二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Re: 22章 揺れる想い ( No.47 )
日時: 2020/07/26 23:17
名前: 霧火 (ID: HEG2uMET)

私の、負けです──

その言葉を聞いたヒトモシは瞑っていた目を開き、リオを振り返る。


『モ、モシ……』
「ごめんね……ありがとう、ヒトモシ。ゆっくり休んで」

リオは狼狽えるヒトモシを抱き上げて背中をぽんぽんと優しく叩き、モンスターボールに戻す。
それを静かに見つめていたアロエは、ゆっくりと口を開いた。

「刀は簡単に抜けるけど、抜いた刀を鞘に戻す事はとても勇気のいる事だ」
「アロエさん……」
「アンタは目先の勝利よりも自分のポケモンの事を考えて負けを選んだ。あたしは、そういう奴は
 嫌いじゃないよ。また挑戦しにおいで」

最後に柔らかく笑ったアロエに、リオの胸の奥が熱くなる。
目の前に居る大柄な女性の言葉は、リオの心を優しく包み込んだ。

「……っ、ありがとうございました!」

強くて優しいジムリーダーに、リオは感謝の意を込めて頭を下げた。


「あ!どうでした?バトルの結果は!!わたくし、気になって気になって!」
「ひっ!?」

各々分担を持って本と本棚の掃除に勤しむ人々に会釈をしながら、ジムから博物館の方へ戻った
リオを真っ先に出迎えたのは、鼻息が荒く、興奮からか眼鏡を曇らせたキダチだった。
暗い場所から明るい場所に出た故に景色が見え難く、リオが視界をクリアにしようと普段よりも
瞬きを多くしていた所に顔をぐっと近付けて来たのだから、タイミングが悪い。
視界がクリアになって安心した目に最初に映ったのがドアップで、鼻息荒く眼鏡を曇らせた
キダチなのだから、リオからすれば完全にホラーだ。

「鼻息荒いっすよキダチさん。博物館なんすから落ち着いて、静かにして下さい。
 仮にも副館長でしょう。あと無駄に近ぇ」

小さく悲鳴を上げたリオを見てキダチの襟首を冷めた目で引っ張ったのはアキラで、リオはホッと
息を吐いてからアキラにお礼を言う。

すると自分を見たアキラの目が、大きく見開かれた。

「リオ、お前……」
「それで!?どちらが勝ったんですかっ!?」

何かを言い掛けたアキラだったが、キダチの声に阻まれる。
その事に口元を引き攣らせる幼馴染に苦笑しながら、リオはバトルの結果を簡潔に話す。

「アロエさん、凄く強くて……最後は私が判断をミスしちゃって負けちゃいました」

リオが言い終わると、キダチは得意気に鼻を鳴らして眼鏡を持ち上げた。

「そうでしょう!わたくしの奥さんは綺麗で優しいだけでなく、バトルも本当に強いんですよ!」

(……この人は本当に!)

アキラはジロリとキダチを睨むが、興奮しているキダチには効果が無いようだ。

「皆は頑張ってくれたのに、悪い事しちゃった……アキラはこの後ジム戦でしょ?ポケモンセンターで
 皆を回復したら、私もすぐ応援しに行くから!」

落ち込んだ様子から一変、笑顔でガッツポーズをするリオを見て、アキラは溜め息を吐く。

「……いや、応援は良い」
「アキラ?」

不思議そうに自分を見上げるリオの頭の上に手を置く。

「それよりお前も疲れたろ?色々とさ……だから気分転換っつーか、少し休んでこいよ」
「!…そう、ね。うん、ありがと。ジム戦、頑張ってね!」
「ああ」

拳を前に突き出したリオに、アキラは静かに拳をぶつける。
それに顔を綻ばせ、リオは拳を下ろす。

「じゃあ、ちょっと休憩して来るわね!」

リオはアキラとキダチに手を振り、博物館を後にした。

「負けても笑顔を絶やさないなんて、リオちゃんは強い子ですね〜」
「強いっつーか、頑固なんですよ」


アキラは目を閉じ、大きな溜め息を吐いた。


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ここは【ヤグルマの森】。
光が僅かにしか差し込まないこの森は、心を落ち着かせたり、気分転換をするのに適した場所だ。

リオはタマゴを抱えてコケが生えた岩に横たわり、木の隙間から見える空を見つめていた。

「静かで何だか落ち着くわね。このまま寝ちゃいそう」

眠りの世界へ旅立ちそうになったリオを引き戻したのは、服の裾を掴んだヒトモシだった。

「……ん?どうしたの、ヒトモシ」
『モシモ……』
「さっきのジム戦の事?良いのよ、あれは私の判断ミスと未熟さが招いた結果なんだから。
 貴女は何も悪くないわ」

ふんわりと微笑んで頬を撫でるリオと何度も頷くシビシラスに、ヒトモシは口を紡ぐ。

「──ヒトモシは、ミルホッグが恐いのよね?」

リオの問い掛けにヒトモシは無言で頷く。

「そっか。私もね、小さい頃とても恐い物があったの。お母さんとお姉ちゃんとお爺ちゃん、
 そして……アキラが居てくれたお蔭で克服とまではいかないけど、今では何とか前向きに
 考えられる様になったわ」

リオの告白にヒトモシは驚く。
己の中でこの少女は恐れる物など何も無い、強い人間だったから。

「でも前向きになるのには時間が掛かったわ。小さい頃の私は意気地なしの上にマイナス思考で、
 周りに励まされても悪い方に考えちゃってね。このままじゃ駄目だって頭で理解してても、
 恐い物は恐いから……」

そこまで言って、リオはヒトモシに笑い掛ける。

「今回は休んでシビシラスのバトルを見てて。克服なんて出来なくても良いの。誰にだって
 恐い物はあるし、貴女は貴女だから。少しずつ、ゆっくり進んで行こう。私達と一緒に」

その言葉にヒトモシの心は救われる──しかしそれと同時に、罪悪感が募った。


本当に、そうやって甘えたままで良いのかと。


“あれ?リオじゃないか。”


「『!?』」

突然聞こえて来た透き通った声に、リオとヒトモシの肩が跳ね上がった。
シビシラスは悠然と漂っていて、リオの髪を引っ張っては離すを繰り返している。
声の主を捜して首を動かすと、茂みから顔馴染みの者が姿を現した。

馬の様な体躯に水色の尾、赤い鬣に1本の剣の様な角を持つポケモン──ケルディオだ。

「ケルディオ!もしかして今の声って……」


“そう、僕の声だよ。ポケモンがこうして喋るなんて、気味悪いかい?”


「そんな事無いわ。寧ろ、こんなに早く貴方に逢えた上に話せて嬉しいくらい!」

邪気の無い笑顔で言われ、ケルディオは火照った頬を隠そうと外方を向く。
今までは会ったらすぐに消えてしまっていたので、綺麗な毛をくれたお礼だけでも言えたら
良いなと思っていた。
まさか談笑出来るとは思わなかったので、リオにとって嬉しい誤算だ。

「言うのが遅くなっちゃったけど、綺麗な水色と赤色の毛をありがとう。とても素敵だし貴方と
 出会えた事が嬉しかったから、こうしてお守りとして持ってるの。勝手にごめんね?」


“喜んで貰えた様で嬉しいよ。それはリオにあげた物だから、どう使っても僕は責めないよ。”


「ありがとう。ところで、どうして私の名前を知ってるの?」


“ふふ、リオは有名だからね。”


ケルディオの言葉に疑問を感じたが、不意に袖を引っ張られ視線を下に落とす。
予想通り袖を引っ張っていたのはヒトモシだった。

『モシ!モシモ、モシモシシ』
「ケルディオと2人っきりで話をしたいの?」

ケルディオを指差して口の前で手を動かすヒトモシに勘で答えると、嬉しそうに頷いた。

「分かった。じゃあ、私とシビシラスは席を外すわね」

リオはシビシラスを促し、その場から離れた。



“僕に話したい事って何だい?”


リオ達が離れたのを確認して、ケルディオは穏やかに尋ねる。
その声音に安心したヒトモシは、ジム戦での出来事を余す事なく話した。


“……君は、何故彼が苦手なんだい?リオに出会う前、一体何があったの?”


ヒトモシは一瞬躊躇ったが、意を決してケルディオに自分の過去を語る。
そして話を聞き、全てを知ったケルディオは静かに息を吐いた。


“……やっぱり、君は僕とよく似ている。”


『モシシ?』


“うん、とてもね。そしてリオは師匠達と……嗚呼、僕にも似ているね。優しくて強いのに、
 何処か脆くて危なっかしい。”


確かにリオは優しくて強いけど、それ以上に危なっかしい。
現に自分に色んな物を見せようと奮闘して、体に傷を作る事が多かった。


“……だからかな。リオは大嫌いで、心を許しちゃいけない人間なのに!それなのに、リオだけは
 嫌いになれないんだ。僕の知る欲深く醜い人間とは違う、あまりにも綺麗な目で真っ直ぐ、
 僕を見つめるから……。”


ケルディオの瞳が揺れる。
まるで波の様に静かに、大きく。