二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- Re: [銀魂] |_ くるりくるり。| ( No.119 )
- 日時: 2011/05/10 19:22
- 名前: 李逗 ◆8JInDfkKEU (ID: .qxzdl5h)
第九話 それは昔の記憶の残骸
「夕やーけ小焼けぇの、赤とーんぼー」
空の赤を映した水面が揺れる。
その川辺に、小さな声で歌う少女が一人。それは凪だった。歌の調子にあわせてゆらゆらゆらゆら、小さく身体を揺すっている。
「負われーて見たのーはぁ、何時の日かー」
今は晩春。赤蜻蛉など飛んでいる筈も無く。それどころか、辺りには虫一匹、人っ子一人いない。夕焼けに照らされた子供がたった一人。
その夕焼けをじっと見つめる、凪の赤い眼。それには何の感情も映し出されていなかった。
「山の畑ぇの、桑のー実ーを……」
凪はそこで歌う事を止めた。
地面に無造作に置かれていた一本の脇差を取り、ぎゅっと抱きしめる。
この脇差を自分に渡した、あの男。
屍の身ぐるみを剥いで生きていた自分に笑顔を向けた。
あんな優しい、微塵の邪心も含まれていない笑顔を向けられたのは、一体何時振りだっただろうか。
眼を閉じれば、今だ鮮明に思い出せるあの日の光景。あれは自分がまだ“ヒト”であった時。
全てを焼き尽くし呑み尽くす、紅蓮の炎。燃え盛る家の中へ戻ろうとする、まだ幼い妹。それを必死で抑え付ける自分。どれ程両親の名を呼んでも、声が枯れるほど泣き叫んでも、返事は何も返って来ない。
やがて大きな音をたてて、両親を抱え込んだまま我が家は崩れ落ちた。
あれから二人必死に生きてきた。半月後に妹と逸れてからは一人で。
色々な村を渡り歩きつつ妹を探し回るうち、自分を鬼っ子だとか、死肉を啄む化け烏だとか言う輩が現れ始めた。その噂はやがて山を越えて周囲の村々にも飛び火する。自分が“ヒト”で無くなるのにはそう時間は掛からなかった。
はじめのうちこそ自分は人だと、鬼ではないと反論していたが、そんなもの聞いてくれる者など誰一人としておらず、やがて凪は叫ぶ事を止めた。
凪は眼を開けると、ころんと地面に転がった。
見上げた空には、細長い雲がひとつ。
戻らないといけないのは分かっている。
心配されるのも分かっている。
なのに身体が動いてくれない。
(……しんぱい?)
凪の思考が、そこでぴたりと止まった。
(しんぱい、してくれてるの?)
脳裏に蘇るのは、自分を化け物だと蔑む人々。
もし松陽が心配してくれても、戻ってくるのを待ってもいなかったとしたら。
(怖い)
怖いのは今朝まで続いていたあの生活に戻ること。
また拒絶されること。
—————
「先生、多分あいつ川にいる」
銀時の台詞に、松陽は驚いたように目を見開いた。晋助と小太郎の二人も、呆気に取られて此方を凝視している。
それは当たり前の行動だと思う。いきなりこんな予言じみたことを言われて、驚かない筈は無い。
「どうして……そう思うのですか?」
「さっき昼寝した時見た夢。それにあいつが出てきた」
先ほど脳裏に蘇った光景。夕日色の川辺に座り込んでいた子供は、間違いなく凪だった。
普段の自分なら、一度見た夢はすぐに忘れてしまう。それが今回だけ覚えているという事は、何か意味があるのだろう。
「川は探しに行ってない」
そう言ったのは小太郎。その隣の晋助もこくりと頷くと、確かに川には行ってない。と小さく言った。
銀時はそれを見た後、今だ考え込む松陽を見上げる。
「行こーぜ先生、戦場はその後でも良いだろ。あいつが川に居なかったときは、俺達も着いてってやっから」
松陽はそれを聞き、困ったように微笑んだ。
少しの間迷っていたようだったが、言っても聞かないと判断したのだろう。銀時の好き勝手にあちこち跳ねた髪に手をおくと、力強く言った。
「行きましょうか」