二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Re: 【二次創作】泡沫【短編集】 ( No.53 )
日時: 2011/10/11 21:26
名前: 雲雀 (ID: VEcYwvKo)

【切ない優しさ】



あなたの隣。そこは私にとって、きっとこの世で一番心地の良い場所。
そして、私が決していてはいけない場所。
そう分かっているからこそ、あなたの隣に誰かがいるのを見ると辛い。
でも、かえってその状況の方がいいのかもしれない。

辛い目に遭えば、きっといつか忘れられるはず、諦められるはず。
ただそのことだけを思って、目の前を歩いている二人には声をかけなかった。

でもよく考えてみれば、こういう時にこそ、あなたのことを一番考えているのかもしれない。
そう思うと、馬鹿らしくなって、自嘲めいた笑みがこぼれた。


——————————どうか、振り向かないで。


この時程、強くそう願ったことはない。
好きな人に振り向いてほしくないなんて、私はおかしいのだろうか。

私の友人でもある人物が、立ち止まって私のクラスである教室を覗いた。
恐らく、私を探しているのだろう。
いつも一緒に帰っているのだから、探すのも当然か。

普段ならここで声をかけるのだが、今日はそうはしなかった。
話しかけては駄目。と、まるで自分に鎖をかけるようにして、押し黙っていた。

「あれ、いない?」

友人が首を傾げている。
ごめんね。と心の中で呟きながら、私はその場で二人が立ち去るのを待っていた。



——————————でも、



「あそこにいるよ?」

あなたはこちらを振り向いた。
私の方を見て、少し笑っている。

「あ、本当だ!」

友人も笑って、こちらに駆けてきた。
皮肉だな。と、少し思う。

この想いが叶わないものなら、私の願いを少しくらい聞いてくれたっていいのに。
振り向いてほしかった。
でも、振り向いてほしくなかった。

思いが矛盾しているのは分かってる。
でも、そうとしか言いようがない。

ねぇ、私はあなたを傷つけたのに。
 どうして、昔と変わらない笑顔を私にくれるの?
どうして、抱き締めてくれていた頃と、同じ温もりを私にくれるの?
 知っていた。あれが友人としての行いだったことくらい。
あなたは友達というものを本当に大切にする人だから。
 私と正反対の、素直で優しい人。
でも私はそんな人を傷つけたんだ。
 必死に自分の心を隠そうとするあまり。
あなたは傷ついた顔をしていた。
 でも、今でも変わらずに友達でいてくれる。
ねぇ、どうして?
 どうして、あなたは、



——————————そんなに優しいの?



その言葉が声になることはなく、想いだけが心に募った。
いっそあなたが、優しくない人ならよかったのに。
それならきっと、恋なんてしなかったのに。


          こんなに、切なくなることなんてなかったのに。


昇降口から外に出たところで、急にあなたに触れたくなった。
その背中を、抱き締めてみたくなった。
少しだけ、近づいてみる。

「   」

あなたが振り向いて、私の名前を呼んだ。
それだけで、私は動けなくなる。

良かった、触れなくて、
届かないのに触れるなんて、自ら棘に触れるようなものだと、胸を抑えつけた。

そして、あなたから視線を逸らす。

「……っ」

息が止まりそうだった。
いっそのこと、止まってほしかった。

こんな想いを抱えて生きていくぐらいなら、いっそ。
そんな思考を巡らせたところで、あなたがもう一度、私の名前を呼んだ。

「   」

私はどんな顔をしていたのだろう。
心配そうに、こちらを見ている。
その笑顔だけで、その存在だけで、私の心は救われる。

私は曖昧に笑ってみせて、彼の横を通り過ぎた。
先に歩いていっても、あの友人は勝手についてくるから、問題はないだろう。
彼とも、校門のところで別れるから。

さよならは言わなかった。
あなたの方も、振り向かなかった。



——————————きっと今振り向いたら、その笑顔を忘れられなくなる。



今更そんな足掻き、無駄なのかもしれない。
心はとうに、あなたに奪われているのだから。



(痛みを抉る、)
(あなたの優しさ)









■後書き

本当にその人のことが好きで、それでも届かない想いがあるのだとすれば、
きっとその人の優しさが何よりも救いで、何よりも痛みを抉るものだと思います。