二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Re:   ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人 ( No.545 )
日時: 2012/08/22 21:49
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: bkovp2sD)

       ——x中編Ⅱx——


    【 ⅩⅡ 】   孤独


     1.


 何もない。
 空になったミルクのコップのように、
 空気をなくした風船のように、
 今、わたしの中に、感情というものは、何もない。

 ——落ちて、落ちて・・・終わったら、わたしは死ぬのだろうか。冗談じゃない。
 こんなことで・・・こんな時に、こんな形で死んじまう天使なんか。












 ——————————————————だんっ!!!!
























 その村は、人の気がないように見えた。だが、それは間違いである。皆が皆、ある一点に集まっているだけなのである。
 ざわざわと、躊躇いの会話を交わし、きょときょとと、困惑の視線を彷徨わせる。そして、結局は。
目の前の、橋の上で血を流し倒れている、少女から娘へと変わる年ごろを終えたくらいの歳の、
闇髪の娘を見てしまう。
中にはその凝視しがたい血の量に、口元を押さえ嘔吐する者や、
気絶したふりをして目当ての男の腕を狙う若い娘たちまでいた。
 ——ティルは、なんとなく住民たちの集まる個所が気になって、野次馬たちに近づいた。
背の高い大人と、太り気味の大人の腰と腰の隙間から、彼らの視線の先をたどった。

 誰か、倒れている! しかも、血がかなり出ている。今まで見たことがないほど大量のそれに、ティルはぞっとした。
だが、人々を押しのけ、ざわつく住民たちの前で、ティルは娘を恐る恐る、揺すった。動かない。
けれど、息はある。生きてる!
「みんな、この人、すっごい怪我してるけど、生きてるよ! 急いで手当しなくちゃ!」
 だが、少年の呼びかけに、答える者はいない。彼らは、助けようとするティルに冷たいのではない。
助けられる娘に、冷たいのだ。
「・・・何でみんな見てるだけなのっ!? いいよ、だったらぼくが助けるよッ!!」
 ティルはそう叫ぶと、ぐったりしたままやはり動かない娘に、再び声をかける・・・。










 ・・・しゃり・・・じゃり。
嫌な音が、背後でした。
振り返る。何もない。そう思ったら、今度は正面からその音がした。視線を戻す。何もない。
右から。左から。何もない、何もない。上から? 何もない。下から?
「っ!!」
 彼女の足元を、黒と紫と赤と、それらを汚く混ぜたような色の渦が音を立てていた。ぐしゃり、ぐにょり。
「ひ・・・・・・っ!!」
 小さく、悲鳴を上げる。逃げようとする、が、足を何かにつかまれる。渦から、触手が生まれ出ている・・・!
「だっ・・・」
 誰か、と叫ぼうとした。だが、誰もいない。誰ひとりいない。
必死に抵抗する、だが足を封じられた身体は身動きをうまくとらせない。
額に嫌な汗が流れる、動けない、動けない・・・!
 と、誰か、人の形となって誰かが彼女の前に現れる。
誰かが、いつしか倒れこんだ彼女を見下ろしている。それは、キルガの形をしていた。
その後ろに、また影が。今度はセリアスだ。だが、その形も、動きはせず、ただ彼女を見下ろすばかり。
シェナの形もいた。同様だ。皆、動けない彼女を見て、それでも何もせずに見下ろすばかり。
と、その足が、反対側を向いた。皆、踵を返し、立ち去ってゆく。渦に引きずり込まれんばかりの彼女を置いて。
「みんな? ・・・ちょっと、ねぇ、どうしたのッ!?」
 彼女の叫びは届かない、代わりに、機械で変えたような、聞いていて心地よいとは決して言えない声が、あたりに響く。
 まだ信じるのか、奴らを信じるのか。一番信頼していたものに裏切られたばかりだというに!
 彼女は絶句した。身体に込めていた力が抜けてゆく。
 信じて良いのか。信じるのか。奴らは自分をどう思っている? 利用するだけ利用して、捨てる時は捨てるやもしれぬ、
そんな奴らを信じて良いのか・・・!
 やめろ、彼女は言った。やめて、そんなこと言うな! 声は笑う、一向に止めない。考えろ・・・考えろ!
お前は本当に、奴らを信じ切れるのか・・・!

「やめろぉぉぉっ!!」




 最後まで叫ぶことはできただろうか。
渦に呑まれる、呑まれて、そして——あたりが暗くなって——・・・







 光?
 遠くに、光が見える・・・。
 ・・・その光を信じていいの?

 ・・・疑っちゃだめだ。彼女は、思った。
ここで疑ったら、さっきの声に惑わされていることになる。

 絶対に裏切らない。仲間たちは。キルガや、セリアスや、シェナは。サンディは、絶対に裏切らない。

 ・・・じゃぁ、何で、師匠は。




 違う。違う——! 何が違う? そうじゃない、そうじゃなくて・・・!

 光に手を伸ばす、伸ばして、その先に見えたものは・・・



















「あっ、お姉ちゃん、気が付いたんだね? よかったぁ!」

 彼女が、マルヴィナが見たもの。
 それは、見覚えのない古めかしい民家と、十も満たないような歳の少年の、屈託のない笑顔だった。