二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- As Story〜8話(2) 分割アップ2回目〜 ( No.41 )
- 日時: 2011/09/25 01:03
- 名前: 書き述べる ◆KJOLUYwg82 (ID: 7lLc0QEy)
門扉から建物の玄関までの短い通路は冬の陽射しを受け、柔らかな光沢を放つ玉砂利が敷き詰められていた。通路の両脇を40cm角程度の花崗岩で仕切られ、その外側では花弁を優雅になびかせる色とりどりの植物たちが一年を通してここを訪れる客の目を楽しませてくれる。腰の高さのあたりには、とうに昼も過ぎたというのに寝坊助な朝顔達が通路と花壇の際に沿って列をなして咲いていた。そして足元に視線を落とすと真冬の冷気で己を鍛えようと気炎を吐く季節外れのタンポポのような黄色い花が朝顔と同様、規則正しく隙間なく敷き詰められ、当分先の春風の来訪に向け各々のもつ鮮やかな髪飾りをより一層魅力的に見せるための揺れ方、茎の伸ばし方をひねもす研究し続けている。
忙しなく花を咲かせる草花たちを横目に区画の奥のほうでは、人間に気軽に接するあまり花としての香りを失い、人間臭に染まってしまった卑しい花々と交わるのを拒むように花弁を閉じている一輪の夜来香が時の満ちるのを悠然と待っていた。高さが5mにも達する彼女は、凡庸な草花が疲れ果てて醜い姿を晒すころに、薄黄色の妖しい光を放つ細長い花を重力に逆らわず、薄暮の妖気の流れに浸すように咲かせる。そしていよいよ空の紅が闇に払い落とされようとするとき、何人もを魅了する芳しい香りを放ち、短い一晩を過ごす。日が昇り始めると再び神秘的な花弁と香りを隠してしまう。少年はその場に居合わせられたら、路傍の小さな花たちの嫉妬する声が聞こえてきそうな気がした。
ふさぎ込んでいた少年の瞳にわずかながら光が戻ってきた。彼ら彼女らの小さな体からは想像もできないような健気で力強い、時には滑稽にも見える命の煌めきが少年の心を照らし出していた。好奇心と気違いを辛うじて隔てる紙一枚ほどもないわずかな幅を進むような、きわどいセンスの前庭を創り出した科学者に幼い子供の影を見出した。
ウィルは今まで三人の大崎を見てきた。人類史上類い稀なる才能と好奇心からなる眩いばかりの光芒を全身から発する科学者としての大崎。組織の目的遂行のためならば露程の躊躇も感じさせずに非情の決断をする、絶対零度の仮面を被った闇組織ECの長としての大崎。闇組織の長の彼が引き受ける依頼の内容がより困難を極めれば、科学者の彼が大海に浮かぶ巨大な能力の氷山を海面から少し持ち上げ、新たな能力、閃き、幸運を発揮させる。また、科学者の彼が新たな発明をすれば相棒がECの地位を更に確固たるものにするべく、ストイックに高みを目指すのである。光射すところには必ず影が落ちるように、二人は表裏一体であり、お互いを高めあう理想的な関係にあった。そして3人目の大崎——。
彼には特筆すべき能力や社会的地位を持ち合わせていない。件の二人の大崎が織りなす過激なコントラストが故に影が希薄になってしまう彼に気付くものはEC内部でのごく限られた者たちのみであった。無論、少年がその一人であるかは言うに及ばぬところである。それどころか、3人目の人格はウィルや麗牙光陰のメンバーと接触を繰り返すうちに現れてきたものといえるのである。組織の目的である以上、ECのメンバーとは人を殺める任務を指示する役と実行する役という関係になるのだが、それが24時間365日続けばお互い人間関係もぎすぎすしたものになってくる。精神の限界を見極めるための耐久テストをさせられているような生活を続けている中で、子供らしさを殆ど失わなかった麗牙の無辜で真摯な振る舞いに刺激され、陽炎のように儚くも存在し続けている人格——3人目の男とは少年や麗牙光陰のメンバーに実の父親であるかのように接する大崎であった。彼が麗牙光陰の少年少女たちによって存在していられるのと同様に、麗牙光陰もまた、世界中の暗黒を以てしても到底及ぶことのできないECの陰惨で冷酷な指令を忠実に処理し続けられているのは、長としての大崎の隙間からのぞかせる陽光のような父性にこの上なく惹かれているからに他ならない。
子供みたいに無邪気な影晴様……か。
存在感の大小はあれど、他の3人の存在は本人の前で己の五感を以てして確かめていた。対して件の4人目の存在は全く持って推測の域を超えないのだが、その人が存在するかもしれないという可能性を考えただけでも、館の門扉をくぐってから銅の仮面のように固められていた少年の表情を数十年ぶりに文明国に帰還した兵士の様な安堵の色で深く染め上げるには十分すぎるほどであった。
思い出したようにタンポポもどきの幻影が瞼の裏をよぎると、もう一度奇怪で可憐な生命の輝きを確かめてみたいという衝動にウィルの小さな体が激しく駆られた。心の赴くままにそれらを視野に捉えしゃがみ込むと、タンポポの大きさのヒマワリが真冬の低い太陽に凛と背筋を伸ばして鮮烈な黄色の縁取りの顔を向けている。翻って上を見上げれば、ヒマワリだと思っていた大輪の花が、実は巨大なタンポポであり、茎の根元付近から生えている人の腕よりも長い数枚の葉は、路傍の植物らしく踏みつけに耐えるために目いっぱい真横に広がり、通路の反対側まで達して通路を利用する客人にこれ以上ないアピールをしている。通路を逸れて怪奇極める森の深淵へ足を進めれば、先程の夜来香のように妖艶を湛える花々が、夢とうつつのはざまを漂い呆けたように口をあけ虚空を見つめる客を歓迎してくれるのであろう。
前庭のガーデニングに植えられている植物はいずれもこの屋敷の所有者である若作りな科学者が、去りし日に行った遺伝子操作の実験の副産物であった。他の拠点でも同様に彼の奇怪な植物のコレクションが所狭しと敷き詰められているのであった。