二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Re: 【二次創作】泡沫【短編集】 ( No.136 )
日時: 2012/03/26 13:52
名前: 雲雀 (ID: Rk/dP/2H)

【面影−オモカゲ−/枢×優姫】



「あなたは……私の本当のおにいさまでは、ないんですよね……」



ぽつり、と優姫がこぼした一言。
その一言に、枢は腕の中にいる少女を食い入るように見つめた。
伏せられた瞳は悲しげに揺れて、ゆるくまわされていた腕には強い圧力がかかった。
この人はこの言葉が悲しいのか。
枢がとった行動に対して、頭のどこかで優姫はそう考え、また悲しませてしまったと眉を寄せる。



「実の兄を殺した僕が憎い……?」



押し殺したような声が、耳に届いた。
自責の念、とでも言うのだろうか。
優姫の実の兄を贄としてしまったことを、彼は今でも悔やんでいる。
そんな枢に、優姫は首を振る。



「いいえ……私は、」



口に出そうとした言葉を、痛いほどの抱擁に遮られる。
実の兄を殺したという事実を伝えても、彼女は自分を憎もうともしない。
寧ろ、そんな自分を受け入れ、愛そうとする。
枢にとっては、目の前にいるこの何よりも愛しい少女が救いでもあり、罰でもあった。



「いっそ本当の兄に産まれてこれたら、どんなに良かっただろうと、何度も思ったよ……」



耳をくすぐる言葉は、どこまでも優しい。
優姫は躊躇いながらも、枢の背に手をまわした。



「ひとつだけ……聞いてもいいですか……?」



そっと体が離れ、二人の視線が交わる。
僅かな間をおいて、枢の唇が動く。



「何……?」



承諾の意に優姫は安堵し、再度口を開いた。



「私がこんなにもあなたを愛しいと思うのは……」



私がこんなにもあなたを求めているのは、
私がこんなにもあなたを欲しているのは、



「あなたに……私の本当のおにいさまを重ねているからですか……?」



顔も知らない本当のおにいさま。
でも、彼の中に確かに存在しているはずの人。
その血と肉となって、私の中にも流れこんできた人。
私が……愛するはずだった人。


その人の面影を、目の前にいるこの何よりも愛しい人に、自分は重ねているのかもしれない。
そう思うと、切なくて仕方がなかった。
会ったこともない人物に、想いを寄せるだなんて。
なんて滑稽なんだろう。


枢の白い頬に優姫はそっと手を添える。
ギリシャ彫刻のように整った顔が自分を確かめるように見つめてきて、思わず心臓が跳ねる。



「あなたがこんなにも私を愛するのは……」



あなたがこんなにも私を求めるのは、
あなたがこんなにも私を欲するのは、



「あなたが遠い昔……たった一人だけ愛した女性の身代わりに、私を選んだからですか……?」



それなら、と彼女は続ける。
その瞳には、うっすらと涙が浮かび上がっていた。



「私じゃなくても……良かったんですね……」



堪えきれなくなった涙は、優姫の意思に反して頬をすべり落ちていった。
その涙を枢の細く長い指が、頬を撫でるように掬い上げる。



「違う……優姫……」



枢が否定の言葉をかけても、優姫はふるふると首を振った。



「違わない……!」



吐き捨てるように彼女が言うと、枢は優姫の細い手首を掴んで引き寄せる。
嫌でも二人の視線は再び絡む。



「僕は君だけが好きだよ……」



「……っ」



優姫の心が、揺れた。
この人を信じたい。
ただ、それだけの想いで。



「本当、に……?」



迷子の子供のような瞳で、優姫は枢を見つめた。
枢は柔らかく微笑み、



「本当だよ……」



と、優姫の瞼に軽く触れる程度のキスをおとした。






(どちらも愛されているなら、)
(ただ愛に溺れていくだけ)









■後書き

幸せな話……はやっぱり苦手ですね。
でも優姫が枢に実兄の姿を重ねているという話は、前から書いてみたいと思っていたので、個人的には満足です。