二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- Coward search ( No.162 )
- 日時: 2011/03/30 20:15
- 名前: 桃李 ◆J2083ZfAr. (ID: Ph3KMvOd)
- 参照: 思い浮かんだから書いただけのネタ。多分、また書くかも。
柔らかい陽射しながら、太陽は少女の黒髪を艶やかに照らし出した。短く切られた髪が、そよ風に靡く。少女の顔は、自分の体を抱きしめている腕に埋められている。表情はわからないが、雰囲気からして、酷く落ち込んでいるようだった。
「なあ、もういい加減に城に戻れ」
そう声を掛けた少年は、堂々とそびえる王国の城をバックに、静かに話しかけた。しかし、少女はピクリとも動こうとしない。見かねたように、遠くでその様子を見守っていた少年二人が、少女の傍に駆け寄った。
青空を覆いつくす深緑のカーテンが風に揺らされる度に、木漏れ日はきらきらと、宝石のような光を少年少女達の頭上に降り注ぐ。少女は自然を愛していたが、今はこんな風景にさえ、顔を上げようとしない。
城から少し離れた森の中。誰にも解決できない悩みが、少女を襲っているのだ。残念ながら少年達は、その悩みを知っていながら、共に苦痛と戦う事ができない。だからこそ、無理にでも城へ帰そうとしているのだ。
「あれは、お前のせいじゃない。そうだろ?」
「俺も、円堂と同じ意見だ」
円堂の発言に対し、賛同する鬼道。豪炎寺も、隣で頷いている。不器用ながら、必死になって慰めているのだが、少女は変わらず、黙ったまま。
「あれは、事故なんだ。そろそろ現実を受け入れろ……———なあ、葵」
名前を呼ばれたからなのか、葵と呼ばれた少女は、少なからず反応を示した。だが、すぐに元の体勢に戻り、尚一層、小さな体を縮ませる。そんな彼女の右手には、この国の頂点に君臨し、国民から絶大な人気を誇っている王女を飾るアクセサリーと、瓜二つのシンプルなロケットが、しっかりと握られていた。鎖が手の腹に食い込む痛みも、感じていないらしい。いや、彼女が受けた精神的な苦痛よりも、格段に軽いものなのだろう。
円堂は、葵の肩に手を置くと———こっそりと、左手で熱を持った目頭を押さえた。
*。+
童話を読んでたらこーなりました。いやあ、思いつきって怖い。
- Coward search ( No.163 )
- 日時: 2011/03/31 15:32
- 名前: 桃李 ◆J2083ZfAr. (ID: Ph3KMvOd)
- 参照: 思い浮かんだから書いただけのネタ。多分、また書くかも。
「王女はきっと、誰よりもお前を好いていたな」
紅い瞳を揺らしながら、鬼道は淡々と話し出した。この言葉が、葵を立ち直させるための嘘なのか、同じ"仕える者"としての立場にあった彼女への本音なのかは、わからない。見事なまでのポーカーフェイスは、少女を過去の記憶へと旅立たせる。
自分の名前を嬉しそうに呼び、駆け寄ってくる彼女。王女の地位についた彼女だが、実際は葵と歳の変わらぬ、まだまだ幼い少女だった。召使に同い年が少ないせいか、王女は葵を気に入っていたのだ。葵の休日までもを奪い、隣にいるように命じていた。仕事柄、葵は王女の命令に従順に従っていたが、それをよく思わぬ大人もいる。その人物の存在が、王女と葵を壊すことになる事件の、原因なのだ。
「王女様は、僕に優しくして下さった。下僕の身分にある僕を、褒めてくださったのだ」
だから、もっと笑顔でいてもらいたかったんだ。
葵のくぐもった呟きは、悲痛なほどにはっきりと少年達に届く。円堂は少なからず、表情を歪めた。他の二人に変化は見られないが、唇をきゅっと噛み締めている。
「紅茶が美味しいと言って下さったから、もっと味わって頂こうと、鬼道に美味しい紅茶の入れ方を教わった。胸が苦しいと泣き出した時の為に、医術知識豊富な豪炎寺に対処法を指導してもらった。大切な人が落ち込んでいる時に掛ける言葉を、仲間想いの円堂に聞いた。自分の中でも、どうしようもないくらい、王女様の存在は膨らんでいたんだよ」
弱々しくもはっきりと、葵は嘆く。歯切れの悪い言葉は、ぽつりぽつりと空へ消えて。円堂は、葵の肩に置いた手を離した。そして、葵の前に周り、手を差し伸べる。ほんの少し、彼女は顔を上げる。だが再度、視線を落としてしまった。
「じゃあお前は、なおさら王女の元へ———城へ帰らなきゃならない」
決然とした口調。しかし、そんな彼の言葉も、葵を突き動かすには不足していた。葵はもぞもぞと動き出すと、悲しみの影を落とす円堂の瞳を、覗き込むかのように見つめ始めた。そして、まくし立てるように言葉を吐き捨てる。
「僕が帰る意味は、もう無いんだよ? 僕を必要としてくれていた王女様は、もういない」
震え始めた声色で、葵は告白した。いや、この事実は城に仕える者ならば誰でも知っていることだ。王女は、御自分を失われた。だがしかし、その原因は事故である。知っていても尚、葵は自分の考えを信じているのだ。信じている、ではなく、認めようとしない、と言ったほうが正しいのであろう。彼女は、真実を拒絶し続けるのだ。
生暖かいそよ風が、四人を撫でて去っていく。
「僕が王女様を、殺したんだから」
重苦しい発言をも、風はさらって行ってしまった。また顔を埋めようとする葵の前に、豪炎寺はかがみ込む。じっと視線を交差させると、彼は溜め息を吐き出した。
「……もう一度だけ言う。あれは、事故だ。それに王女は生きているだろ? お前を連れ戻せと、俺たちに命令を下したのは、お前が知っている王女なんだから」
切れ長の黒い瞳が、少女の蒼い瞳を捕らえる。しばらく沈黙が流れ、小鳥のさえずりだけが辺りに響いた。この間もまだ、少年は少女を見つめ続ける。葵の言葉を待っているのだ。それに気付いたらしい葵は、重々しげに唇を開く。
「……王女様の宝物が何だったか、知ってる?」
「その話は関係無い。早く、王女の元へ帰るんだ、葵」
無理に葵の言葉を遮ると、豪炎寺は葵の右肩に視線を移した。円堂も鬼道も把握していることだが、この黒い皮の上着の下、肩から腕にかけて、葵は怪我を負っているのだ。剣の刃をまともに食らったらしい。本来ならばきっと、動かす度に激痛が走ることだろう。そんな腕に、彼女は顔を埋める。小刻みに体を震わせながら。
「王女様はね、命の次に"記憶"が大事だと言っておらっしゃった」
泣きそうになりながら、葵は笑う。いや、彼女は泣いていた。涙も流さず、嗚咽も無く、ただただ静かに、声だけが泣いていた。それは、葵の昔からの癖で。泣けば楽になれるだろうに、彼女は自らの"負の感情"を、胸に押し込めるのだ。少年達は、この表情を見る度に苦しむことになる。昔も今も、彼女と自分達は仲間なのに、と。信頼とはそんなものなのか、と。
「だからね、王女様を殺してしまったのと同じ罪を犯したんだよ、僕は」
———王女様は、何も覚えていらっしゃらない。
吐き出された息と共に、葵は心の内をさらけ出す。ただ、どうしても少年達には、彼女を理解しきれないのだった。それはきっと、受け止めることができる純粋な心を、"嫉妬"という感情が曇らせてしまっているから、なのだろう。