二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- Re: 【銀魂】 銀ノ鬼ハ空ヲ仰グ 【あんけーと!】 ( No.481 )
- 日時: 2011/09/25 10:44
- 名前: 李逗 ◆hrygmIH/Ao (ID: cebg9jtM)
*儚く灯すは三日月あかり
いつだってその人は笑っている。
連日降り続いていた雨の所為か、その夜は蒸し暑かった。
鬱陶しく体にまとわりつく空気の所為でなかなか寝付けず、和月は寝返りを何度も繰り返す。が、やがて諦めてむくりと起き上がった。
「あつい……」
そう言って和月は傍らにあった刀を手にし、ぺたぺたと幼い足取りで部屋を出た。目的地など決まっている。暗い廊下を真っ直ぐゆけば右手側にある銀時の部屋だ。銀時の部屋は風通しも良いから、もしかしたら高杉達も集まっているかもしれない。
和月が戦場で銀時に会い、一緒に過ごすようになってから、明日で(すでに子の刻を過ぎたから正確には今日だが)七日になっていた。
ここで一緒に過ごす毎日は、家族と居た頃とよく似ていた。只一つ、ここが攘夷志士の本陣であり、毎日のように皆が戦に出て行く事を除いては。
(あれ、)
視界の隅に人影が映って、銀時の部屋まであと少しのところで和月は足を止める。開け放たれた襖から見える一室。そこから縁側に座る誰かが見えた。
確かこの部屋は、
「……辰馬兄ィ?」
和月の声に、その人は顔だけでこちらを向く。茶色がかってくるくると好き勝手跳ねた癖の強い髪が、月明かりに照らされて見えた。
「おー、和月じゃなかか? どうしたんじゃこんな夜中に」
江戸の外れの戦場で、土佐訛りの言葉。そんな言葉を使うのは、坂本辰馬ただ一人だ。
辰馬に手招きされて、和月は部屋に入ると、彼の隣にちょこんと腰を下ろした。
「暑くて寝れなかったから、銀時兄ィのとこ行こうとしてたの」
「アッハッハ、金時のとこ行くのは今やめちょけ」
銀時の事を金時と呼び、急に笑った辰馬を見上げ、和月はわけがわからず首を傾げた。
「さっきまでわしと金時とヅラと高杉で酒飲んじゃったんじゃが、何故か悪酔いしてしもうてのう。今皆寝たところじゃ」
己の限界まで飲み、つぶれてしまった三人を想像して、和月は思わず吹き出した。
銀時が酒に弱い癖してよく飲むのは知っていたが、高杉や桂も酔いつぶれるのはとても珍しい事だった。あの二人——特に高杉は。
「辰馬兄ィは? 酔わなかったの?」
「わしか? わしは今日は酒の気分じゃのうて、あんまり飲んじゃらん」
「……辰馬兄ィが? どこか戦でけがしたの? 頭だいじょぶ?」
「アッハッハ、泣いて良い?」
だって酒を飲んで真っ先に酔い潰れてしまうのはいつももじゃもじゃ二人組みだから。
そんな二人を桂がみっともないと注意し、酔った銀時に絡まれて喧嘩になる。それを顔を真っ赤にさせた辰馬が笑いながら見ていて。そのうち周りも騒がしくなってくる頃、高杉が三味線を持ってきて一曲奏でるのだ。
「それにのう」
そう言って辰馬は立ち上がると、草履を突っ掛けてひょいと庭に降り立った。
「今日は月も星もまっこと綺麗ぜよ」
辰馬に釣られて、和月も空を見上げた。
西の低い位置にはもうじき半月になるであろう月。まだ月もそれほど明るくないからか、黒い空に沢山の星が輝いていた。ここ数日の雨が嘘の様に晴れ渡った夜空だ。
「和月も立って見てみぃ。おんしの名じゃ」
辰馬の指差した方角には三日月。黄金にも白銀にも見えるそれは、確かに和月の名の由来になったものだ。
たった一度、生前母に聞いたことがある。どんな時でも見れば心を落ち着かせてくれる月になれるように、と母は言った。太陽を由来にする双子の妹、日向と共に。じゃあ星は、と訊いた和月に、母は困ったように笑ってみせた。
次第におぼろげになってゆく記憶。それでも両親と妹と居た頃の事は目を閉じれば浮かんでくるのに、もう二度とこの手にする事は出来ない。
「あたし、月きらい」
「ほぉ、珍しいのう」
その答えを予想していなかったらしく辰馬は少し驚くと、和月と同じ目線になるようにしゃがみ込んだ。
「月がきらいなんじゃないんよ。満月がきらい」
「何ぞあったがが」
辰馬の目と和月の目が合う。
和月はまだその手から離すことのできぬ父の形見の刀を、無意識に握り締めた。
「お父さんとお母さん、日向が死んだ時も満月だった」
あれから二年が経った今も、独りになった自分を嘲笑うかのように空高く金色燦然と輝いていた満月を忘れられない。
それからだった、あれ程好きだった満月を嫌悪するようになったのは。
ふわり、何かが額に触れた。
それは辰馬の手で。彼は和月の抱える刀を一瞥すると、すっくと立ち上がる。
「のう和月。わしゃいつか必ず宙へ行くんじゃ」
「そら?」
理解できず聞き返した和月に、辰馬は笑顔を見せると、ばっと両手を広げて高く掲げた。
「戦が終わったら自分の船ば持って、あのどでかい宙へ行く。金時もヅラも高杉も、勿論おまんも。みーんなで行くんじゃ」
「あの星から天人が来てるのに?」
和月の問いに、辰馬はだーいじょうぶじゃと笑って答えた。あの空に光るんは太陽みたいなもんじゃから天人はおらん、住む事も出来ん。なぜなら星自体が燃えちょるからのう。
そう自信満々に言うと、辰馬は和月の頭をぽんぽんと軽く叩いた。
「そうじゃのう、和月」
「え?」
和月の顔を覗き込む辰馬の背後に、三日月が浮かんでいる。満月には程遠く、まだまだ未熟な光しか発さぬ、それ。
「そん時までに、少しでも月を好きになってくれんか」
その時までに、月を好きに。それは今の和月にはとても難しい事だった。月を——満月を見るだけで身体が震えだす、今の和月では。
和月は少し考えたあと、辰馬の眼を真っ直ぐ見つめる。
「……やってみる」
答えてから笑ってみせると、辰馬も満足げに顔一杯の笑顔を浮かべた。
「おんしが少しでも月を好きになった時に、皆で宇宙旅行ぜよ」
「うん!」
少女が月を好きになれた時はきっと、その両手に握るやいばも。
儚く灯すは三日月あかり
(そっと吹き消し仕舞い込む)
お題提供:ひふみ。様