二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Re: 494章 稽古 ( No.731 )
日時: 2013/03/02 20:22
名前: 白黒 ◆QpSaO9ekaY (ID: u.mhi.ZN)
参照: http://www40.atwiki.jp/altair0/pages/308.html

 スパーン! と、唐突に凄まじい勢いで襖が開かれた。
「ハンゾウ! いる!?」
「……騒々しいな。何事だ」
 ハンゾウは回想を中断し、片目だけを開いて襖の方を見遣る。そこにはピンクと黄色を基調としたワンピースに煌びやかな装飾品の数々を付けた派手な身なりの女。和室には酷く不似合いな格好だが、若草色のツインテールだけは唯一、色合い的に畳みと合っていると言えなくもない。
 彼女の名はティン。7Pフォレスが直属の配下に置いている人物で、見ての通り少々騒がしいところがある。
「ちょっと話があるんだけど、入るわよ」
 と言ってティンはずかずかと土足で踏み入ってくる。板張りの廊下はともかく、一応敷居があるのだから靴を脱いでほしいものだ。
 ちなみに、ハンゾウとティンは親しいとは言わないまでも、比較的よく一緒の任務についている。
 というのもハンゾウの属する焦炎隊と、ティンの属する森樹隊、それぞれのトップはいつもべったりのフレイとフォレスであるため、その繋がりで一緒くたにされることが多いのだ。故にこの二人に限らず、焦炎隊と森樹隊の仲は他の部隊より比較的よい。あくまで比較的だが。
 ティンはいろりを挟んだハンゾウの正面に座り込む。
「話、とな。何だ?」
「あんたんとこの怠慢女についてよ」
 怠慢女という聞かない言葉に少し考え込むハンゾウだったが、すぐに答えは導き出せた。
「フレイ殿のことか。直接の配下でないとはいえ7Pであるお方をそのように呼ぶのは、感心しないな」
「別にかまいやしないわよ。私はフォレス様一筋だし」
 と理由にもならぬ理由付けをし、ティンは話を戻す。
「で、あの女だけど、単刀直入に言いうわよ。あんたが世話しなさい」
「……どういう意味だ」
「そのまんまの意味よ。あの女の世話でフォレス様も迷惑こうむってるはずだし、それでフォレス様の時間がなくなると私にも不都合があるのよ。あんたあの女の護衛だか目付けだかなんでしょ。だったらついでに世話しなさいよ。そうすればフォレス様の時間は空いて、私もハッピー、あんたも主人に尽くせて一石三鳥よ!」
 ティンは嬉々としてしたり顔で語るが、ハンゾウは、
「却下だ」
「なんでよ!」
 ものの見事に一蹴した。それにティンが喰らいつく。
「拙者がフレイ殿に命じられているのは護衛だ。身の回りの世話はフォレス殿に任せる、とのことだそうだ。命じられていないことは行うべきではない。それが忍というものだ」
「だから、あの女のせいで私もフォレス様も迷惑だって言ってるでしょ!」
「拙者はフォレス殿の直接の配下ではないのでな。命令は主であるフレイ殿を優先させるのが道理だろう」
 ティンが先に言ったこととほぼ同義のハンゾウの発言に、ティンはうっ、と言葉を詰まらせる。
「で、でも、あんたももっと主人に尽くしたいとか思わないわけ? フォレス様に任せるより、自分で徹底的に世話したいとか思わない?」
「残念ながら拙者、そこまで独占欲の強い人間ではない。それに、これは拙者の勝手な憶測だが、フレイ殿はフォレス殿に世話されたがっている節がある。だったらそこに拙者が出張る理由もない」
 取りつく島もない、というより、話術の違いか。ティンはその後もあの手この手でハンゾウに説得を試みたが、すべて突っぱねられてしまった。
「ああ、もうっ! ほんっとに堅物ね、あんたは! じゃあもういいわ、こっちで勝手になんとかするから!」
 そして遂にティンは逆ギレ。勢いよく立ち上がると、畳を抉らんばかりの勢いで和室から駆け出して行った。
「…………」
 襖を閉め、ハンゾウは座禅に入る。しかし、やはり自我を取り払うことは出来ず、ティンの闖入で途切れてしまった記憶が再び蘇る——



「あっ……メラルバ!」
 火炎放射はツチニンに当たらず、ツチニンは鋭い爪でメラルバを攻撃し、吹っ飛ばした。
「まだだ。一撃入れらたくらいで動揺するな。まだ反撃の手は残されているだろう」
「は、はい……えっと、メラルバ、虫のさざめき!」
 木の幹に叩き付けられたメラルバは起き上がると、体を小刻みに振動させ、さざめく音波を放つ。
 音波はツチニンに直撃し、吹っ飛ばした。効果はいまひとつだがダメージはそこそこ通っているだろう。
「今だ。好機を逃すな」
「はいっ。メラルバ、火炎放射!」
 メラルバは灼熱の炎を放ち、態勢の崩れたツチニンを炎で包み込む。しばらく炎は燃え盛り、しばらくすると自然に鎮火する。そして燃えた跡には、倒れたツチニンの姿があった。
「やった……!」
 同時に娘の表情がパァッと明るくなる。娘はメラルバを抱きかかえると、木の幹を背にしているハンゾウへと歩み寄り、ぺこりと頭を下げる。
「ハンゾウ様、今日もありがとうございました!」
「構わん。それより、今日の動きはよかったぞ。攻撃を受けてから反撃までの時間が短かった」
 見ての通り、ハンゾウはこうして時々、娘に稽古をつけてやっている。稽古といっても、ほとんど傍で見ているだけで、たまに助言をする程度だが。
 彼女が将来、家業を継ぐにしても、出稼ぎに里を下りるとしても、はたまた新しく生活するために里から出て行ったり、忍の道を歩もうとするにしても、ポケモンの鍛練は決して無駄にはならない。忍という存在はこの世から不必要になりつつあるが、ポケモンはいつの時代、どんな場所でも活躍できる。
 次世代の育成も、今を生きる者の務めなのだ。
「……日も暮れて来たな。今日はもう終いにするか」
 本職のハンゾウはともかく、夜目の利かない娘にとって夜は危険だ。ハンゾウは日が完全に落ちないうちに、町まで娘を送り届ける。
「あ、あの、ハンゾウ様。いつも本当にありがとうございます。お忙しい中、稽古をつけさせていただいて……」
 道中、娘は改まってそんなことを言う。
「構わんと言っているだろう。それに、なにも忙しいことなどはない。むしろ暇なくらいだ」
 実際その通りだ。最近は任務もめっきり減ってしまい、ハンゾウはかなり暇を持て余している。言うなれば暇潰しで付き合っているようなものである。
「……やはり、忍はもう、必要ないのでしょうか」
「かもしれん。いや、実際は不必要どころか、悪だと思う者たちもいる。いつかの諜報活動の最中、平和維持などと謳い、忍を狩っている集団がいると耳にした」
「そんな……」
 しかし仕方のないところもある。忍と言えば、諜報活動だけでなく、破壊工作活動、浸透戦術……言ってしまえば姑息で卑怯卑劣な手段を用いる者だ。時代が時代なら暗殺だって行っていた。だから悪だと言われれば、反論しにくいところもある。
「そもそも善悪自体、一面的なものに過ぎん……忍として動くことで我々が利益を受けるのなら、その裏では不利益を被っている者もいる。その不利益を被っている者たちが、我々を滅しようとするのであれば、文句は言えんだろう」
 童子には少々難解な話かもしれんがな、と言ってハンゾウは締め括る。娘も、ハンゾウの言っている言葉は難しくよく分からなかったが、言いたいことは概ね理解したようだ。
 しばらく歩いていると、突然、ぷちっという何かが切れるような音がした。
「あ……」
「どうした?」
 娘の方を見てみると、彼女は直毛になった頭の後ろに手を当てていた。恐らく、髪紐が千切れたのだろう。
 ハンゾウはそれを見て、どこからか赤い紐を取り出す。忍は即席応用が得意なのだ。髪紐の代わりくらいなら、即座に用意できる。
「後ろを向け。結ってやる」
「えっ、あ、ありがとうございます……」
 ハンゾウが髪を結うというのが意外だったのか、少し驚いたような顔で娘は背中を向ける。ハンゾウは娘の赤い髪を手に取ると、髪を括り始めた。
 女の髪を触るのは初めてだが、ハンゾウは器用なので、というより不器用な忍はいないので、すぐに終わった。しかし、
「む……少し高いか?」
 ハンゾウが結んだ位置は、娘がいつも括っている位置より少し高かった。結び直そうかとしたが、娘は首を振り、
「いえ、このままで大丈夫です。ありがとうございました」
 と言って、歩き出してしまう。
「……そうか」
 そしてハンゾウも、歩を進めた。
 忍はじきに消えてなくなる。自然の摂理であるかのようになくなっていく。それでも娘は、いやさハンゾウも、そして他の里の者たちにしたって、これからもずっと、静かにこの場所で暮らしていきたいと思っていたし、それがずっと続くと思っていた。
 しかし、変化というものは、理不尽な災いというものは、唐突に訪れるのだ——



第三節その二です。ティンが闖入して一旦回想中止になりましたが、勿論まだ続きます。とはいえ、もうすぐ終わりなんですけどね。たぶんあと一、二章分くらいで終わると思います。やっぱりちゃんとしたバトルがないと、すぐに終わっちゃうんですよね。それにしてもこの町娘、フレイとは全然性格違いますね。見た目はかなり似ている設定なのですが。それでは次回かその次くらいに第三節も終了です。お楽しみに。