二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Re: 【二次創作】泡沫【短編集】 ( No.147 )
日時: 2012/12/17 15:04
名前: 雲雀 (ID: QGuPLo0Y)
参照: http://www.hotarubi.info/

【いつまでも。/ギン×蛍】






「やっとお前に触れられる」



 今でも心に残る、彼の最後の言葉。
 最初で最後と分かっていても、そのぬくもりに縋り付くことを止められなかった。
 何度も触れたいと願った彼の体温と、優しく抱きしめてくれる彼の腕。



 それは、他のどんな瞬間よりも、幸せなものだった。



「好きだよ」



 まるで蛍のように淡く夜に溶けていくギン。その光が届けた幻だったのか。
 微かに残る彼のぬくもりに縋って泣いていた私の耳に、その言葉が聴こえた気がした。






               ◇






「ここに来るのも久しぶりね……」



 幾つもの縄を巻かれた、寂れた鳥居。
 ここは彼と何度も会う約束をした場所で、今でも当時のことをよく覚えている。
 初めて彼の名前を聞いたことや、制服が変わる度に見せに来たこと。
 彼の表情は狐の面で隠されていて見えなかったが、なんとなく、でも確かに、優しく笑ってくれていたような気がする。



「ギン……」



 夏の蒸し暑い風が、頬を撫でて通り過ぎていった。
 呼んだ名前に返事があるはずもなく、森のざわめきさえ、今は遠く離れているような気がする。
 それらを振り切るように空を仰いで、薄く笑った。



「今年も会いに来たよ」



 木々が揺れる。
 そのざわめきの向こうに、ギンがいる気がして————



 私は夢中で、ギンとの思い出の場所を駆け出していた。






「……っ……は……」



 荒い息を整えながら、懐かしい風景を目にうつす。
 そこは最後に訪れたときと、何ひとつ変わっていなかった。



「ここも……全然変わらないのね」



 嬉しく思う反面、変わらないあの日の姿を思い出して、少し心が痛んだ。



 初めて、ギンに触れた場所。
 最後に、ギンに触れた場所。



 あの瞬間は、他のどんな瞬間よりも幸せで、
 やっと触れられた喜びと、消えていくギンの体温に、ただ涙を流した。
 きっと、あれ以上に幸せな瞬間は、もう私には訪れないだろうと思っている。
 ギンのいない世界はあまりにも寂しくて、しばらくは夏がくるのを待ち遠しくは感じられなかったけれど。
 彼といた夏の思い出も、声も、笑顔も、体温も、私の心に刻みつけられているから。



 だから、また来たいと思った。



 ギンと出逢った、この森に。
 ギンと過ごした、この森に。



 ギンとの思い出が残る、緑深いこの森に。



「ギン……」



 あなたがいなくなってしまった寂しさは、まだ拭えない。
 もう二度と逢えない悲しさも、全て拭いさることはできない。
 でも、最後に触れたあなたのぬくもりと、何にもかえ難いあなたとの思い出を抱いて、生きていくと決めたから。



「頑張るよ……私」



 青く澄み渡る空に向かって、満面の笑みを見せる。
 その空はギンと過ごした夏の空とよく似ていて、昔に戻ったような錯覚を覚えた。






 ————刹那。






「蛍」



 懐かしい声が、私を呼んだ。
 振り返る間もなく、あたたかな抱擁が私を包み込む。



「ありがとう。今年も会いに来てくれたんだね」



 優しい、声。
 そして、恋焦がれた、彼のぬくもり。



「ギっ……!」



 強い風が吹き、あたたかな抱擁は終わりを迎える。
 最後の夏のように、消えていくぬくもり。






「                」






 すぐ傍で、彼が笑ったような気がした。
 忘れられない彼の笑顔が脳裏をよぎって、切なさと、愛しさが混じった涙が溢れる。



 最後に囁かれた言葉は、私の心を捉えて離さなかった。






「うん……ギン。ありがとう……」





 両手を胸のところで強く握り締める。
 確かに触れた体温と、彼が言ってくれた言葉を忘れないように。






『きっとまたいつか、会える日がくる』






 その時は、ずっと一緒にいよう。



 その約束だけで、私は頑張れるから。
 『きっと』その言葉を信じて、頑張るから。






「ありがとう」






 その言葉が、あなたに届くと信じて。









■後書き

 幸せな終わりを見てみたかった。
 でも、やっぱり、この切なさが好きです。