二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- Re: 曇天 最近自分の記憶力が信じられない。up ( No.141 )
- 日時: 2009/07/11 00:01
- 名前: 護空 (ID: bG4Eh4U7)
まだ梅雨が抜け切らない、初夏の朝。
まだ少し、湿気があるものの、久しぶりのすっきりした快晴であった。
そんな雨上がりのぬかるんだ道を、黒い革靴で歩く青年が一人いた。耳には白いイヤホンをして、微かに音漏れをさせながら。比較的、軽い足取りで何処かへ向かっている。
その青年とすれ違う人々は、小さな音漏れを聞きつけて思わず振り返る。
青年は、落語を聞いていた。
24
冷やし中華始めました。みたいなノリはやばい。
栗色の髪をした男が、真顔で万屋のインターホンを押した。落語が絶えず流れるイヤホンをした男である。中で軽やかな音が響くが、人が出てくる気配は全くと言っていいほど無い。
男は立て続けに二回ほど押した。反応はない。つづいて三回。物音一つ無い。
そんなことを繰り返しているうちに、彼は手を止めることなく、インターホンを連打しだしていた。もはや軽やかな音などはなく、インターホンはサイレンと化した。
すると、次の瞬間、男の左側にあった戸が、店の主人のもの凄い跳び蹴りによって吹き飛ばされ、下の階へと姿を消した。
息切れと、硝子が派手に砕け散る音のみが十数秒続いた後、主は青筋を立てて叫んだ。
「うるせぇぇぇぇぇ!!!一回鳴らして出なかったら大人しく帰りやがれぇぇぇ!!」
「おはようございます。旦那」
戸の右側に立っていた男は、主に右手を挙げて挨拶をする。主の方は、尋常じゃないサイレンの音で目覚めさせられた為、機嫌がいいわけはない。右の頬がぴくぴくと痙攣をしている。
「あ?総一郎くんじゃねーか。てめえ何時だと思ってやがる」
「八時でさぁ」
「なに当たり前みたいな顔してんの。ふざけんなよお前」
「仕事してるひとが八時に起きてるのは当たり前でしょう?旦那ぁ」
男が無邪気な顔をして首を傾げた。主の方は、なにか言いたげな顔をしたが、腕を組んで黙り込んでしまった。
男は、してやったりと、緩く口元を吊り上げる
「いい仕事を持ってきたんで、中にいれてくんなせぇ」
主は首を傾げ、白髪頭をかきならがらも、渋々「あがれ」と言った。
「はああ!!?丹波を一日貸せだぁ?」
銀時は沖田と二人、事務室の大きなテーブルに向き合って座っていた。
ここ最近、吉原関連の仕事で朝帰りの為、万屋の生活は一般人とほぼ逆転しつつあった。そのため、神楽も、新八も、丹波も、現在進行形で寝ている。銀時も、沖田が来るまではぐっすりと眠りこけていたところだった。
水商売をしているなど、口が裂けてもこの目の前にいる沖田には言えない。ありえないスピードでこの噂が広まってしまうことが、容易に推定できたからだ。
銀時はいい仕事と聞いて沖田を部屋にあげたのに、仕事の内容があまりにもあれだったので興ざめしてしまったらしい。ソファの背もたれに腕をかけ、怠そうに開いている方の手をひらひらと泳がせた。
「だめだ、だめだめ。とっとと帰りな」
沖田は不満げに、右手を懐へ突っ込んだ。
この様子を、神楽達三人は寝室のふすまから覗いていた。銀時が仕事を断れるかどうか、不安だったからだ。
「お、銀ちゃん断れそうネ」
「はー、よかった。さっき帰ってきたばっかりなのに、丹波さんをまた仕事になんかだせませんよ」
「いや、でも危ないと思う」
丹波が部屋を覗きながら顔をしかめた。
「高い金積まれたら終わりだな」
「大丈夫ネ!あいつがそんな大金持ってるはずがないアル」
そう神楽が自信満々に胸を張った瞬間、ふすまを覗いていた新八が小さい声をあげた。
沖田が懐に入れていた手を抜きだし、厚みのある札束を取り出してぼんとテーブルに投げたのである。丹波の思惑通り、銀時の目の色が変わった。
「大事な仕事なんでねィ、金ならいくらでも出しまさァ」
にやりと沖田の口元がきついカーブを描く。ドS王子の降臨であった。銀時は札束を前に目を白黒させて呻った。
そして、
「ふつつか者ですが、宜しくお願いします」
「ふつつか者はてめぇだぁぁぁぁぁ!!!」
銀時が頭を下げた瞬間に、新八と神楽のライダーキックが綺麗に顔面に決まった。
丹波はもう既に、部屋で着替えだしていた。
「なんで旦那の服なんか着てるんですかィ」
「上司命令」
丹波は顎が外れるのではないかと思うほど大きな口を開けて、それを隠そうともせずにあくびをした。目尻にうっすら涙がたまる。
丹波は昨夜も吉原で働いていたというのに、その疲れは微塵にも表情には表れてはいなかった。そんな彼女はあっさりとした口調で、隣を歩く沖田に聞いた。
「で、仕事って何?」
しばらくの沈黙。様子がおかしい事に気が付いた丹波は、沖田の顔を見る。目を合わせようとせず、道路を挟んで向こう側の通りを見ていた。
「あ、あそこのラーメン屋、冷やし中華始めてらぁ」
「おーい。ちょっと、沖田君」
丹波は呆れたようにため息をついた。
「なんで俺を呼んだわけ?」
「いや、」
沖田は珍しく、焦ったような素振りを見せ、隊服のポケットやら懐をごそごそと探った後に、二枚の紙切れを丹波の目の前につきだした。
「大江戸ねずみらんどのチケット、二枚あるんで、ちっとばかり俺のオフに付き合って貰おうかと」
「まじですか」
「いやですかィ?」
沖田は目を合わせないまま、ぽつりと呟くような口調で問いかけた。丹波は「いや」と頭をかきながらこたえる。
「なんで、俺?」
「丹波さんじゃなきゃ駄目なんでさぁ」
丹波は深い理由は聞かずに、ふうんと鼻にから抜けるような声をあげる。
二人が歩いている背後の茂みが、がさがさと揺れる。そして、まるでモグラのように白と桃色の頭が生えた。後ろで新八が呆れ顔で突っ立っている。
「ななななっ!!あいつ…桜とデートする為にあんな大金を持ってきたアルか!!」
「俺だって一緒に遊園地なんざ行ったことねぇのに」
「沖田さんも沖田さんですけど、僕らも僕らですよね。こんな大金もらっといて、依頼人のあと付けてるなんて」
そういって新八は、銀時から渡された大金を見つめた。
すると、新八はなぜかその紙幣に違和感を感じ、眼鏡をずりあげてじっと見つめてみた。
すみっこの方に、「こども銀行」の文字が。
「銀さんんんんんん!!!これ偽札ですよ!」
「なんだとぉぉぉぉぉう!!おまっ!早く言えやぁぁぁぁぁ!!!」
「あんたが一番最初に受け取ったんでしょうが!!」
「銀ちゃん!あいつタクシーに乗ったネ!!」
新八と銀時が口論をしている内に、二人はタクシーに乗ってしまったらしい。銀時達もタクシーを待つが、来る気配はなさそうだ。どうするかと行っているときに、脇に止まった黒い車がクラクションをならした。
「のれ」
隊服を脱いだ土方と近藤であった。なにやら表情はやや曇り、焦っているように見えた。訳も分からず三人が車に飛び乗ると、土方は思いっきりアクセルを踏んでタクシーを追いかけ始めた。
土方の運転は荒く、車体は右へ左へと大きく揺れた。体勢が立て直せずに、後部座席で三人がぐちゃぐちゃと団子状になる。
「あああああぶね!!もっと柔らかく運転できねーのか」
「うるせぇ!シートベルト閉めろ、シートベルト!」
「なんでそんなに慌ててるんですか!沖田さんと丹波さんが遊園地に行くのがそんなにまずいんですか!?」
新八が死にものぐるいでシートにしがみついて叫ぶが、土方は「向こうで話す」と言ったきり、口を開かなくなった。
そんな酷い運転だった為、大江戸ねずみらんどに着く頃には、土方以外の乗車していた人物が全て酔っていた。神楽などに至っては、銀時に背中をさすられながら駐車場の隅で今朝のご飯を一升分リリースしていた。
「土方さん、なんで今日は沖田さんのこと追ってるんですか」
土方はなぜかサングラスを掛け、渋めに煙草をふかしながら言った。
「今日は、あいつの誕生日なんだよ」
「誕生日?」
新八はあまりにも平凡な理由に、すこし気が抜けてしまった。すると、近藤が難しい顔をして、腕をくんで新八の後ろから声を掛けた。
「沖田の誕生日はすごいからな、もうほんと…すっごいからな」
「わっかんねーよ!どこがどう凄いんだよ」
なんでも、彼の誕生日のことを話すと、ストレスでなんか毛が抜けそうになるらしい。どんな誕生日だったのかと、聞いてみたかったものの、土方の顔がだんだん蒼白になってきてしまったので、新八はそれ以上聞こうとはしなかった。
「つまり、あいつから桜をまもんなきゃなんねってことだ」
「銀さんはその台詞言える立場じゃないでしょ」
銀時は神楽の背中をさすりながら、視線を上に上げた。この元凶を作った当本人であるくせに、なぜか彼はヒーロー気取りであった。新八の視線が鋭く刺す。
「お、総悟達が中にはいるぞ」
「おっしゃぁぁぁぁ!!桜を守るアル!」
嘔吐から復活した神楽は、右手に風船、頭に子供用キャップをかぶり、猛ダッシュで入り口へと走っていった。確実に、丹波を守ると言うよりも、思いっきりエンジョイする勢いであった。
「おいい!!あいつもう目的が違うぞ!目が違うもの!なんか食う気満々だったものぉぉぉぉ!!」
銀時は大声で叫ぶと、大慌てで三人を追っていった。
「なぁ、あいつら追ってきてるぞ」
「しってまさぁ」
丹波が中を歩きながら、沖田にぼそりと囁きかけた。後ろの方で、ぎゃーぎゃーと騒ぎながら後を着いてくる、派手な団体がいた。しかし、沖田はなにも慌てることなく、丹波の横で鼻歌を歌いながら、ご機嫌そうに歩いている。
普段はつかみ所がないけど、こんな一面もあるのかと、丹波は少しだけ嬉しくなった。今日一日ぐらい、この青年のわがままを聞いてやってもいいかな。とまで思うようになっていた。
「何アル。もうかれこれ二、三時間たってるのになんのアトラクションにも乗らないアル」
「こっちは三十分経たずしてもうおやつタイムにしてたってのに」
「てめぇら、やる気あんのか」
銀時と神楽は、茂みに顔を突っ込んでポップコ−ンをほおばりつつ、遠くから沖田達を観察していた。
土方こそはぴりぴりとして、なにやらそわそわとしていたが、予想外にも、丹波と沖田は楽しく会話をしながら、買い物を楽しんでいる程度のようで、何も心配をすることはなさそうに見えた。
土方は殆ど一人で、双眼鏡を覗いていた。すると、丹波と沖田の様子が、少しだけおかしかった。
「なぁ、俺みたいなのと歩いてて楽しいのか?」
丹波は可愛らしいぬいぐるみを眺めながら、隣にいたはずの青年に声を掛けた。
「なんでそんなこと言うんですかィ」
「俺、男みたいじゃん。もっと可愛らしい子がいるだろ。神楽とかさ」
沖田はぶっと吹き出し、口元に手をやって笑いをこらえている。丹波が訳も分からず首を傾げると、沖田は碧眼を真っ直ぐと見つめた。もう目はそらさない。
「丹波さん、手ぇ繋ぎましょう」
目を丸くする暇も、聞き返す暇もなく、丹波は沖田に手を引かれ、何故だかわからないが走っていた。
いきなり店を飛び出した二人を見て、銀時達は唖然とした顔をしていた。
外はもう、夕方だった。
「な、なぁ!」
「なんでさぁ」
「これは、手を繋いでるってゆうのか?」
息を途絶えさせながらも、丹波は走りながら聞いた。沖田は何の返事もせずに、ただ手首を強く掴んで走っていた。
何処に向かっているのだろうと、丹波が思っていると、沖田は客足が引いてきた観覧車の前でスピードを緩めた。そして、銀時達に追いつかれる前に、滑り込むように観覧車に乗り込んだ。
そうとうな距離を結構なスピードで走った為、丹波の息は酷い乱れようであった。沖田も、額の汗をぬぐいながら、土方の唖然とした顔を見ながらにやりと微笑んだ。
「はー、疲れた。なんであんな走るわけ」
「だって、あいつらに捕まっちゃうじゃねぇですかィ」
「なんで観覧車に乗ったわけ」
「乗りたかったからですよゥ」
なにやら丹波は疑問まみれで不満そうな声で、立て続けに質問を重ねてきた。沖田はなかなかない、ゆっくりとしたこの時間の中で、ただ外を眺めていた。ここで、丹波がまた同じ質問をしてきた。
「なんで、俺とここに来たかったわけ?」
今度は、すこし呆れたような、でも、すごく柔らかい声だった。
沖田の中で、昔の記憶のどこかにあった声と、静かに重なり合う。求めていたのはやはりコレだったと、心の中で、勝手に一人で納得をした。
「毎年、この日に派手なことをするんですがねィ、なんともしっくり来なかったんでさぁ」
「うん」
「土方をいっくら困らせたって、近藤さんにこれでもかって甘えたって、どーもしっくりこねぇ」
丹波はやはり、わかったような、わからないような曖昧な相づちをうった。理解しようとはしているのだ。腕を組んで、首を傾げているのだから。沖田はそんな姿を見て、やはりどうもこらえきれなくなったらしい。小さな幼稚園児が、母親の胸に顔を埋めるように、沖田は丹波に飛びついてしがみついた。
丹波はいきなりの事に硬直するが、様子がおかしいことにすぐ気が付いた。
「母親の顔は覚えてねぇんでさァ。でも、姉貴の顔はいっくら忙しいときでも頭の奥でちらついてる。それが、なんで丹波さんと重なるんだか、俺にはわからねぇ」
「うん」
「まったく別人なのに、」
「うん」
「なんで…」
「…うん」
頭の上ではただ、「うん」と言う声しかこぼれなかった。それが逆に居心地が良くて、沖田は彼女の腹部に顔を強く埋めて、呼吸を繰り返した。頭にぽんぽんと軽い振動が伝わってきた。
未だに消えない暖かさが、今頭に響く振動と共に、絞り出されるように蘇る。それがたまらなく嬉しくて、沖田は少年に帰り、大きな声をあげて泣き出した。
丹波は沖田の栗色の髪から、すぐ隣に並ぶ空に目を移した。
日が沈んだ後の濃い朱色の空と、月を迎える深い群青の空が泥水のように混ざり合っていた。
7月8日