二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Re: 日和光明記 —紅の華・宇宙の理— ( No.5 )
日時: 2010/01/31 18:48
名前: キョウ ◆K17zrcUAbw (ID: JFNl/3aH)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel3/index.php?mode=view&no=13008

【其之一 天上の支配者】   語り手—鬼男

 
 貴方は『天国』の存在を信じますか?

 天上の遥か遠く、霊鳥でさえ行きつけないような雲の上の世界。
 そこは花が咲き乱れ、心地良い風が辺りを吹きぬけている、まさに究極の楽園。誰もが行きたがる天の国。
 貴方だって……例外ではないのでしょう? 人は誰しもそう望むものです。僕? 僕は何とも思いませんが、信じてますよ。実在することを。
 だって否定すれば、今まさに両腕をうーんと伸ばしながら、歓喜の声をあげる彼を否定することになるのだから——

「ふぅ、今日の仕事終ッわりー! なんという達成感……。さすがに二時間ぶっ続けはキツイなぁ」

「何言ってるんですか。毎日これ以上はやってくれないと溜まる一方ですよ」

「大丈夫 大丈夫。ほら、夏休み最終日になって必死に宿題を終わらせる小学生の原理だよ。溜まりに溜まったものをパァーっとやっていくことこそが己の力を最大限に発揮する唯一の方法であり、オレの流儀なのさ」

 得意げに腕組みする“イカ”——改め、知る人ぞ知る冥界の最高権力者、『閻魔大王』。 
「そう言っていつも即座に逃げ出すのはどこのどいつだか……聞いて呆れますよ。閻魔大王ともあろうお方が仕事放棄だなんて!」
 吐き捨てるように文句を言う僕。そう、この人は死者達をまとめあげる王の身分でありながら、仕事忘れたさに人界まで逃げて行くダメ人間なのだ。
 立派な肩書きが宝の持ち腐れ。なぜこんなバカが王になれたのか、長年付き合ってきた今でも不可解である。

「だってだって、仕事やってもやらなくても結局は怒るんだもん! この際だから言わせてもらうけど、“鬼男君”いつも細かすぎるんだよ。あーでもないこーでもないって。少しはやる方の身にもなってよ」

「それがあんたの仕事なんだから仕方ないでしょ。今日でさえ下界がお盆近く〈この日が間近になると死者の数が大幅に減る〉だったから良かったものの、通常じゃ倍以上裁かなきゃならないっていうのに」

 僕は深い溜息をついた。こんな僕の苦労、貴方にはわかるでしょうか。バカな上司を持って毎日のように罵声を飛ばす部下の気持ちが。
 そういえばまだ名乗っていませんでしたね。
 僕は『鬼男』。鬼の男と書いておにおと読みます。まぁ、見た目そのまんまですね。頭に小さいながらも角が生えてるし、本気になれば爪だって凝縮可能。冥界の住人です。
 あっ、でもこんな“イカ”みたいな弱小大王と同類扱いされては困ります! 少なくとも彼よりはイケてるし、カッコイイですよ。

「そういえばもうすぐだっけ? お盆……」

 さっきのムスッとした表情を不自然なほどにガラリと変え、大王は小さく呟いた。僕は「そうですよ」と言い出しそうになるも、じっと黙って聞き耳をたてた。

「そろそろ許可証の準備もしなくちゃいけないね。ここの人達にとって一大イベントだから、忘れるわけにもいかないし」
 その声には「面倒だ」などの調子は一切含まれておらず、むしろ柔らかな温かみを感じた。

「では自分からいい出した、と聞き取っていいのですね?」

 ふっと微笑する僕に、大王は慌ててストップをかけた。大王の焦りぶりにやれやれと肩をすくめる。
 僕達はいたってこんな感じ。別に悪くもなければ、特別いいってわけでもない中間的な仲。
 周りの人達からは『天国組』だなんて名称がつけられている。そんなにいい組み合わせなのだろうか……認めたくないが。

「さて、ちょっと寝てこようかな」

 頃合いを図ったのだろう。重たげに腰を上げ、そのまま僕と視線を交えずに自室へと戻ろうと背を向ける。
 僕の反応が無かったからやってやったと考えたのだろうな。そのまま一目散に戸口に手を伸ばす。が、その手にもう一つの手が重なった。僕が見過ごしてやるとでも思ったのか、この変態大王イカめ!

「どこいくのですか? 大王」

 口元は見事な弧の字を描いているが、決して微笑ましいとはいえない殺気を放つ。

「あ……えっと、だから寝るっていったじゃん。長時間座りっぱなしで疲れたんだしさ」

 冷や汗をかきながらも、大王は必死に作り笑いをした。
いや、僕にはわかるよ。あんたの心境が。

「嘘つくのもいい加減にして下さいよ大王。最近僕の貯金が日に日に無くなってると思えば……」

 “シャキン!!”
 と鋭い音と共に、僕の爪は凶器と化した。ひくっと息を呑むイカ。
 その後、彼の断末魔がこだましたのは言うまでも無い。