二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Re:   ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人 ( No.210 )
日時: 2011/01/31 17:16
名前: Chess ◆JftNf0xVME (ID: PdKBVByY)

     3.


 雨が降る。
 悲しみの象徴。
 辛さの形。

 また一人、町の人間の命が、消えた。
 忌まわしき病魔の、犠牲者。
 たった一人の、彼女が。

 雨が降る。


「エリザが、死んだ・・・!?」
 名もなき王についての資料を取りに戻ってきたルーフィンは、マルヴィナのその言葉を、震える声で復唱した。
 マルヴィナもセリアスもシェナも、中でも守護天使キルガも、何度も嘘だとその事実を否定したかった。
 ・・・エリザもまた。
 病魔の呪いにかかった人間の一人だった。
 ずっと黙り続けていた。
 ルーフィンの身を案じ続けていた。
 病魔を封印しに祠へ向かったルーフィンの安全を、最後まで祈り続けた——

 だが、彼女は、もういない。

 病魔を封印した時——彼女は、もう。



 エリザの葬式は、小雨の降る昼間に行われた。
 空は、人の心をうつしていた。晴れない心、流れる涙を。
 何故、気付けなかったのだろう。
 何故、彼女はこんな時に死んでしまったのだろう。
 ・・・何故。どうして。
 ——後悔だけが、募りゆく。だが、それでも——事実は、変わらない・・・。



 ——夜。
(ルーフィン、来なかった・・・か)
 キルガは、悲しみに沈む町を宿屋のベランダから見下ろした。そこから教会が見える。
当然、エリザの真新しい墓も。
 ルーフィンはエリザの葬儀に来なかった。
マルヴィナがその[事実]を告げてから、研究室に閉じこもり、一度も出てこない。
(・・・守れなかった、命——)
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 エリザは。
 ・・・エリザは、幸せだっただろうか。

 “—守護天使さま、彼女に幸せを上げてくださいまし—”

 かつて守護天使として働いていた時に、宿屋の女将が呟いた、言葉。
 幸せとは、一体何なのだろう。
 彼女は、幸せを感じていたのか——?
「・・・・・・・・・っ?」
 と。
 キルガは不意に、目をこすってみた。そして、教会——の隣を見る。
 守護天使像。どこをどういじってもキルガには似なさそうな守護天使像に、人影が見える。
(エリザ、さん・・・?)
 ・・・キルガは、部屋から出る。




 宿屋から教会へ行くのに、長くはかからなかった。
 それよりも驚いたのは、守護天使像のところにいたのが一人ではなかった、ということである。
 キルガの思惑通り、そこにいた一人目は霊となったエリザだった。すぐそこが墓だったから、おかしくはない。
 もう一人は。
「あれっ・・・キルガ?」
 ——マルヴィナだった。
「・・・マルヴィナ?」
 見たままのことを尋ね返し、キルガは戸惑う。さっきいたっけ、と考える。
「キルガも来たんだ。わたしもさっき、エリザに気付いてさ。あわてて来た」
 ・・・もろ呼び捨てであった。
 マルヴィナもキルガと同じように、なんとなく外を眺めていたらしい。ようは、気付く時間の問題であった。
『あ、守護天使様だぁ。やっぱそーだったんですねっ、キルガさん。ちょっと若いから、びっくりしましたよぉ』
 霊となってもなお、エリザの笑顔は変わらない。胸につっかえていた不安がその瞬間消えた。
「安心しな。こう見えて290年は生きてるからさ」
「・・・それはマルヴィナもだ」
 歳のことを女性に話すのは禁断行為に等しい(とキルガの師匠ローシャに聞いた)が、
マルヴィナは当然の如くたいして気にしていない。
・・・マルヴィナがもしシェナだったら即チョップされていただろう、という考えはとりあえず頭の隅っこに流しておく。
「・・・ま、いいや。キルガ、今からルーフィンを助けに? えーと、会いに行くんだ。来る?」
「え。あ、あぁ・・・行くよ」
 話が早すぎる。だが、キルガは理解する。

 エリザの死を受け入れられないルーフィンを、
 悲しみに支配された彼の心を、救う。

 それは、今、エリザが望んでいることなのだろう、と。

Re:   ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人 ( No.211 )
日時: 2011/01/31 19:44
名前: Chess ◆JftNf0xVME (ID: PdKBVByY)

 エリザに言われた通りの、独特のノックをする。
 エリザとルーフィンの、共通のノック。

「エリザ? ・・・っエリザ!!」

 下手するとマルヴィナが顔面をぶつけるほどの勢いで、閉ざされ続けていた研究室の扉が開かれた。
 昨日まで一緒にいたルーフィンは、恐ろしくやつれているように見えた。
(・・・やっぱり、受け入れられずにいる——)
 ルーフィンはその目にマルヴィナとキルガの姿(霊となったエリザの姿は、もう見えていない)を確認すると、
悔しげに、憎々しげに、顔を歪める。
「いまのは・・・あなたの仕業か?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・っ悪い冗談だ!! もうやめてくれっ・・・」
 キルガは、その言葉に、答える。
「待ってください。エリザさんから、伝言があるんです」
 キルガが言ったその言葉は、届いていなかっただろう。強く拒絶される。
「・・・聞きたくないんだ! 今は・・・僕は」
 キルガの、ルーフィンの腕を掴んだ手が、振り払われた。
く、とキルガが呟き、言葉で引き留めようとしたより早く、マルヴィナが静かな怒りを表した。
「・・・待ちなさいよ。・・・それが何より自分を愛してくれた妻への言葉?」
 静かな口調の中に隠れた怒りを、ルーフィンも読み取ったのだろうか。一瞬、動きが止まった。
だが、やはり扉を閉めようとする。逃げている。マルヴィナは、勢いよく閉じられかけたその扉に、足を滑り込ませた。
つま先だけが挟まり、マルヴィナはその痛みに顔をしかめたが、足を戻しはしなかった。
 そのまま、次第に声を大きくして、マルヴィナは言い続ける。
「自分の事しか見ていなかったくせに、何が聞きたくない、だよ。
エリザが何をアンタに求めたかくらい聞けないなんて、エリザはあんたにとって一体何だったんだ!?」
 マルヴィナの声に、住民たちが集まる。
ケンカか? いや、説得じゃないか? あれは、あの旅人さんたちじゃないか・・・そんな声が聞こえる中で、
マルヴィナはなおも続ける。
「エリザはあんたにこう言った。幸せになってほしいと。そうすれば、自分も幸せだと」
 キルガは目を閉じた。幸せ、かつて自分も悩んだ事柄の一つ。

 “—どうか幸せになれますように—”
 “—守護天使さま、彼女に幸せを上げてくださいまし—”

 そう願う人々に、どんな行動を示せばいいのか。
 だが、エリザには、行動で示す必要はなかった。
 相手が何を思っていても、
 自分に興味を持ってくれなくとも、
 彼女にとっては、ルーフィンがそこにいるだけで、幸せだった——
「エリザはあんたのことをずっと見ていた。でもあんたが見ていたのは自分のみ。
エリザの死から、周りから、現実から——結局は逃げてるだけじゃないか! 目の前からっ!」
 観客が静まり返る。マルヴィナのつま先がじんじん痛み出す。

「・・・この町の人たちが、あんたに感謝してること・・・知ってる?」
 ルーフィンの、息をのむ音がした。
「・・・知らなかったみたいだな。——誰が病気にかかっていたのか・・・それはわたしらの方が詳しいんじゃないか?」
「・・・・・・・・・」
 マルヴィナはふっ、と息をつく。くるり、と顔の方向を変え、観客に話しかける。
「みんなは、どうなんだ?わたしの足がこの扉を開けているうちに、言いたいこと、どうぞ。
・・・つか、痛いから、なるべく早くね」
 観客から、小さな笑い声が聞こえる。
「あぁ、マルヴィナさんのいうとおりだ! おれ、先生にすっげぇ感謝してるんだ」
「娘が元気になったの。あのままじゃ、あたしも倒れてたかも・・・」
「儂ぁ年貢の納め時か思たぞい。生きとんのも、ええもんじゃ思たわい」
「先生、ありがとうっ」
 ありがとう、ありがとう、ありがとうございます・・・周りから、その言葉がルーフィンに向かってゆく。
 まぎれもない、感謝の言葉。彼とはもっとも縁のなかっただろう、その言葉が、いくつも。
 扉にこめられた力が、緩んでいく。きぃ、と小さく音がした。
マルヴィナはひとまず、空中に浮かせていた足をおろす。
「・・・どう? 現実、見る気になった? ・・・現実を見ていなかったあんたは、もう過ぎたころの話。
今から、見てゆけばいい・・・この、ベクセリアの人たちとさ」

 扉は、開いた。ゆっくりと、しっかりと。
「・・・・・・・マルヴィナさん」
「ん」
 ルーフィンの久しぶりの発言に、マルヴィナは一文字で返答する。
「・・・ありがとうございました」

 そこにいたルーフィンは——
 笑っていた。





 その下、宿屋にて——
 シェナとセリアスが、それを見ていた。
「いーこと言うじゃん。マルヴィナ」
「うん。・・・これでキルガもますます惚れたかなぁ?」
「何の話だ?」