二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- Re: 56章 明かされる能力 ( No.103 )
- 日時: 2018/02/13 20:52
- 名前: 霧火 (ID: OGCNIThW)
「泥棒さん」
思い掛けない言葉に、青年は一瞬息をするのを忘れる──が、やがて引き攣った顔で口を開いた。
「何を言って、「私、貴方の名前……知らないんです」…へっ?」
言葉を途中で遮られ、文句よりも先に青年の口から出たのは素っ頓狂な声だった。
しかし直ぐに青年は思った。
(……馬鹿馬鹿しい)
それが、真っ先に青年が思った事だった。
そんな彼の心露知らず。アヤネは話を続ける。
「貴方はこの街に住み始めて4年経つと仰いました。でも、私は貴方の事を知らなかった」
青年の肩を掴んでいる手が震えた。
アヤネの手が震えているのではない──青年の肩が震えているのだ。
見ると、青年はクスクスと可笑しそうに笑っていた。
「ライモンはヒウンには劣りますが、沢山の人が住んでいます。1人の人間の名前を知らないくらい、
仕方ないですよ。…まぁ、名前を知らないという理由で犯人呼ばわりされたのは応えましたが」
「いいえ」
アヤネは否定の言葉を口にし、首を横に振る。
青年には、アヤネが何に対して否定したのか分からなかった。
「知らない事は〝有り得ない〟んですよ」
アヤネは青年から目を逸らさず、ハッキリと断言した。
青年はゴクリ…と唾を飲み込み、ゆっくり問う。
「何でですか」
「私は初対面の相手でも1度顔を見て、声を聞き…名前を知れば、その人の顔・声・名前を
完璧に記憶出来ます。勿論、忘れる事もありません」
「……そんな、」
俄には信じ難い事だった。
人間の記憶は日々更新されて行く。それが嫌な記憶だったり、役に立たない物でも関係無く。
そして古い記憶はどんどん頭の片隅に追いやられる。
だから1回の接触だけでその人物を記憶し、ましてや忘れないと言ったアヤネの言葉は──
「そんな、不可能に近い言葉…失礼ですが信じられません」
「嘘の様な話…でも、事実なんです。私は先生であると同時に、育て屋の娘。
小さい頃から鳴き声でポケモンを判断したり、同じポケモンが居る中から特定の子を捜し出す方法を学び、
実践して来ました。…確かにこの街に住んでいる人は沢山居ますが、同じ顔・同じ声の人は殆ど居ません。
だから顔や声の違う人達を記憶する事は雑作も無いんです」
話し終えたアヤネは息を吐き、再び青年を見る。
「もう1度、問います。貴方は本当に、4年間この街に住んでいるんですか?」
真剣な眼差しのアヤネに対し青年は、
「…ククッ」
笑い声を漏らした。
「あいつの言った通りだ。やっぱ俺様には回りくどいやり方は合ってないらしい」
前髪を掻き上げ、男は鋭く吊り上がった目でアヤネを見る。
「随分雰囲気が変わりましたね。それが貴方の正体?」
「まーね。誠実だがネガティブ、って設定の坊ちゃんを演じてみたんだが…どうよ?」
「そうですねー…50点、といった所でしょうか」
驚く事も臆する事も無く話すアヤネに男は再び笑う。
「そんじゃ、変装は精進するっつー事で良いとして。バレちまった以上帰さないぞ」
「大丈夫。貴方が隠している皆のモンスターボールを回収するまで、私も帰る気はありませんので」
ボールを掌で転がす男に、アヤネもまた、モンスターボールを手に取る。
「戦る気マンマンってか?まっ、逃げられるよりはマシ……か!」
男はボールを上へ思いっきり投げた。
光が止み、姿を現したのは鹿の姿をしたポケモン──季節ポケモンのメブキジカだ。
このポケモンは季節毎に外見が変化するのだが、このメブキジカは角…枝に緑色の葉が茂り、
体の斑点の色も緑色な事から夏の姿をしたメブキジカの様だ。
「つー訳で、最強無敵な俺様のメブキジカが相手だ!」
「それなら私は…チョロネコちゃん!」
アヤネが大きめの声で名を呼ぶと、上からチョロネコが落ちて来て、地面に身軽に着地した。
「初っ端から飛ばして行くぜ!ウッドホーン!!」
「猫騙しです」
頭を下げ、角をチョロネコに向けて駆け始めるメブキジカ。
チョロネコはそんなメブキジカの前に素早く移動すると、手をパチン、と叩いた。
驚いたメブキジカは動きを止め、呆然とチョロネコを見下ろす。
「こんな単純な技に怯んじまうとはな…だが、2度目の先制はやらないぜ!二度蹴り!」
「不意打ち」
男は早口で攻撃の指示を出すが、又しても先制を取ったのはチョロネコで、
メブキジカの頬に強烈な一撃を喰らわした。
「…って、こっちが宣言した直後に先制取るな!メブキジカ!!」
しかしメブキジカも負けてはいない。背を向けて後ろ足でチョロネコを蹴り上げると、
もう片方の足で宙に浮いたチョロネコの体を地面に叩き付ける。
その衝撃で砂埃が舞うが、アヤネは冷静にチョロネコに声を掛けた。
「チョロネコちゃん。焦らず、慎重に行きましょう」
『ニィ!』
効果抜群の格闘タイプの技を受けたというのに、チョロネコは余裕の表情だ。
それを見て、男の眉間の皺が増えた。
「……攻め方を変えるぞ!電磁波!!」
メブキジカは枝から微弱な電気を出し、チョロネコへ放つ。
電気はチョロネコに命中し、あっという間に尻尾の先まで通った。
普通なら《電磁波》を浴びたポケモンは麻痺状態になり、攻撃し難くなって動きも遅くなるのだが…
「辻斬り!」
チョロネコの動きは、とても素早かった。
「……は?」
チョロネコは風の様にメブキジカを切り裂き、体に爪痕を残した。
口を開けて痛がるメブキジカとチョロネコを交互に見る男に、アヤネは悪戯が成功した子供の様に笑った。
「私のチョロネコちゃんの特性は【柔軟】。麻痺状態にはなりませんよ」
「だあぁぁぁ!【軽業】の方じゃないのかよっ!?」
「残念ながら違うの。ごめんなさい」
「謝んなよ!余計俺様が馬鹿に見られるっつーか、ミジメになるだろーが!!」
いつの間にか集まり始めた野次馬を指差して男は怒鳴る。
…声が震えているのは気のせいだろうか。
「ちくしょう!麻痺らないんなら眠らせるだけだ!草笛!!」
メブキジカは自分の枝に茂っている葉っぱを1枚咥えると、眠りへと誘う音色を奏で──
「させませんよ。横取り!」
…る事は出来なかった。
咥えていた葉は消え、チョロネコの手に移動していた。
そしてメブキジカ奏でるハズだった音色をチョロネコが代わりに吹いて聴かせる。
「…馬鹿!まだ寝る時間じゃないだろ!?しっかりしろメブキジカ!!」
しかし男の必死の声は届かず、メブキジカは足を曲げて座った状態で寝息を立て始めた。
「気持ち良く眠ってる所だけど…勝負だから容赦しません。辻斬り!」
チョロネコの爪がメブキジカを切り裂く。
座っていたメブキジカの体が横に傾き、そして倒れた。
「嘘、だろ…?」
(チョロネコ如きに、俺様のメブキジカが負けるなんて…!)
「次は誰?」
「…ククッ、急かすなよ」
男は不敵に笑い、アヤネに背を向けた。
瞬間、男の顔から汗がドッと、滝の様に流れる。
(やっべー!何だよあのチョロネコの強さ!馬鹿じゃねぇの!?楽勝な任務だと思ってたからメブキジカしか
持って来てないっての!ここは撤退するか…だが、どうやって逃げる!?)
ポケット全てに手を突っ込む男に、アヤネや野次馬達は首を傾げる。
(…!)
手に丸い物が当たった。
その正体に気付いた男はニヤリと笑い、アヤネの方を向く。
「?」
「あんたの相手は…こいつだ!」
そう言って男は持っていた物を床に投げた。
〜あとがき〜
すみません!夏風邪で熱出して寝込んでしまい、
更新が遅れてる理由も書き込めなかった上、更新が遅れてしまいました…(汗)