二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- Re: 【二次創作】泡沫【短編集】 ( No.160 )
- 日時: 2012/07/17 19:34
- 名前: 雲雀 (ID: L1bEpBtf)
【虚像/枢×優姫】
「優姫」
そう呼ぶ声は、どこまでも優しかった。
私にふれる手は、どこまでも温かかった。
私を見つめる瞳は、切なげに揺らめいていた。
私を奪う牙は、褪せた記憶を刻みつけた。
もう手の届かない、遠いあなたとの記憶。
(だからそんな瞳をしないで、)
(馬鹿なこの胸が、淡い期待を抱いてしまうから)
もう戻れないと分かっていながら。
もう愛してはくれないと分かっていながら。
私を見つめる瞳に、
私にふれる指に、
私は何度でも恋をする。
だからきっと、これは満月が見せた儚い幻想。
「枢……」
そう呼ぶ声は、酷くかすれていた。
長い黒髪が風にさらわれる。
私は枢の腕の中にいて、真上から彼の紅い瞳がこちらを見つめていた。
傷を負っているのか、体に力が入らない。
風の音が聴こえる。
彼は何も語らない。
「あなたは、あの人を愛していたんでしょう……?」
出てきた言葉は、それ。
枢は表情ひとつかえずに、ただ私を見つめている。
もう抱かれるはずのなかったあなたの腕。
もう遠く褪せてしまったあなたの瞳。
その全てに、心を奪われる。
「私では、駄目なんでしょう……?」
駄目。
奪われるな。
魅せられるな。
これ以上、好きになるな。
頭のなかで響く警報。
切なげに笑う、唇。
「私のことが、邪魔なんでしょう……?」
語尾が、少し震えていた。
この人から拒絶されるのは、怖い。
この人から必要とされなくなるのは、辛い。
でも、いつまでもあなたに追いすがっていたら、
あなたを止めることなんて、出来ないから。
「……っ」
嗚咽が漏れそうになったのは、枢の優しさを思い出したから。
対峙したときに、頬に流れる血を拭ったあなたの指。
絡む視線に、愛しさがこみ上げた。
この瞬間が、永遠に続けばいい。
迷いは、一瞬。
すぐ、枢にきりかかった。
その刃が、あなたを貫くことはなかったけれど。
「いつかに言いましたよね?“ 手放すくらいならいっそこの手で君を殺すか、君が僕を殺して ”って……」
いうことをきかない体を無理に動かして、枢の頬にふれる。
心なしか、彼の頬は冷たかった。
鼓動が聴こえる。
幻想か現実か、囚われた腕のなか、判然としない頭では考えることも出来ない。
僅かに吐息を漏らした。
視界が霞む。
自由がきかない喉に必死に酸素を送り、言葉を紡ぐ。
「傍にいられないなら、いっそ……
あなたの手で、壊して……」
それが、精一杯の願い。
あなたを止めたい。
止めなければならない。
でも心のどこかで、戻りたいと願うから。
だから、叶わないのなら、いっそ。
「好きだよ。優姫」
残酷で、優しい、嘘。
たとえあなたが嘘じゃないと言っても、私はそれを嘘と言う。
ふれあう唇。
ほのかに灯る、愛しい熱。
刻み込まれる、忘れられない感情。
愛してはいけないのに、愛さずにはいられない。
溺れてはいけないのに、溺れずにはいられない。
逃げようともがけばもがくほど、絡みつく鎖。
深く食い込んでいく足枷。
酷く滑稽な恋物語。
私はどこまで心を奪われればいいの?
「さよなら」
淡く溶けていく幻想。
あふれるのは、涙。
「っ、……あ……っ」
忘れることなんて出来ない。
でも、戻ることも出来ない。
だから今だけは優しい思い出に浸らせて。
次に目覚めたときはきっと、
あなたを止めてみせるから。
——————離れてしまうなら、いっそ。
肉の一欠片、血の一滴まで、
奪い去ってくれれば良かったのに。
「私を汚しておにいさま……」
「
ほ
ん
の
少
し
だ
け
僕
に
自
由
を
奪
わ
せ
て
」
「今すぐあなたの血が欲しい……」
「
も
う
絶
対
に
手
放
さ
な
い
」
「手放すくらいならいっそ」
「かなっ……、め……」
空が地を求め、花が雨を待ち、夜が明日を恋うように、
二つの心が一つだったこと、こんなにも求めてたの。
■後書き
御免なさい。
突発的に書いたら予想以上に酷いことに……自分の中でも書きたかったことが書けてないので、少しずつ書き直していきたいと思います。
最後の文章は本編のなかの台詞と……「輪廻 -ロンド-」の歌詞になっております。
本編は……またいつか、甘くなる日がくるのでしょうか。
今はただ、それが不思議でなりません。