二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Re: 【二次創作】泡沫【短編集】 ( No.213 )
日時: 2013/01/06 13:37
名前: 雲雀 (ID: QGuPLo0Y)

【はじめまして、と笑う。/圭&遥】






 ふわり、ふわり。
 視界をちらつく雪片が、熱が冷めない身体を包み込んでいく。
 いつもなら、普通に寒いと感じてしまうのだけれど。
 今日は慣れないところにいたせいなのか、その冷えた空気が、酷く心地よかった。


「——こんばんは?」


 涼しげな、声。
 聞き慣れた声のせいなのか、ここにこいつがいるとは知らなかったが、別段驚きもしなかった。
 振り返って、その姿を確認してから、まるで他人にでも言うような声で、一言。


「こんばんは、」


 仮面がよくお似合いですね。
 そう言って笑えば、相手もくすりと笑って、上出来だね。と言った。
 彼の白い髪が、風にさらわれて揺れる。
 ぼんやりとそれを見つめていると、軽やかな靴音とともに彼が近づいてきた。

 こつこつ、こつこつ。
 
 距離は縮まって、お互いまでの距離はあと20cm。
 後ろの手すりにおいてあった俺の手に、自分の手を重ね合わせるようにして縫いつけて、彼は俺の逃げ道を完全に塞いだ。
 上からのぞきこむようにしてこちらを見つめてくる赤い目。その様は酷く気分が悪かったが、今更逃げるのも面倒だと諦めて、そのまま視線を返した。
 

「今日はなんでここに?」

「え?あぁ、いな——」


 因幡さんと言いかけて、ここでのルールを思い出した。
 仮面をつけている間は、他人の名前を呼んではならない。そして、このパーティーで出会ったものは、誰であっても知らないものどうし。たとえそれが、肉親であったとしても。


「——上司が招待されて……捕まえなきゃならない奴がいるんだって」

「ふーん」


 心の声を聞くかぎり、嘘じゃないみたい。
 そう言って、彼はまたくすりと笑った。


「残念だなぁ」


 僕に会いにきてくれたんじゃないんだ。
 不貞腐れたようにそう言って、あからさまに残念そうなポーズをとった。
 残念。というのは、やはり因幡さんのことだろうか。
 今頃山羊を追いかけてるんだろうけど、ケータイで呼び出したほうがいいんだろうか。
 因幡さんも、こいつに会えたら喜ぶだろうし。
 そう思っていると、


「違うよ」


 重ねられている手に、力が込もる。
 不思議に思って彼を見れば、彼は悪戯っぽく微笑み、


「残念って言ったのは、君のこと」


 声かけたときも、僕のこと考えてなかったし。
 意味がわからなかった。
 気づかないうちに、俺はそんなに残念なことをしていたんだろうか。
 その心の声さえも彼は絡めとったようで、大袈裟に肩をすくめてから。


「君って本当に鈍感だよね」


 そう言って笑った。
 初めてだったら、本当に不思議に思うだろう彼との会話。
 けれど、慣れてしまった今だから。
 どうせなら、他人ごっこでもしようか。


「あなたは人の心が読めるんですね」


 知らないふりをして彼に問えば、彼は目を細めて、


「うん」


 そう答えた。
 それから、少し面倒くさそうにして、


「人って嘘つきだから、心の声がとても汚いんだ」


 吐き捨てるようにそう言って、深くため息をついた。
 それなら。と俺は言葉を続ける。


「なら、そろそろ俺を離したほうがいいんじゃないですか?」


 俺もたいがい嘘つきですよ。
 口から出てきたその言葉に、意味なんてなかった。
 ただ、そろそろ終わりにしようと思っただけ。
 でも、彼は首を振って、


「君の声はとてもきれい」


 だからそこにいていいよ。
 そう柔らかく微笑んだ彼に、自分勝手だなと思いつつ、そうですかと答える。
 まだしばらくは、解放してくれそうにない。


「ねぇ、なんか問題出してみてよ」

「問題……?」

「うん、問題」


 笑う彼の真意が読めず、首を傾げれば、あのね。と彼は言葉を続けた。


「君が心で言ったこと、僕が当てるから。だから、何か言ってみて」

「あぁ、なるほど……」


 さて、何を言おうか。
 そんな声さえも届いているらしく、彼はにこにこと笑っている。
 なんでもいいよ。その言葉に、余計悩んだ。
  ありきたりなものにするべきか、もう少しひねったものにするべきか。
 ぐるぐると考えて、はたとこのパーティーのルールを思い出す。

 ————名前を呼んではいけない。

 なら、それにしよう。
 俺は軽く笑ってから、心の中で、

 遥。

 そう呼んだ。
 彼にも届いたらしく、小さく笑ってから。


「遥……ぐーぜん、僕の名前」


 偶然。なんて、笑ったままの口元で言われても、ただおかしいだけだ。
 じゃあもう一問。なんて言ってくるから、今度は自分の名前を出すことにした。
 優太くんの名前でもよかったけど、後がこわいから止めておくことにする。

 圭。


「……圭。こっちもぐーぜん、僕の知り合いの名前」

「そう、奇遇だな。俺にも遥っていう知り合いがいる」

「へぇ?」


 目を細めて話の先を促す彼にため息をついてから、少し笑った。
 他人ごっこというのも、なかなか面白い。


「あんたによく似てるよ……でも、きっと人違いだな……」


 赤い目が、逸らさせまいとこちらを見てくる。
 あいていた彼の右手に顎をつかまえられて、嫌でも上を向かされる。
 そうして無理矢理合わせられた視線を、酷く滑稽に思いながら言葉を続けた。


「あいつは……俺の名前なんて、知らないだろうから」


 不意に抱きしめられて、息が詰まった。
 驚いて押し返そうとすれば、更に強く抱きしめられる。


「……圭、」

「っ、……名前は、呼んじゃいけないんじゃ、ないですか……?」


 耳元で聞こえた声に、肩がはねた。
 負けじと言葉を返せば、彼はまたくすりと笑って、


「呼んでよ、僕の名前」


 そう囁いた。
 思わず呼んでしまいそうになるのを必至にこらえて、それを言う。


「あんたのことなんか、知らない」

「——あぁ、もう」


 目の前で、白い髪が揺れた。
 乱暴にはずされた仮面の下から、無表情な赤い目がのぞく。
 突然のことに驚いていれば、遥は不機嫌そうに、


「これで、いいよね?」


 そう言って、目を細めた。
 いや、何がいいのかさっぱりわからない。


「もう仮面つけてないし、ほら、僕の名前、呼んでよ」

「っ、いやいやいやいや、俺はまだつけてるから!」

「なら、君もとればいいよね?」

「ちょ、だからなんで」

「いいから早く」


 無理矢理はがされた仮面の下から、焦りを隠せない素顔がのぞく。
 それを満足にそうに見てから、遥は再び、あの言葉を口にした。


「ねぇ、呼んで」


 隠すものは何もない。
 今いるのは、知らない誰かでもなんでもない。
 居心地の悪い空気の中、彼の名前を呼ぶ。


「は、るか」

「——うん」


 よくできました。
 彼が微笑むまで、あと2秒。






(たとえこの名を失っても、)
(あなたに呼んでほしいから。)









■後書き

 キューティクル探偵因幡、放送が開始されたので、お祝いに書かせていただきました。
 そしてこのお話は、ヴァンパイア騎士から少しもらいました。切なくて、すごくいいお話だったので、何故かこのふたりに使いたくなって……御免なさい。
 なんだよこれ、ただの別館じゃないか。御免なさい。これにはもう何も言えません。本当にすみませんでした。