすれば食べられるだろう。
こんなに沢山漬けてあるんだ、1個くらいなら大丈夫、バレない。
ビッシュがこっちに背中を向けている今がチャンスだ。

そんなボクの心を読む様に、棚の中に手を伸ばしながらビッシュが口を開く。

「1個くらいならバレねぇと思ってんなら無駄だからなフェイク。その実は希少だから数は覚えてる」
「…………そんな事思ってないしー?さっさとお目当ての物渡してあげなよ」

瓶の蓋から手を離し、ボクは大人しくビッシュの背中を見つめるメールの隣に移動する。

「ところでメールは何作んのー?」
「ポケモンフーズ。まず木の実を細かく切る。その過程で初めて使う包丁に慣れる。」
「あんな物騒な発言繰り返しておいて初包丁、だと……!?」

思わぬ形でメールの意外な真実を知って動揺している間にビッシュが包丁を持って来た。
柄の方をメールに差し出し、まな板を作業台に置いてビッシュが微笑む。

「ま、何事も挑戦だ。頑張れよ」

ビッシュは冷蔵庫から別地方から取り寄せた牛乳を取り出してカップの2/3くらいまで注ぎ、
タイマーを1分に設定してレンジのボタンを押した。
メールはまな板の上に袖から出したナナシの実を置くと包丁の柄を両手で確と握り──

「激励感謝。いざ。」

切っ先をナナシの実目掛けて振り下ろした。


だあぁん!!!

パラパラパラ……


「「「…………」」」

そしてメールは包丁で木の実はおろか、まな板を真っ二つにして、キッチン台に亀裂を入れ、
衝撃で包丁を大破させた。
色んな残骸やら破片がパラパラと床に落ちる。

……いやいや、料理下手ってレベルじゃないっしょ。

「失敗。イコール、片付け推奨。」

片付けようと手を伸ばしたメールの手をビッシュが掴んだ。
これは怒るなと面白半分に眺めていると。

「ばっかやろう!!破片で怪我したらどうすんだ!?後始末は俺様がしとくから、大人しくソファーで
 コレでも食ってろ!!」
「あ、怒るとこそこなんだ。まな板諸々壊したのは良いんだ」

ビッシュに渡された半透明の容器の中身──クラボの実が乗ったアイスを「反省。そして感謝。」と言って
ソファーに移動せずその場で食べ始めたメールの目の前で、ビッシュは箒で集めた大きい破片を
ちり取りに入れ、冷蔵庫のドアにくっ付いていた磁石を手に取って床に落ちている細かい破片を
引き寄せるという地味な作業をし始めた。

傍観しようと思ったのに、あまりにもビッシュが非効率でお馬鹿だから、つい掃除機を渡すという
ファインプレーをしてしまった。
本当にツッコミが追い付かない……と言うか、深刻なツッコミ不足なんだけど。

半目になっていると、ビッシュから貰ったアイスを即食べ終えたメールが手を合わせた。

「大変美味しゅうございました。このアイスもビッシュの手作りと予想。」
「移動時間と交通費、買いに行って目当ての味が無かった時の事を考えたら作った方が得だしな」
「完全同意。ビッシュ、後で料理教えて。」
「はぁ?何だその流れ。どうして俺様が……いや、1人で怪我したり、とんでも料理作らせるよりはマシか。
 良いぜ、作りたい物メモっとけよ」
「了解。」
「ほら、飲み物」

ビッシュは先程温めた牛乳に黄金色の液体をとろり、と垂らした。
湯気まで甘く香る飲み物に、常に半分しか開いてないメールの目が少しだけ大きく開かれる。

「感謝。」

手を合わせて今度は時間を掛けて、噛み締める様に味わって飲むメールを横目で見た後に
今度は雑巾を持って中断していた後始末に向かうビッシュを眺める。

口は悪くて俺様でヘタレで弄られキャラの癖に、料理も洗濯も掃除も裁縫も1番出来て気遣いが出来る、
何より女を馬鹿にしない。
ここにお金持ちという要素を持っていたら、今頃ビッシュの周りには凄い事になっていただろう。

ほんっと、料理人か主夫になってれば成功者になれてたのにさー。
色々あってそんな選択肢すら無かったみたいだけど。


ボクが此処に入ったのは3番目。
その後にビッシュと、天才幼女ことシャルロットが一緒に入った。
汚れた服を身に纏っているのに晴れやかな顔のビッシュと、小さな皺すら無い綺麗な服を身に纏っているのに
叱られた子供の様に俯いてビッシュの手を強く握るシャルロットの姿は、今でも鮮明に思い出せる。

ボスもメールも取っ付き難いから、ボクが持ち前の明るさで迎え入れたんだっけ。
あの頃から随分と賑やかになったもんだ。

「ボクも歳を取るわけだわなー」
「?何の話。」
「んー?」

カップから口を離してこちらをじっと見るメールに笑顔を向ける。
そして素早くカップを拝借、中身を頂戴する。

「あ。」

口を開けて硬直するメールの膝に空のカップを置いて、手を合わせる。

「ボクの人を見る目は今も昔もあるんだなって話とー」

ご馳走様でしたの代わりに、ボクは口に付いた牛乳を舐め取った。
賑やかな足音と声の持ち主とそのお供、ビッシュの最大過保護対象がこの場に集まる前に証拠隠滅だ。

「ボクの危険察知能力は高いって話!」

そう告げてボクは扉を押し開けて外に向かって走る。
扉の向こうからビッシュの「どうしたメール!?落ち着けって!!うおぉっ!?」という声と金属音、
少し遅れて楽し気な笑い声、焦った声が聞こえて来て思わず頬が緩んだ。


本当に、賑やかになったもんだ。

Re: 番外 笑顔と破壊とツッコミが絶えない職場です?② ( No.189 )
日時: 2020/06/30 22:21
名前: 霧火 (ID: HEG2uMET)

「……なーんて、前回の良いカンジのまま終わると思った?残念!現実は非情でした!
 まだまだ続くんじゃー☆」


あのまま意気揚々と外に出ようとしたボク、フェイク。

しかし背後の扉がギギィ……と重々しい音を立てた事を確認して振り返った時には、ボクの全身は
地上へと続く扉にピッタリと固定されていた。
視線を動かすと皮膚を避ける形でボクの服にはフォークとナイフ、顔の周りには箸が突き刺さっていた。
鉄製の扉にそれ等を刺さらせる程の力と速さが加わったのは確かだが、細い箸が粉砕していないのを見ると、この短時間で絶妙な力加減を覚えたらしい。

あの凄惨な現場を見た自分としては、我が子の成長を喜ぶ親に似た感慨深いものが──


「言いたい事はそれだけ?フェイク。」

うんうんと頷いていると、数段下からメールがボクを見上げながら言った。
目と声に刺す様な冷たさを感じるのは気のせいじゃないね……というか。

「え、何メールって心読めるの」
「全部声に出てた。イコール、フェイクの自爆。」
「うそん」

地味な外見と何を考えているのか分からないミステリアスな所がボクの魅力なのに、
まさか声に出していたとは不覚!…とか何とか、態とらしく焦った顔作って思ってみたり。

「人の物を取ったら泥棒。イコール、フェイクは悪。」
「ボクどころかメール含む全員悪者でしょ一応さー」
「人の最後の一口を奪った。イコール、フェイクは謝罪すべき。」
「0.5口分しか残ってなかったのに一口分とか虚言だうっわー!そっちこそ謝罪して下さーい」
「私にとってあの量は一口分。イコール、こちらは間違っていない。」
「自分の物差しで全ての物事を測らないで下さーい」
「お前等良い加減にしろよ……」

切り刻まれない程度にメールを弄って遊んでいたら後始末を終えたビッシュが頭を抑えながらやって来た。

丁度良い。メールの反応がイマイチだから弄りの対象をビッシュに変更するとしよう。

ボクは物語終盤で犯人を名指しする探偵の様にビシッと──は、無理か。
袖が固定されているから手首だけ動かして頭痛い系男子気取りのビッシュを指差した。
状況的にお前は探偵じゃなくて犯人だろって突っ込みはナシね!

「そもそもさービッシュの配慮が足りないのがいけないんだよ」
「は?」
「ビッシュがボクの飲み物も用意してくれれば、こんなっ……!仲間同士で争うなんて悲劇は
 起こらなかったんだ!……うわあぁん!!」
「お前の場合喜劇の間違いだろ。泣き真似しても口ニヤけてっからな」
「やだ!乙女の唇をガン見するなんてビッシュのエッチ!」
「全国の女子に謝れ。飲み物に関しては、片付けを終えたらお前の分を別に出す予定だったんだよ。
 その前にメールの分を飲んだお前が悪い、つーワケでメールにもちゃんと謝れ」
「後回しなんて酷い!レディーファーストは大事だよ!天罰が下るよ!」
「………レディ?どの口が言ってんだ」

間抜け顔、呆れ顔、真顔、ジト目。
コロコロ表情を変えて突っ込みを入れるビッシュが面白くて弄るのが止まらない。

でも、何事にも終わりは必ず来る。

ボクは気配を消してビッシュの背後で高々とジャンプした2人組を見て、これから不幸が訪れるであろう
ビッシュに向かって微笑んだ。


「今日のビッシュの運勢教えて♪」

ボクの意味深な言葉に眉を顰めたビッシュが背後を確認したと同時に、大きな衝撃が襲った。



ボクに。



┼   ┼   ┼   ┼   ┼   ┼   ┼   ┼   ┼   ┼


「こんなの想定外ー」

ボクの予定では《飛び跳ねる》×2を喰らって地に伏せたビッシュを「ほら見ろ天罰下ったー!」と
爆笑しながら見下ろす筈だったんだ。
それなのに寸での所でメールがビッシュの腕を引っ張って避難させた所為で、本来ビッシュが喰らう筈だった攻撃を身動きの取れないボクが一身に受ける羽目になった。

「よよよ……ボクって可哀想」
「フェイクってば腹筋ガッチガチ!アリスさんビックリ!!」
「……ゴーリキーみたい」

ボクが己の不幸を嘆いているというのに、犯人のモノクローズことアリスとセシルは謝るどころか
興味津々とばかりに人の腹を触りまくっている。
仕返しに2人の嫌がる話のひとつでもしてやろうかと思ったけど、それ程痛くなかったし最初からボクを
狙ってやったワケじゃないから、まあ特別に許してやろうじゃないか。

「周りの男共が貧弱だから、その分ボクが鍛えてんのーもう腹筋だって上腕二頭筋だってガッチガチよ」
「メールとセシル、そして何よりこのアリスさんが居るんだからフェイクまで鍛える必要ないと
 思うけどなぁ」
「ところがどっこい、ボクはフェイクだから鍛える必要は十二分にあるんだなーこれが。それに将来の為の
 筋肉貯金は男女問わず大事だよ」
「……おっけ。フェイクがそこまで言うならアリスさん口出しやーめる!」

にかっと笑ってアリスは今度は腕を触り始めた。
口出しは止めても手は止めないのか。そろそろふれあい料を徴収するぞ?
アリスを横目で見た後にセシルを見たら、こちらをじっと見つめていた。

「何かな?」
「大変」
「お互いにねー」
「セシルは慣れているから平気だもん」
「さっすがー」
「それで、なぜフェイクさんはこんな事に?」

ボクとセシルの会話が途切れたのを見計らい、遠慮がちに尋ねたのは天才幼……天才少女こと
シャルロット。
実はアリス達を追い掛けて来たこの子はずっとボクの横に居た。
それなのに今まで会話に参加しなかったのはボクの磔状態をスルーする薄情者が多い中、唯一ボクを心配して服に刺さったフォークとナイフ、そして顔の周りに刺さった箸を精一杯背伸びして、爪先と細腕を
プルプル震わせながら1本1本丁寧に抜いてくれていたからだ。

「……天使かよ」
「?」
「何でもない。んーとねぇ、欲望に忠実になった結果こうなった」
「よくぼう、とは?」
「メールに出された、ビッシュ特製の飲み物が、あまりにも、美味しそうだった、からー0.5口分貰ったら
 御覧の有様」

献身的なシャルロットのお蔭で呪縛から解放され、全身の筋肉を伸ばしながら途切れ途切れに言うと、
腕の筋肉を突ついていたアリスが目をキラキラと輝かせた。

「メールが暴れる、フェイクが横取りするくらい魅力的だったのっ?」
「そりゃもー甘い香りでメロメロになって我を忘れて、周りの声なんて聞こえないくらい魅力的だったよ。
 だからボクは無実!」
「我を忘れてるヤツがその原因となった甘い香りが充満した部屋から逃げられるワケないだろ」

すかさず突っ込みを入れたビッシュは無視。

「それは是非堪能したい!ビッくん、アリスさんとセシルにも同じのちょーだい?」
「わたしも、その……飲んでみたいです」

ぴっとりとビッシュに抱き着いて上目遣いでおねだりするアリス(あざとい)と、視線を彷徨わせた後に
恥ずかしそうに手を挙げるシャルロット(天使)にビッシュは困った顔で頭を掻く。

「いや無理だよ。牛乳は兎も角、最後に入れたミツハニー蜜は取れる場所や季節で味が変わる分貴重なんだ、
 今この場に居る全員分用意出来る程残ってねぇ。精々1人分しか──」
「じゃあその1人分を賭けてバトルして、勝者が飲めるって事で良いじゃん!」

興奮からか頬を赤く染めて鼻息荒く言ってのけたのはアリスで、そんなアリスにビッシュは呆れ顔。

「何でそうなんだよ」
「季節と場所で味が変わる貴重な蜜。そんな貴重な蜜とビッくんの愛情をたっぷり入れた飲み物は
 1人分しかない……皆の話を聞いたら、アリスさんのトレジャーハンター魂に火が点いた!
 これは正々堂々バトルで宝を手にする者を決めなきゃでしょ!」
「愛情っていう単語はどこから来た」

ボク、ビッシュの愛(笑)情(爆笑)が入った飲み物なら逆にお断りなんだけど……気持ち悪いしね!

「そこまでしなくても2〜3週間我慢すれば、」
「そういう事ならセシルは辞退する。アリスを応援したいし勝って欲しいもん」
「おい」
「あんがとセシル!アリスさんが勝ったら半分ずっこしようね!」
「……!うん」
「聞けよ」

くっ付いたままセシルと会話を続けるアリスを有無を言わさず剥がそうか、それとも自然と離れるのを
待つべきか迷っているのか、ビッシュの手は先程からアリスの肩の近くを彷徨っている。
ああいうどっちつかずの中途半端な態度が世の女を勘違いさせるんだなーと、しみじみ感じていたら
少しの間黙っていたメールが前に出て口を開いた。

「元々は私の分の飲み物。イコール、私には参戦する資格がある。」
「……モノクロシスターズの思い付きに無理に付き合わなくても良いんだぞ?俺様があいつ等を
 何とか説き伏せて今からメールの分だけ作る事も可能だしな」
「気遣い感謝。でも私はフェイクへの恨みを晴らしたい。イコール、ストレス発散大事。」
「暴れたいだけかよ!!」

ボクを冷たい目で睨むメールに満面の笑顔で手を振り返すとビッシュが頭を抱えた。ウケる。
今この場のやり取りだけで1番ストレスが溜まったであろうビッシュが次にはどんな行動を起こすか
楽しみながら見守っていると、困り顔のビッシュの隣に寄り添う様に立った人物が居た。


「いいじゃないですか」

ビッシュを見上げて小さく笑ったのは、言わずもがなシャルロットだった。

「メンバーがこんなに集まっていてバトルする時間まであるなんて中々ないですし、今のメンバーの実力を
 知るチャンスだと思えば」
「……意外に乗り気だな」
「はい。ビッシュの飲み物がほしいのもありますけど……このバトルでわたし、みなさんと全力で
 ぶつかりたいんです」

そう告げたシャルロットの眼差しは真剣で、ビッシュはじっとシャルロットの目を数秒見つめた後に
「あ〜〜〜」と唸って今度は頭を乱暴に掻いた。
そのうち禿げそうだ。

「流石にシャルロットまで乗り気なら俺様にはどうする事も出来ないな。分かった、ボスさんに
 仮想データルームの使用許可貰って来る」
「すみませんビッシュ、何から何まで……本当にありがとうございます」
「気にすんな」

頭を下げるシャルロットの頭を一撫でし、アリスを引っぺがしてビッシュは来た道を戻って行った。


┼   ┼   ┼   ┼   ┼   ┼   ┼   ┼   ┼   ┼


そして数分後、レインコートを着た一同は地下3階にある仮想データルームに集まっていた。
その広さはテニスやバスケットの練習・試合が行われる施設……ライモンシティの【リトルコート】と
同じくらいだが、決定的に違うのは天井と壁と床が虹色に光っている所だ。

「時刻と天候とフィールドはどうする?」
「すぐには決められないよビッちゃん。早朝夕方真夜中、嵐に豪雪、湿地帯に砂漠……
 ざっと数えただけで優に500種類あるもん」
「時間はそんなに重要じゃないし、天候とフィールドはボク達のポケモンを見てから設定すれば
 良いじゃん」

強化ガラスで囲われた審判席で、ホログラムディスプレイを顎に手を当てながら指で操作する
ビッシュと、膨大なデータに手でバツを作るセシルに笑うと「それもそうだな」と、ビッシュは頷いて
指を動かすのを一旦止めてボク達を見た。

「使用ポケモンは1体で、最後までこのフィールドに立ってた奴が勝者だ」
「審判はビッちゃんとセシルが担当するね」
「そういうワケで各自ポケモンを出せ」

こういうのって誰が最初にポケモンを出すか揉めるんだよね、と思っていると北側に立っていた
シャルロットがボールを両手に持った。

「では、わたしから。楽しみましょうね、プルンゲル!」

シャルロットが微笑んで、ふんわりと投げたボールから出て来たのは、巨大で女王の様な顔と
ピンク色の身体が特徴的なポケモン——浮遊ポケモンのプルンゲル。
ゆったりとした動作で、これから戦うボク達にお辞儀をする姿はとても優雅だ。

「ランクルス。邪魔者は粉砕して。」

西側に静かに立っていたメールが表情を変えずにボールを投げる。
出てきたのは、胎児の様な可愛らしい見た目に不釣り合いな巨大な腕を持つ、緑色のスライム状の
物質で身体を覆ったポケモン——増幅ポケモンのランクルス。
まだバトル開始の合図が出ていないのに、既に巨大な腕を床が揺れるくらい叩き付けて
誰よりもやる気になっているのが恐ろしい。

「ボク見ながら言わないでほしいなーモロバレル、行って来−い」

東側に立っていたボクがボールの開閉ボタンを押して出したのはモンスターボール……じゃなく、
キノコポケモンのモロバレル。
床に降り立った瞬間に、バレバレなのにモンスターボールになり切ろうと必死に身体を
小さく丸める可愛いヤツだ。

「踊るよ、スワンナ!」

南側に胸を張って立っていたアリスはボールを持った腕を振り回し、天井に向かって
勢い良く投げた。
天井にぶつかる前に現れたのは、白鳥の様な姿をしたポケモン——白鳥ポケモンのスワンナだ。

「出揃ったな。なら、この時刻と天候とフィールドで良いか?」
「うん。これで大丈夫」

ビッシュが指でなぞる様に操作をして、セシルがビッシュの隣で満足気に頷いているのが見える。
どんな環境にするのかと思いながら瞬きをしたら、世界が変わった。

温かい風、下草も落葉も見当たらない赤茶色の地面、木々が生い茂り一際高い樹木が彼方此方にある為、
日の光が中々入らず空が明るいのに薄暗く感じる。

この場所は……


「時刻は2時、天候はランダム、フィールドは熱帯雨林!バトル開始!!」


ビッシュの声が、響き渡った。

Re: 番外 笑顔と破壊とツッコミが絶えない職場です?③ ( No.190 )
日時: 2022/01/24 19:35
名前: 霧火 (ID: HEG2uMET)

「熱帯雨林……ボクのモロバレルにピッタリって感じかなー」

樹木の陰に隠れて様子を窺うモロバレルを一瞥して3人を見る。
ボクのモロバレルは体力があり、攻撃面も防御面もまあまあイケる奴だが動きが鈍い。
自分から攻撃を仕掛けても回避される可能性が高いので、攻撃して来た相手を迎撃するスタイルを
得意とする。
最初から積極的に動くと集中砲火を受けるし、今回は混戦なので戦り合っている相手を
身を隠しながら攻撃して、ライバルが減るまで隠れと逃げに専念。体力を温存しておいて……
最後に残った疲労している相手を万全の状態で叩く。
うん、我ながら狡賢くて利口な戦法だ。

「誰かが動かないと暇なんだけどなー」
「その期待、応えてあげよう!!」

レインコートで隠れた腰近くまである長い白髪を、わざわざ外に出してシャンプーのCMの様に
手でふわっと広げてドヤ顔をしたのはモノクローズの片割れ、アリスだ。

「向かい風はご勘弁!《追い風》!」
「げっ」

スワンナが通常とは異なる羽ばたきをすると、激しく吹き荒れる風の渦がスワンナの背後に
出現して、空気に溶ける様に消えた。
《追い風》は短い間だけ自分と味方の素早さを倍にする技だ。スワンナが行動する際は
消えた風の渦が出現してスワンナをサポートするだろう。



※過去ログ化されてしまったので次の話は新しい掲示板に乗せるかもしれません。
私生活&執筆共に絶賛スランプ中なので、続きはかなり先になります……すみません!


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