二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- Re: 曇天 綺麗な女も、良い男も、絶対訳アリ。up ( No.148 )
- 日時: 2009/08/16 00:21
- 名前: 護空 (ID: bG4Eh4U7)
丹波は耳の横を通り過ぎていく轟音の音に目を覚ました。
起きたばかりで頭がくらくらし、思うように思考回路が繋がってくれない。ゆっくりと記憶を辿って、自分の記憶の最後を絞り出そうとした。
順番としては、
目の前に座っていた男がいきなり立ち上がった。
自分の身体を押し倒し、鼻と口を何か布のような物で覆った。
悲鳴をあげたが、その直後に意識が遠のいていった。
こんな感じである。
丹波はやっと、自分の置かれている状況に気が付いた。バイクに乗っている。しかも、バイクを運転している男の腰にしがみつくような体勢で、両手に錠を掛けられている。
100%誘拐された。
「あ、起きたようでござるな。丹波殿」
男は真っ直ぐ前を見つめたまま、後ろに乗っている丹波に声を掛けた。妙に冷静で、あっさりとした声色に思わず丹波は拍子抜けした。そして、男に対して燃えだしていた敵対心も、水を被ったように一気に冷めてしまった。
「なんだ、お前。お前が遊女さらいの犯人かよ?くだらないことしてんじゃねぇ。お袋さんが泣いてるぞぉ」
こんな何もない道で、大声を張り上げて助けを呼んでも誰も出てこないだろう事を理解した丹波は、諦めて冷静に。と言うより、少し男を馬鹿にするような形で話し合いを持ち込んだ。すると、男は首を傾げ、
「遊女さらい?何の事でござる」
「おめ、しらばっくれんじゃねぇよ。何人も誘拐されてんだよ。俺知ってんだからな」
丹波がむきになって声を張ると、男はしばらく考え込んだ後に、ああ。と何かに気が付いたように声をあげた。
「それは拙者達ではござらぬ。拙者は晋助に頼まれた故、少々手荒ではあったが主を連れ出してきただけの事、何も悪いことはしてないでござる」
「は?」
詳しいことは晋助が話すでござる。と、男は付け加えた。
丹波はまさか、この男の口から戦友の名前が出てくるなんて、夢にも思っていなかった。「テメェ、名前は」
男はしばらく黙りこくっていたが、振り向きもせずに淡々と言った。
「河上万斉でござる」
「万斉。安全運転で頼むよ」
河上は訳も分からない驚きに言い返す言葉もなく、ただ黙ってハンドルを握ってアクセルを踏んだ。丹波は、一度は耳にしたことがある、有名な人斬りのその男が戦友のところに連れて行ってくれるのをじっと待った。
頭の上では、月が白い歯を見せて笑っている。
26
誤解が誤解を呼んで、結局最初の話ってなんだっけ。
銀時は遊女の着物を着たまま、風の吹き込む窓の前にただ呆然と立ちすくんでいた。神楽と新八も、廊下から荒れた部屋の様子を見て息を呑んだ。先ほど見せられた写真の男、神威が丹波をさらったのだとしたら、彼女の命の保証は限りなく0に近い。時間が解決してくれる問題ではなかった。後から三人を追って部屋の前に来た、近藤、土方、沖田は、そんなことは全く知らない。特に、土方に至っては頬に青筋を立て、ずかずかと部屋の中央まで銀時に歩み寄った。表情は険しく、猛犬でも一目見たら尻尾を巻いて逃げるだろう。
「万屋、てめぇは署に連行だ。一緒に来て貰おうか」
返事はない。
銀時はくるりと振り返り、目を伏せたまま副長の横を無言で通り過ぎようとする。流石に頭にきたのか、土方は更に鋭い目をし、銀時の肩に手を押しつけて彼の歩みを止めた。
「おい。聞いてんのかテメェ」
ドスの利いた声で脅しをかけると、銀時は顔を微かにあげた。銀髪の間から、赤い瞳が姿をあらわす。土方の背中側にいた神楽達にも、それがハッキリと見えた。
夜叉の目。
「どけ」
鬼の副長の背中に刺すような悪寒がはしり、頬に妙な冷や汗がつたう。今まで一度だって見たこともないような恐ろしい瞳に、思わず脚がしびれに似た感覚に襲われた。
その時、悲鳴を聞きつけた月詠が血相を変えて部屋に飛び込んできた。部屋の隅から隅まで見渡した後に、彼女は銀時を見つめる。
「桜は」
震える唇で問いかけた彼女に、銀時は首を横に振る。
「さらわれた」
土方が肩を掴んでいる夜叉の言葉に、土方自身を含めて近藤達は全員が耳を疑った。
「丹波が、さらわれた?」
「ここ最近、遊女達が神隠しに会うんです。僕らはそれを調べる為に、ここに雇われていたんです」
「今回の犠牲者は桜ネ」
神隠し。
その言葉を聞いた途端、近藤達は瞳孔を開き、互いに顔を見合わせた。土方は銀時から手を離し、一息ついてから赤い瞳を見つめた。もう、彼の目に先ほどまでの殺気に似た鈍い光は見あたらなかった。
「上でも、似たような誘拐事件がここ最近多発してる。遊女じゃねぇが、狙われるのは年頃の女ばかりだ」
土方は懐からもう一枚写真をだす。こちらに映っている男は、神威ではなかった。
「女さらいの件じゃ、高杉が有力だ」
銀時は土方から写真を受け取り、穴が開くほどじっと見つめてみた。
こんな風に笑う奴じゃなかったんだけどなぁ。
冷たく口角を吊り上げた奴の顔を見るたびに、銀時はそう思った。初めてそう思ったのは、桂の脚にしがみついて高杉の船から飛び降りた時だった。
船の甲板からこちらを見下ろしていた奴の顔は、自分たちを憎むでもなく、恨むでもなく、冷たく嘲笑うかのように見つめていた。
「神隠しの件がこの人なら、土方さん達はなんでこっちの写真の事を聞いてきたんです?」
新八が、神威の写真を手にとって問う。
「しばらく前の吉原の変で、ここに君臨していた夜王を殺し、春雨のお偉いさんになったらしくてな。ここ最近で江戸をうろつくようになった。何が目的か分からないが、危ないもん売ってる可能性が高い。女さらいのことも頭に入れて調査していたんだが、奴が大騒ぎしたここで女さらいが起きたと言うことは」
「遊女の神隠しも神威ではない」
土方が話し終えた瞬間、月詠は声を張った。
こんな緊迫した空気の中で、全く持って不謹慎かもしれないが、銀時は心中安堵していた。神威にさらわれたのであれば、安心などしている場合ではないが、高杉が丹波を殺すことは確実にない。理由はひとつ、今自分が持っている煙管の事があったからだ。
しかし、一体何の為に桜を誘拐したのだろう。一体何の為に女をさらっているのだろう。銀時は一つの安心と共に、また一つ疑問を抱いてしまった。
すると、土方は思い立ったように立ち上がり落ち着いた口調で話し出した。
「高杉が丹波をさらったとしたら、まずい。総悟、この男の捜索は一時中断、一気に高杉の捜索にかかれ。ってあ?」
「総悟ならしばらく前にいったぞ」
「あいつ、いつもこう仕事熱心ならいんだけどな」
土方は頭を抱えながら、重たい腰を浮かせて立ち上がった。近藤もそれをみて、ゆっくりと立ち上がる。
「俺たちは高杉の捜索にあたる。万屋、お前らの逮捕は免除だ」
戸は静かに閉まり、男三人達は台風のようにやってきて、まるで台風の様に去っていった。
「銀さん、僕らも行きましょう!」
「桜がピンチアル!!」
二人が拳を握って立ち上がると、銀時は重たい腰を畳の上から浮かすことなく、その場に座り込んでいた。月詠も含め三人は意外な反応に思わず目を丸くする。
「あれ、銀さんどうしたんです」
「いや、桜あんまピンチでもない…」
「なに言ってんですか!あの人が丹波さんさらったんですよ!?」
「いや、あいつだから。逆に」
「どーゆう意味ですか!」
「ま、まぁ。そーゆう意味…」
新八が目を見開いて、大声で説得しているのにもかかわらず、銀時の表情は一向に変わらない。これは銀時にしか理解しがたいことなのだろう。いや、銀時にしかわからない。
しかし、ここぞとばかりに神楽は目を光らせ、大声で叫んだ。まるでひ弱なボンクラ息子に、頑固親父がちゃぶ台に片足乗せて怒鳴りつけているような状況だ。
「ピンチアル!!おまっ桜がアイツにとられても言いアルか!!」
神楽の思惑通り銀時の目の色が一転して、焦りの色に変わった。神楽は一仕事終えたような、すがすがしい表情をしてにやりと笑った。
「それは駄目だ!!行こう、すぐ行こう、今行こう」
「銀時、わっちも行かせてくれ」
月詠は真剣な面持ちで銀時を引き留める。しかし、銀時は言った。
「お前は駄目だ」
「な、なぜだ!わっちは足を引っ張るようなマネは…」
そこまで言ったところで、やっと銀時は月詠と目を合わせた。その視線はあまりにも暖かく、彼女を突き放すようだった。
「お前はこっちの女を守れ」
月詠の頬の筋肉が小さく躍動する。一度畳に目を伏せると、寂しそうな表情を貼り付けて顔を上げた。
「わかった」
「おう、頼んだ」
月詠はすっかり着替えを終えて、焦った表情を浮かべて部屋を出ていく彼らを見送った。
廊下を曲がり、姿が見えなくなった後、彼女は銀時が脱ぎ捨てた着物の側へ行き、そっと抱き寄せた。
こっちの女を自分が守るのならば、あいつは何処へ、どの女を守りにゆくのだろう。
答えなどは、とうの昔に出ていた。
あいつの隣は、すでに何人もの人がが並んで歩いていることも、そのなかに一人や二人、女がいることもわかっていた。
自分がそこに並んで、一緒に歩むことが出来ないことくらい納得していた。
していたはずなのに、なんだこの苦しさは。
なんだ、この悲しさは。
「知ってたか」
土方が運転するパトカーの中で、助手席の近藤は後部座席に座っている沖田に聞いた。沖田はしらばっくれたような顔をして、バックミラーに映る近藤と視線を交える。
「なにをですかィ」
「あのチャイナ娘の兄貴のことだ」
「知ってる訳ないだろィ。なに言ってやがんでさァ」
だよな。と言って、近藤は懐から星海坊主の息子の写真を懐から取り出す。透き通るような白い肌、綺麗に整った顔立ち、そして何より、まるで張り付けられたような笑顔。とても、春雨の幹部には見えない。
「まぁ、今回の神隠しの件では関わりはなさそうだな」
「そうですねィ」
パトカーの横を、滑るように街灯の光が流れていく。バックミラーを見れば、その光で陰を帯びたり、白く照らされたりしている沖田が相変わらず爽やかな無表情で座っている。ちらりと横目に助手席を見れば、難しそうな顔をして腕を組んで、なにかを考え込んでいる近藤がいる。そして、運転席には聞くこともなく、二人の話を聞いている土方がいる。
丹波がさらわれているというのにも関わらず、あまりにも冷静でいられる自分に、内心土方は驚いていた。仮にも、思いを寄せている女である。
答えはすぐに出ていた。始めに出会った花見のテロといい、ターミナルの件といい、彼女の並はずれた生命力と、戦闘力に信頼しきっている自分がいるのだ。最近まで気が付かなかっただけあって、土方は自分を許せなくなっている。
丹波なら大丈夫だ。と、安心しきっている自分に、嫌気がさしているのだ。
それぞれが思っていた。
誰かに頼り切っている、自分が憎いと。
にやりと笑う、月の下で。