二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Re:   金木犀で創るシャングリラ (inzm/小説集) ( No.34 )
日時: 2012/01/14 22:50
名前: さくら (ID: z2eVRrJA)

はぁっ。息を吐けば白く濁る。夜空に浮く月は殆ど満月に近く、その輝かしい光で照らしてくれている。季節は冬。真冬の只中でも名門、雷門中のサッカー部練習はハードであり、こんな遅くまで行う場合だってある。とは言えど、元々皆サッカーが好きでサッカー部に入った者ばかりで、誰も文句を言う者は居なかった。
だが幾等好きでも練習は苦しい。脹脛や太股など、何処其処で剣城の身体は悲鳴を上げていた。剣城京介はシードである。否、元シードのほうが後味が良いか。彼は昔シードであった為、神の楽園という名の地獄で逃げ出したくなる程の訓練を受けてきた為、その訓練等と比べれば雷門のメニューは大した事無かったのだが、やはり辛いのは辛いのだ。
そんな剣城にも、安らぎの時間はある。その一つが練習帰りに飲むおでん缶であった。おでん缶は、通学路横に設置してある自販機で見つけた物で、これが実に美味しいのである。練習で冷え切った身体を温め、中に入っている具も、自販機にしては美味しい。最近見つけた剣城ならではの“幸福の時間”だった。


「・・・は。」


学ランのポケットから小銭を摘み出す。自棄に10円玉が多いがちゃんと300円あった。手と指を震わせながら手袋を取った生身のまだ若干温かみのある指で小銭を乱暴に入れ始める。
が、チャリン。急に冷風が吹き、マフラーが靡く。衝動で指を滑られせ、最後の10円玉を自販機の下に落としてしまったのだ。嗚呼、何て最凶な日なんだ、今日は。今日は今年一番の冷え込みとも言われているし、練習も何時もより辛かった。今日の様な日が一番おでん日和なのだ。剣城は慌てて下に手を突っ込んでみる。取れる気配は無い、様だ。
再び他の小銭が無いかとポケットに手を突っ込む。だが何時もそのおでん缶を買う分しか持ってきていない彼。案の定、其処に小銭らしき物は無かった。


「嘘、マジかよ。」


幾等10円でも足りないものは足りない。もう買えない。そう諦めきっていた。



Re:   金木犀で創るシャングリラ (inzm/小説集) ( No.35 )
日時: 2012/01/14 22:51
名前: さくら (ID: z2eVRrJA)


ンフフッーフー。両耳に付けたイヤホンからは好ましい音楽が流れている。
雷門の女子冬服に、セーターやコートを着込み、マフラーと耳宛、手袋までして自棄にモコモコしている少女が歩いてきている。剣城にはその少女が誰なのか、一目で分かった。彼女は同じ雷門サッカー部のマネージャーをやっている同じクラスの女子である。仲が良い、とは言えないが、話すときは良く話す、彼女はとても変わり者であった。
剣城がシードとして雷門に勝負を挑んできた頃から彼女は何一つ剣城の事を怖がりもせず、挨拶を交わしたり、からかい合ったり、頭を叩いたりなど、普通に接してくるものだ。此れには流石の剣城も驚いた。
全国制覇をした雷門中の剣城達は進級し、今は2年になっていた。神童の怪我も治り、今では練習に明け暮れている。そして何時もの様に虹彩とのマンツーマン勝負に精を出していた。
練習も終わり、マネージャーの仕事が今日は多かったので、何時もより早く学校を出た。


「今日も神童先輩と虹彩先輩、微笑ましかったなぁ、。って、あの二人、何でまだ付き合って無いんだろう」


少女は密かに七瀬虹彩に憧れていた。女子では有り得ぬ程のサッカーセンスの持ち主で、皆を纏めている、神童の支えにもなっている。厳しいが、優しい人であり、家庭的である為我等がマネジの仕事も手伝ってくれるのだ。自分も練習で疲れているだろうに。
だが今日は先輩は早くに帰ってしまった他、今日は仕事が自棄に多かったので、こう遅くなってしまったのだ。自分達の仕事は自分達でしなければならないのだが。
そんなこんなですっかり遅くなってしまった帰り道。暗い夜道に自動販売機の明かりが灯る。そして、その前に誰かが立ち尽くしているのが見えた。


「あ、れ・・・?」


何処か見覚えのある図体だ。って、良く見ると剣城ではないか。
何してるんだ、と不可解に思いながらも湧き上がる好奇心に負け、どんどん足は剣城へと近づく。









「剣城ぃ!」


振り返ると此方に手を振って走って来る少女の姿が伺えた。


「何してんの?」

「否、・・・」


“どうしたの?”としつこく聞いてくる女。コイツは雷門のマネージャーと言った所か。
面倒臭いので軽くスルーしたらこいつは泣きそうな顔して“剣城ぃ、”と、俺の名前を呟いてみせるもんだから、晒された赤面を隠す様に慌てて目を逸らし、渋々話す事にした。
すると突然先程とは豹変したこいつの表情は、にっこりと花を浮かべるほどの笑みを見せて、嬉しそうに首を傾げた。


「で、どうしたん?」

「お前、金持ってるか」

「え、何行き成り。最近の女子中学生のお寒いお財布を丸ごと盗ってく気かこの泥棒」

「んな訳あるか」


正直そんなお前のアホ面には興味無い、そう言ってやれば、色々ときゃんきゃん喚いてくる彼女を一睨みしてやったら言葉に詰る。俺、そんなに眼付き悪かったのか。まぁ良いか。どーどー。


「10円貸せ。」

「は?」

「何度も言わせんな。貸せっつったら貸せよ。足りねぇんだよ」

「あー。そのおでん缶?」


肯定すれば、横で爆笑される。剣城がまさかおでん缶が好きだったなんて、だの、マジ笑える、だの、あーだこーだ言って笑って腹抱えてる横の女は、笑うだけ笑っといて何も言わずに素直に10円玉を差し出した。
それをぶっきら棒にお礼を言って、投入口へと入れる。チャリン、と音がした。

選考ボタンに緑色のランプが点き、俺はおでん缶を押す。すると下からまだ熱いおでん缶が出て来た。

横の女は、只良かったねと呟くと、鞄を鹹い直し、帰ろうとしていた所を俺の腕が勝手に引きとめていた。え、なんで。


「・・・何。まだ何かあんの?」


三毛に皺を寄せて不快そうに彼女は尋ねる。だがそれは此方の台詞でもあるのだ。
何故、今俺は彼女を引き止めた。たったの10円なのだけれど、何かお礼がしたかったから?多分、それ、だ。
こんな寒い中、引きとめて、金まで取って、何も言わずに去る。そんな悲しい事は無いだろう。せめてお礼位は、と思い、不快そうな彼女を煽てる。


「此れ、お前も飲むか?」

「え?」

「否、金だけ取ってくのもあれだしな」

「否、って。普通其処じゃ無いでしょ。もっと違う所に心の目を当ててみようよ。」


此の言葉は、只彼女が寒そうだったから発した言葉だ。別に深い意味は無い。
要らないのか、と思い、“なら金は明日持って来る”と言い残して近くのベンチに座ろうとしたら、彼女も着いてきて、俺の横にちょこんと座る。


「お金は、10円だし、返さなくても良いよ」

「あ、そりゃどーも」

「その代わり、」


彼女は言葉を続けようとするが恥ずかしいのか、赤面を隠す様に俯く。そしてチラチラおでん缶を見る。成程、話が見えてきたぞ。こいつは、おでん缶が食べたいんだ。だけど、其の分の金が無いって言うね。
今だに恥ずかしそうに“あの、その、”と続ける彼女を見ていると、何故か此方も顔が日照って来、俺の赤面も隠す様に、慌てて次の言葉に繋げた。


「おでん缶、要るか?」

「・・・うん!」


それから、此れが所謂間接チューと言う物だと気付くには、まだ自分の気持ちが抑えきれず冷静に成れない俺達には、到底気付けない事実なのであった。
訂正、もう少し時間が掛かりそうであった。

暗く、寒い夜道に二人の白い息が漏れる。





(( ワンコイン、プリーズ! ))

(へぇ、剣城やるじゃん!)
(黙れ。ってか松風お前、どっから沸いた)