二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Re: 曇天 幼馴染みって突然気になっちゃう時が来る。up ( No.104 )
日時: 2009/02/09 19:40
名前: 護空 (ID: bG4Eh4U7)

 随分と長い間、寝ていた気がする。目に飛び込んできた光があまりにも眩しすぎて、思わず右頬の筋肉がぎゅっと堅くなった。
 不思議な目の痛みが少しずつ和らぎ、瞼をゆっくり開いてみると、柔らかい日差しが降り注ぎ、全身を包み込んでいた。
 重い上半身を起こして、辺りを見渡してみる。
 懐かしい、何処かで見たことのある光景だった。
 見渡す限り、畑、田んぼ、山、川。至ってのどかな光景。
「こりゃ、死んだな。俺」

 戻ったのか。
 戻れるわけがないはずのあの時に、


 16
 昔は良かったって、昔は昔。


 反動を付けて立ち上がる。
 子供の時に見た光景と、少し違う気がするのは背が伸びたからかもしれない、身の回りの自然が少しだけ小さく見えた気がした。
 でも、この景色は確実に、自分の故郷の姿だった。
 だが、そんなの素直に受け入れられるワケもなく、気が動転していた。というか、もうきっぱり夢だと決めつけていた。死んだと諦めていた。
 風を感じても、日差しが暖かくても、鳥の声が聞こえても、頬をつねって痛くても。コレは夢だ。もしくはあの世だと言い聞かせた。
「ラチがあかねぇ、寝る」
 丹波は仏頂面でまたその場に腰を下ろすと、ふてくされた様に目をつぶった。暖かい日差しが、眠気を誘った。
 目が覚めれば、きっと元通りだ。
 そんなことを考えながら意識が遠のいて行こうとした。
「お侍さん!起きて、起きてくれ!!」
 聞き覚えのある声と共に、からだが大きく揺れた。覚めきらない頭を起こしてみると、目に涙を一杯ためた幼い頃の自分が自分をのぞき込んでいた。
「!!?」
 丹波は声にならない声をあげて、目を丸くした。そして、とっさに自分の髪の毛を隠そうとした。しかし、幼い自分は首を傾げて真っ直ぐ自分を見つめている。
「どうしたの。頭が痛いのか?」
 その青く、大きな瞳に、ちらっと自分の姿が映った。黒い短髪に、黒い瞳の侍。色こそは異なっていたが、紛れもなく自分だった。
 すると、小さい丹波は自分の手をぐいぐい引っ張った。
「は!そうだ、お侍さん早く来て!ダチが大変なんだって!」
「え、ちょ待っ…」
 体中に草を付けてヨタヨタと立ち上がった丹波は、手を引かれるがままに付いていった。
 足場の悪い土の道を通り、田んぼの中を突っ切っていく。丹波は薄々、自分が何処へ連れて行かれるかが解っていた。行き着いたのは山のふもとだった。小さな木やら、草のつるやらがからまり、固まって出来た自然の要塞には、下の方に子供一人入れるくらいの小さな穴が開いていた。
「こっちこっち」
 奴は小さな穴の中へがさがさと入っていった。丹波は四つん這いになると、草のトンネルの中を進んでいった。懐かしい反面、ジブリの映画を思い出しながら。
 すると、目の前がぱっと開けて、大きな公孫樹の気が青々と茂っていた。
「銀杏坊主の木…」
「ヅラー!お侍さん呼んできた!」
 思わず漏らした声に小さい丹波は気が付かなかったらしい。すると、木下にいた長髪の子供が、丹波にすがりついてきた。
「お願い!銀時と晋助が!!」
 あ、コイツ。
 一目見て解った。小さい桂だった。
 ここまでくると、信じざるを得なくなる。どうやら、ここは本当に昔の故郷らしい。死んでしまったか、本当にタイムスリップしたか、夢かは解らないが。
 ふと、耳に猫が喧嘩をしている様な声が、頭の上から降ってきた。視線をあげると、銀髪の子供と、黒髪の子供が木にしがみつきながら大喧嘩をしていた。
「俺のがもっと高く登れるね!」
「じゃあ登って見ろよ。怖いんだろー!」
「うるせ!テメーが怖いんだろ!」
「ちょ、ばか!揺れる揺れる!」
 うあ、ちっさ。
 思わず本音が頭の中をよぎった。どこかで見たことのある光景だが、思い出せずにサイダーの泡の様にフワフワと消えていく。それがすごく悲しかった。
「あいつら、降りられなくなっちゃったんだ」
「うーん。そっか、わかった」
 丹波は公孫樹の樹にするすると登ると、両脇に銀時と高杉を抱えて飛び降りた。脇に抱えられながらも、二人はまだ大騒ぎしている。丹波は二人を降ろすと、しゃがみ込んで二人の顔を覗いた。
「ほら、この子にお礼」
 ずいと、桂と小さい丹波を前に出して言うと、銀時と高杉は騒ぐのをぴたりと止めて、丹波の顔をのぞき込んだ。
「ありがとう」
 丹波はにかっと笑うと、よろしい。と頷き、四人の頭をなで回した。四人の頬が、赤い林檎の様に赤くなる。丹波は懐かしくて、懐かしくて仕方がなかった。
 すると、銀時が丹波に言った。
「この樹のてっぺんまで登りたい」
「まだそんなこと言ってんのか?危ないだろ」
 桂がぴしゃりとごもっともな意見をぶつけると、銀時はべっと舌を出した。
「松陽先生が言ったんだ。この樹のてっぺんにすげーのがあるって!」    
「そーだ!松陽先生は嘘付かないもん!」
 さっきの喧嘩は何処へやら、高杉も銀時側の味方について桂を責めた。桂も負けじと、反撃体制に入った。小さい丹波は、呆れた様にその光景を眺めている。
「誰も松陽先生が嘘つきだとは言ってないだろ!」
「はいはい。ストップ!喧嘩しない。俺がまとめて連れてってやるから」
 丹波が居ても立っても居られずにそう言うと、銀時も高杉も桂も、小さな丹波も目をきらきらと輝かせた。本当に、コイツらは松陽先生っこだなぁ。と実感した。
 四人抱えて、まず低い木の枝に飛ぶ。次にその上へ、またその上へと登っていった。てっぺんの木の枝をかき分けて、頭を出すと、もう夕方だった。
 丹波は四人を一番上の太い木の枝に四人を乗せると、身体を支えた。
「うおおお!!すっげえなぁ!」
「どれどれ」
「うわ!めっちゃきれいだ!!」
「たーまやー!」
「銀時、それちょっと違う」
 子供達は大騒ぎだった。丹波は四人の身体を支えながら辺りを見渡す。いつか見た記憶はある。遠くに見える松下村塾、オレンジの絨毯みたいに、田んぼがざわざわと揺れていた。
 鼻の奥が痛くなった。
「あれ、お侍さんどしたんだよ」
 小さい丹波が首だけ回して丹波を見る。丹波は顔を伏せていった。
「ちょっと、花粉症でな。鼻水とまんねーのさ」
 小さい丹波はふーん。と言うと、丹波に聞いた。
「花粉症ってなに?」


「カラスが鳴くからかーえろ!」
 帰り道、丹波の両手は銀時と高杉に奪われていた。二人とも上機嫌、元気良く歌っていた。そして、銀時は小さい丹波の手をも占領していた。桂は一人、教本を読みながら付いてくる。
「ヅ…、小太郎」
 丹波が名前を呼ぶと、桂はぴくりと反応したが、教本で顔を隠してしまった。丹波は仕方ないなぁ。と言う様に高杉の手を離すと、桂の身体を抱え上げて、肩車した。
「うわわ!なにすんですか!!」
「いーじゃん、別にィ」
 つれねぇなぁ。と丹波は笑うと、高杉の手をまた握った。
「ああ、何処に行ってたんですか?心配しましたよ」
 懐かしい声に、丹波はハッとして顔を上げた。
 長く、白い髪、優しい笑顔。
「あ!松陽先生!!聞いて、聞いてよ!」
 銀時が手を繋ぎながら飛び跳ねた。  
「この人が銀杏坊主のてっぺんまで連れてってくれたんだよ!!」
「ああ、そうなんですか。本当にありがとうございます」
「いえ…」
 もう泣きそうだった。嬉しくて嬉しくて、どうして良いか、解らなかった。
 すると、松陽は丹波の顔を見るなり、目を丸くした。
「おや、綺麗な青い髪ですね。この子と同じだ」
 と、小さい丹波の頭を撫でる。
 え。と一瞬固まった。自分の髪は今、黒いはずだった。途端に高杉が「先生、この人の髪青じゃないよ」と口をとがらせる。しかし、彼は暖かい笑顔でまた丹波を見つめる。
「いいえ、とっても綺麗な青い髪ですよ。丹波さん」
 いや、と彼は口ごもると、
「昔の様に、桜って呼んだ方がいいですかね」
 と綺麗に笑った。
 顔がくしゃくしゃになり、また鼻の奥が痛くなった。
 夢だと解っていても、ここがあの世だと知っていても、嬉しいもんは嬉しかった。
「ありがとうございます。先生」
 訳もわからず、子供達は自分と先生をかわるがわるに見つめた。
 先生は変わらない優しい笑顔で自分を見つめると、優しい声をかけた。
「ここは、あなたの来る場所ではないようですね。でも、大変なのはこれからだ。めげずに頑張ってください」
「はい?」
 丹波が思わず聞き返すと、先生は首を少し傾けて微笑んだ。
「銀時にも、小太郎にも、晋助にも、よろしく」



 丹波はベッドから飛び起きた。一瞬どこだか解らなかったが、どうやらここは病室の様だった。青白い光が白い壁に反射し、夜だというのに眩しかった。
 心臓が鼓動している。
 丹波は着物の胸をぎゅっと掴んだ。生きている。
「俺、生きてる」
 大きな安心と、喜びが体中を駆けめぐった。次の瞬間、丹波の喉の奥から何か熱い物が込み上げてきた。
「うっ、ゲホっゲッ…」
 白いシーツに、赤いしみが出来た。そして、また意識が遠のいていった