二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

 その目は何も映さない、 ( No.206 )
日時: 2011/05/29 17:07
名前: 桃李 ◆J2083ZfAr. (ID: MsIbxfYV)
参照: 「俺がアンタを迎えに行く理由なんて、これだけで充分だ」




 ダイヤモンドダストが雷門に負けた。

 それはエイリア学園——も含まれるのだろうが、一番は父さんだろう——を驚愕させた事実で。けれど実際、あまり驚いていない自分がいた。そのことに俺は一番、驚いた。意識して考えたことこそ無かったが、ぼんやりと想像していたのだろう。雷門は進化し続けると。だから、俺達はいつの日か負ける、と。
 そんなの、当たり前だ。俺たちのサッカーは、時間は、あの日を境に止まったままなのだから。いくらエイリア石の力を借りて強くなったからって、そこからまた強くなる事はできない。時は廻ることを忘れた。だから俺達はずっと、きっとこれからも歩むことなど許されないのだろう。

 だけど——、

 負けることは、己の終末と等符号で結ばれるのがマスターランクチーム、及びエイリア学園の定めだ。誰も覆す事ができない。たとえソイツが、父さんの大のお気に入りであるグランだとしても。



 そのことを踏まえて確認する。
 アイツ等は、負けた。——ガゼル率いるダイヤモンドダストは。



 それが何を意味するか、嫌でも理解してしまう自分がいる。
 ダイヤモンドダストとプロミネンス——"氷"と"炎"は対立するもの。ジェネシスを巡ってもう長いこと争ってきた俺たちが、仲が良いはずがない。むしろ敵が減ったと喜ぶべきことなのだ。たとえ俺達が昔、同じボールを楽しく蹴りあっていた仲間だったとしても。俺達は敵同士。互いに慰めあう存在では、そんな義理は、これっぽっちもない。
 だけど何故、俺は、


「……ばー、ん?」


 アンタをなぜ放っておけない?
 ガゼルと視線が交わったその瞬間から速攻で考えたが、一秒にも満たない限られた時間の中で、この場に相応しい模範解答を導き出せるほど俺は利口では無かった。
 "絶望"の文字に覆い尽くされた虚ろな瞳は、揺らいではいるものの俺を見ていることは確かで。プツン、と。張り詰めていた糸が切れたみたいにほっとする。なぜ安堵感なんかを抱いてるんだとかは、またあとで考えることにしよう。


「なん、で、おまえが」
「わりぃかよ、」


 半ば強引に言葉を遮る。もともと女みたいに白いガゼルの肌は、この暗い室内にぼんやりと不気味に浮かび上がった。近づきたい、けど。その一歩を踏み出す勇気が俺には足りない。そんな不甲斐なさから泣きたくなる。
 だけど——今、一番、泣きたいのは俺なんかじゃなくてアンタだから。

 ガゼルは弱い。本当の本当に、儚くて脆くて壊れやすい。ダイヤモンドダストのキャプテンでいられるのも、その足元にサッカーボールが転がっているからだ。ガゼルからサッカーを取り上げてしまったら。こいつはどうやって身を護るのだろうか? いや、それ以前に護れるのか? ナイフを与えても鉄砲を与えても、ガゼルが独りで立つことなど到底無理だ。
 それほどまでに、弱いから。
 支えてやりたいと思うほど、弱いから。

 勢いでここまで来てしまったのが原因だが、労いの言葉なんぞ俺がその場で思いつくはずがない。だから今までの経験上、このまま沈黙が続くのだろうと思っていた。だから、静寂を破ったのがガゼルだと、この部屋に響く澄んだ声がガゼルのものだとしばらく経ってから気付いた時、正直、面食らった。


「……きみ、には。きみたちにはまだ、希望があるじゃないか?」


 震えている、初めて聴いた弱音に近い言葉。じっと耳を傾けることしかできない自分に淡い嫌悪感を抱く。


「昔は、あんなに近かったのに、」
「今だってそうだろ?」
「そんなのは綺麗事だっ!」


 珍しく、荒げられた叫び声。けれど熱した鉄にかけられた水が、そういつまでも潤いを保てるはずがなく。あっけないほど簡単に、水蒸気のように消え去ってしまった。掠れたようにも聞き取れるその言葉に、断末魔のような悲痛な響きに思わず黙り込む。本当はそんなこと言ってられるほどの余裕なんて持ち合わせていないくせに。噛み付き方だけは一丁前で。そのほかはまったく、だめなくせに。
 なのに何故、俺はその場を去らないのだろうか。


「……、私にとってもう、きみが眩しいということに気が付いてくれ」


 おねがいだよ、はるや。


 絶望と嫌悪と断念と哀愁と自嘲と。すべてがごちゃまぜになった翡翠色の瞳を見て思う。こんなに黒ずんでしまった瞳なのに、光も未来も誇りも無いというのに、どうしてこんなに美しいのだろうか。ガゼルが尋常じゃないのか、俺が狂ってしまったのか、答えはもう導くことができない。
 彼の瞳は現実を映しすぎたせいで、何も見えなくなってしまった。自業自得か、歪な運命のせいなのか。未熟な俺に、わかるはずがない。



   ———その目は何も映さない、



 希望を映してしまったのなら、アンタは再起不能なくらい、ぐちゃぐちゃに壊れてしまうのだろう?