二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- Re: 102章 霧不断の香を焚く ( No.187 )
- 日時: 2019/04/27 15:45
- 名前: 霧火 (ID: dY5SyZjq)
「氷の礫」
最初の時よりも速く、多く放たれる礫。
しかし短時間で多くの礫を生成する分、礫の精度は低くなるらしい。
(1つ以外、大きさも厚さも鋭さも無い!)
「チャージビーム!」
豆粒サイズの丸みがある薄い礫に混じって飛んで来たテニスボールくらいの礫に向かって
シビシラスは攻撃を放つ。
ど真ん中に放たれた電気の帯は礫を砕き、氷は四方八方に飛び散るかと思われた。
だが──
(砕けない!?)
リオの予想に反して氷は電気を通し難いのかすぐに壊れず、ただ鈍く光るだけだった。
「攻撃中断、躱して!」
シビシラスと礫の距離はまだある、しかし先程の事もありリオはシビシラスに回避を命じた。
リオの判断は悪くなければ遅くもなかった。
にも拘らず、躱そうとシビシラスが体に力を入れた時には既に礫は真横を通り過ぎていた。
(あっぶな…!)
礫を破壊する事は叶わなかったが、攻撃で軌道をずらす事には成功したらしい。
礫により滝は割れ、その衝撃で大きな水音の後に水が跳ねて来た。
その勢いは地面を削る程に凄く、地面を見下ろすリオの顔が強張った。
「1つ大きな礫を作れば君は他を無視してそれだけに攻撃する。だから強度を上げさせて貰ったよ」
「やってくれるじゃない。それに礫のこの速さ…やっぱり、」
「そう、先制技だよ」
(でも、こんなに速いなんて…!)
そのスピードは、ピッチングマシンから放たれる硬球の様に速かった。
それでも普段ならその速度を逆手に取ったり、ポケモン達の目となりサポートに徹するのだが──
「視界が悪いわね…!」
吐き出されたリオの息はとても白かった。
それはこの森も同じで暖かく湿った空気とバニプッチが吐く冷気が混ざり合い、
更に下方に溜まった冷気が入口近くの川に移動した為、何時しか濃霧が発生していた。
スモッグと違って人体に影響が無いのは救いだが、バニプッチが居る限り霧が晴れる事は無いし、
こうも白くてはバニプッチの姿を捉え難い。
「やっぱり他のポケモンの方が良かったんじゃない?」
耳を澄まし、目を凝らしてバニプッチを探すリオに呆れたレイドの声が響く。
レイドの姿もこの濃霧で完全に見えなくなっていた。
「ヒトモシなら相手の生命エネルギーを辿って、バルチャイなら風で霧を払ってバニプッチを
見付けられるから、この状況を打破出来たと思うんだけど」
「…ヒトモシの事をよ〜く知ってるのね」
初めて出会った時に語ったバルチャイのオムツ型の骸骨の事と言い、レイドはポケモンの知識が豊富の様だ。
だからこそシビシラスでは無謀だと言いたいのだろう。
「でも、知識だけで私のポケモン達を測って欲しくないわね」
シビシラスだから駄目とか、そんな風に決めつけられたくない。
修行しても技を全く覚えないシビシラスに不安を覚えたりもしたけど、それも最初だけ。
今では持ち前の我慢強さでリオやヒトモシ達を救ってくれる頼れる存在だ。
「凍える風」
リオの言葉に何の反応もせずレイドは攻撃を指示した。
こちらが指示する間もなく右斜め上からマイナス50℃の冷たい風がシビシラスに襲い掛かる。
一瞬霧が晴れてレイドとバニプッチの位置を確認出来たが、すぐに新たな霧が発生して
姿が見えなくなってしまう。
「そう言うなら、バニプッチを負かして僕の考えを正してみてよ。無理だと思うけどさ」
「その言葉、絶対に撤回してもらうんだから!」
「大口叩くのはまず《氷の礫》を破ってからにしたら?」
レイドの言う通り、1番の脅威はその技だ。
最大パワーだと四方八方に放出される《チャージビーム》なら複数の礫を破壊出来るかもしれないが、
最大限の力というのはそう簡単に出せる物では無い。
自身の奥底に眠っている力を引き上げるには力を溜める等の準備と集中力が必要であり、
どうしても時間が掛かってしまう。
今までは運が良かったのか、そういった時間を確保出来る相手ばかりだった。
だが──
「氷の礫」
「切り株の陰へ!」
勢い良く飛んで来た拳サイズの礫3個を眼前にあった切り株を盾にして凌ぐ。
(よりによって先制技を持つ子が相手なんだもんね…)
シビシラスが攻撃でも防御でもない動きを見せれば当然向こうは警戒する。
そうなるとシビシラスがパワーを溜めている間に大技の後に《氷の礫》か、連続で《氷の礫》を打って
早期決着を狙って来るだろう。
回避の指示を出せば早期決着は免れるだろうが、回避に専念するあまり集中出来ず、
今度は持久戦になりかねない。
(シビシラスに無理をさせず、バニプッチを怯ませられれば…せめて麻痺が仕事してくれたら
良かったんだけど)
相手を痺れさせて自分の流れを作るのが得意なシビシラスにとって、麻痺が役割を果たさないのは
大きな痛手だ。
「凍える風」
「躱して!」
シビシラスは切り株から離れて滝を登る様に身体を縦にして上に逃れようとしたが、
木の高さまで吐き出された冷気に逃げ道を封じられ、あっという間に冷気に包まれてしまった。
冷気が下に移動してリオがシビシラスの姿を視認した時には、シビシラスの動きは更に鈍っていた。
「シビシラスの場合、浮遊可能なのは2mくらいか。勉強になったよ」
「…っ」
【浮遊】の特性を持つポケモンは確かに浮く事が出来るが、飛行タイプの様に制限なく
自由に空を飛び回れる訳ではない。
風船の形状をしたポケモンやガスや空気を身体に溜め込めるポケモン、翼を持っているポケモンや
ゴーストポケモンとなると、また話は変わってくるが。
一時的に霧が晴れてレイドの姿だけが現れる。
レイドの目はリオとシビシラスではなく、お洒落な手帳に向けられていた。
片手にペンを持っているので今の情報を書き込んでいたのだろうが、余裕たっぷりなその態度が
リオを苛立たせた。
(悔しい…くやしいくやしいくやしいっ!!悉くシビシラスを馬鹿にされてるみたいで悔しい!!!)
リオが下唇をギッと噛んだ時、瞼に冷たい小さな何かが当たった。
(氷?)
無くなる前に指先で取ってみると、それはコンタクトレンズ以上に薄い氷の結晶だった。
氷混じりの風を発生させて登場したくらいだから、バニプッチの冷気には常に氷が混じっているのだろう。
きっと、この霧の中にも小さな氷の結晶が漂って──
「…そうだ」
そこまで考えて、リオは思い付いた。
シビシラスだからこそ出来る戦略を。
「さて。君がバトル前に言った通り、長々とバトルするのは悪いし…」
手帳を仕舞い、つまらなそうな目でレイドがリオを見た。
「ワンパターン過ぎて飽きたから終わらせよう」
「シビシラス、スパーク!」
「無駄だよ。氷の礫」
バニプッチが頭上で氷を形成する。
小さな物、大きい物、薄い物、厚い物、丸い物、尖った物。
多種多様の氷が今、電気を纏ったシビシラスに放たれようとしている。
「戻すなら今だよ」
「シビシラス、その場で待機!」
「……チッ。構わないバニプッチ、終わりだ」
それは、無数の氷がバニプッチの手を離れたのと同時だった。
電気を纏ったシビシラスの身体は黄色から白へと変わり、光源となったシビシラスは辺りを照らした。
《氷の礫》が光を透過して、あまりの眩しさにバニプッチは思わず目を瞑って攻撃の照準がずれる──
『!』
「シビシラス!」
…事はなく全ての礫はシビシラスに命中して、シビシラスは川の中に落ちた。
「水の波動」
最後にバニプッチの《水の波動》が川に向かって放たれる。
川に落ちた水の玉は衝撃で水風船の様に音を立てて破裂して中の水を解き放ち、水量を増した川は小さな波を発生させた。
そして、シビシラスは目を回した状態でリオの足元に流されて来るのだった。
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「《氷の礫》をレンズ代わりにして目眩まし…氷は円形じゃないとレンズの代わりにならないし
急速に作られた氷は不純物が混ざって半透明だからあまり光らない。
コンタクトレンズぐらいの薄さになるまで溶かせば多少はマシだろうけど、すぐ水になって
時間稼ぎは出来ないだろうね。でも着眼点は悪くないし良い線行ってたと思うよ」
切り株に寄り掛かり爪先で地面に散らばった氷の欠片を転がすレイドの言葉を聞きながら
リオは今──とてつもなく凹んでいた。
レイドのシビシラスに対する評価に腹が立ち知識だけで私のポケモン達を測るな、撤回させると
大口を叩いておきながら、自分の誤った知識の所為でシビシラスを負かしてしまった。
実力や経験の差で〝負けた〟のではなく己の判断にシビシラスを巻き込んで〝負かしてしまった〟のだ。
(何がシビシラスだからこそ出来る戦略よ…感情のまま突っ走らないで、もっと慎重になれば良かった。
私の馬鹿…シビシラス、ごめん……)
自分の馬鹿さ加減とシビシラスへの申し訳なさで顔を覆いたくなる。
それ程までに反省点が多過ぎてレイドの言葉を素直に喜ぶ事は出来ないが、無反応と言うのは
流石に感じが悪い。
そう思ったリオはとりあえず顔を挙げてレイドの目を見た。
「ありがとう。本当はこんな欠陥だらけじゃない作戦でシビシラスを勝たせてあげたかったんだけどね。
そうすればシビシラスの力を認めて貰えたし」
声のトーンが落ちないよう、棘のある言い方にならない様に細心の注意を払いながらゆっくり話すリオ。
そんなリオにレイドは瞬きをし、一言。
「認めるも何も、僕は最初からシビシラスの事を認めてるけど」
「………………はい?」
首を傾げたレイドに釣られる様に、リオもまた首を傾げるのだった。
結局のところ、レイドがシビシラスを悪く言ったのは本心ではなく演技だったらしい。
何故そんな事を、と難しい顔をしたリオが尋ねる前にレイドが口を開いた。
「君を流砂に落とした後に僕が相手にした連中は人質を恐がらせたり人の事を腰抜け野郎と言ったり、
僕に何度も攻撃を叩き込んだり複数のポケモンを出したり、とにかく卑怯で最低な奴ばかりだったんだ。
でも、連中のポケモンは皆レベルが高かった。君が負けた僕のバニプッチよりもずっとね」
「!!」
【古代の城】でレイドのポケモンによって氷漬けにされていた複数のポケモンを見て
1対1のバトルが行われなかった事と、殆どがヒトモシ達より経験を積んでいる事は分かっていた。
(でも、私だけじゃなくてあの後レイドにまで攻撃を仕掛けていたなんて…!)
卑怯な相手と呑気な自分に対して怒りが込み上げる。
爪が皮膚に食い込む程に拳を握るリオを知ってか知らずか、レイドは溜め息を吐いて続ける。
「ベテラン刑事でも探偵でもない駆け出しの一般トレーナーで僕の一言で簡単に感情を剥き出しにする君に
悪人と善人を見分ける観察眼があるワケないし、たった1匹の小さなポケモンに負ける実力じゃ、
あの場に残ってたとしても状況は変わらない…いや、悪化してたんだよ。
僕は親切心で君を助けたんじゃない、邪魔だし都合が悪かったから流砂に突き飛ばしたんだ。
全部自分の為にやった事だし最善の選択をしたと思っている。反省も後悔もしていない。
けど人によっては最善を最悪と思う場合だってある。皆が納得して反論も起こらない絶対的に正しくて
綺麗な選択なんてこの世には無いんだよ、面倒臭い事にね。
…だから、僕の選択に偶然巻き込まれた君がこれ以上小難しい事を考えたり勝手に抱え込む必要は無い」
「………今の話とシビシラスを悪く言う演技をした理由がいまいち繋がらないんだけど」
(でも、慰めてくれたのは分かった)
リオは【迷いの森】に移動する前の「別の形で伝える」という言葉を思い出す。
バトル中レイドの言葉や態度で感情的にはなったが今思えばそれも含めて楽しんでいたと思う。
バニプッチの冷気と森の空気とレイドの長話のお蔭か、バトル前より頭がすっきりして気持ちも落ち着いた。
目の前で涼し気な顔で爪を眺めているレイドが計算してポケモンと場所を選んだのかは分からないが──
(ここまでして貰って、いつまでもウジウジしていられないわよね)
ひゅう…とリオは息を吸うと、思いっきり両頬をぶっ叩いた。
突然のリオの行動に野生のポケモンは目を逸らし逃げ出して、レイドは手を持ち上げたままリオを凝視した。
「レイドごめん!私ずっとウジウジ鬱陶しかったけどそれも終わりにするわ。ウジウジして時間を潰すより
修行に新しい仲間探しにヒトモシ達のご飯作りにヒトモシ達へのマッサージとブラッシングに
時間を使った方が良いしね!」
「…鬱陶しくなくなる代わりに暑苦しくなるってオチは勘弁なんだけど」
「こんな簡単な事に気付かなかったなんて恥ずかしいけどレイドのお蔭で目が覚めたわ。ありがとう!」
がっしりとレイドの両肩を掴んで熱くお礼を言うリオにレイドは微笑ましそうに表情を緩める──
「あのさ……人の話聞いてる?」
…事は当然無く、ジト目でリオの左頬を思いきり摘むのだった。
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最早お約束の様なやり取りが終わった後にリオは何かを決意したのか頷いた。
「レイド。私、もっと強くなるわ。困ってる人を助けられるように」
「何?君、将来は警官か何でも屋にでもなるの?」
「そういうワケじゃないけど、強くなれば出来る事も増えるでしょ?私を助けてくれたレイドや
他の人達の様に、私も誰かを助けたいの」
「…助けたんじゃなくて邪魔だから突き飛ばしただけって言ってるでしょ」
外方を向いたレイドに小さく笑ってリオが空を見上げた時。
(────え)
空が、水に絵筆を入れてかき混ぜたかの様にぐにゃり、と歪んだ。
突然の事に驚いてレイドを見ると、レイドが寄り掛かっていた筈の切り株もその奥にあった
キャンピングカーも消え失せ、狭かった森が拓けた土地へと変貌していた。
しかしリオが目を擦って改めて周囲を確認すると、消えたと思った切り株やキャンピングカーは
元々あった場所で己の存在を主張していて、森も木々が密集した狭い場所に戻っていた。
(どこにも異常が無い…目の錯覚?バトルで目を使い過ぎたのかしら)
空を見上げて確認を終えたあたりで、先程リオがした様にレイドが肩を掴んだ。
肩を震わせて目線を空からレイドに変えるとジト目のレイドと目が合った。
「ごめん、ぼーっとしてたわ」
「君って時々周りが見えなくなるよね。まあ良いや、僕からのアドバイス」
リオの意識が何処に向かっていたのか深く追及する気は無いらしい。
人差し指をピンと立てたレイドにリオは胸を撫で下ろし、レイドの話に耳を傾ける。
「強くなるのは良い事だ。でもそれまでに君が対処出来ない事が起こったら利用するんだ」
「利用?」
「近くに居る腕の立つ人間を大袈裟に煽てるなり泣き落としで庇護欲を掻き立てるなり、
力の無い弱い少女の振りをして相手の正義感を使うなりして様々な手を使って自分の味方に
なるように利用して、問題を解決させれば良い。君はバトルの時には天候や障害物、
そして相手の技も上手く利用するだろう?それと同じだよ。もし助けを求めた相手が失敗したら
それを更に利用してもっと別の強くて御人好しな人間を利用すれば良い」
レイドは満足気に息を吐いてリオの反応を窺う。
リオはレイドの台詞を頭の中で何度か繰り返し、頷いた。
「うん。嫌」
「…は?」
口を半開きにしてぽかんとするレイドに苦笑して、リオは今日の事を思い出して目を細める。
「私は自分の弱さを理由に誰かを利用するなんてしたくない。弱くても私に出来る事があるなら
どんな些細な事でも全力で協力したいし、最後に助けてくれた人に心からお礼を言いたい。
折角アドバイスをくれたのにごめんなさい、私ポケモン以外の事で頭を使うのは苦手だから
レイドの意見は参考に出来ない」
そう言って頭を下げたリオにレイドは肩を竦めた。
「そうだね。君は真っ直ぐなくらい馬鹿正直だったね」
「馬鹿!?」
「ポケモン以外の事で頭を使えないなら、ポケモンの知識は沢山身に付けた方が良いよ。
本を借りるとか昔の木の実や化石が展示されている場所に行くとか、知識の増やし方は
色々あるでしょ」
レイドの言葉にリオはある事を思い出してリュックを肩から下ろす。
「そうだ。レイドに見せたい物があるの」
リオがリュックから取り出した物をレイドの目線の高さまで持ち上げると、レイドは目を瞬かせた。
「ポケモンの化石なんて珍しいね。どうしたの?」
「例の2人組から貰ったの。こういう化石は貴重な物だから寄贈した方が良いのかしら?
でも手続きとか分からないし盗品の可能性もあるから、その場合どうしたら良いのか…」
「僕じゃなくてジュンサーさんに聞けば良いでしょ」と切り捨てられる事も覚悟していたが、
レイドは顎に手をやり地面を見ながら何かを思案し始めた。
(折角のアドバイスを無下にしちゃったのに、また真剣に考えてくれてる…)
リオが化石を抱きかかえてじっとその姿を見詰めること1分弱。
レイドが大きく息を吐いてゆっくりとリオを見た。
「全部の条件を満たすならあそこだな。リマさんにシッポウシティに連れてって貰いなよ」
「何でシッポウシティ?」
「シッポウシティに居るでしょ、化石のスペシャリストが」
リオはハッとする。
博物館に巨大な骨、眼鏡を掛けた男性に本棚。
そして自分達を負かし、同時に大切な事も教えてくれた強くて優しいジムリーダーの姿を──