二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- Re: 番外 笑顔と破壊とツッコミが絶えない職場です? ( No.188 )
- 日時: 2020/11/05 10:12
- 名前: 霧火 (ID: HEG2uMET)
ベッドから降りてシーツ諸々を整えて顔を洗う。
クローゼットにズラッと並んだ洋服の中から一式を手に取って袖を通す。
服を着た事で乱れた髪を梳かして両サイドで纏めて三つ編みに。
発声練習は入念に何度も繰り返して。
眼鏡のレンズを拭いて装着。
「よっし!」
これで、ボクことフェイクの完成だ。
「おっはよー」
「間違ってるぞフェイク。正しくは〝おそよう〟だ」
「い゛ーっだ!」
満面の笑顔でメインルームの扉を押し開けた自分を最初に出迎えたのは、シックな黒と白の家具と
巨大スクリーン……と、紅茶のカップ片手に足を組んで座っている弄られ俺様ヘタレこと、ビッシュ。
間髪入れずに嫌味ったらしく訂正して紅茶のカップに口付けるビッシュに舌を出して
向かい側のソファーに腰掛け、首を伸ばして肩を動かし足をばたつかせながらビッシュを観察する。
鬱陶しい?軽い嫌がらせ?知ってる、わざと。
でもビッシュはツッコミも注意もせずに目を閉じて紅茶の香りを堪能している。
ボクは上体を反らして両手の人差し指と親指を使って四角を作り、その中にビッシュの姿を収める。
気分はベストショットを逃さない敏腕カメラマンだ。
実際すらっとした体躯に目鼻立ちの良いビッシュはモデルでも充分通用しそうだ。
当然「黙っていれば」が絶対条件だけど。
兎に角……
この人モデルなんですよーって言って写真をバラ撒けば、小遣い程度は稼げるかも!
そう思って本物のカメラを持って来ようとしたら最後の一口を飲み終わったのか、
カップを片しにビッシュが立ち上がった。
「ちぇー」
被写体が動いてしまったら、いくら敏腕カメラマン(仮)のボクでも思い通りの写真を撮るのは難しい。
今はその時では無い……そう自分に言い聞かせて寝転がろうとしたら、良い匂いが漂って来た。
バターの香りと、果実の甘酸っぱい香りだ。
「朝食の前に、試作品の感想をくれ」
そう言ってビッシュがバスケットを手に戻ってきた。
目の前に置かれた小さなバスケットの中を覗き込むと、そこには多種多様のクッキーが入っていた。
何気なく桃色の丸いクッキーを摘むと、焼き上がって時間がそんなに経っていないのかほんのり温かい。
口に放り込み舌で転がすとほろりと溶けて、バターの香りが鼻を通った後に果実特有の甘酸っぱさが
口いっぱいに広がった。
「これ、中身は何?」
「ベースはモモンの実で、上に乗ってる黒いのはチーゴの実の種だ。モモンの実は低温のオーブンで
乾燥させて、チーゴの種は砂糖漬けしないでそのまま使った。モモンの実は乾燥させた後に
日光に当てたから、より甘さが増してるだろ?」
熱弁するビッシュはスルーしてクッキーサンドを食べる。
1枚の四角いクッキーの上にホイップクリームと刻んだオレンの実を乗せて、もう1枚のクッキーで
サンドしたシンプルな物だが、こちらも美味だ。
「熱弁したのにあんま美味しくないじゃんうけるわー!」と笑ってビッシュを弄るボクの計画が台無しだ。
計画を台無しにしたビッシュはむかつくが食べ物に罪は無いので、手は休めない事にする。
「サラッと言ってるけど、木の実って希少なんでしょ?よく各種カゴ一杯になるまで集められたね」
「地道にバイトして、色んな奴と交流して、島に行って、野生のポケモンから拝借してきた賜物だ。
つっても、全種類あるワケじゃねぇけどな」
「ほぉーん。木の実ってそんなに種類あるんだ」
「ああ。……あの木の実があれば、俺の持ってる木の実の良さを引き出した菓子が作れたんだが」
残念そうに眉を下げるビッシュに、何だその顔と思考女子かよと呆れたけど、優しい優しいボクは
思っていても口に出さず、次のクッキーに手を伸ばそうとした。
しかしテーブルの上には何も無く、伸ばした手を引っ込める。
確かに数十秒前までテーブルの上にはバスケットが置いてあった筈だ。
目を白黒させていると、サクサクと何かを咀嚼する音が間近で聞こえた。
「いや……間近と言うか左隣から?」
そうっと横目で隣を見ると、いつの間にか物騒無機質少女こと、メールがバスケットを抱え込んで
クッキーを頬張っていた。
「……………。」
……顔を綻ばせて食べているならクッキーも本望だろうが、無表情で サクサク、ゴクン。
サクサク、ゴクン。と感想も言わず機械的に食べるのってどうなんだ。
味わって貰ってるのか否か分からないけど、次々と口の中に放り込まれる哀れなクッキー達に合掌。
「どうしたフェイク、手なんか合わせ――うおっ!?メール!?いつからそこに!?」
「ビッシュが桃色クッキーの説明をしている時から。イコール、3分47秒前から。」
「メールってば細か過ぎー」
「ご馳走様。大変美味しゅうございました。突然だけどビッシュに依頼。」
「ご丁寧にどうも。で、依頼?何だ、言ってみろ」
空になったバスケットを預かったビッシュにメールは両手を広げた。
よく小さな子がやる「抱っこー」の、あのポーズだ。
「料理したい。イコール、上の物が必要。」
「確かにあの高さは女には辛いな。分かった、取ってやるよ」
「過保護になるのは良いけど包丁が頭上の棚にあるのってどうなのー?落ちたら頭に刺さるじゃん。
怪我まっしぐらじゃん」
「大惨事にならねぇ様に対策はしてるから大丈夫だ。で、メール。包丁以外に使う物はあるのか?」
「今は包丁とまな板だけで充分。他に欲しい物があったらまたお願いするかもしれない。」
「了解」
嫌な顔をせず頷くビッシュは本当にお人好しだ。
《メールの料理》に興味が湧いたボクはキッチンへ向かう2人の跡を追い掛ける。
「相変わらずピッカピカだなー」
綺麗なキッチンをざっと見渡して感嘆する。
キッチンの主と言っても過言でないビッシュは綺麗好きなのか、こまめに掃除をしている。
その賜物か料理に良くある油汚れや焦げ、シンクや食洗機に出来やすい水垢、壁に至ってはカビが
一切見当たらない。
「何か前は無かった木の実酒まであるし」
まだお酒を飲める歳ではないが、氷砂糖に漬けてある青色の実はとても美味しそうだ。
滅多に見ない実だ。どんな味がするのか興味がある。念入りに水洗いすれば食べられるだろう。
こんなに沢山漬けてあるんだ、1個くらいなら大丈夫、バレない。
ビッシュがこっちに背中を向けている今がチャンスだ。
そんなボクの心を読む様に、棚の中に手を伸ばしながらビッシュが口を開く。
「1個くらいならバレねぇと思ってんなら無駄だからなフェイク。その実は希少だから数は覚えてる」
「…………そんな事思ってないしー?さっさとお目当ての物渡してあげなよ」
瓶の蓋から手を離し、ボクは大人しくビッシュの背中を見つめるメールの隣に移動する。
「ところでメールは何作んのー?」
「ポケモンフーズ。まず木の実を細かく切る。その過程で初めて使う包丁に慣れる。」
「あんな物騒な発言繰り返しておいて初包丁、だと……!?」
思わぬ形でメールの意外な真実を知って動揺している間にビッシュが包丁を持って来た。
柄の方をメールに差し出し、まな板を作業台に置いてビッシュが微笑む。
「ま、何事も挑戦だ。頑張れよ」
ビッシュは冷蔵庫から別地方から取り寄せた牛乳を取り出してカップの2/3くらいまで注ぎ、
タイマーを1分に設定してレンジのボタンを押した。
メールはまな板の上に袖から出したナナシの実を置くと包丁の柄を両手で確と握り──
「激励感謝。いざ。」
切っ先をナナシの実目掛けて振り下ろした。
だあぁん!!!
パラパラパラ……
「「「…………」」」
そしてメールは包丁で木の実はおろか、まな板を真っ二つにして、キッチン台に亀裂を入れ、
衝撃で包丁を大破させた。
色んな残骸やら破片がパラパラと床に落ちる。
……いやいや、料理下手ってレベルじゃないっしょ。
「失敗。イコール、片付け推奨。」
片付けようと手を伸ばしたメールの手をビッシュが掴んだ。
これは怒るなと面白半分に眺めていると。
「ばっかやろう!!破片で怪我したらどうすんだ!?後始末は俺様がしとくから、大人しくソファーで
コレでも食ってろ!!」
「あ、怒るとこそこなんだ。まな板諸々壊したのは良いんだ」
ビッシュに渡された半透明の容器の中身──クラボの実が乗ったアイスを「反省。そして感謝。」と言って
ソファーに移動せずその場で食べ始めたメールの目の前で、ビッシュは箒で集めた大きい破片を
ちり取りに入れ、冷蔵庫のドアにくっ付いていた磁石を手に取って床に落ちている細かい破片を
引き寄せるという地味な作業をし始めた。
傍観しようと思ったのに、あまりにもビッシュが非効率でお馬鹿だから、つい掃除機を渡すという
ファインプレーをしてしまった。
本当にツッコミが追い付かない……と言うか、深刻なツッコミ不足なんだけど。
半目になっていると、ビッシュから貰ったアイスを即食べ終えたメールが手を合わせた。
「大変美味しゅうございました。このアイスもビッシュの手作りと予想。」
「移動時間と交通費、買いに行って目当ての味が無かった時の事を考えたら作った方が得だしな」
「完全同意。ビッシュ、後で料理教えて。」
「はぁ?何だその流れ。どうして俺様が……いや、1人で怪我したり、とんでも料理作らせるよりはマシか。
良いぜ、作りたい物メモっとけよ」
「了解。」
「ほら、飲み物」
ビッシュは先程温めた牛乳に黄金色の液体をとろり、と垂らした。
湯気まで甘く香る飲み物に、常に半分しか開いてないメールの目が少しだけ大きく開かれる。
「感謝。」
手を合わせて今度は時間を掛けて、噛み締める様に味わって飲むメールを横目で見た後に
今度は雑巾を持って中断していた後始末に向かうビッシュを眺める。
口は悪くて俺様でヘタレで弄られキャラの癖に、料理も洗濯も掃除も裁縫も1番出来て気遣いが出来る、
何より女を馬鹿にしない。
ここにお金持ちという要素を持っていたら、今頃ビッシュの周りには凄い事になっていただろう。
ほんっと、料理人か主夫になってれば成功者になれてたのにさー。
色々あってそんな選択肢すら無かったみたいだけど。
ボクが此処に入ったのは3番目。
その後にビッシュと、天才幼女ことシャルロットが一緒に入った。
汚れた服を身に纏っているのに晴れやかな顔のビッシュと、小さな皺すら無い綺麗な服を身に纏っているのに
叱られた子供の様に俯いてビッシュの手を強く握るシャルロットの姿は、今でも鮮明に思い出せる。
ボスもメールも取っ付き難いから、ボクが持ち前の明るさで迎え入れたんだっけ。
あの頃から随分と賑やかになったもんだ。
「ボクも歳を取るわけだわなー」
「?何の話。」
「んー?」
カップから口を離してこちらをじっと見るメールに笑顔を向ける。
そして素早くカップを拝借、中身を頂戴する。
「あ。」
口を開けて硬直するメールの膝に空のカップを置いて、手を合わせる。
「ボクの人を見る目は今も昔もあるんだなって話とー」
ご馳走様でしたの代わりに、ボクは口に付いた牛乳を舐め取った。
賑やかな足音と声の持ち主とそのお供、ビッシュの最大過保護対象がこの場に集まる前に証拠隠滅だ。
「ボクの危険察知能力は高いって話!」
そう告げてボクは扉を押し開けて外に向かって走る。
扉の向こうからビッシュの「どうしたメール!?落ち着けって!!うおぉっ!?」という声と金属音、
少し遅れて楽し気な笑い声、焦った声が聞こえて来て思わず頬が緩んだ。
本当に、賑やかになったもんだ。