二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- As Story 〜3〜 ( No.4 )
- 日時: 2012/11/12 00:23
- 名前: 書き述べる ◆KJOLUYwg82 (ID: 7lLc0QEy)
二〇一二年一月二十日 共同住宅共用廊下——
外は静寂と冷気によってバイオリンの弦のように張りつめていた。
光曳は玄関を出るとすぐに右に折れ、階段へ向かった。この男の自室のある棟は、南に面する辺と西に面する辺からなるL字型をしており、例の道路は南に面している。そして階段は、L字型のそれぞれの両端と角の部分に合わせて3箇所にあり、角には2基のエレベータも設置されていた。
1m20cmの幅があり、真新しい照明灯が配置された廊下は、体の大きな光曳が駆けた時に多少蛇行しても、全く問題なかった。一番の問題は本人の体力だった。
棟の端にある階段に何とか辿り着いた時、大男の息はすっかり切れていた。仄暗い空間に、光曳の吐く息が自身の顔の周りに滞留していた。両足を大きく開き、前かがみになった状態で膝に手をつき、佇んでいた。肩が激しく上下していた。
俯いたまま目線を後ろに向け、全力疾走してきた道程を顧みた。3基の照明灯が自宅の玄関までに配置されている。男の自室に一番近い照明灯が普段より遠く感じる。更に彼方へ視線をあげると、突き当りの壁が見えた。あそこを曲がればエレベータがある。だが……やはり遠い。
息切れもおさまりつつあり、目の前の階段を降りようとした。
「待て、1階まで降りるのか?何段あるんだ?」 心の中で自問自答した。地上まで9階分降りなくてはならない。テンションが上がってしまい、つい自分の足で颯爽と駆け下りられると思い込んでいたが、やはり錯覚であったようだ。
深夜の冷気と圧倒的な階段の距離によって頭を冷やされた光曳は、棟の中心部分に歩いて行った。今は、エレベータまで行くのも億劫であったが、意識が完全に覚醒してしまい、今さら床に就いても眠れそうにない。それに、白光が現れた地点とその周辺の状況を確認したい気持ちは強くある。
棟の中心に着きエレベータを待つ間、俯き加減に現場の状況を想像していた。程なくしてエレベータが到着した事に、驚きの気色をあらわにしていたが、そのまま急いで中に乗り込んだ。
この男がエレベータ等に驚いたのには理由があった。
この棟は25階建てながら横幅のある構造をしているため、戸数が非常に多いのだが、男の目の前にエレベータは2基しかない。その上人が乗るカゴの部分は中低層と同程度の大きさなので、昼夜を問わず満載状態でのべつ幕なしに稼働している。更に分が悪いことに、この体格である。漸く空きがある機が到着したとしても、無理に乗った途端けたたましく鳴り響くブザーに追い出されたことは数知れない。
だが先程は、ボタンを押すと朝飯前に3枚切りの食パンを3枚平らげるよりも早く来たうえ、カゴはもぬけの殻だったので、ちょっと驚いたのである。
男の内なる声を代弁しているうちにエレベータは到着し、当の本人はエントランスホールの外に出るところであった。
例のポイントは棟のL字型の外角側、エントランスは内角側にあるため、建物を出て即目的地というわけにはいかない。L字型の建物の先端まで迂回し再度L字の中心に向かう必要があった。
光曳はエントランスホールの出口をくぐり、建物の北の端へ向かっていた。L字の建物の内角側を裏側とすると、建物の裏側には敷地内公園が広がっていた。
敷地内の公園と言っても、その規模は地区の近隣公園の倍以上はゆうにあり、遊具も大がかりなものが多数ある。例えば、光曳の右横には、丸太で組み上げられた砦型で高さが5m以上ある遊具がある。その上端から50m先のクッション付のポールまで、人がぶら下がれる強度を持った綱が掛けられたロープが張られており、子供たちは綱に捕まり、下まで一気に滑空するのである。ターザンごっこと称して、子供らが最上段から矢のように滑空する様は、大の大人でも息を飲むほどの壮観さがある。
光曳も小学生の頃、クラスの女の子の前でかっこつけようとしてブレーキをかけずに滑り、時速30km強——ママチャリの全力疾走に匹敵する——でポールのクッションに激突し、救急車で運ばれた苦い経験がある。毎年似たような事故が発生しているのだが、町長のご意向とかでこの砦は撤去されずに済んでいる。
そろそろ例の道路に接している曲がり角に着く頃であった。付近の街路灯がいつもの不快な音を立てつつ自らの足元を照らしていた。
道路が近づくにつれ、我知らず顔に緊張がはしる。砂地の敷地内公園が近くにあるので、道路付近もアスファルトにも砂利や砂が混じっていた。
じゃり……じゃり……ざざっ。曲がり角に着き、男は一旦歩みを止めた。遠巻きにポイントを確認するため、白光のあった辺りを見上げた……。
「お……」
- As Story 〜3〜 ( No.5 )
- 日時: 2011/08/03 12:58
- 名前: 書き述べる ◆KJOLUYwg82 (ID: ZUkStBmr)
男は思わず息を飲んだ。満天に散らばる無数の星々がその薄い眼に飛び込んできた。
——こんなに綺麗な星空が見られたなんて……
恍然としてその場に立ちすくみ、声にならない声を発するのが精いっぱいだった。眼前に広がる天空の絵画に今まで気が付かなかった事への悔恨、そして筆舌に尽くし難いその壮麗さへの感激を超えた嘆きのような感情が、二次元にしか興味を示さなかったオタクの中から噴き上がってきた。
光曳は身も心も天に魅入られ、あまり広くはない歩道の上で大きな体をゆっくりと回し、幼い子供のようにはしゃいだ。愛らしいとか清楚といった類の形容詞とは対極の概念を体現したような男が、泥酔しているわけでもないのに笑いながら真夜中の道端で横旋回を繰り返しているのである。人通りが無いとは言え——いや、無いだけに尚更不審極まりない。
当の本人もこれほどまでに頭上の星空に感激していることに驚いていた。確かに満点に散りばめたように無数の瞬きが見えるが、小学校の林間学校のキャンプ場で見た時の方が絢爛豪華であったように思える。星空に感激した刹那に気を緩めた途端、中で張りつめていた様々な感情が堰を切ったようにあふれ出てくるような感覚だった。
一時の間満天の絵画と一体となった後、男はとても晴れ晴れとした表情をしていた。全ての目的を完遂したかのような……。
——このまま帰っていいんじゃないか?
やにわ発せられた内からの声で現実に引き戻された光曳は左右に頭を振り、唇を真一文字に引き締めると、キっと前を睨んだ。いつの間にかポイントに4,5mというところまで接近していた……。ゆっくりと呼吸をして気持ちを落ち着ける。もう少しで結論が出ようとしていた。
ポイント周辺の状況は、街灯が無くてもだいたい把握できたが、路面を仔細まで確かめたかったので、殆ど街灯の光が僅かにかかっている道路の中心に寄って行った。
たばこの吸い殻、吐き捨てられたガムが変色してできた黒いシミ、変色したレシート、何故ここに落ちているのか不明な子供用の靴……。ポイントの10m四方を路面に以外にも、沿道の建物の壁や歩道のガードレール、路肩の金網など、可能な限り精緻に調査したが、目ぼしいものは何一つ見当たらなかった。
こうなることは十分に覚悟していたつもりであったが、実際に目の当たりにすると光曳は肩を落とさずにはいられなかった。
「っくしょん!」
高ぶっていた気持ちが急速に委縮しはじめ、今更ながら丑三つ時の肌を切るような冷気に気が付き、静寂を突き破る派手なくしゃみをした。マンションの壁で発生した山彦が僅かに響いた。
肌の起伏がはっきりと見えそうなくらい鳥肌を立てている両腕を、ダウンコートの袖越しにさすりながら歩道に引き返し、その場にへたり込んだ……。
「寒ぃーし、さっさと帰ろ」
自分に言い聞かせるようにそれを発すると、やおら立ち上がろうとした……。
ん? 突然背後から迫る気配を察知し、その場から飛び去りつつ体を翻した。
慎重に目を凝らしてみると、何やら黒い物体が蠢いている。黒猫の子供が一匹、目の前にちょこんと座っていた。寒さに震え、憐憫の情を誘うようなか細い声を絞りだしている。丸く大きな黒目は真っ直ぐ男の眼を見つめていた。
首輪はつけておらず、野良猫であるらしかった。捨てられたのか、生まれつき野良なのかはわからない。光曳はそれよりも、背後の子猫に全く気が付かなかった事を歯がゆく感じていた。
——畜生、人間に媚びまくってそうなこの猫いつの間に近づいたんだ?
光曳はいまいち煮え切らない表情であった。さっきの気配、こいつじゃないんじゃないか? この程度の猫なら気配があってもたぶん振り返ったりしない。もっと鋭い、気配なんてもんじゃない……。殺気のような……。
——カチャン。
どこかで聞いた覚えのあるような音がした。耳を澄まさずともはっきりと聞こえた。
光曳は眼をすぼめ、音のした方向を見据えた。マンションの周囲に植えられた高木の列のひとつから痩身な人影がゆっくりと現れてきた。
バリバリ、バリ……。 落ち葉を踏みしめ、足元の低木を押し払い、ゆっくりとこちらに近づいてくる。その距離、約10m。人影から発せされる威圧感のようなものに気持ちがしり込みし、肉体から神経をすべて抜かれたように固まってしまった。
光曳は何とかして目線だけを動かし、人影から音の出そうなものを探し出した。人影の手でちらりとかすかに街灯の光を反射したそれを見つけるのは極めて容易だった。その瞬間、光曳のこめかみから顎の下にかけて緊張の汗が1粒、左の頬を斜めにつたって下に落ちた。眼も唇も固く閉ざし、ただその瞬間が来るのを待つしか許されなかった。
沈黙を守る人影の右手に握られた自動式拳銃の銃口が、光曳に向けられていた。