二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- As Story〜8(2)〜 ( No.38 )
- 日時: 2012/11/12 00:31
- 名前: 書き述べる ◆KJOLUYwg82 (ID: 7lLc0QEy)
二〇一二年一月一三日 EC拠点——
EnjoyClubのトップ、大崎影晴は研究所を兼ねるECの本拠で過ごすことが多かった。彼の生涯をかけての宿願である超能力の開発に邁進したいという本人の希望であることは言うに及ばないが、一方ではそのようにせざるを得ない側面もあった。
裏の世界の混沌を暗殺という究極の実力行使によってコントロールしようとするECは、名前ばかりがその筋の世界に伝播し、姿を確認できるものといえば組織のトップである大崎影晴と助手の天銀ばかりで、一向に組織の全容が明らかにならないため、様々な都市伝説が作り出され、一部では空想が生み出した組織だとさえいう者もいた。だが、大多数の同業の組織はECの存在を確信しており、姿の見えないことがどれほど相手に脅威となるかを殊更に認識している彼らは何としてもECの正体を突き止めようと躍起になっていた。そして存在を確認できる数少ない人物が姿の見えない組織のトップだとすれば、彼を亡き者足らしめようと全世界の裏組織が暗躍するのは子供でもわかる理屈であった。
麗牙をはじめとするECの実行部隊についても、姿が透明なのではなく単に面貌が明らかになっていないだけで、一瞬でも隙を見せれば彼らの素性が暴かれる可能性はおおいにあった。そうなればいくらECの実行部隊が優秀とはいえ、極めて勢力に劣る彼らはたちまち四面楚歌となりこの世から抹殺されるのは火を見るよりも明らかであった。その点ではトップの二人も実行部隊も常に生命の危険と軟い障子一枚隔てて隣り合わせであることは共通していた。
彼らにとって、一介の科学者が築き上げた幾つかの拠点だけが真の安全をもたらしてくれる存在であった。そこは大崎とECの超能力者、そして大崎が個別に入館を許可した者以外は入ることのできない、都会の中の砦であった。「砦」はEC創設間もないころは日本国内に1箇所、これは彼の屋敷がそれを兼ねていたのだが、海外で超能力の発現した少年少女らの存在が確認されるにつれ、国内に2か所、海外に9か所の拠点を有する規模になっていた。
ウィルはここ数回、大崎から直接指示を仰ぐ場合は大崎邸ではない方の拠点に出向いていたため、この時も以前と同様に大崎邸では無い方の拠点に向かうことにしていた。
目的の拠点の門扉の前で不意に歩道上の枯葉や砂が放射状に舞い上がり、その円の中心で大きめの砂粒に似たよくわからないモノをついばんでいた雀が異変を察知してモノを落として飛び去った。酷寒の冬にもかかわらず、頑なに日本に留まり乞食同然の生活を送る彼若しくは彼女が落としていった食糧は、やはり砂粒にしか見えなかった。
不自然なつむじ風によって幾分か綺麗になった歩道から10cm浮いた地点に背の低い人影が浮かび上がってきた。人影は数秒のうちに少年の形をした克明な輪郭を為し、透き通るような白銀のセミロングヘアを微かに揺らしながら、自然に伸ばされたつま先から丁寧に地に足を付けた。ほんの数十秒前まで恵玲の具合を伺いに家にいた麗牙の指揮官が拠点の門扉の前に姿を現していた。
あまりに静かな着地だったために、そばに居残っていたほかの雀たちが至近距離で発生した異変に気付かずアスファルトをせっかちにつついている。
ウィルの目と鼻の先には手入れの行き届いた新品同様の光沢を放つ黒い鉄製の重厚な造りの門扉が拠点の正面入り口で泰然自若と構えていた。その門の高さは約2メートル、幅は4メートルほどあり、門扉に約10センチメートル間隔で配置されている縦方向の格子には手彫りと思しき飾りが施されている。個々の格子には異なる文様が描かれており、どれも非常に精緻な技術をもって彫られていた。
屋敷を訪れる機会といえば、専ら大崎に招聘されるときであった。目の前に屹立する漆黒の門扉は常に最高の状態を保たれていることに感心こそしてはいたが、それ以上の関心を持ったことはなかった。だが、今は全くの独断で、事前の連絡もなくここにきてしまっている。もともと高さのある門扉が今日は殊更に高く聳え立ち、胸の高さのあたりに取り付けられている取っ手は招かれざる客人の手がかけられるのを拒んでいるかのようであった。
ウィルが意を決して門扉の取っ手に右手を掛け、ゆっくりと力を入れてゆくと拍子抜けするくらい滑らかに門扉が屋敷の奥へと続く道を開いた。今まで幾度と繰り返してきたことであるはずなのに、ウィルは我知らず胸の奥につかえていた緊張の塊を吐き出そうと深く溜息をついた。華奢な胸の中心が手で鷲掴みにされたような痛みが走る。ウィルが心酔するECの長に招聘され、その人物から頼りにされるべく来ているときには想像すらできなかったことである。だからといって、今の自分は決してECに迷惑を掛けようとしているのではない。ただ任務について不明瞭な点を明らかにしようとしているだけなのだと屋敷の敷地一面に充満する不可視の重圧と感じる必要のないはずの呵責の念に抗するべく、何度も自身に言い聞かせた。