二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- Re: しゅごキャラ×鋼の錬金術師〜あむの旅〜 ( No.5 )
- 日時: 2010/01/20 16:51
- 名前: rumika ◆GU/3ByX.m. (ID: XHLJtWbQ)
誘いに乗るように足を踏み入れると、中は他に比べてかなり薄暗かった。
左には四角い石が等間隔で並べられ、何か文字が掘り込まれている。見ると人の名前と月日が刻まれていた。それも真新しいものばかりだ。
そして正面には階段が設けられ、その上は小さなベランダが出来ている。
そこに目的の男——コーネロがいる。
コーネロはわりかし小柄で太り気味な老人である。
頭に髪はなく、頭上には光が生み出されている。そして信者と同じ黒い制服をまとっている。
「神聖なる我が教会へようこそ、鋼の錬金術師殿」
恭しく(うやうやしく)お辞儀をしているが、その顔は悪意に満ちたものだ。
さっきの信者たちのように襲ってくる気なのだろうか。
「教義を受けにきたのかね?」
「単刀直入に言う。ぜひとも、教えてもらいたいもんだな。せこい錬金術で、信者を騙す方法とか」
するとコーネロの目が少し見開かれた。
「嘘でしょう!? コーネロ様!?」
後から入ってきたロゼがお腹から声を出して、コーネロに問いかける。
コーネロは優しく——かりそめの笑顔でロゼに笑いかける。
「当たり前だ。さあ、ロゼ。それに日奈森殿……こっちに来るんだ。君たちはこちら側の人間のはずだ。こんな異教徒と一緒にいてはならない」
コーネロは二人を手招きする。
ロゼは誘われるようにふらふらとコーネロの方へと歩き出す。
「ロゼ! 行っちゃダメだ!」
「……ごめんなさい」
ロゼは一瞬立ち止まり、3人のほうを見やる。
その顔は変な笑いで引きつっていた。仕方がないのよ、と自分に言い聞かせるように言う。
「私にはこれにすがるしかないのよ! 去年恋人を事故で亡くし、不幸のドン底にいたの。その私を救ったのは……他でもない教主様なのよ。そして、約束して下さった」
ロゼは俯きながら、階段へと足を進める。そして嫌なことを吹き飛ばすかのように、一気に階段を上り、コーネロによりそった。
コーネロは勝ち誇った笑みを浮かべ、石造りの壁に指をかけた。壁が紙のようにめくれる。その下にはレバーが隠されていた。
「日奈森殿……早くこちらに来なされ」
コーネロが手でおいでおいでをする。だが。あむは首を横に振る。
「あんた……なんであたしのこと知ってんのか知らないけど、あたしはあんたのとこに、行く気ないから」
「仕方がない。あなたには捕まってもらいますよ」
ガクっとレバーが下がる音がした。
途端、動物園で嗅ぐ様な獣の臭いがした。あむは耐えられずに鼻をつまむ。墓石がある方向で、赤い二つの斑点が光ったと思った。それは低いうなり声を上げながら、ゆっくりと近づいてくる。
姿を現したのはライオン……のようなものだ。上はライオンなのだが、胴体から下は濃い緑色。鱗もある。ライオンにないはずの鱗が光を反射して鈍く輝く。一言で言えばワニだ。
ライオンの上半身とワニの下半身を持つ生物——それこそ神話に出てきそうなやつだ。
「合成獣(キメラ)を見るのは初めてかね? 動物と動物を練成した新たな存在。賢者の石はこのようなものまで作れるのだよ」
コーネロは指輪を見せびらかしながら、自慢げに話した。
金のリングの上に楕円状に加工された血の色をした石がついている。どす黒い色で、見ていると気持ち悪くなる。
「賢者の石」
エドワードが獲物をしとめた狩人のように笑う。
「探したぜ……原則などを無視して錬成が可能になる幻の石」
パンっと両手を合わせるエドワード。そして手を離すと、そのまま地面に手をついた。
花火のような白い火花が飛び散りながら、地面から何かが生えてくる。——槍だ。趣味が悪い装飾が施された槍。
「練成陣なしに!? 国家錬金術師の名は伊達ではないということか!? だが!」
キメラは速かった。前足の爪でエドワードが作り出した槍を引っかいた。槍はきれいに切断されてしまった。
だがキメラの猛攻はまだ続く。槍を切断した後、今度はエドワードの左足を引っかいたではないか!
「エド!?」
黒いズボンが破け、そこから血が出るかと思いきや。血が流れるどころか、エドワードは余裕そうに言い放った。
「なんちってね。あいにく特別製でね」
あむはひとまずほっとした。
エドワードは再び襲い掛かろうとするキメラを、左足で蹴り上げた。コーネロがあたふたする。
「何をしている! 噛み殺せ!」
キメラは受身を取ると、再びエドワードに突進する。大きな口を開け、今度はエドワードの右腕に噛み付いた。
「あっ……」
エドワードの腕から血が流れるさまを想像して、あむは顔を手で覆った。
しかしランがあれっ!? と言うのに気づき、あむは恐る恐るエドワードに目を向ける。
血は流れていない。腕ももげ落ちていない。いったい何が……?
「どうした猫野郎。しっかり味わえよ」
ギリギリとかむ力を強めるキメラ。だが、二つの歯が噛み合うことはない。まるで噛み砕けないようなものを噛んでいるかのようだ、と思いあむは気づいた。エドワードの右腕に重々しい輝きがあることに。
人の腕ではない。鉱物のようなものだ。
エドワードがキメラを蹴り飛ばす。キメラが再び宙に舞う。
「……その腕そうか。そういうことか。こんなガキが何故、鋼などと言ういかつい称号を持つのか不思議に思っていたが」
コーネロは舌打ちをした。エドワードが赤いコートに手をかけながら、低い声で言う。
「よく見ろ。あむ、ロゼ。これが神様の…神さまとやらの領域を侵した咎人の姿だ!」
赤いコートが投げ捨てられる。その下には、鍛えられた男らしい身体つき。そして血の通っていない鋼鉄の右腕があった。色からして鋼製か。
よく見ると左足も、だ。
「降りて来いよド三流! 格の違いってのを見せてやるぜ」
「なに……どうなってんの」
あむが呆然と言う。するとあむに答えるようにコーネロが声を発した。
「二人とも。錬金術師最大の禁忌、人体練成を行なったのだ。死んだ人間を甦らせようとしたのだよ」
「ロゼ……こうなる覚悟があるのか!?」
ロゼは現実から逃げ出すかのように、視線をそらす。それでも私は……とおびえる様に言っていた。
「神の領域に踏み込んだ愚か者め! 今度こそ神の元へ送り届けてやろう!」
指輪の赤い石が輝き、コーネロの腕が銃へと変形する。連続的に、弾丸が飛び出してくる。
「いや、オレって神さまに嫌われてるだろうからさ。
行っても追い返されると思うぜ……おい、あむ! 俺の後ろに下がってろ!」
あむは言われたとおり、エドワードの背後に回る。エドワードは再び両の手を合わせ、地面に当てる。練成の光が弾け、大きな壁がせり上がってきた。
銃弾は壁にはじき返され、辺りに散らばる。火薬の臭いがあむの鼻を突いた。
「ちっ!」
するとコーネロはエドワードたちにくるりと背を向けた。
よく見ると、小さな木製の扉があるではないか! コーネロは外に出ると、扉を閉めた。
「ラン、キャラチェンジ!」
あむは素早くランに指示を出す。ランは了解! と敬礼をした。
「ほっぷ・すてっぷ」
その声であむの×マークの髪飾りが、大きな赤いハートの飾りへと変化した。
「じゃーんぷ!」
あむは地面を思い切り蹴り、跳びあがった。風圧でスカートが舞い上がった。
その身体は一気にロゼがいる場所まで跳ぶ。着地すると、ロゼが顔を青ざめさせながら言った。
「な、なんですか! どうしてそんなに……」
下ではエドワードとアルフォンスが、口をあんぐりと開けている。
「よっと」
ロゼの横を通り過ぎると、あむは扉に手をかけた。
今のは『キャラチェンジ』と言う。一言で言えば、
しゅごキャラの力を借りてパワーアップすることだ。今はランの力を借りて、人を超えたジャンプ力を手に入れたわけだ。ただキャラチェンジするしゅごキャラによって、上がる能力は全く違うのだ。
「あれ?」
扉に手をかけるが全く開かない。押しても、引いても固いのだ。
「錬金術で何かしたのかな……」
あむが横で考え込んでいると、バチバチと言う音がした。
「よし。開けるぞ」
いつのまにか鉄の扉が作られていた。それをエドワードは、蹴破ると言う乱暴な手法で開けた。
その途端銃やら、槍やらを持った信者が雪崩のように入ってきた。
エドワードはにっこりと微笑むと、両手を合わせる。鋼で出来ている腕の先がとがり、剣のようになった。そして突っ込んでいく。
あちこちで、悲鳴が上がり、続けて殴りつける音が聞こえてくる。
「さあ。僕たちも行こうか」
ひょいっとアルフォンスはロゼを抱きかかえ、あむについて来て。と言った。
信者の屍(死んでません)を避けながら、あむはアルフォンスについていった。
*
アルフォンスにつれてこられた場所は、教会の鐘がある屋上であった。リオールの町が一望できる、とても美しい場所である。
例によって信者共をダウンさせ、あむは鐘に近づく。鐘は少し高い、塔の上にあった。かなり小さめだが、銅製で中々立派な細工がされている。
「よっと」
ランとのキャラチェンジで、金がある塔へ飛び乗る。そして鐘をつっているロープをアルフォンスが練成した、ナイフでゆっくりと切っていく。
「ねえあむちゃん。銀時計はどうするの?」
「この騒動が終わったら、ちゃーんとエドワードさんに返すよ」
あむは作業をしながら言った。ロープはかなり古いものらしく、力が弱いあむでも楽々と切ることができる。あっという間にロープはすべて切れた。支えを失った鐘が地面に転がる。
持ち上げてみると、かなりずっすりと来た。持てない訳ではないが、長くは持てない。
さっと持ち上げると、キャラチェンジをしながらアルフォンスの元に飛び降りた。
「あむ、有難う」
アルフォンスに鐘を渡すと、あむは伸びをした。
「いいえ。アルフォンスさんの役に立てたなら」
あむは恐縮する。するとアルフォンスは優しく話しかけてきた。
「アルフォンスさん? そんな堅苦しくならないでよ。僕も兄さんも、普通に「アル」、「エド」って呼んでくれていいと思う」
「じゃあ。よろしくね、アル」
アルフォンスは片手を挙げる。と、ロゼがしもどもどろに話しかけてきた。
「さっきの話、ほんとうなの?」
「ボク達はただ……もう一度母さんの笑顔が見たかっただけなんだよ。練成の過程で僕は全身を、兄さんは左足を持っていかれた」
「何それ」
あむは言葉を失う。錬金術は身体を犠牲にするようなものではないはずだ。
「リバウンド。錬金術が失敗して、僕と兄さんの身体を奪っていたんだ。『何が』『どこ』に持って言ったのかはわからないけどね」
「でもそこまで犠牲を払ったのなら、お母さんは」
アルは首を横に振る。
「でも練成は失敗した……人の形をしていなかった」
「そんな……」
「だからロゼ、あむ。君たちはこっちに来ちゃいけない」
風が強く吹き、あむの髪を引っ張っていった。
それからアルは、逃げるときからずっと持っていた『あるもの』をようやく地面に置いた。
『あるもの』は黒い、コードのようなものだ。直径5cm程の黒い線でかなり細い。長さこそ、かなり細いものの、長さはかなりあり、屋上の出入り口から線はさらに下に続いている。アルに言わせると、これは一階下の部屋から持ってきたものらしい。
普段、何に使っているのか全くナゾだ。
「あむ、ラン。下がっててくれるかな?」
「あ、ごめん」
興味深くコードを覗き込んでいたあむとランは、アルに注意され、数歩後ろに下がる。
二人が完全に下がったことを確認したアルは、腰にある小さなポーチに手をかけた。白く、何かの皮で出来ているのか中々頑丈そうである。
ポーチのふたを開くと、真っ白なチョークが隙間がないくらいぎゅうぎゅうに押し込まれていた。長さは不揃いで、短いものもあれば、長いものもある。
「よし」
アルはその中から使い込んでいるらしい、短めのチョークを取り出した。それで鐘とコードの周りに、スタンドで見た同じ図形を手早く描いていく。コツコツ、と言う黒板に文字を書くのと同じ音が響く。
「これって錬金術に使うの?」
「うん。『練成陣』と言って、力の循環と時間の循環を表す……なんて言ってもわかりずらいか。そうだね。錬金術に必要なものだよ。この陣にエネルギーを流して、初めて術が発動するんだ」
アルは練成陣を描きながら言った。
あむはわかったような、わからないような中途半端な感覚だ。大体のことは理解してきたつもりだが、『錬金術』は本当に難しい。
やがて練成陣が完成し、いつもの光が飛び散る。するとそこには、鐘とコードが一体化したものが出来上がっていた。
アルは、鐘の中が外を向くような形で持ち上げた。その体制のまま数歩歩く。コードが地面にすれる音がした。町がよく見渡せる場所に来ると、鐘の中を町に向けるような姿勢で止まった。
なにやっているんだろう、とあむが思うと。
ザーとテレビが映らないときに聞こえるような音が、鐘の中から流れ込んできた。下にいた町の人々が、次々と足を止めるのが見える。天から何か降ってきたような表情で、呆然と上を見つめている。
「……、しろ!」
今度は、途切れ途切れに誰かの声がした。聞きとりにくいが、コーネロの声であることがわかる。心なしかかなり焦っている様だ。
「おっさん、いい加減にしろよ。お前の嘘は全部お見通しだ」
続けてはっきりとエドの声が聞こえた。随分と余裕そうな言い方だ。コーネロとかなり違う様子。
「エ、エド? この鐘、もしかしてラジオになってる!?」
アルが正解、とでも言うように軽く頷く。
「よく聞いていてね。コーネロさんが自白してくれるから」
そこでようやくエルリック兄弟の考えが見えた。
コーネロの悪事を、信者たちに暴露するつもりなのだ。しかし、コーネロとてバカな奴ではない。本当に成功するのか不安だ。
「賢者の石で何しようってんだ? それがあれば陳家の教団なんていらないだろ」
「くくく……国家錬金術師にはお見通しと言うわけだかね」
黙って聞いていると、コーネロが追い詰められた悪者のように笑っているではないか。本当に、この二人の策に気づいてはいないらしい。
「そうだ! 教団は私のためなら、喜んで命を捨てる信者を生み出してくれる、死を恐れぬ最強の軍団だ! 見ているがいい」
横にいたロゼの顔から、血の色が一気に引いていく。それは町の人々も同じだ。
放心して鞄を落とす者、泣き崩れる者、怒りに顔を染める者……実にさまざまだ。が。
「あと数年のうちに私は、この国をテリトリーにかかるぞ。賢者の石と、錬金術と奇跡の術の見分けもつかないようなバカ信者どもを使ってな!」
皆の心は同じ——コーネロへの怒り、悲しみ、憎しみ。それを増長させるかのように、彼は高らかに笑う。
町の人々は、皆神殿の方へと走り始めた。きっとコーネロを問いただす気なのだろう。
「ふははははっ!」
その時だった。エドがゲラゲラと笑い出す。嘲笑、と言う言葉がお似合いだ。
「なにがおかしい!」
「だからあんたは三流だっつーんだよ。これ、なーんだ?」
いたずらっ子のような口調で、エドが言った。一瞬間が流れる。恐らくタネを明かしたのだろう……
案の定コーネロが狂ったように叫ぶ声がした。
「奇跡の技なんてない——みんな賢者の石の力。はい。自白ご苦労様」
「な! 足元にマイクだと!? 貴様、そのスイッチはいつ入れた!?」
「最初から」
「このガ……うわぁああああ!」
錬金術の音がしたかと思うと、コーネロが絶叫する。多分、エドが何かやらかしたに違いない。とあむは半分思っていた。
「リバウンドだろうが! 腕の一本や、二本でぎゃあぎゃあ騒ぐんじゃねえ! それより、石は……な、砕けた?」
「な、なにが起こってんの?」
ラジオの向こうで何が行われているのか……あむには全く検討がつかない。
「どう言う事だ? 完全な物質であるはずの賢者の石が何故壊れる……」
エドの声はありえない、と言った感じだ。
どうやら『賢者の石』が砕けてしまったらしい。
「しっ知らん! 私は何も聞いていない。たたたたた助けてくれ! 私が悪かった!」
完全に無力とかしたコーネロはもはや、ネズミ以下の存在だろう。猫に助けを求めるが、いつ狩られてもおかしくないはずだ。
「偽物かよ……ここまで来てやっと元に戻れると思ったのに。…・・・偽物」
かなり期待を持っていたのに、裏切られたのだろう。エドはすっかり元気をなくしてしまったようだ。なんだかかわいそうになってくる。
「ざけんな!」
しかし猫が元気を取り戻すのは、早かった。……そして牙をむくのも。
パンと両手を合わせる音がし刹那、教会が小さく横に揺れ始める。
「に、兄さん?」
アルはさすがにもういいと思ったのか、鐘を地面に置いた。しかし電源は入っているから、音は絶えず流れてくる。
「神の鉄槌くらっとけ!」
ハンマーを振り下ろしたような音がし、教会のゆれはようやく収まった。
それから、あむたちは神殿前の広場に来ていた。
昼とは打って変わって、人はあむたち四人を除き誰も居ない。そのせいか異様に静か過ぎて、あむは寂しくなってきた。神殿は陽光に照らされ、オレンジ色になっている。神殿の像の影が、町の方向へ長く伸びていた。
それを加速させるように、空は赤と黄色のグラデーションに彩られ、真っ赤な火の玉が砂漠の向こうへと沈んでいこうとしている。
「もう夕方かぁ……」
あむは肩をすくめてみる。今日はとても疲れたからだ。
レト教信者に襲われそうになる、捕まりそうになる、挙句の果てには殺されそうになる——死なないことだけを考えて走っていたから、安全になると身体の力が一気に抜けてしまう。
だるさから、あむは広場から神殿内へと入る階段に力なく座り込んだ。
石で出来ているのか、ひんやりとした感覚がした。けれどその冷たさは、身体にじわじわと広がっていく。だるい気分も吹き飛びそうだ。
その時、後ろの扉が開く音がした。金属製なので、黒板を爪で引っかいたような非常に嫌な音がする。あむは思わず耳を塞いだ。
「よ! 戻ったぜ!」
扉を開いたのは、エドだった。
笑顔で片手を挙げ、アルに手を振っている。そして数段階段を下りると、あむの横に腰を下ろした。
「あむ、大丈夫だったか?」
「あ、うん……」
エドに顔をまじまじと見られ、あむはボーっとした。頬から若干湯気が立っている。
「あむちゃん〜? 顔赤いよ?」
「な! 夕日のせいに決まってんじゃん!」
ランに茶化され、あむはぷいっと横に向いた。そこでは本当に夕日が輝いている。
だが実際はちょっとエドにドキドキしていたのだ。
(あたしって……本当に気が多いなぁ)
そう悩んでいると、慰めるかのように風がそよそよとあむの間を通り抜けていった。
あむは振り返り、風が去っていく方角を見やる。そこにはレト神殿が。
このまま風に乗って、元の世界に戻りたかった。この風がどこに続いているかはわからないけれど。
乗れないが、代わりにあむは両手を組み、風に祈る。『あたしは無事だから……どうかみんなに伝えてください』と。
「あむ、何お祈りしているの?」
アルに声をかけられ、あむは顔を上げた。
「なんだろ……この町が無事でいられますように、かな」
適当な嘘をついた。異世界に思いを届けてくれと祈った、なんて言っても、この二人が信じてくれそうにないからだ。『
錬金術師は科学者』——『異世界』みたいなファンタジー要素はあっさり切り捨てるに違いない。
TVの科学者は、オカルトを否定する人も多い。エドとアルもきっとあんな感じなんだろうな、とあむは考えていた。
「そっか……ところで兄さん、賢者の石は?」
「だめだ。偽者だった」
エドは肩をがっくりと落として、首を横に振った。あの放送どおり、『偽者』だったらしい。
「やっとお前の身体を元に戻してやれると思ったのにな」
「でも諦めないで行こう。次の町では見つかるかもしれないよ」
うな垂れるエドを、アルは明るく励ます。かなり仲のいい兄弟で、羨ましいなぁとあむはうっとりと見つめていた。
「あんたたち! なんてことしてくれたのよ!」
怒声にびっくりして3人が振り向くと、ロゼが瞳に涙を溜めながら立っていた。さっきまで黙っていたのだが、一体どうしたのだろう。
「これから、私は何にすがって生きて行けばいいのよ!? 教えてよっ! ねぇっ……」
ロゼの瞳から油のような涙がボタボタと垂れる。その涙は、色を混ぜすぎた絵の具の様だった。色は真珠のようだけど、込められた思いが混ざりすぎている。
「よっと」
エドは何も答えずに立ち上がった。その表情はどこか落ち着いているようにも、悩んでいるようにも見える。
階段を完全に下りると、アルと共にロゼの横を通り過ぎていく。
「立って歩け、前に進め。あんたには、立派な足がついているじゃないか」
言葉を残して。
「……」
ロゼの両足が崩れた。ガクン、と地に両膝をつけ焦点の定まらない瞳で、ただ空を見つめていた。涙はもう止まっていた。
「立って歩け、前に進め」
あむはエドの言葉を反復した。
それが自分への言葉だと、も思ったからだ。本来はロゼへ向けられたものかもしれない。けれど、今の自分に最も必要なもの——行動することを思い出させてくれた。
「元の世界に帰るには、行動するしかないよね。このリオールで待っていても、元の世界には帰れないし。それこそ立って歩け。前に進め、だよ」
「あむちゃん、何となくだけど『賢者の石』があれば元の世界に戻れそうじゃない?」
あむはそうか! とでも言うように指を鳴らした。
「確かに! エドも『原則などを無視して錬成が可能になる幻の石』って言ってたじゃん。なんかよくわからないけど、すごそうじゃない!?」
今のところ元に戻れそうな手がかりは『賢者の石』だけだ。あむはとにかく戻りたい一心で、早く行動に移そうとする。
「よし。じゃあ、次の町に行こうか」
と言ってあむは、思い出した。とても大切なことを忘れていた。あむの顔は見る見るうちに青ざめていき、左に走ったら、今度は右に走る……と言う謎の行動を繰り返し始める。
「エドに銀時計返すの忘れてたあ! ど、どどどどど、どうしよう!?」
慌ててエドが去った方向を見やるが、もう影も形も見えない。見えるのは、町と、ますますオレンジが濃くなった町。夕日が半分だけ顔を出している風景だけ。
「あ、あむちゃん落ち着いて! きっとまたすぐに
会えるから!」
「会えるっていつよ〜〜!」
あむは腹の底から声を張り上げた。
ますますオレンジ色が濃くなった空に、その声は吸収されていった。
*
同時刻。神殿前とは真逆の方向に、人々が殺到していた。我先に、と押し合い少しでも前に進もうとしている。
そこは教主の部屋に最も近い関係者用の出入り口だ。かなり狭い扉の前に、5人ほどの信者が立ち、必死に民衆を押さえ込んだり、なだめたりしている。
しかしそれは銃などの武器があるからで、武器がなければあっという間に入られてしまうだろう。
「ちっ! エルリック兄弟め・・・・・・」
扉の向こうで、コーネロは悔しそうに舌打ちをした。
たった一人の子供ごときに、秘密を暴かれてしまったのだ。悔しくてたまらない。
「久しぶりに来て見たら。この騒ぎは何かしら?」
さっきまで人がいなかった通路の階段の上に、二人の人間が立っていた。
一人はまだ若そうな女。真っ赤な血の様な瞳が不気味に輝き、ゆるくウェーブした漆黒の髪を背中まで伸ばしている。
胸を少しだけだすという危ないルックスの真っ黒なドレスを身にまとい、両方の手にはやはり黒い皮製の手袋をしている。
もう一人は5歳から6歳ほどに見える非常に幼い少女。だが、その肌の色は死人のように青ざめている。
髪の色は白く、耳にかかる程度。そして日本で死人が切るような、何もない無地の着物を羽織っている。
胸には茶色で、赤い瞳を持つうさぎのぬいぐるみがしっかりと抱かれている。
「くっ……お前たちが「賢者の石があれば天下を取れる」と言ったのではないか!」
「条件があったはずよ。もうじきここに来る少女を捕らえるって」
「そ、それは」
コーネロは急にだんまりしてしまう。
その様子を見て、女は鼻でふふんと笑った。
「あなたはもう用済みなのよ。ちょっと混乱を起こすだけでよかったのに、簡単に終わっちゃうなんてがっかりだわ」
「……」
少女は、仏頂面でコーネロを見つめる。
その瞳は感情がない、ロボットのような冷たい瞳だった。
「どいつもこいつも、わしをバカにしよって……!」
コーネロが片手を挙げ、拳を作る。
そのまま女と少女に殴りかかろうとする。
「まったく……人間は愚かね。フィ、ちょっとこらしめてあげなさい」
「……」
少女は何も言わず、頷かず。コーネロの前に立ち塞がった。
コーネロはそのまま『フィ』と呼ばれた少女を殴ろうとする。
「しっぱいしたばつ」
フィは短く、あっさりと言い放った。全く感情が感じられない、冷たい言葉だった。
そして胸に抱いていたうさぎのぬいぐるみを、コーネロに向かって突き出す。
途端、うさぎの双眸がカッと赤く、短く光った。それとほぼ同時に、コーネロの動きは止まった。そのまま前にうつ伏せの状態で倒れる。
女はコーネロに歩み寄る。コツコツ、と部屋内に靴音が反響した。
コーネロの顔を持ち上げると、彼は白目を向いたままだった。女は満足そうに笑うと、コーネロを元の体制に戻した。
「コーネロは死んだわ。フィ、よくやったわね。お父様がまた褒めてくれるわよ」
「……」
フィは何も言わず、ただコーネロをじーっと見つめていた。
「今回はちょっと失敗だったけど……そういえば、『ルク』の町はどうなっているのかしら。向こうもそろそろ見に行かないと行けないわね」
「ラスト、あむがいってくれる」
そこで初めてフィは再び口を開く。
『ラスト』と呼ばれた女は、ああと納得したような声を出した。
「そうね。『ルク』はリオールから近い。あんたがお気に入りのあむって子の実力、試させてもらうわよ」
ラストは静かに言った。
彼女の胸で、ヘビが自分の尾を噛んでいて、輪上になっている痣が不気味に存在していた。
〜一章完〜