二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Re: 【二次創作】泡沫【短編集】 ( No.166 )
日時: 2012/06/22 20:22
名前: 雲雀 (ID: Rk/dP/2H)

【幸福論】






「クロ……っ!」



 大好きな彼女に名前を呼ばれたとき、自分はもう既に宙に跳ね上がっていた。
目の前を、黒くて大きな物体が通り過ぎてゆく。
重力に逆らえるはずもなく、地に打ち付けられた。
額から鮮血が流れる。
痛くて、苦しい。



「クロ!」



 彼女がすぐ傍にきて、紅く染まった自分の体を抱き上げる。
そして泣きじゃくりながら、何度も何度も、自分の名前を呼ぶ。
返事をしなくてはいけない。
でも、どうしてだろう。
喉の自由がきかない。
視界もかすんできた。
体全体の感覚が、奪われていく。



「クロぉ……!」



 彼女に呼ばれた自分の名前。
そんなに呼ばなくても、すぐに起きるから。
だからお願い、泣かないで。
彼女の声と、涙の感触。
それを最後に、自分という存在の意識は永遠に途切れた。






「——————はい。今日からこの子が“ クロ ”よ」



 彼女は真っ赤に腫れた瞳で、自分を見つめていた。
自分の為に泣いてくれたのだと思うと、悲しくて悲しくて、仕方がなかった。



「クロ……?そのぬいぐるみが……?」



半信半疑、といったような彼女の声音。
その問いに、母親は優しく笑う。



「クロはね、あなたとずっと一緒にいられるように、ぬいぐるみに生まれ変わったの」



だから、大切にしなさい。
そう言って、彼女の腕に自分を抱かせた。
彼女は嬉しそうに自分を抱きしめてくれた。
もう二度と抱きしめてもらえることはないだろうと思った彼女に、再び抱きしめてもらえることができた。
幸せで、幸せで、
涙がこぼれそうだった。



「クロ……!」



 大好きな彼女の声。
大好きな彼女の瞳。
大好きな彼女の腕。
大好きな彼女の笑顔。



 まだ、私がただの黒猫だった頃。
捨てられて、縋り付くようにただただ鳴いていた私を、彼女は拾って家族にしてくれた。
初めて、ぬくもりを与えてくれた人。
その日から、彼女は私にとってただ一人の大切な人。



自分はこの人の為に生まれ変わったんだ。
この笑顔を守るために、今度は、ずっと一緒にいれる人形として。
命を失わない人形として。
良かった。
彼女が笑ってくれて。
もう、それだけで幸せ。
彼女が幸せなら、それで。
ずっと、それだけを願って生きてきた。
だから、いつか彼女が自分という存在を忘れてしまっても、
彼女が幸せなら、幸せ。
それが、私の幸せだから。









■後書き

突発的に思いついた話です。
前回はシャッポのお話だったので、今回はクロのお話になっています。