二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Re: 銀魂—白銀の鬼姫— ( No.7 )
日時: 2010/05/16 17:10
名前: 李逗 ◆hrygmIH/Ao (ID: z52uP7fi)
参照: http://www.kaki-kaki.com/bbs_t/view.html?75385

第零訓   灰色の雲、銀の雫【後編】


「この子供の傷、随分深かったではないか。お前がやったのか? 銀時」

「さっきも説明したじゃね—かァァァ! この傷は天人にやられてるの! 俺と高杉が見たときにはもうやられてたの!」

五月蝿い。ものすごく五月蝿い。頭にくるほど五月蝿い。
あたしは、重い瞼を開けた。一番に目に映ったのが、あたしの両側に座って、何か言い合いをしてる侍二人。一人は天パのあいつで……え、ここどこ?
瞬間、あたしは跳ね起きて、回りを見た。
よく分かんないけど、多分武家屋敷。畳の上の布団に、あたしは眠っていたらしい。

「おっ、起きたか?」

ひょいって銀髪天パが顔をのぞきこんできた。普通だったらあたしはここで平手打ちしてるんだけど、体が重くて言う事を聞いてくれない。

「動かぬ方が良い。肩の傷は動脈ギリッギリにまで達していたのだぞ」

そう言ったのは、銀髪天パ……銀時だったけ。の真正面にいる男だった。男だとは思うけど、黒い髪がすっごく長い。肩より長い。
何となく回りを見回したけど、あたしとその二人以外、他には誰もいなかった。あの、高杉とか言う人も。

「ところでお前、何であんな所にいた? それも一人で。10歳とかそんぐらいだろ」

あたしは、それには答えなかった。答えても、誰も何も分からない。信じられるのは自分だけ。
しばらくの沈黙のあと、最初に口火を切ったのは天パだった。

「付いて来い。オイ、ヅラ、お前も」

「ヅラじゃない、桂だ」

天パがあたしの腕を引っ張る。付いて行きたくなんかなかったけど、右肩は痛いし、まだ足もフラフラするし、何よりも子供のあたしじゃ男の天パの力には勝てなかった。


連れてかれたのは、さっきの部屋よりも二回りくらい大きな部屋。この武家屋敷が使われてた頃、客間だったのかもしれない。その中には、何十人かの攘夷志士が座ってた。何人かは寝てるけど、あたし達が中に入った瞬間、皆があたしに視線を移す。

「アッハッハッハッ、金時、その子がおんしが連れてきた子供がか?」

「金時じゃねェ、銀時だっつってんだろーが。お前のその毛玉頭の中は水だけのプールかプール!」

近付いて来たのは、クリンクリンな髪した男の人。この笑い方、尋常じゃない。

「アッハッハッハッ、で、おんしの名前は何じゃ?わしは坂本辰馬っちゅ—名じゃ」

「……」

あたしは、その質問には答えずに、代わりに思いっきり睨み付けた。
他人なんて信用できない。信用できるのは自分だけ。肩さえ怪我してなければ、すぐに出て行くのに……。
その、瞬間。
いきなり天パに肩を掴まれて、その場に座らせられた。一瞬右肩が痛むけど、そんなに力が強くなかったからすぐに治まる。

「銀時!?」

後ろで長髪が叫ぶけど、天パは無視。

「おい、お前」

天パの目は死んだ魚みたいだったけど、強い光を宿してた。その覇気にぞっとして、その場に固まる。

「何で何も言わねェんだ。お前のその口は何の為にあるんだコノヤロー」

「言う必要なんてない!あのままほっといてくれれば良かったんだ。そうすれば、そうすれば……」

それから先は言えなかった。ううん、言いたくなかった。そしたら天パはあたしの目を真っ直ぐ正面から見て、

「お前、何をそんなに怖がってんだ。俺ァお前に会ってから、笑ったり泣いたりしてるのを見てねェぜ。睨むか無表情かのどっちかじゃねーか」

自然とあたしは唇を噛んでいた。あれから、あの時から、ずっとあたしは泣いてない。……笑ってない。
大切な物も、何もかも無くして、自分でしか自分を守れなくなってから。
涙が出そうになったけど、それをじっと堪えて、腰にある刀に触れた……はずだった。だけど、あたしの手がふれたのは、自分の着物の帯だけ。
そこにあるはずの刀が、無い。

「——刀は?」

「ん?」

「刀は……あたしの刀はどこ!? ねぇってば!」

天パは一瞬目を見開くと、もの凄い勢いで立ち上がった。

「お前が持ってたの、あれ、お前のだったのか?」

天パの瞳に焦りの色が浮かんでる。

—あの刀が無かったら、あたしは生きていけない。
鍔に白虎の紋が彫られた、父さんに貰った、あの刀。

「——つ」

本能的に外に飛び出そうとした時、タイミング悪く、ドンッと誰かにぶつかった。見上げたそこには、あの紫がかった黒髪の男——高杉とか言う人がいた。ふと見たその人の左手には、一本の刀。

「あたしの……刀」

この人が取って来てくれたのだろうか。外は雨が降り出したようで、激しい雨音が響いてる。見ると、その人は水びたしになってた。
あの一瞬で、これがあたしの刀だって気付いたのかな。そして、取りに戻ってくれたのだ。この、どしゃぶりの雨の中を。

「高杉!? おまっ、その刀……」

天パが言うと、高杉は無言で刀をあたしに押し付けた。黒光りする鞘に収まる、あたしの刀。

「……ありがとう……」

瞬間、何かの雫が頬を伝った。雨でもないその雫は。

「お前、泣けるじゃねェか」

もう長い間流す事を忘れた、涙だった。
あたしの後ろでは、坂本と桂が、こそこそと何か高杉に話してる。

「高杉、おんしゃあ気でも狂ったがか?」

「お前がこんな事をするなんて、天地がひっくり返るよりありえんぞ」

「……うっせえ」

天パは、しゃがみ込んで泣いてるあたしに、もう一度聞いた。

「お前、名前は?」

今まで流していなかったぶん、涙がとめどなく流れる。しゃくり上げながら、答えた。
もう二度と口にしないはずだった名前を。
記憶の奥に封印しておくはずだった名前を。

「斎、賀……斎賀和月……」

それを聞いて、天パ……否、銀時は、ただだまって抱きしめてくれた。

「お前、そーいや銀髪じゃねーかオイ」

「……あんたよりは綺麗だけどね」

その日、灰色の雲から落ちる銀の雫は、やがて七色の虹を作った。


だけど

別れはすぐにやってきて

いつしかあたしは白銀の鬼姫なんてよばれるようになっていた。

永遠なんてないと

あらためて知ったあの日。

———遠い記憶。