二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Re: 曇天 笑顔の裏には何かある。up ( No.138 )
日時: 2009/06/28 23:11
名前: 護空 (ID: bG4Eh4U7)

艶めかしい遊女達が色めく吉原・桃源郷。
 今夜も銀時達は月詠が担当するキャバクラ『望月』で仕事をしていた。この仕事を任されてから、もう一週間ほどたつだろうか。万屋と言うだけ、彼らはどんな仕事もてきぱきとこなしていき、板にもついてきたところであった。
 酔っぱらった親父の処分から、やくざの戦争の処分。もちろん、接客もした。四人の指名数は周りのキャバ嬢を抜かしていった。儲けも鰻登りである。
 しかし、一つだけ問題があった。
 ここのキャバクラは個室、そして指名制である。
 そこに問題はないのであるが、銀時のみ、頭を抱えていた。


 23
 自分の記憶力が最近信じられない。


「銀ちゃん、どうしたアル。顔がドラえも○みたいネ」
「あー…?別に」
「確かに、青いですね。また二日酔いですか」
 化粧室の鏡の前で座り込んでいた銀時の側に神楽達は群がり、血の気が引いて青白くなったその顔の映った鏡をのぞき込んだ。あきらかに青い。
「酒はのんでねぇ」
 銀時はバツが悪そうに、ふいと目をそらす。何かを隠しているのがバレバレであった。
「じゃあ、一体なんだよ?」
 丹波が腕を組んで、見下ろすように銀時の白髪に向かって問いかけた。
 すると、白いかつらを着けて二つ縛りにした彼は、その髪が千切れんばかりに勢いよく振り向いた。目はなぜか涙目である。
「桜が指名多いんならわかるよ!?でも、この四人でなんで俺が一番多いの。しかも、なんで親父かオタク!?なんで変な目で俺のこと見つめんの。男としてどうなのコレ。複雑なんだけど、俺は男なの?女なの?」
「男だロ」
「そうだけど!」
 重傷だった。
 確かに、銀時は一番指名が多い。親父とオタクの。どこか、日本人に見えないところが良いのだろうか。そこらへんはよく分からないが、多分そうなのだろう。ようするに、銀時は男と女の間でもがき苦しんでいるようだった。なんとか慰めようとするが、どうもうまくいかない。
 そんなことをしているときに、月詠化粧室の戸を開けた。
「どうした」
「あ、月詠さん。実は…」
 新八が事細やかに事情を説明すると、彼女はそうか。と一言述べ、四人の顔を一人一人、丁寧に見つめた。そして、決心したような表情を浮かべて、懐に入れてあった文を取り出し、読み始めた。
「おまん達は成績優秀で、毎晩ノルマ以上の仕事をしてくれている。その為、今日から集団の相手から、一対一にする。しかも給料アップじゃ」
 四人は目を丸くした。この一週間はただでさえ人数不足であったので、普通は四、五人で一つの集団のお相手をするのだが、銀時達が一人か二人で相手をしていた。おかげで目が回るような忙しさと、疲労、嫌悪感に見舞われていた。
 しかし、今日から一対一、しかも給料アップと聞いては、銀時の今までの苦労は全てと言っていいほど思いっきり吹っ飛んだ。
「ひゃっほぉぉぉぉう!!これで気持ち悪いハゲとはおさらばだ!」
 しかし。
 と月詠は、はしゃぐ銀時の横でぴしゃりと言い放った。
「一対一のお客は、金持ちか、政府関連のお偉いさんじゃ。もちろん、将軍様もお越しになる。その分、今まで以上に神経を張り巡らす必要があるぞ」
 思わず四人の表情が硬くなる。その顔を見て、月詠は満足そうな目をすると、再び手の紙に目を落とした。
「今回、おまん達を呼んだのは、最近ここらで噂になっている奴を探る為じゃ」
「噂?なにアルか、それは」
「最近、吉原では奇怪な事件が多発しておる」
 事件?と新八が首を傾げると、月詠は少しだけ目を伏せ、低い声で言った。
「…遊女が神隠しに会う」
「神隠し?誘拐じゃねぇのか」
 丹波が思わず声をあげると、月詠はふるふると左右に首を振る。
「その可能性は低い。吉原の入り口は一つしかなく、そこには二十四時間体勢で百華の誰かが必ず二人以上で見張っているはずじゃ。怪しい者がいればすぐに捕まるはずなのだが、それが捕まらずに、女達ばかりが姿を消す」
 月詠の手がかたかたと小刻みに震える。自然と紙にも深い皺が入るほどであった。銀時はそれを見ると、駄々をこねていた時の顔はもうすでになく、眉の上がったりりしい顔になっていた。
「それが、ここに来るお偉いさんと関係してるってのか?」
「ああ、誰かときっと、関係しているはず何じゃ」
 月詠の瞳の光が強くなった。銀時は、根拠や理由を根ほり葉ほり聞かず、ただふうと息を吐くと、腕を組んだ。
「結局、今夜も俺の指名が多くなりそうだ」

 銀時達は、一人一人、各部屋に振り分けられた。
 廊下の一番手前から、三日月の間・新八、半月の間・神楽、満月の間・銀時、そして、一番奥の新月の間に丹波が入った。新八と銀時は男、神楽は未成年、ソコを考えると、一番奥の間になるのは丹波で当たり前であった。
「将軍様は最近、貿易の方で忙しいから、長らくはこれないであろう。心配することはない」
 と月詠が言っていた為、ひどい気遣いはなさそうで、四人はほっと胸をなで下ろした。
 しばらく、客が来るまで丹波は鏡の前で色直しをしていた。かつらが外れない様に、とか、化粧が落ちないようにとか。そしてなにより、丹波は胸の至る所に貼り付けられた、記憶にない傷が見えないようにと。
 傷を見るたびに気が重くなるが、化粧直しや、乱れ髪を尚していると、なぜか心が一瞬軽くなり、女らしい自分の姿をみると、なぜが懐かしい気がする。
 髪が長かったことなど、一度もなかったのに。
 化粧などをしたことなど、一度もなかったのに。
「桜、お客様がお入りになられるぞ」
 部屋の前で月詠の声がして、丹波は慌てて部屋の中央にある座布団に座った。上品に両手の指先を畳に軽く付けて腰を折り、重たい頭が落ちないように軽く顔を伏せる。
 すっと、ふすまと木の縁がすれる音がした途端、思わず緊張で声が震えてしまいそうになったが、無理矢理胃の奥にねじ込んだ。
「桜でありんす。お願い致します」
 慣れない遊女特有の言葉遣いをぐちゃぐちゃと交わらせたりしながら、丹波は少しでも取り繕おうと必死に頭を下げた。
 すると、入ってきた男は静かにふすまを閉めると、予想外にも柔らかく、特徴のある口調で、
「新人さんでござるか?」
 と、丹波の後頭部に声を掛けた。丹波が恐る恐る顔を上げて、ちらと顔を伺ってみる。
 侍のような格好ではなかった。黒の革のロングコートを羽織り、目が見えないほど濃いサングラスを掛けている。首にヘッドホンを引っかけ、背中から降ろした三味線が左の太股の側に置かれている。
 男は、丹波の碧眼を見るなりサングラスの下で思わず目を丸くして、まじまじと顔を見つめた。どう対処して良いものか全く分からずに、丹波は目をうろつかせ、絞り出すような声で問いかける。
「どうかしましたか?」
「いや、何処かで会った気がしてならぬ」
 丹波は子供のようなあどけない男の表情と、予想外な言葉に少しだけ緊張がほぐれ、くすりと笑うことが出来た。
「随分とベタな口説き文句ですね」
 もう、遊女の言葉遣いなど忘れていた。
 男ははっとして頬を赤らめると、失礼した。とすぐに自分の座布団へ座り治った。
 丹波は脇に控えて置いたとっくりを手渡し、それに静かに酒をつぐ。
「今日は何様でこちらへ?」
「ただ、愚痴を零しにきたのでござる」
 口に酒を運びながらも、男は丹波から目を離さない。丹波は目を伏せて、膝元の盆にとっくりを置いていたので気が付かなかった。視線をあげた後に、男の顔を見つめてみるが、先ほどの様な子供っぽい顔はもう無かった。
 しかし、冷たさはみじんにも感じない。寂しさや、孤独が微かに滲み出ていた。
「三味線をお弾きになるんですか?」
 丹波が首を傾げながら問いかけると、男の視線は側の三味線に移動した。
「まあ、これが仕事でござるからな」
「聞いてみたいです」
 女は目をキラキラと輝かせながら、男の目の前に座っている。観念したように男はとっくりを畳の上に置いて、三味線を取った。一度三本の玄を弾いて音を合わせてから、なにか曲を弾き出した。
 なんの曲かは、丹波にはわからない。しかし、どこかで聞いたことがあるような気がして、思わず聞き入ってしまった。激しさはない。まるで男の心情がひとつひとつの音に込められているような、先ほど男に感じた寂しさが曲に溢れていた。なぜか胸が苦しくなる。
 すると、男は突然曲を弾くのをぴたりと止めた。丹波が目を丸くすると、今度は顔をまじまじと見つめるのではなく、そっと耳を澄ますような事をしだした。
「なるほど、最初からこうすれば良かったか」
「なにがです?」
「少し、歌ってはくれぬでござるか?」
「歌?」
 男のいきなりの言葉に、丹波はきょとんとした。男は至って真面目である。丹波はしばらく考え込んだ後、仕事とはこういったこともするのか。と男の顔を見つめ直した。
「何を歌えばよろしいので?」
「主の好きな歌を」
 難しい質問であった。丹波は、江戸に来てから一度もまともに歌を聞いたことがなかった。聞いたことがあるとしたら、小さい頃に聞いた民謡くらいである。
 それか、
「さっき、お客様が引いた歌が、歌える気がします」
「え、さっきのでござるか?」
 こくりと彼女が頷いたのを見て、男は信じられないような、半信半疑な表情を浮かべて三味線を握り直した。
 曲が流れ出した途端、聞いたこともないような言葉がつらつらと流れてきた。異国の言語であろうか、昔の言葉であろうか、歌っている丹波本人が何を歌っているか分からなかった。
 しばらく歌って、また途中でぴたりと曲が止まった。男はにこにことした表情で丹波を見つめている。丹波は顔が赤くなった。
「下手で、恥ずかしいんですけど」
「いやいや、こんなところで主の声を聞けるとは思わなかったでござる」
 丹波はきょとんとなった。
「え、どこかでお会いしました?」
 男は自分でとっくりをとり、酒をつぐと、それをゆっくりと飲み干した。サングラスの下の瞳は穏やかに笑っている。子供のような表情であった。
「だから聞いたでござらぬか」
 男は、目を白黒させて、慌てて記憶を遡っている彼女の姿を、ほほえましく見つめていた。丹波はそれどころではない。前にあったことがある人の顔を覚えていない事程、恥ずかしくて失礼な事はない。
 すると、男は満面の笑みで残っていた酒を飲み下した。
「少し、からかっただけでござる」
「え」
 男はくすくすと笑いながら膝立ちになると、顔の赤い丹波の耳元に口を寄せる。全くよっているようには思えない、しっかりとした口振りで、そっとつぶやいた。
「次は、しかと主の声を聞きに来る故」
 そのとき、丹波は確かに昔に聞いたことのある声を聞いた。だが、それが本当に目の前にいるこの男かどうかは、やはりまだ分からない。
 男はすっと立ち上がると、三味線を手にとってふすまに手を掛けた。丹波は慌てて男を引き留める。
「あ、あの。失礼申し訳ないのですが、本当にあなたのこと、思い出せないんです。お名前を聞かせていただけませんか」
 男は口元をゆるく吊り上げて、嬉しそうに微笑んだ。
「拙者の事は、これからゆっくり主に伝えたい。それに、主のこともゆっくり知っていきたい故」
 ぴたりとふすまが閉まった後、丹波の肩にはずしりと重たい物が乗っかったような疲労があった。
「思い出せねぇ」
 仕事前の銀時のように頭を抱えた。

 ふすまの戸を閉めた後、河上万斉というこの男の顔は、信じられないスピードで耳まで赤く染まり上がった。
「まさか、あれほどまでとは思わなかったでござる」
 ふるふると頭を振りながらどうにか熱を冷まそうとするが、それは無理な話であった。
「本当に彼女は、青夜叉なのだろうか」
 新月の下で、河上は苦悩した。