二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Re: 曇天 男も女も、背中で語れ。up ( No.128 )
日時: 2009/05/05 00:31
名前: 護空 (ID: bG4Eh4U7)

 その夜、丹波は畳の上に敷かれた一枚の布団の上で、仰向けになって横になっていた。真っ直ぐ見上げた天井には、まるで魚の目玉のような木の節がいくつも不規則に並んで、ぎょろりとこちらを見つめていた。
 時は十一時を回る。それにも関わらず、あちこちで隊士達は仕事をしているのか、いくらか早い拍子の足音が枕を揺らした。
 怪我人なのだから、安静にしていろ。
 このように近藤に言い説かれ、仕事の邪魔になってしまうと思い、渋々部屋に戻っては来たものの、まるで昔のある書物に記されていたような宵の徒然が、自分の目の前に堂々と腰を据えていた。
 並んだ木目を追っていった先に、分厚い日めくりカレンダーがあった。あまりに暇だったため、立ち上がり、近づき、壁にかけてあったソレを手にとってめくってみる。
 丹波はそこにあった物を見て微笑むと、すぐに布団の中に潜り込んだ。
 軽い気持ちでめくった一枚。
 その紙の下には、大きな赤い丸が仁王立ちするように立っていた。


 21
 誕生日は酒を呑む為の口実である。


 携帯の目覚ましのベルと、目を差すような朝の日差しに寝入りばなを無理矢理起こされた土方は、少々不機嫌気味に体を起こす。
 二時間前に横になって、もう朝の六時。最近寝不足気味の土方には少しきつい目覚めであった。風呂上がりで髪もろくに乾かさずに寝てしまったので、寝癖はあの忌々しい万屋の天然パーマを思わせている。
 このような朝を迎えるのは、最近のお決まりのパターンであった。あんパンの顔をしたお子様ヒーローが、最後にはでかいばい菌に必ず勝つくらいの、お決まりさである。子供っぽいとは思うのだが、割と嫌いではない。
 とりあえず、枕元にあった携帯と煙草を掴むと、寝癖まみれの頭をかきながら、腰を起こす。ゆっくりとしたうごきで掛け布団と敷き布団を畳み、押入に詰め込んだ。ぱしんとふすまを閉めて、身体を九十度捻り、背中にあった部屋の戸を開けた。
 途端に、風船が割れたような爆発音が幾つも鼓膜に響き、軽い火薬臭が鼻を突く。むさい男共の笑顔と、飛び出してきた紙吹雪やらなにやらが目の前にちらつく。
「ハッピーバースディ!!!」
 そして野太いかけ声。
 毎年お決まりのパターンである。ベタだとは思うが、割と嫌いではないのだ。

「トシ!今日はきっちり八時に仕事片づけろよ」
 着替えを終え、自室で書類整理をしていた土方に、大量に書類を抱えて歩いていた近藤が廊下から声をかける。
「へいへい、わかってますよ。毎年この仕事が多い時期にご苦労なこった」
「なにいってんの。一年に一度だよ?めでたい日じゃないか。こどもの日」
「そっちか」
「不満か?やっぱ柏餅と鯉のぼりがないと嫌か?」
「そんなこと言ってねぇぇぇぇぇ!」
 土方はくわえていた短い煙草を思いっきり灰皿に押しつけた。近藤は重たい書類を持ち直し、仏頂面で睨み付ける副長にほほえみかけた。
「お前はこう毎年騒がれるのは苦手かもしれないが、俺たちは楽しいぞ」
「酒が飲めるからだろうが」
「まあ、それもあるけど」
 土方の嫌みを聞き流して、なによりも。と近藤は続ける。
「嬉しそうなお前の顔が見れるのも、年に一度。この日だけだからな」
 じゃあ、仕事がんばれよ。と言い残し、近藤は廊下を歩いていった。
 何という臭い台詞を言い残していってくれた物だと、土方は照れくさくなって赤くなったであろう自分の顔を右手で覆った。
 近藤さんとか、沖田の誕生日も、ガラじゃねぇが嬉しいんだけどな。
 そんなことを思いながら、また筆を執り、書類とにらめっこをしだした。     
 二時間ほどして、山積みになっていた書類の大半が姿を消した。土方は大きく伸びをして、煙草を吸うために縁側に出ようと腰を浮かせた。
「副長、今いいですか?」
 戸の向こうから、監察の山崎の声がする。土方は浮かせていた腰をまた座椅子に埋め直し、低い声で入れと言った。
 すっと音もなく戸を開けて、入ってきた山崎は、部屋を隅々まで見渡していった。
「あれ、丹波さんここにも居ないんですか?」
「は、なんで俺の部屋に丹波がいるんだよ」
 そう言い放った瞬間に、「ここにも」と言った事が引っかかり、すぐに聞き返した。
「いつからだ」
「いや、今朝から居なくて、近藤さんたちにしつこく居場所を聞かれるもので、探しては居るんですが。副長の部屋にも居ないとなると、一体どこに行ったんでしょう」
 土方の脳裏に、幾月か前のターミナルのテロがよぎった。丹波の傷の回復はまだ万全ではない。傷の治療のために万屋が丹波をここに預けたことだって承知の上だ。
 その丹波に万が一のことがあっては、
「おい、山崎」
「はい?」
「何としてでも丹波を見つけろ。いいな」
 何時にもまして、鋭い眼光の土方に山崎は泡立つような背中の悪寒を感じた。
「へ、へい!」
 大きな声で返事をすると、山崎は部屋から転がり出るように飛び出した。
 山崎が部屋を飛び出した後、土方は慌てて書類に手を付けだした。本当は部屋を飛び出して、丹波を探しに行きたいのは自分なのに。目の前に積まれた白い書類が、本当に憎らしく感じられ、大きな障害のように自分の目の前に存在している。

「あああ、驚いたなぁもう」
 追い出された山崎は山崎で、なんの宛てもなく丹波を捜すことになってしまった。以前のテロのせいで、神経が過敏になっているのだろうと理解は出来たが、あんな焦った目の色をした副長を見たのは初めてに近かった。
「にしたって、一体なにを頼りに…」
 もう半日ほど町を歩き回ってへとへとの山崎は、もう殆ど投げやりに近い状態で歩いていると、頬をひょおっと音を立てて風が吹いた。すると、脳裏に屯所で大騒ぎをしていたときの記憶が蘇った。丹波が腰をかけた窓から、まるで生きている魚が次から次へと流れこむように風が吹いてくるのを。
 山崎は辺りを見渡して、風が吹いてくる方向に歩を進めていった。とくに根拠はなかった。ただ、記憶と勘が正しければ、目的地に着くというだけのことで、勘が外れた時のことはあまり考えていなかった。
 五分ほど歩いたところで、見覚えのある二階建ての建物が姿を現した。二階の廊下あたりにかけられた看板は傾きかけた日の光のせいで朱色に染まり、味があるのかどうなのか、わからないような筆文字で”万屋銀ちゃん”と書かれている。
 なるほどな。と心の中で納得がいった。階段を上がって、インターホンを押す。
「はーい。あ、山崎さん」
「こんにちは、新八くん」
 新八はぺこりと頭を下げると、珍しいですね。どうしたんですか?と首を傾げて山崎に問いかけた。
「いや、副長が丹波さんを捜してこいって。ここにならいる気がしたんだけど」
「ああ、ならどうぞ」
 眼鏡の下の瞳がにこりとほほえみ、山崎は訳が分からぬまま奥の部屋へと通された。お馴染みの事務所を通り過ぎ、となりの畳の間に入る。すると、その部屋の窓から銀時と神楽が顔をつきだして、なにかを覗いている姿が目に入ってきた。
「なにやってんですか?理由によっちゃお縄を頂戴しますが」
「おおー、ジミー久しぶりアルな」
「何がみえるんです」
 山崎も窓から顔をだして覗いてみる。
 そこには、小さな花屋があって、店先に青い髪の侍が大きなスーパー袋を二つ、足下に置いて、しゃがんで何かをじっと見つめていた。その背中が、あまりにも愛おしい。
「お前、多串くんに何か言われてきたの」
「あ、はい」
 ふーん。と銀時は興味なさそうに返事をして、またその侍に視線をむける。
「今日、多串くんの誕生日だっけ」
 今度は視線を動かさずに聞く。山崎がは何故それを知っているのか戸疑問に持ちながらも、はいと返事をすると、銀時は重たい腰を持ち上げて、ゆっくりと立ち上がった。首に手を当てて、ぼきっと骨をならすとあくびをしながら言った。
「今日まで丹波貸してやるから、俺の分までおめでとうって言っておいて」
「え」
 山崎は意外だった。いつも土方と啀み合っているようにしか見えない銀時が、思いがけない言葉をかけた。少しだけ、寂しげに。
 しばらく驚いて突っ立っていると、銀時は振り返らずに言葉を投げた。
「丹波買い物帰りなんだから、男だったら荷物でも持ってやってこいよ」
「そうアル。早くいけヨ」
 神楽も窓を閉めながらヤジを飛ばす。
「はっはい!」
 山崎は慌てて廊下を駆け出すと、階段を駆け下りて、万屋の裏手へと回った。
「銀さん、珍しいですね。土方さんに優しいなんて」
「あー」
 山崎が階段を降りる音を聞きながら、新八はデスクに腰をかけて鼻をほじっている銀時に声をかけた。銀時は突っ込んでいた指を眺めながら、間の抜けた声を出した。
「今日だけだよ。今日だけ、」
「何の話ですか?」
 新八が聞き返すと、銀時は微笑んで言った。
「こっちの話」

「丹波さん!」
 乱れた呼吸もそのままで、山崎は侍の名前を呼ぶ。丹波はすでに何かをお買いあげしたようで、可愛らしい紙袋を下げて店から出てきていた。
 丹波は山崎の表情をみて、あ、と声をあげた。
「もしかして探してた?」
 肩で呼吸しながら、山崎は笑顔で頷く。丹波の顔色がさあっと青ざめ、慌ててスーパーの袋を手に持って駆け寄ってきた。
 イメージしていた身長よりも小柄な彼女は、とてもじゃないが強そうには見えない。
 この身体に、どれだけのパワーが携わっているのか、想像も付かなかった。
「うわ!本当にごめん」
「いや、全然大丈夫ですよ」
 山崎は丹波の持っていた荷物をひょいと手に取る。丹波は何度も荷物くらい持つと訴えてきたが、山崎は首を縦には振らなかった。
 夕焼けの中を歩きながら、山崎はちらりと横目で丹波を見る。どこからどう見ても、女の子。近藤や、土方から聞くような力強い戦い方をする彼女の姿は、まるでぴんとこない。しかし、彼らが嘘をつくようなことはないし、実際に花見のテロの時にあの身軽さをみているために、否定ができなかった。
「そういえば、花屋で何買ってたんです」
 いきなりの問いかけに、丹波は一瞬驚いたような表情を見せたが、その顔はすぐに子供のような笑顔に変わった。
「楽しみは後にとっておくもんだ」

 午後八時。宴会場で誕生日会は始まった。
 いつも通り、近藤は脱ぎ、土方は近藤の隣で静かに酒を呑む。
 いつも通り、今年も騒いでいる面子は同じ。
 いつも通り、のはずだった。だが、一人足りない。
 山崎が連れて帰ってきて、この大量の料理を作った丹波は、突かれて部屋で寝ていると聞かされていた。どこかでタイミングを掴むことが出来たら、部屋を覗きに言ってみようと、心に決めている。
 しかし、タイミングがつかめないまま時は流れ、みんな酔いつぶれて寝てしまった時にやっと部屋が静かになった。土方はごろごろ転がっている隊士達を踏まないようにして部屋を出ると、丹波の部屋へと向かった。
 板の間が鳴らないように、そっと部屋の前までくると、何も悪いことをしていないのに、土方はすごく悪いことをしているような気になった。
 固唾を呑んで、そっと戸を開けてみる。薄暗い部屋に布団が一枚引いてあって、寝間着にも着替えず、掛け布団も掛けずに丸くなって寝ている丹波の姿が目に入った。
 土方は居ても立ってもいられずに、辺りを見渡して一が居ないのを確認して素早く丹波の部屋に入った。
 布団の側に腰を下ろすと、寒そうに身を丸めた丹波がごろりと寝返りをうつ。意気なりのことに、驚いて身体が大きく跳ねるが、土方はゆっくりと体勢を立て直し、こちらを向いた丹波の顔をのぞき込む。
 途端、丹波の瞼がいきなりぱかっと開いた。
「うっ…!!!」
 寝返りの三十倍ぐらいの驚きに、土方は大声で叫びそうになったが、丹波は慌てて土方を押し倒し、両手で口を押さえ込んだ。
「しーっ、みんな起きちゃうだろ」
「おまっ!起きてたのか」
「お前が部屋の前に来るまでは寝てたよ」
 土方の上に馬乗りになったまま、丹波はぱっと手を離す。土方は声を殺して丹波に文句を言うが、簡単に言い丸められてしまう。
「つか、いつまで乗ってんだ」
「ん?ちょっとまてよ」
 丹波はなお、土方に乗っかったまま身体を反転させて、なにかごそごそやっている。
「早めにしてもらわないと頭重くて取れるってマジ」
 しばらくごそごそやったあと、得意げな顔をした丹波がぶつぶつ文句を言っていた土方の顔の前に、なにかいい香りのする物をつきつけた。
「ほれ、じゃん!」
「ほれって、お前」
 土方の焦点があった先にあったのは、なにやら薄いピンクの花の集まりであった。
「んだ?これ」
「花」
「いや、それは分かる」
 寝っ転がったまま、土方はそれを手にとってまじまじと眺める。
「これの名前は」
「花」
「いや、そうじゃなくて」
「なんか、カタカナ多くて覚えられなかった」
「お前はおばあちゃんか」
 土方がぷっと吹き出して笑うと、丹波は負けじと言った。
「お前に足りない物を買ってきたんだよ」
「なんだよソレ」
「可愛らしさ」
 土方は花を見つめたまま何も言い返せなくなり、丹波に吹き出され返された。
 いいから降りろ。と抗議を起こしたところで、言うことは聞かないだろうと諦めて、土方は丹波を背中に乗せたままでいた。

「誕生日おめでとう」

 時計は十二時五十八分。

 こどもの日は終わりを告げようとしていた。