二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Re: 【銀魂】銀ノ鬼ハ空ヲ仰グ—花曇編— ( No.352 )
日時: 2011/04/16 16:12
名前: 李逗 ◆hrygmIH/Ao (ID: .qxzdl5h)

〈和月誕生日特別編〉
              はるのまんげつ。



其れを確かめる術は今はもう無い。
只一つ確かなのは、あの背中。あの温かな背中が決して夢では無かったという事だけ。


一人の幼子が、森の中で泣いていた。
満月に掛かっていた雲が晴れ、月光が幼子の髪を照らす。
幼子の髪は銀色だった。涙を溜めた其の眼は琥珀色。
どちらも此の日ノ本の国では有り得ぬ色だった。その異質な色が持つ意味を、幼子はまだ知らない。

「ふええーっ」

幼子は両親と双子の妹と共にこの村へやって来ていた。幼子の父は江戸一を謳われる剣客だったため、住んでいる町から遠く離れたこの村の剣術仕合に呼ばれたのだ。
この剣術仕合は近隣の村々からも剣の道を志す者たちが集まる、それなりに大きなものだったため、仕合終了後は小さな宴が催された。
その最中に、幼子は夜なのに飛んでいる綺麗な蝶を見つけ、追いかけているうちにこの森の中に入り込んでしまったのだ。

「……っ、おとう、さんっ……」

瞳からぼろぼろと大粒の涙を流し、しゃくり上げながら父を呼ぶが、その声は辺りに広がる闇に消えていく。
見上げれば其処にある、黄金の月も無数の星も、今の幼子には遠いものにしか見えなかった。

「おかぁ、さ……っ」

母を呼んだ、その瞬間。
何処かから獣の鳴く声が聞こえた。それと同時にがさり、という草木の擦れる音も。
幼子は小さな体をびくりと震わせ、傍にあった大木に身を寄せうずくまる。
母が仕立ててくれた真新しい桜色の着物は、あちこち泥で汚れていた。

「っ、ふぇ……」

がさがさと草を鳴らし、何かが近付いてくる。叫びだしそうになるのを必死で堪え、幼子はぎゅっと身を縮ませた。

足音がすぐ近く、幼子の隣でぴたりと止まる。幼子はさらに小さく丸くなった。

「……どうしましたか? 家族と逸れたんですか?」

ぽんと頭に手を置かれ、幼子は思わず顔を上げた。
其処に居たのは柔らかな笑みを浮かべた男。

「みっ、道わからな……うえぇっ」

「それならば話は早い」

男はそう言うと、またにこりと笑った。
泣き止まない幼子に背中を見せてしゃがみ込むと、乗って下さいと言う。
知らない人には着いて行かないでね、と言う母の声が脳裏にこだまするが、先ほど見せた男の笑顔が背中を押す。
幼子は涙を手の甲でふくと、大人しく男の背に乗った。

「名前は何と言うんですか?」

「かっ……和月」

「和月、ですか。いい名前ですね」

其の髪も綺麗ですよ、私の知っている子にも同じ様な髪の男の子がいるんです。
男は後にそう続けた。


その後の事は良く覚えていない。
男の温かな背中に安心して、何時の間にか寝てしまっていたのだ。
気付いた時には既に家族と泊まっていた宿で布団に転がっていた。隣には双子の妹がすやすやと気持ち良さそうに眠っていて。
両親に男の事を問えば、お前を村まで連れて来てくれたかと思ったら、すぐに帰ってしまったよ。
そう言って父は困った様に笑った。


月の綺麗に光り輝く春の夜だった。


——————

「和月、和月! 何主役が寝てるアルか!」

「神楽ちゃんン!! ケーキ持ったまま走っちゃ駄目!!」

「うぉっ、って神楽、新八。ごめんごめん」

食事を取り終え少女と少年がケーキを取りに行く一瞬の間に眠ってしまっていたらしい。
遠い何時かの夜の夢を見た。
幼すぎた事もあり、今迄ずっと忘れていた記憶。

あれから既に十年以上の年月が過ぎた。
道に迷った自分を助けてくれたあの人の顔も、今ではもう思い出せない。
お礼が言いたくて、父と一緒に探してみたものの、何の手掛かりも得られなかった。

「何。和月お前またラーメン食った夢でも見たんじゃねェのか? なんかにやけてたぜ」

「見てない! 見てないからね銀時兄ィ」

そうこうしているうち、テーブルには大きなケーキが置かれ、向かいの子供たちがバースデイソングを歌い始めた。
そう言えば、今日もあの日と同じ満月だとふと思う。


あの村は何処にあっただろうか。
初めて訪れた村だった故に、今一人で行く事は不可能に近い。
それにあの日は色々な所から沢山の人が訪れていたのだ。其の中からたった一人の人を探し出すなど出来ない。



あの人は今何処にいるのだろうか。
きっとあの日と同じ様に優しく微笑んでいるのだろう。