二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Re: アリスと兎の逃避行 (inzm/長篇小説) バトン発行!! ( No.296 )
日時: 2011/08/23 14:15
名前: さくら (ID: Rn9Xbmu5)








蝉が鳴いている。

蝉が・・・ああ、夏か、今は。全ての戸を開けてしまっても、ちっとも涼しくなりはしない。

内輪を片手に畳へ仰向けに寝転がっている。

着物の乱れは気にしない。

もう、良いのだ。どうでも。



「涼野・・・、すずの・・・」



ひたすら口の中で繰り返した。

畳の上には、大量の写真や本、紙をばらまかせた。

酷い部屋になっているだろう。

でも気にならない。良いんだ、もっと、大切な事がある。



「すずの。すず、の・・・ふ・・・?」



また忘れ始めている。

手当たり次第に紙をひっつかんで、それを見ると、私の筆で、涼野風介、と書いてあった。

ああ、そうか、「ふうすけ」だったね、



「風介、風介っと」



呟いて、もう、忘れないように。









「・・・・・・・・お前、何してるんだ」









ふいに声が聞こえて、驚いて半身だけ起き上がると、銀髪の・・・スーツを着て、碧の瞳・・・、それが私を、悲しそうに見ている。



「・・・えっと、どちら様・・・?」



ああ駄目だ。降参。全く思い出せない。苦笑いをして、そう言ったら、その人は、糞ッ、と小さく悪態を吐いてその場に泣き崩れてしまった。

どうしよう、困った。

えっと、何と声を掛けたら良いのだろうか。


こういう時、風介なら、そうするのだろうか。

私は、立ち上がって、その人の元へ駆け寄った。



「あの、ごめんなさい。何か、悲しませるような事を言って・・・最近・・・、記憶が・・・、」



そう言ってしゃがみ込む。その人は、随分小さく見えた。

背中を丸めて、項垂れた頭の上から、泣声が聞こえる。

困った。どうするべきか、それ以前に、この人が何故このように泣いているのかも、分からなくて。



「何か、ごめんなさい。大事な用事だった・・・?あ、そうだ。涼野風介を存知てる?あいつなら、大抵の事は引き受けてくれるし、もしそれで問題が無いようならその方が・・・・・ごめん。
 あいつにも、申し訳無いよね。こんなに頼って・・・今度、礼でも持っていかないと、」



でも、その人は泣くばかり。

顔も上げずに、ずっと泣いている。

それが本当に、子供のようで、思わずぎゅっと抱きしめた。


ああ、こんな事、暫くしていない。何時からだろう。

そうか、最近、風介とも会っていなかった。

何時位から、会っていないだろう。何時から?



「・・・・・・泣かないで・・・」



泣き止らないその人の身体は、私よりずっと大きいと思ったのに、私の腕にきちんと収まってしまう程、縮まってしまっていた。

暖かい。ボロボロと畳に、大粒の涙が落ちている。

良い大人なのに、ああ、もうそんなに泣いたら、涙も枯れてしまうだろうに。

何を、話したら良いのかな。そうだ、歌を歌ってあげよう。

気が紛れる、歌を。

ゆっくりと、背中を叩きながら、語りかけるように、歌う。



「♪・・・♪♪——♪・・・♪——」



其処まで歌うと、その人は顔を上げた。

涙でぐしょぐしょに濡れた顔。美しい碧色の目が揺れている。どうしたら、いい。

何か、私が泣かせてしまった罪悪感に・・・いや、

実際、そうなのだろうけど。

その人は、ふ、と両手を伸ばして、私の両耳をその手で塞いでしまった。暖かい手だ。優しい手。




「            」




そして、その人は、何かを呟いた。

いや、呟いたのでは無い。

私に、何かを言ったんだ。優しい手が、貴方の声を遮断した。

聞こえない、聞こえない、今、何て言った?

唇の動きだけで、その言葉を探る。けれど、分からなかった。

分かるはずもない。

その人は、両手を離して、また、項垂れて泣き始めた。

やっぱりどうしていいのか、分からなかったから、私はその人を強く、強く、抱きしめた。

それ以外に、術は無かった。


風介、風介、お前なら、どうする。

こんな時、お前ならどうするのだろうか。

泣き止まない、この銀髪の青年を、ずっと腕に抱えながら、心のうちで呼びかけてみた。

風介、風介。



世界で一番、尊い人、聡い人、気高い人。

世界で一番、優しい人、穏やかな人、優雅な人。

私の一番、可愛い人、愛しい人・・・・・・寂しい人。



ああ、そうだ。寂しい人だった。そしたら、この人と、貴方はちょっと似ているかもしれない。

この寂しげに泣きじゃくる、青年に。











『Lost』





(「ごめん、私、気付いてやれなかった。もっと早く、気付いていれば・・・・・・カノン」)