二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Re:   ドラゴンクエストⅨ __永遠の記憶を、空に捧ぐ。 ( No.686 )
日時: 2012/11/24 19:24
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: 7K.EniuH)

        3.



 時は戻る——
 マルヴィナが牢に入れられ、眠りにつき——その後、だろうか。
まだあたりは暗く、月がおぼろげに光っている頃。
 ——とはいえ、この地では空の色はいつも同じか。チェルスは、人の姿に戻り、着地した——
不毛地帯、そう——ガナン帝国領に。

 無造作に、髪を頭上で束ねる。半眼になる。「・・・来たぞ」低く、始めに呟き、そして。
「・・・来たぞ、“毒牙の妖術師”!!」
 しっかりと、はっきりと。よく通る声で、言った。
反応はない。ないが、殺気は生じた。チェルスは顔をしかめた。ぐるぐると、廻っている。笑い声がする。
声が何十も重なり、チェルスを取り囲んでいる。お得意のまやかしか。
甘い。——けれどチェルスは、その表情を緩ませはしない。
八方向から、いきなり炎が生まれ出で、その中心、チェルスを狙って飛んでくる。
チェルスは目を細め——右に、動いた。
炎が当たる! が、それはチェルスにぶつかった瞬間、ぷすりと小さく音を立て、呆気なく散った。
チェルスの左を横切った炎が一つ、最後まで残っていて上空へ弾けた。
このひとつ以外は全て、まやかしの炎だったのだ。
「その手は効かない」チェルスは鋭く言った。答えは再び、炎だった。
表情には出さず、口の中だけで悪態をつき、チェルスは今度はぎりぎりで、そして右に動いた。
だが、次の炎は全て本物だった。八つの炎が、それぞれ八方に弾ける!
チェルスの左を通った炎は言うまでもなく、避けたチェルスを狙って——

 その炎を、チェルスはいつの間にか手にしていた短剣で受けた。
短剣が燃え上がる、だがその時には既にそれはチェルスの手元にはなかった。
そのまま斜め前に向かって鋭く投げる——ぼっ、と音を立て、何もない場所が燃え上がる——否。
「ぬぅ!」
 チェルスが炎を避けるのに失敗したと思い込み完全に油断していた、
加えてステルス効果で気配を隠していたゲルニックのローブを一部焦がした。
チェルスは右手を軽く振った。少々火傷を負ったが問題ない。ようやく姿を現したか、腐った妖術師め。
「・・・さすがは“蒼穹嚆矢”。相変わらずの腕前で」
「知ってのとおり、裏をかくのだけは得意なんでね」チェルスはそのまま腕を組んだ。
「ほう・・・そして今も裏をかいて、わざわざカデスの牢獄ではなく、帝国の前に現れた、と?」
 チェルスが降り立ったのはマルヴィナが捕まっているカデスの牢獄から東、ガナン帝国——
すなわち敵の、本拠地。
「あなたの考えていることは皆目見当がつきませんよ。まぁ、そうでなければ裏をかいたとは言えませんが——」
「おしゃべりはいい。さっさとマルヴィナを開放してもらおうか」
「——孤独主義のあなたからそんな言葉を聞くとは・・・よっぽど重要な何かを握っているのですね。
わたくしにはただの小娘にしか見えませんが——」
「だからおしゃべりは——」チェルスは、はっと振り返った。顔をしかめる。
ずらりと並ぶ赤鎧。がっちがちに、隙がないものばかり。
「・・・・・・・・・」
「少々嘘を申し上げました」ゲルニックは楽しそうに言う。「皆目見当がつかない——訳ではなかったのです」
「つまり、わたしがこっちへ来ることも予測して赤鎧どもを集めておいたと?」苦々しげにチェルスは言った。
「えぇ。他にもあなたが来るであろう所には兵を配置しつくしております。
あなたの裏の手は、割と攻略しつくしたのでね」
「読まれていたってわけか」チェルスは舌打ちした。空を見上げる。——満月。そして、光る空。雷。
この土地の特徴だった。十五の月(この世界で言う月齢15)、すなわち満月の頃は空に雷が生じやすい。
雲のせいで月の光すら届かぬ、まさに暗闇の領土、それがこのガナン帝国領なのだ。
 戦うことはできない。見ればわかる、ここにいる兵士は全て“未世界”の者だ。
戦って、斃したら——“未世界”への『扉』が開き、間違いなくチェルスもそれに巻き込まれる。
「この気候で空など飛べるはずもない。・・・あなたの負けですよ、“蒼穹嚆矢”」
「・・・っ」チェルスが歯ぎしりした。捕らえようと兵士たちが近づき、だが鋭く睨まれ硬直した。
「・・・あなたも落ちましたね。まさかこんなにあっさり捕らえられるとは思いませんでしたよ」
 ゲルニックが饒舌になり始める。ようやく汚名返上できたのが嬉しくて仕方ないのだろう。
「さて、参りましょうか—— 一度入ったら出られる者はいない、かの牢獄へ」
 ゲルニックは最後まで嗤っていた。この調子なら、“賢人猊下”を従わせることは可能だ。
かの僧侶——否、賢者の唯一無二の戦友を人質にとった状況なら——。






「問題です」






 突然、チェルスが声を上げた。
兵士に囲まれ、両手を上げた格好で。
ゲルニックに背を向けて。





「裏の、裏って——なんだと思う?」





 だから妖術師は、気付かなかった。
             ・・・
 チェルスが今この場で——初めて、いつものあの余裕の表情を浮かべていたことに。










              漆千音))へーい来週テストー。何やってんだよわたし←

Re:   ドラゴンクエストⅨ __永遠の記憶を、空に捧ぐ。 ( No.687 )
日時: 2012/11/26 00:58
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: 7K.EniuH)

 ——昼ごろのこと。
ドミールの襲撃が終わり、シェナが倒れ、キルガとセリアスが底なしの喪失感を覚えていた頃だ。
酷い拒絶感を覚えて、あの謎のタービンのようなものを回す仕事をアギロに代わってもらった
マルヴィナが取り組んでいたのは、何が入っているかもわからない重い袋をひたすらに運び続ける作業だった。
大人の男でも一つずつしか持っていけないような重量であったが、
マルヴィナの、天使の能力なら二つ同時に持って行くのはたやすかった。
だが、なるべく自分の力量を悟られないよう彼女は、あえて一つずつ持っていった。
天使だとばれたら—感づかれたとしても信憑性のない話だが、あの単純そうな将軍は気にせず疑うだろう—
非情に厄介なことになる。
それにしても。こんな仕事、何の役に立つと言うんだ。これじゃまるで奴隷だ。
・・・でも、シェナが、言っていたっけ。国というものは、何だって階級の下にある、と。
王、王族や貴族。神官。騎士や商人。町民、農民。乞食や、奴隷。
哀しいけど、身分の差はどこにでも生じているものよ。シェナはそう言っていた。
 ・・・帝国も同じなのか。今まで、兵士の姿しか見なかったけれど。
帝国にも、皇帝に逆らえず暮らす人間たちが、いるんだろうか・・・。



「——新しい囚人だ!」
 それは、休憩時間の終わりがけのことだった。
唯一気を抜けるのはこの時間しかねぇと息を吐くアギロの横で、マルヴィナはずっと考え込んでいた。
昨日の将軍ゴレオンの言葉が気になってしょうがない。
天使狩り。地上で一人として見なかった天使たち。
・・・皆、ここにいるのか? だとしたら、助けなければ——そう思っていたときにかかった言葉だった。
「・・・む? 珍しいな」アギロが顔を上げた。「二日連続か——ここんところ、帝国も忙しいな」
「珍しいのか?」マルヴィナが問う。
「あぁ。・・・どれ、またオレの出番か」
「お疲れ。・・・後でわたしにも合わせてくれ。なんか気になる」
 了解、という言葉を受け取り、マルヴィナはアギロを見送った。休憩時間が終わる。
またあのわけのわからない仕事に駆り出される。
袋を一つ持ち、マルヴィナはやはり考え込みながらそれを運んだ。
 ・・・視界に、蹲る誰かが入った。ぱっと顔を上げる。体調不良かと思ったが、そうではない。
蹲っていた——否、屈んでいたのは、今は薄汚れた、かつては高貴な朱色だったであろう神官の法衣を纏った
鳶色の眼の男性の老神官であった。彼が噂の治療師だろうか。
そしてマルヴィナが次に見たのは、彼の前で横倒れになった、一人の紅鎧だった。
 鎧の色ではない、別の赤が付着していた。それに気づくのに、少々時間を有した。
「・・・何が・・・」あったのかと、問うつもりだった。神官は先にマルヴィナに気付いた。微笑む。
こんなところにいるのに、暖かい笑みだった。すべてを平等に愛し慈しむ、父なる神官。
「・・・彼の仲間に、傷を負わされたようです」
 マルヴィナは言葉が思いつかなかった。同士討ち。ここまで荒んだ場所なのか、ここは。
「・・・だから私はその治療をしている。それだけですよ、お嬢さん」
 命を救う。だがそれは、その対象は、敵だ。
それを気にしない。境遇は皆異なる、だが命は全て同じである——彼はそう言っているのだろうか。
「——やめろ」だが。それを拒否したのは、他でもない傷を負った兵士だった。
半壊した兜の下のその顔は、苦痛に歪んでいる。だが、それは。間違いない、青年の——
表向きにはマルヴィナと同い年か、それ以上ほどの歳の、若い青年の顔だった。
 こんな若い人まで兵士になっているなんて——マルヴィナがそう考えている間に、詠唱が終わった。
傷がふさがり、血も止まり、兵士ははっと意識を取り戻した。
「気が付きましたね」神官は再び、笑った。マルヴィナは黙って、それを見ていた。

 だが。いきなりその青年は—兜が落ち、隠されていた顔の半分の見えた彼は—、
怯えたように、信じられないように後退りした。歯を鳴らし、傷のあった場所を見下ろし、そして——



「危ないっ!!」



 そしてマルヴィナが叫んだ。だが、声で人は救えなかった。
 ——槍が、横から神官を貫いていた。一瞬の出来事だった。マルヴィナが、兵士が、目を見張る。
神官はゆっくりと自分を見下ろした。振り返る——「哀れな」——哀しそうに言い、そして——倒れた。
別の赤鎧だった。無情に、淡々と。まるで何でもないように、ひとりの命を奪った——
マルヴィナの中で、炎が揺らめいた。すっくと立ち上がり、袋を放り投げて。
「・・・何、しているんだ、あんたは・・・っ」
 赤鎧は応えない。マルヴィナを見てすらいない。
「あんたらの仲間を助けた彼を・・・何故、殺したっ!?」
「魔法は、暴走を生む」次は答えた。低くて冷たい声だった。
「何が起こるかわからぬのが魔法というもの。それを扱うものを生かしてはおけまい?」
 勝手な基準を何でもないように話す兵士に、マルヴィナは拳を固めた。同時に、理解した。
チェルスが然闘士に戻らせてくれなかった理由。回復呪文を使えるマルヴィナは、間違いなく傷ついた人々に
癒しの呪文を施しただろう。だが、そうすると、殺されてしまう。帝国の、身勝手な考えの下で。

 ——だが、それでも。
「ふざけるな、納得できるか! そんな理由で、——————っ!!」
 理不尽な考えに、最後まで反論することはできなかった。
二たび、槍が動く——咄嗟にマルヴィナは躱したが、突然のことだったためにその腕を深く切り裂かれた。
「あ、がっ・・・」
 全身から急速に力が奪われ、マルヴィナは膝をついた。腕を押さえるが、血は止まらない。
「・・・、・・・っ・・・!」
「——最初から黙っていればよかったものを」同じ口調で、兵士は言った。
マルヴィナの反応はない。否、できない。
それを確認し、だからと言ってやはり表情を変えることはせず、兵士は青年に目を向けた。
「——おい、そこの」
 ぎくりと、青年兵は顔を上げた。
「無駄に生き永らえおって。——まぁ、こいつらに免じて今回は見逃してやる。だが、次は無い」
 何処までも無感情に。青年兵は震えたまま動けず、赤鎧は立ち去り、眠るように倒れる神官、
彼らの様子を確認することもできずマルヴィナは、ただ悔しさと痛みに、歯を強く食いしばる——・・・。