二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Re: 【二次創作】泡沫【短編集】 ( No.221 )
日時: 2013/01/21 21:02
名前: 雲雀 (ID: Ma3wYmlW)

◇深海シンフォニー



 息をすることを、忘れてしまいたい。
 たったそれだけの行為を覚えているがために、人は生きている。
 たったそれだけの行為を忘れたがために、人は死んでいく。
 まだ『遥』として生きていた頃の俺は、いつその行為を忘れてもおかしくないほど、弱く、そして脆かった。
 今となっては、あの頃の俺が少し羨ましい。
 
 生きたくても、生きられない。
 死にたくても、死ねない。

 くだらない、無いものねだり。
 結局、俺は何一つとして、あの頃から変わってはいない。
 願いが逆さになっただけ。
 届かないことに、変わりはない。

「息をすることを、忘れたい」

 ぐるぐるとまわる、持て余すだけの思いを吐き出せば、隣にいたシンタローが驚いたようにこちらを見た。
 どこか悲しげな目と視線が合う。
 何かを言おうとして口を開いたが、結局何も言わず、シンタローは目を逸らしてから。

「馬鹿かよ……」

 吐き捨てるようにそう言って、またケータイを弄りだした。
 『天才』だった頃のこいつに比べれば、かなり丸くなったと思う。
 他人を拒絶するような雰囲気もなくなって、随分と人間らしくなった。
 あの頃の冷たい目をした少年は、どこへ行ってしまったのかと思うくらい。
 ただやはり変わっていないと思うのは、冷静すぎて冷酷ともとれる判断。
 たとえどんなに慌てようが、泣きそうになろうが、こいつの判断はずれることがない。
 悲しいくらい正しくて、泣きたくなるくらい残酷な、判断。
 それを今、現在進行形で、俺が痛感している。

「誰が馬鹿なんだ?」

「は?え、ちょ、」

 座っていたソファーに、シンタローの手を押しつけるようにして見下ろす。
 さっきの声が気に障ったわけでもないが、少しだけ、確認したいことがあった。

「離せ、よ……!」

 手の拘束をほどこうともがくが、さすがはヒキニート。
 2年間で培われた人並み以下の力では、押さえつけられていない指先を動かすだけで精一杯だった。

「……この細い首を絞めたら、お前のその声も、出なくなるんだな」

 つ、と、シンタローの首筋をなぞる。
 その瞬間、全ての抵抗が止んで、代わりにあの頃の冷たい目でも、こいつがいつもする怯えたような目でもない。
 ただただ悲しげな、虚無の目が俺を見た。

「お前は、息の仕方を、呼吸を、忘れるんだな……」

 そう言って、シンタローの胸に耳を押しつける。
 とくん、とくん、と、早くも遅くもない、こいつの生きている音が聞こえた。
 その音に、無性に泣きたくなる。

「本当に馬鹿だな……お前」

 吐息とともに聞こえた、声。
 その声を頼りにシンタローの方を見れば、彼は泣き笑いのような顔をしていた。

「いつか……終われるよ」

 胸に焼きついたどうしようもないくらいの思いのままに、目の前の彼を抱きしめた。
 いつか、終わる。
 そのときにも、こうしてお前を抱きしめられらたいいのに。
 叶わないのなら、いっそこのまま溺れてしまいたい。



(沈んで、沈んで、)
(いっそ、君と息を忘れたい。)









■後書き

 君がいない世界で、生きていたくないから。

 シンタローもクロハも、この世界が大嫌いなんじゃないかな。と、思いながら書きました。
 精神的にきてるふたりになってしまった……御免なさい。