二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Re:   ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人 ( No.590 )
日時: 2013/01/25 22:23
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: vQ7cfuks)

    サイドストーリーⅢ  【 記憶 】






 ——生まれた。
 里長にして修道女である老女シェルラディスは、紅く塗った唇の端を持ち上げた。
 ——そして、失った。
 だが、すぐに、言い表せない悲しみに端は下がった。

 喜ぶべきなのか。それとも、哀しむべきなのか。
         ・・・・・
 里長である以前に母親である彼女には、孫の誕生は喜べるものだが娘の死は悲しむことであった。
 …けれど。
 ここに、誕生したことは間違いない。           ・・・・・
命を秤にかけるわけではない、だが、誕生した孫は、間違いなく選ばれた者———

 “真の賢者”なのだ。




 この里の者は人間ではない。
種族としてはマイナーではあるが、知る人は知る、彼らはいわゆる『竜族』である。
が、その見た目はエルフやドワーフと言った今はおとぎ話となった種族のように特徴だったことはなく、
あえて相違点を上げるなら人間よりはるかに強く、はるかに長寿である者である、と言うあたりのみであった。
 竜族——だが、竜の血が混ざっているというわけではない。単に、彼らが崇めているもの、
他国で言えば神のような存在が、竜なのだ。崇めるものの下僕、という意味で、
彼らは自らを『竜族』と呼ぶのだ——確かにこんな理由ならマイナーであっても仕方がないのかもしれない。
       ・・・・・・・・・・・・・・
 ——これが、一般の者にのみ伝えられている『竜族』の情報である。



 シェルラディスは、音もなく立ち上がると、教会の扉を開き、里の頂上の里長の家すなわち、自宅へ戻る。
修道女のローブは長すぎ、この長く急な階段は昇りづらく降りづらい。
だが、そんなことは気にはしない。

「花の恵みに祝福を、地の誘いに祈りを。お帰りなさいませ、シェディ様」

 古めかしい挨拶をする、里の者たち。その意味は——『新たな命が誕生し、一つの命が地に還る』
——シェルラディス、通称シェディが感じ取ったものを証明した言葉だった。
 冷たくなった娘の横で、何も知らない温かな赤子は、泣き疲れて静かに眠っていた。



「間違いないのですね」
「えぇ」
 シェルラディスは短く答えた。そして、あえて言う——
「魔導師と、僧侶。同じにして対である存在が結ばれ、子が誕生した瞬間に命を落とす——
間違いありません。…あの子こそが、次なる『真の賢者』…しかし」
「その教育、ですな」腕を組んだのは、里長に代々使える騎士、ケルシュダイン、通称ケルシュである。
「癒しの面は足りてはおりますが…本来の賢者の存在は、後列攻撃型。
魔術を教えるとて、この里に『あの方』に教えられるほど魔術に長けたものはいません」
「それでも」シェルラディスは、ぴしゃりと言った。「やらねばなりません。時間が、ないのです」
 時間がない——その意味を知るケルシュは、だが顔を伏せ悲しみに暮れることはせず、
今彼女が望む姿であり続ける。
「…アーヴェイ、とか言いましたか。あの魔術団は」
 シェルラディスがはっと顔を上げた。
「以前、このあたりで傷を負っていた旅人を介抱したことを覚えていらっしゃいますか」
「…えぇ」
「あまり自分たちのことは公にはしないでくれとは言われておりましたが——
彼らはアルカニアと呼ばれる街の優秀な魔術団だったそうです。いっそのこと、彼らに頼むか——」
「却下です」さらりと言われた。
「公にしないでくれと言う以上、何か理由があるのでしょう。係わるべきではありません」
「…そう、ですな」
 うぅむと考え込むケルシュに、修道女は微笑んだ。
「御安心なさい。私も、やれるところまでやってみます」
「な、しかし、シェディ様」
「私は」目を閉じる。
「若かりしときには魔術師だったのです。あなたが物心つくころにはすでに、修道女ではありましたが」
「その話は、初めてです」ケルシュは答えた。「ですが…何故?」
 シェルラディスは、笑った。「大切な人を守れなかったから——ではダメかしら? ケルシュ」