二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- Re: 555章 自由 ( No.811 )
- 日時: 2013/03/27 18:58
- 名前: 白黒 ◆QpSaO9ekaY (ID: H6B.1Ttr)
- 参照: http://www40.atwiki.jp/altair0/pages/308.html
異形の7P、ドラン。多くの者は薄々感づいているだろうが、彼は人間ではない。彼は元々、かつて龍の里と呼ばれていた場所で奉られていた、龍を象った一つの石像だった。
九十九神、八百万神などと呼ばれる概念があるように、彼も石像でいた時には魂が宿っていた。生命というには些か曖昧模糊としたものではあったが、彼は石像として生き、長い年月をかけて龍の里を見守っていた。
しかしこの世界には時代の流れというものが存在する。逆らうことのできない流れは、やがて龍の里という存在を別の存在へと変貌させた。
だがそれでも、彼は別段なんとも思わなかった。時代の流れは仕方のないことだし、だからといって龍の存在が消えてなくなるわけではない。龍に対する信仰も、まだ残っている。
ただ惜しむべくは、自分の存在だ。時代の流れと共に、龍像としての自分は忘れられていった。龍の里が存在していた時代には、それなりに信仰され、崇められていたが、いまでは存在そのものがあやふやになってしまい、彼の存在を知る者はいなくなった。
そんな時、彼のものとを訪れる者がいた。とある組織の総統、と、その組織が抱える科学者の二人だ。
どういうつもりで二人が彼のもとを訪れたのかは分からない。しかし、信仰や崇拝のためではなさそうだ。彼が二人の目的を知るのは、このすぐ後。
彼が、人間の姿へと変わり果ててからだった。
彼は驚愕した。不完全ながらも、自分が人の姿をしていることに。
最初はその変化に戸惑ったが、やがて嬉しくなった。自由に動けるというのは、石像であった彼にとっては未知なる体験だった。
だがそんな感慨も束の間。彼はすぐに自由を奪われる。
彼はドランという名を与えられ、7Pという称号を得た。それだけならまだよかった。しかし、恐ろしき地上最強の龍、真実と理想の英雄から生まれた虚無の刻印を刻まれ、自分は龍や他の生物を使役して戦わなくてはならない。その事実が、彼を苦悩させた。
そもそも彼は、彼の属する組織——プラズマ団の戦力増強を図るための被験者だった。プラズマ団の科学力で、長い年月を経て魂を宿した物体に人間の体を与える。そのような邪道とも言える試みの結果、彼は生まれた。
だがその試みは失敗だそうだ。人間として転生した彼は、不完全であった。しかも、他にも試したようだがすべて失敗し、成功したのは彼だけ。結局プラズマ団の戦力増強は一つ、失敗に終わった。
かつて自分が龍を象った存在であったがゆえに、龍という存在を誰よりも知る者、ドラン。彼は伝説で語られる氷の龍の恐ろしさを、誰よりもよく知っている。だからこそ、プラズマ団の意向には賛同できない。本来なら、抵抗したいところだ。
だが人間世界での生き方を知らない彼は、プラズマ団に付き従うしかなかった。
その過程で英雄たちと戦い、彼は一人の青年に目を付けた。自分が最もよく知る、龍の匂いのする青年。
人間という器に縛り付けられた彼は、その青年の存在に賭けた。かの青年ならば、英雄と共にキュレムの復活を止められるかもしれない。
そして自分を、人間という名の束縛から、解放してくれるかもしれない——
「……いいよ、その調子だよ。でも、ごめんね。ドランは手加減できないんだ。全力を出し切らないと、ダメなんだ」
「……? 何を言っている」
ぶつぶつと一人で呟くドランに、ムントは疑問符を浮かべる。
「でも、ちょっとびっくりしたよ。ドランはポケモンを使役して戦うなんて、どうかしてると思ってた。でも、君と戦ってると、どうしてか胸が熱くなる。ドキドキするって言うのかな? よく分かんないけど、楽しくなってくるんだ……ドラドーン、ハリケーン!」
ドラドーンは災害にも匹敵する突風を放ってオノノクスを吹き飛ばそうとする。足場はまだ凍り付いているので、まともに受ければまた場外に落とされるだけだが、
「オノノクス、地震!」
オノノクスはハリケーンが放たれる直前に地面を思い切り踏みつけて衝撃波を放つ。衝撃波は地面全体に伝わり、表面を覆っていた氷を粉々に砕く。
氷さえなくなれば、踏ん張りは利く。オノノクスは地面に爪を喰い込ませ、ハリケーンの直撃を喰らっても塔から弾き出されないようにしっかりと体を支える。
そして、突風が止む。
「オノノクス、龍の舞!」
オノノクスは龍の力を宿し、舞い踊る。これでオノノクスの攻撃力と素早さは四倍。最大まで跳ね上がった。
「最後までパワーアップか、凄いね……ドラドーン、アイスバーン!」
ドラドーンは凍てつく爆発を起こし、氷の衝撃波を放つが、オノノクスは両腕を交差させて衝撃波を耐え切る。
「だったらこれだよ! ハイドロポンプ!」
ドラドーンは大きく息を吸い、オノノクスに狙いを定めて大量の水を噴射する。オノノクスを狙い撃ちして場外へと落とそうとするドラドーンの水流を、オノノクスは、
「瓦割りだ!」
手刀を振り下ろし、容易く断ち切った。
龍の舞で最大まで攻撃力の上がったオノノクスにとって、相手がドランのドラドーンでも、ハイドロポンプなどは取るに足らない攻撃だ。
「やっぱダメか。だったら仕方ない、もう少し戦っていたかったけど、もう終わりにしようか。もしこの攻撃に耐えられれば、君の勝ちだよ、ムント君。だけど」
ドランは一旦言葉を区切った。名残惜しそうなドランだったが、すぐに次の言葉を紡ぐ。
「もし耐えられなければ、その時はドランの勝ちだ! ドラドーン!」
ドラドーンは急上昇する。姿が見えなくなるほど空高く上り、ドラドーンは天を衝くような咆哮を放つ。
そして天空に座する龍は、遥か空の先、宇宙の果てから力を呼び起こす。
「流星群!」
刹那、大空から空気を貫くような轟音が響き渡る。雲を突き抜けて降り注がれるのは、無数の星々、流星の数々だ。
流星群は塔を震撼させるほどの破壊力を持ってオノノクスに襲い掛かる。効果抜群の攻撃、そうでなくとも、破格の特攻を誇るドラドーンがドラゴンタイプ最強の技を放つのだ。たとえ鋼タイプであろうと、これだけの流星を耐え切るのは不可能に近い。それはドランもムントも分かっている。
「さあ、ムント君、ドランに見せてよ! 君と、君の龍の力を!」
決め手となる技を直撃させておいて、ドランはそんなことを叫ぶ。ドランの言葉を受け、その意味を汲み取り、ムントも言葉を紡ぐ。
「……分かった」
短い言葉だった。しかし、それだけでドランは、安心したように息を吐く。
そして、
「オノノクス、ドラゴンクロー!」
舞い上がる砂煙の中から、オノノクスが飛び出す。かつてないほどの凄まじい気迫で、今までにないほどの力を爪に宿して、オノノクスはドラドーンに、龍の一撃を刻む。
龍の爪痕を刻まれたドラドーンは力尽きた。ドラドーンは、役目を終えたと言わんばかりに、地上へと落ちていく。
「……ありがとう、ドラドーン。ドランがドランとして生きてきた中では、君がドランの最高のパートナーだったよ」
ドランは静かに呟く。それと同時に、自分の体が解き放たれる感覚を覚えた。
「ムント君、ありがとう。君のお陰で、ドランは解放されるよ」
「お前……」
サラサラと、ドランの体が崩れていく。少しずつ、ドランの体はこの世界から散っていく。しかしドランは、後悔も悲哀もなく、むしろ喜び勇んでいた。彼が待ち望んだ、自由への解放が訪れるのだから。
「ムント君、ドランはもうすぐこの世界から消えてなくなると思うんだ。だから残り少ない時間の間、君に伝えるべきことだけを伝えておくよ」
灰の如く体が消滅していくドランは、口調を崩さず、ムントに最後の言葉を告げた。
「キュレムの復活は、絶対に止めてね。ドランは知ってるんだ、キュレムの恐ろしさを。キュレムは自分を埋めてくれる真実か理想を求めてるんだ。だから英雄ちゃんが無理にキュレムと戦おうとしても、勝てるはずがない。キュレムを止めるには、復活を阻止するしか方法がないんだ」
残り僅かな時間で、ドランは精一杯、自分の願いを届けようとする。もうドランが存在できるのは、ごくごく僅かだ。
「ドランはこの姿になって、身を持って知ったんだよ。この世界の人間とポケモンは、楽しく生きている。それを壊しちゃいけないって。だから、キュレムの力を利用して、世界を征服するなんて、ドランは許せない。だからお願い、ムント君。なんとしてでも、ゲーチスを、止めて——」
バサッ
刹那、こだましていた言葉が消えた。今までドランが立っていた場所には、ローブのような黒い服が落ちているだけだ。
「…………」
オノノクスをボールに戻し、ムントはローブと、そのローブに包まれた石の牙を拾い上げる。
硬く流麗で、立派な牙だ。しかし獣の牙ではなく、もっと巨大な、龍のような牙だった。
「プラズマ団と、ゲーチスを止める、か。当然だ、そのために俺は今ここにいる」
サラサラと灰のようなものが零れ落ちるローブと牙を抱え、ムントは歩き出す。
「……任せろ。キュレムの復活は、俺が絶対に止めてみせる」
そして、ムントは螺旋階段を降り、塔から出ていった。
一本の、龍の牙を抱きながら——