二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Re: 【二次創作】泡沫【短編集】 ( No.105 )
日時: 2013/01/03 19:58
名前: 雲雀 (ID: QGuPLo0Y)

【ただあなたの幸せを。/零×優姫】






 見慣れた扉を開けて、部屋の中に入る。
 その部屋は、以前来たときと何一つ変わっていなかったけれど、久しぶりに来たせいもあって、酷く懐かしく感じた。


 でも、きっと最大の理由は——


「零……?」

 彼が、その部屋のソファで眠っていたからだろう。

 一瞬躊躇して、でも、たった一度、あと一度だけでもいいから、彼の顔をよく見ておきたくて。
 そっと、彼の眠っているソファに近づいた。

 そこには、あの頃と何一つ変わらない彼の姿があって、その事実に、胸を締めつけられるような思いがした。
 変わっていないのだ。私も、彼も、何一つ。
 でも、私に笑いかけてくれる彼は、もうどこにもいない。
 
 大きく息を吸って、吐いた。
 きしり、と床が音をたてたけれど、彼は起きなかった。

「ヴァンパイアハンターとして、失格なんじゃないの」

 ヴァンパイアが近くにいても起きないなんて、そう思う自分がいて、でも、ヴァンパイアの私が傍にいても起きないということは、まだ心のどこかで、私を信じてくれていると自惚れてもいいですか。
 そこまで考えて、思わず笑ってしまった。

「馬鹿みたい……」

 それくらい、疲れている。ただ、それだけのことだ。
 彼が眠っているソファの近くに膝をついて、起こさないように、そっと、彼の頭を撫でた。
 そして、彼には伝わらないであろう言葉を、声に出した。

「零、起きてるときに言っても、きっと意味がないから。今、言うね」

 どうせ伝えたって、あなたは信じないだろうから。
 それなら、今伝えたって、同じことでしょう?

 誰に言うでもなく、そう呟いて、小さく笑った。
 そう、彼には伝わらない、何一つ。
 それなら、今、言ってしまおう。
 この先、何が起きても、後悔なんてしないように。

「私、自分の過去を思い出して、本当の自分を取り戻して、ヴァンパイアになったこと……後悔なんてしてないよ」

 後悔は、していない。
 いや、本当はしていた。
 でも、どうしたって、もう取り返しのつかないことだから。
 きっと、最初から、こうなると決められていたことだから。
 たとえ、それが彼の敵になる選択だったとしても。
 それなら、前に進むしかない。
 そう、覚悟ばかりが積もっていった。

「後悔はしてない……でも、」

 ひと呼吸おいて、ゆっくりと吐き出す。
 伝えなければ、ちゃんと、後悔しないように。

「零の腕の中で、零の飢えを満たして灰になれていたら、どんなに幸せだろんだろうって」

 今でも、そう思うんだ。
 我ながら、馬鹿なことを言っていると思ってる。
 でも、それでも。
 彼がもう、苦しむなくて済むのなら。
 こんな命、いくらでも差し出してもいいって、そう、思った。


 でも、あなたは優しいから。
 きっと、そうしてはくれなかったんだろうね。


 彼の頭を撫でる。
 優しく、優しく、これ以上、彼が悲しむことがないように。

「私、零のこと。好き……だったよ」

 この想いはついえているのか、そんなこと、私にもわからないけれど。
 でも、過去形にしなければ、きっと前になんて進めないから。

「ありがとう。ずっと、私を支えてくれて……私を、好きでいてくれて……」

 もう、傍にいることはできないけれど。
 それでもいいから、あなたの幸せを願わせて。

「零は、幸せになれるよ……だって、辛いこと、たくさん乗り越えてきたんだから……」

 もう、彼が悲しむことがないように。
 もう、彼が苦しむことがないように。

「零は無愛想だし、すぐ怒るし、叩くし……でも本当は、不器用で誰よりも優しいんだから……」

 そんなこと、幼い頃からずっと傍にいた自分が、一番よく知っている。
 
「幸せになってね、零」

 名残おしく思いながら、彼の頭を撫でていた手を離す。
 そして、彼の耳元に口を近づけて、

「大好き」

 そう呟いてから、傍にあった毛布を彼にかける。
 もう、行かないと。
 外はもう、黒で塗りつぶされつつあった。
  
「さよなら」

 頬を伝う熱には、気づかないふりをした。
 幼い頃から、ずっと、傍にいて。
 そしてあの日、こんなにも、遠く離れて。
 けれど今、あなたが目の前にいて。

 それでも、この距離は埋まらない。埋められない。

 私にあの頃の笑みが返ってくることはない。
 向けられるのは、冷酷なハンターの目だけ。
 でも、それでも。


「本当、馬鹿みたい……」


 今でも思い浮かぶのは、あなたの優しい笑みばかり。






(どうかあなただけはそのままで、)
(それが、たったひとつの願いだから。)









■後書き

 出会ったことを、今でも後悔してない自分がいる。

 書き直しました。
 ヴァンパイア騎士の続きが気になる今日この頃。