二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Re: [テニプリ]いろんな愛のカタチ−スキだからだからこそ− ( No.166 )
日時: 2010/05/31 20:10
名前: 亮 (ID: cX1qhkgn)






3月。
とある休日の昼下がり。










「ねぇ、試してみない?」










町で偶然会った彼は、(もしかしたら、偶然だと思っているのは私だけかも)不敵に微笑んだ。


彼の思うつぼってコトは、分かり切っている。
だけど。


少しだけ、確かめてみたくなったんだ。







“愛”って、ヤツをさ。







それは、2人でストリートテニス場でをテニスしている時のコトだった。

「裕太ーぁ、ちょっと腕、落ちたんじゃな、い!」

長い黒髪の少女は、それを靡かせながらテニスボールを打つ。
裕太と呼ばれた少年も、多少押されながら応戦。

「っるっせぇ、俺の本気はこっから、だよ!!」(裕太)

ツイストスピンショット。
———ちょっと挑発しただけなのに。
輪廻は困ったように、それでいて楽しそうに微笑んだ。

「そうこなくっちゃ!」(輪廻)

輪廻は、それほど手こずる感じもなく、返球。
裕太も、笑う。
その笑みには焦りも見えた。

「そう簡単には、手を取らせないってコトか」(裕太)

2人のラリーは、いつまでも続いた。
もっとも、輪廻のこうは本気ではないのだが。

「かなわねぇな、」(裕太)

そんなトコロも含め、裕太は輪廻が好きだ。
2人の関係は、付き合っている、というコトになるのだろう。
だけど言葉にして、その愛を確かめたコトはない。
それを、輪廻が寂しく思っているのにも気がついていた。


「ちょっと、休憩にしない?」(輪廻)


めずらしく、輪廻から休憩を申し出る。
スマッシュを打とうとしていた裕太は、振り下ろす寸前で腕を止めた。

「このヤロ・・・ッ 俺のチャンスをワザと潰したな?!」(裕太)

コートから出ようとしていた輪廻は振り向いて、楽しそうに笑う。

「何のこと?」(輪廻)
「あ、おい、待て! 輪廻!」(裕太)
「やーだ」(輪廻)

軽い足取りで、輪廻は階段の上の自販機へ。
そんな姿を見つめ、やはり“愛しい”と思ってしまう裕太。

「輪廻! 俺、コーラな」(裕太)

裕太は、コートの脇のベンチに座ったまま叫ぶ。
この位置から輪廻の姿は見えない。

「お金は、後からいただくよ?」(輪廻)
「抜け目ねぇのな」(裕太)

裕太は苦笑しながら、「当たり前のことか」と納得する。
輪廻には“かなわない”。



そんな2人の幸せな空気も壊れる出来事は、そこまで近づいていた。



「よいしょっと、」(輪廻)

左手には裕太のコーラ。
右手には自分のオレンジジュース。
両手のふさがったまま、階段を降りる。


「気を付けろよー」(裕太)

父親のようなコトを言う裕太に、思わず笑みをこぼす。

「だーいじょうぶ」(輪廻)


残り、10段。






突然、輪廻を取り巻く世界が、回る。












「キャ、」(輪廻)












裕太の五感を反応させるのには、その短い悲鳴で充分だった。



「輪廻?!」(裕太)



何かがぶつかり合う音と、布のこすれるような音。
頭で考えるより先に、足が動き出す。

「輪廻?!」(裕太)

———最悪の事態。

「おい、大丈夫か?! 輪廻?!」(裕太)

裕太の頭には、輪廻とも思い出が駈け巡る。
階段から滑り落ちたんであろう輪廻は、目を瞑ったまま。
起きないのだ。

「輪廻、おい! どうした?」(裕太)

ここで目覚めるのを待っていれば、手遅れにさえなるような気がした。


「、救急車・・・ッ」(裕太)


言い様のない不安が、裕太の頭の中に立ち込める。
ポケットのケータイを手に取った。
次の瞬間。



「ん、」(輪廻)



起き上がった。

「うぉ、わ?!」(裕太)

裕太には、安心反面、ゾンビが起き上がったような感覚も感じていた。

「り、輪廻、」(裕太)

安心して、輪廻の背中を支え、その場に座らせる。

「大丈夫かよ? もう、ほんとに目ぇ覚まさないかと思ったよ」(裕太)

半ば呆れ気味に、裕太は話す。
虚ろな瞳をした輪廻は、まだ意識がはっきりしていないようだ。
何にも返答しない輪廻相手に、一人でペラペラ話した後、裕太は立ち上がる。

「立てるか?」(裕太)

手を差し伸べた。
刹那、裕太の耳は、ありえない言葉を拾った。









「あなた、誰?」(輪廻)









「は?」(裕太)

思わず、聞き返す。

「えと、此処は、何処で、彼方と、私は、誰?」(輪廻)
「輪廻?」(裕太)
「輪廻が、私?」(輪廻)
「何言ってんだよ・・・?」(裕太)


———これって、記憶喪失?


「輪廻・・・、お前、俺がわからないのか?」(輪廻)
「えと、ごめんなさい、」(輪廻)

———嘘だろ?

「ほら、青学の越前とか桃城とか、氷帝の跡部とか忍足とか、」(裕太)
「せいがく? えち、ぜん?」(輪廻)
「俺の兄貴の、不二周助とか!」(裕太)
「ふ、じ?」(輪廻)

どの質問も、キョトン、とした表情で答えられない輪廻。
それもまた、可愛いと思ってしまう自分がいる。


「じゃ、さ。 お前の弟、唖李栖は?」(裕太)


おそらく。
悔しいが、輪廻の中で1番大きな存在。
それが唖李栖だ。

「誰? あ、りす?」(輪廻)

希望をこめたその問いにも、輪廻の反応は変わらない。

「輪廻・・・・」(裕太)

———なんか、泣きたくなってきた。

心中で冗談の様につぶやきながら、裕太は輪廻であって輪廻でない人物を眺める。


———もう、俺のことも思い出してはくれないのか?


まだ、スキとか、愛してるとか、一言も言ったコトないのに。
輪廻に、さっきまでの記憶が無い。
きっと、さっきまでの感情も無い。
さっきまでの、笑顔も無い。
ただ、虚ろな瞳で見つめてる。

———思い出してくれよ。


「輪廻、」(裕太)


俺のこと、全部。
お前の中に居た俺のコト、全部だよ。


「輪廻、輪廻——————!!」(裕太)


強く、強く、抱きしめる。

こんなに、腕の中に居る彼女が、愛しいと思ったコトはない。
こんなに、悪戯っぽく笑う彼女を、恋しいと思ったコトはない。


———大切な人の中に、自分が居ない。


それは、こんなにも、苦しくて、寂しくて、悲しくて、痛い。















「好きだ、大好きだよ、輪廻—————————!」(裕太)




















「ねぇ、試してみない?」
「な、何をですか?」
「ちょっと、アイツを引っ掛けてやろうよ」
「は? 話が読めないんですけど———」
「僕に、考えがあるんだ。 耳を貸して?」


「明日が、何の日か、分かるかい?」






















「————————————裕太、」(輪廻)


その瞳に、ヒカリが戻る。

「輪廻!」(裕太)
「あれ、私?」(輪廻)

裕太の腕の中で、強く抱かれている自分。
何がなんだか分からない、と言った表情で裕太を見つめる。

「記憶、戻ったのか?!」(裕太)
「へ?」(輪廻)
「全部、全部。思い出したのか?! もう、お前は輪廻に戻ったんだな?!」(裕太)

喜んでるのか、怒っているのか、分からないような口調で、同じような問いを何度も輪廻に言う。
輪廻は戸惑っていた。
だけど。
暗い闇の中で、遠くで聞こえた、あの声は———






「裕太は、私のコト好きなんだね?」(輪廻)






「?! 何で、ソレ!」(裕太)
「さっき、聞こえた」(輪廻)

裕太の顔は、一瞬にして真っ赤になる。
そして、そっぽを向いてしまった。

「忘れてくれ」(裕太)
「やだ」(輪廻)

さっきまでふらふらしていたのが嘘のように、輪廻は機嫌良く微笑んだ。










「(ごめんね? でも、ありがとう。 ちゃーんと、“愛”を確かめさせて貰ったよ)」










「お帰り、裕太。 楽しかった?」

裕太が寮に帰るなり、電話が鳴った。

「何だよ、兄貴。 輪廻と会うこと、知ってたのか?」(裕太)
「僕が、知らないとでも思う?」(周助)
「・・・」(裕太)



「ああ、そうだ。 今日は、エイプリルフール、だね?」(周助)



「!」(裕太)





———よく考えれば、“あの”輪廻が階段から落ちるハズないじゃないか。





そのコトに気がつくのは、もう少しだけ、先のこと。