二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Re: 【銀魂】銀ノ鬼ハ空ヲ仰グ—花曇編—【夢幻誕うp】 ( No.435 )
日時: 2011/08/15 09:23
名前: 李逗 ◆8JInDfkKEU (ID: r9bFnsPr)

〈高杉誕生日特別編〉  蜃気楼


「高杉兄ィは今何してるの?」

季節は夏、蝉が忙しく鳴く頃。
何の前触れも無く掛けられた言葉に、銀時は持っていたアイスを落としそうになった。

「え、何和月ちゃん。今何て言った?」
「だから、高杉兄ィは何してるの?」

今度こそ銀時は食べかけのアイスをぼとりと床に落とした。床に落ちたアイスは少しずつ溶けてゆく。
神楽と新八は今いない。万事屋にいるのは和月と銀時のふたりだけだ。

「ねぇ、銀時兄ィ。高杉兄ィは今、どこ」

聞き間違いであって欲しかった。
銀時にとって、一番和月から聞かれたくなかった質問。それは高杉についてのことだった。
何も知らないのだ、和月は。数ヶ月前の激しい船上での戦いも、今では銀時、桂と高杉は敵対関係にあることも、高杉がこの世界の破壊を目論んでいることも。

「……お前何で今そんな事訊くの」

銀時は平静を装いつつ、床のアイスを拾い上げた。

「えー、銀時兄ィ忘れちゃった?」

言うと、和月はびっとカレンダーを指差した。窓からの陽射しが和月の銀色の髪に反射して、銀時は思わず眼を細める。

「八月がどうしたよ?」
「だからーぁ」

ふいに和月はがっと銀時の腕を掴むと、カレンダーの前に引っ張って行く。そして今日の日付に指を置いた。

「八月十日だよ、今日。高杉兄ィの誕生日!」

「……あ」

やっと思い出した銀時に、和月が笑顔を向けた。子どもの頃と何ら変わらない笑顔。

「だからね、」

ほら!という声と共に銀時の目の前に現れたのは紫色の根付け。

「誕生日プレゼント渡しに行きたいなぁって」

あぁ、やっぱりか。
なんだかこの光景いつか見た事ある、と銀時は脳内メモリを検索し始めた。あれは五年前の今日だ。攘夷戦争の真っ最中、和月が自分達と過ごした短い時間。
あの日も和月は高杉の誕生日を祝うと言って聞かなかった。

「だからどこにいるのか教えてよ」

銀時はふぅと溜め息を吐いた。さぁ、どんな嘘をつこうか。和月に本当の事を言えばどうなるか位分かっている。

(こいつはきっと少し取り乱したあと、高杉を探しにここを飛び出していく)

そういう人間なのだ、この少女は。
銀時は脳裏に高杉の姿を思い浮かべた後、返事を待つ和月の頭にぽんと手を置いた。

「あいつァ猫だからなァ。どこにいるかなんて皆目見当つかねぇよ。最後に会ったのアレ、何ヶ月前だっけか」

銀時が言えば、和月はあからさまにがっかりした顔になった。昔のようにじゃぁ探しに行く、と言わなくなっただけはましかもしれない。
会いたいと思う気持ちは分かるのだ。只の自惚れかもしれないが、和月がいちばん懐いていたのは自分で、二番目が高杉だった(と思う)。教えてやりたいとは思うが、高杉の行方ばっかりは自分にも本当に分からない。
と、その時脳裏にひとりの男が浮かんだ。サングラスにヘッドフォンの、ござる口調で喋る男の姿。あの男なら、なんとか見つけられるかもしれない。

「和月、それ貸せ。もし会ったら俺が渡しといてやらァ」
「……会ったら、あたしも呼んでね?」

案外すんなりと和月はその根付けを渡してくれた。信用しすぎじゃねーのか。俺がもし物取りとかそういう危ない類の人間だったらどうすんだ。

「あぁ、呼ぶ」
「約束だよ!」

銀時は和月の銀色の髪をもう一度撫で、その紫色の根付けを懐に仕舞った。
開け放たれた玄関からは、子ども達が階段を上ってくる音が聞こえる。ふたりが帰ってきて少し寝たら、炎天下の町を歩きに行こう。この世界ぶっ壊す病の患者に、銀色の少女の声を届けに。

———————

町が夕日に染められる中、海上を漂う一隻の船があった。その中の一つの部屋の窓から、紫煙が吐き出される。

「晋助、入るでござるよ」

部屋の主の了承も得ずに空けられた扉に、晋助と呼ばれた隻眼の男は若干不服そうな表情を浮かべた。男はその片方の眼で、入って来た男を見る。

「何だ」
「町で白夜叉に会ったでござる」

白夜叉、という単語の所で、隻眼の男はぴくりと眉を動かした。

「これをお主に渡してくれと」

差し出された白い小さな包みをじっと見た後、男はそれを受け取った。包みを広げると、そこにあったのは鮮やかな紫色の根付け。

「あいつが俺に贈り物たァ何の気の迷いだ。縁起が悪ィ」
「白夜叉がお主に贈ったものではないそうでござる」

じゃあ誰だ、問うと、隻眼の男は煙管の煙を吸い込み、また吐き出した。紫煙がふわふわと漂い、やがて消えていく。

「もう一人の銀髪からだと言えば分かると言っていたが」

その言葉に、隻眼の男はほんの一瞬眼を見開いた。
数秒ののち、そうか生きてやがったか。独り言の様に男は呟くと、くっくっと小さく笑う。その様子を見て、もう一人の男は誰か解るのか、と訊いた。
隻眼の男は根付けを見つめながら答える。


「とうに失くした筈だった、もう一人の銀髪だ」


そう言った男の小さな笑みは、彼がいつも浮かべる妖しい笑みでは無かった。


蜃気楼
(俺には既に遠くにいる奴なのに、あいつには俺も奴も大して変わらぬ距離にいるのだ)