二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- Re: 星使いと天の川 【inzmGO】 ( No.9 )
- 日時: 2012/06/12 20:33
- 名前: 海穹 (ID: fQORg6cj)
「天秤座の星使い」
episode 2
サッカー部のグラウンド。そこでは剣城と松風が睨み合いに似た眼差しを交差させていた。
そして、剣城が足元に置かれていたボールに触れ、リフティングをする。覚悟を決めたように、松風が、強く地を蹴って剣城へ突進を始めた。しかし、フェイントの一つもないそれはいとも容易く剣城にかわされる。
おっと、なんて間抜けな声をもらしながらも、何とか体勢を立て直した松風が、振り返ってまた剣城に向かっていく。ボールを取ろうと、突き進んでいく。その様は、ひどく滑稽だった。
随分と面倒なことになっているな。
相も変わらず、屋上でグラウンドを眺める結は、スッと目を細めた。どちらかと言えば、苛立ったような、そんな視線。それは今、グラウンドで剣城と一対一でサッカーをしている松風天馬に向けられたものである。
状況は、剣城が松風を圧倒しているのだが、如何せん苛立ちが拭えない。心の臓に、ひどい蟠りが出来たような、そんな感覚。
胸糞悪い、という表現が正しいのだろうか。それすら分からなかった。
「もっと襤褸雑巾の様にしてやればいいものを」
ひどく冷たい音声が、結の口から零れる。
それと相対するように、士気を含んだ松風の雄叫びに似た声が、グラウンドから屋上まで、微量ではあるが届いていた。
とはいえ、松風のプレーはめちゃくちゃだ。あまりサッカーをやったことが無いのだろう。それが見るからに分かる動きをしている。剣城はひどくあきれた様子で松風のそれにつき合っていた。
しかし、痺れを切らしたのだろう。剣城がひどく苛立ったような表情を浮かべて強くボールをけった。
強い風を巻き起こしながら、松風の腹部に食い込んだボール。しかし、それですら勢いは止まらず、松風は体ごと後ろに吹き飛ばされた。
それでも諦めずに立ち上がり、向かってくる松風をまた容赦ないシュートが襲う。
この分ならすぐにでも終わるだろう、と蟠りに似た何かを抱えている胸のあたりを強く握る。クシャリと制服にしわが寄るが、気になりはしなかった。
そろそろ終わりだろう。
結がそう思ったとき、剣城が必殺技の構えに入った。
足の甲でキープしたボールを空中に持ち上げ、一度、強く蹴る。しかし、それはあくまでも準備。その一撃で力を叩き込まれたボールは黒とも紫ともとれるオーラを纏う。
「“デス、……ソード”ッ!!!」
そして、足を振り下ろすようにして、ボールが強く蹴りだされた。
そのボールはオーラと風、勢いを持って突き進む。
と、その時。
「やると決めたら、絶対やるんだぁあァあぁアァぁッ!!!!」
聞こえたそれは明らかに普通ではない声だった。しかし、結にとっては聞きなじみのある、雄叫び。
いつもそれを聞くのは、サッカーの試合の場であったり、ある練習場であったり。なんにせよ、こんな場所で、こんな滑稽なプレーの中で聞こえるはずのない声だ。が、何より重要なのは、その声の主が明らかに剣城ではないこと、だ。
「何で、あいつが……?」
結が視線を向けていた相手は松風天馬に他ならなかった。そして、そんな彼の背後には蠢く陽炎のような、影のようなオーラが揺らめいていた。
気がつけば、ボールは松風の足元に転がっていた。
しかし、止めたこと一番驚き、喜んでいるのは松風、本人らしい。
「最悪だな……」
グラウンドに強い魔ざしを向けていた結は、はあ、と溜息を零しながらゆっくりと空を仰ぎ見た。空は、ひどくどんよりしている。
「嫌な予感がする……。流れに逆らう奴が出てきそうだ」
結がそう言ったとき、ポケットにしまっていた携帯が、メールの到着を伝える振動を発した。ポケットから出された青色の、ストラップの一つも付いていない、簡素なスマートフォンのメールフォルダを確認する。
受信されていたメールが一通。題名はなし。送信元には、Fの一文字。そう言う設定らしい。
メールの内容は
あとはKに一任した。おまえは通常通りに。
報告は、即刻行え。
F
という簡素なものだった。
ローマ字は、人の名前だったりするのだろう。
「アイ・サー」
小さく呟かれたその了承の言葉。そして、結は手慣れた手つきでスマートフォンを操作し、報告を打ち始めた。
了解
IRを確認。処分はTs、K次第。
指令通り、通常時の監視体制に入ります。
Mw
それをこれまた手慣れた手つきで送信し、ポケットに仕舞う。
最後にちらりとグラウンドを一瞥した結。そして、グラウンドの様子を確認して、フッと片頬を上げる。頬笑みではなく、嘲笑ったその表情。
しかし、振り返った時には、その表情は消え去り、真面目な女子中学生に変わっていた。スマートフォンを入れていたのとは違うポケットに、徐に手を入れ、それが出てきたときその手に握られていたのは、青い縁の眼鏡。それをスッとかけ、屋上の入り口に向かう。
入り口をくぐり、階段を下りていくその姿に、先ほどのあの冷酷な雰囲気の欠片も残ってはいなかった。