二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- Re: 短編集-花闇-【7/22加短編うp】 ( No.36 )
- 日時: 2014/07/22 14:59
- 名前: 帆波 (ID: 3rAN7p/m)
英夢
風が運ぶ薔薇の香りは鼻孔をくすぐり、ああもうそんな季節なんだなぁ、なんて思いながら周りに咲き誇る薔薇達をぐるりと見渡した。
定番とも言える赤、穢れを知らないような白、愛らしいピンク、品のある紫、爽やかなレモンイエロー。どれもこれも、まるでわたしだけを見て!と言わんばかりに精一杯花弁を開いて咲き誇っていて見所がつきない。
決して広い庭ではないけど、ずっと見ていたいと思った。薔薇は手入れが大変だと聞く。これだけ立派な薔薇を咲かせるには相当の時間と労力を要したということだろう。ここまで出来る人間は、薔薇愛好家達の中でもきっと限られているに違いない。
視線の先にあった白薔薇をしゃがみこんで見ていると、背後から静かな足音。上体を少し捻り振り返ると、見事に逆光であまり顔が見えない。だが、その立派な眉毛だけは確認できて、思わずくすり、と笑みが溢れた。
「お邪魔してるよ、アーサー」
「…ん、あぁお前か。また今年も来たんだな、ご苦労なこった」
「苦労なんてしてないよ。此処来るのだって精々十分くらいしかかからないし、なによりアーサーの育てた薔薇、わたし大好きだから」
「なっ……、そ、そうかよ!」
一年ぶりに会った彼は相変わらず素直じゃない。丹誠込めて育てた薔薇を褒められて満更でもないくせに、それをつっけんどんな口調で誤摩化す。彼は去年も一昨年もこんな感じだった気がする。そう思うと、一年にこの時期の、数日間しか会わない私を忘れず同じ態度で接してくれるというのはなんだか嬉しくて、特別な気分になってくる。もしかすると彼もこの時間を楽しみにしてくれているのではないか、なんて。……流石に自惚れすぎだとは思うけど。
考え込んでいると、急に肩に手を置かれて驚きから勢いよく立ち上がる。どうやらアーサーに呼ばれていたらしい。…自分の世界に入ってて気がつかなかった。私が勢いよく立ち上がったことによって、アーサーも少なからず驚いた様子で、「ひ、人の話はちゃんと聞けよなばかぁ!」と言われてしまった。あはは、申し訳ないです。誤摩化し笑いをしながら謝罪すれば、そっぽを向かれてしまった、ありゃりゃ。と思えば、顔を背けられたまま話し出して。
「おい、今年はいつまで滞在するんだよ」
「え、あ、んーっと、まあ今日入れて三日ってとこかなぁ。おばあちゃんの体調が良くってね、今年は少し短いんだ」
「そう、か…。よかったなあ、早く地元に帰れて!」
少し弾んだ声で理由を話せば、相反して沈みがちで拗ねたような言葉が返ってくる。毎度思うが、こいつは中々面倒な性格をしている。多分、ツンデレの中でもかなり複雑な類の人種だ。でも、今の言葉は遠回しにデレてくれているという解釈でいいのだろうか。きっと、「寂しくなんてないぞ!」って言葉が省略されているんだ、うん、そう思おう。
「もう、素直じゃないなぁアーサーは。帰ってほしくないって素直に言えば「んなワケねぇだろ!誰がお前なんかがいないくらいで!」
…はいはい」
ほんと、ツンデレが通常運転すぎて困る。呆れ半分といった具合に相槌を打つと、余計彼のプライドを刺激してしまったみたいで拗ねた態度で向こうの方に行ってしまった。私もすかさず追いかける。なんだかんだこのやり取りが楽しくて、毎年この地元に帰ってくるのが楽しみなのだ。この時期が近づいてくると柄にもなくそわそわして、何を着ていこうかな、とか、お土産のお茶菓子はあれにしようだとか、とにかく落ち着かない。彼に会うまで久しくこんな気持ちは抱いていなかったから、この感情に名前を付けるのはまだ早いと思っているのだけど…。
「アーサーって本当に薔薇の手入れが丁寧っていうか…うん、上手だよね。その癖手綺麗だし……ずるい」
「なにがだよ。それに、男に手が綺麗とか褒め言葉になんねぇから。それ言うならお前も白い肌に綺麗な爪してるだろ、いいじゃねぇか」
「アーサーの方が綺麗だもん……。…も、もしかして、それでハンドケアしてないとか、言わないよね!?」
まさかそんな!と、思わず土いじりをしていたアーサーの手をひっつかみ、必死の形相で問い詰める。
「し、してないけど…悪いかよ!まあ、乾燥が酷い時にはハンドクリームくらい塗るが……」
「ず…ずるい!アーサーずるい!!」
しょ、衝撃だ……。それ以上に悔しい!こんなに白くて滑らかで白磁みたいな手をしておいて、基本何もしてないだって!?くぅぅ…、女として負けた気がする……。掴んだままのアーサーの手をより一層強く握り、空いている方の手で憎たらしくさえ見えてきた白い手の甲をぺちぺちと叩く。せめてもの腹いせだ。
「…地味に痛ぇんだよ、やめろって」
「アーサーの肌が黒くなるというのなら今すぐにでもやめましょう」
「無茶言うな。…ったく、俺に嫉妬してどうするんだよ」
今度はアーサーが呆れる番で、大きなため息をついた。確かに、厳密にはアーサーの”手”なのだが、男の彼に嫉妬するというのもなんだかお門違いな話だ。少々取り乱しすぎたかもしれない。握っていた手を緩めてごめんね、と口に出そうとした時、アーサーによって不意に手を掴まれた。
「それに、ほら。お前の手だってこんなに綺麗だ。男の俺の手なんかよりもずっと滑らかで、華奢で、女らしい。…少しでも力を込めたら折れそうなくらい弱々しくて、守ってやりたくなる」
至極真面目な顔でそう言い放った。私の手を丁寧に優しく、それこそ彼が薔薇の手入れをするように繊細に触られて、気恥ずかしい台詞まで言われて、顔に熱が集まってきてとても熱い。ねえアーサー、わかったから、離して?やっとの思いで絞り出した声で言えば、彼の方も真っ赤になった顔で咄嗟に手を離した。
二人の間に気まずい空気が流れる。どうしよう、何か言いだしたいけど、タイミングが掴めない。そんな感じで、二人ともだんまりになってしまった。…こ、これはアーサーが悪いんだよ。あんな恥ずかしいこというから…!急すぎるでしょ、デレるのが。…でも、あれはデレというよりも、もっと別の。
……あああああ!もう、黙っていちゃ何も始まらない、終わりもしない!意を決して空気を吸い込み、いつも以上にからからに乾いた口を開いた。
「あ、アーサー」 「な、なあ」
「「あ……」」
最っ悪だ。なんでこんな漫画みたいな展開に…。私を勇気を振り絞って発した声は、同じくして発せられたアーサーの声ともろに被った。ど、どうしよう…さっき以上に気まずい。ええい、こうなったら、
「あ、あのねアーサー!」
「お、おう」
「聞きたい事が、あるの…」
「ああ…」
「その…、さっきのは、別に深い意味とか、ないんだよ、ね?日本の、言葉の綾とか、そういうやつなんだよね?」
私というやつは!なぜこんなに答えづらく、かつ消極的な質問をしてしまうのだろう。ほら、案の定アーサーも困っている。でも私だって傷つきたくないんだ。まだ名前も知らないこの感情が、こうすれば傷つかなくて済むことを知っているから、私はそれに従っただけ。——いいや、本当はちゃんとわかってる。こうしてしまえば、確かに大きく傷つくこともないけど、始まりも終わりもしないせいで心が満たされることもない。それでもこの選択肢を選んだ。私は結局のところ臆病なんだろう。
質問をしたきり、俯いて口を閉ざしてしまったアーサーに、ねえ、と呼びかけて返事を促す。すると、ゆっくり顔が上がり、光を宿した翡翠が私を真っ直ぐと見つめた。その瞳はやけに真剣で、視線を外せそうにない。
「違う」
「……」
「言葉の綾とか、そんな曖昧なものじゃない。あれは、確かに咄嗟にでた言葉だ。けど、嘘じゃない。俺は本当にそう思ってる。お前を…守りたいって。そして、一緒に居たいとも思ってる。
…なあ、俺の答え、聞いてくれるか?」
静かな声色にごくりと生唾を飲んで、首を縦に振った。本当のところを言うと、今にも涙が溢れてしまいそうだった。彼が私を、…直接は言ってくれていないけど、とても好意的に思ってくれているという事実だけですごく嬉しい。でもその衝動を今はぐ、とこらえて彼の真剣な声に耳を傾ける。
「最初は、変なやつだなって思った。勝手に人の庭に入り込んだと思ったら垢抜けしない笑顔で薔薇が綺麗だとか言い出して。それからも暫く、…会って一度目の年はずっとそう思ってた。けど、変わったんだ。一年にこの時期しか会わないのに、それを重ねるごとに段々お前に会うのが楽しみになってた。…自分でも驚いたぜ。でもな、なんとなくは気付いてたんだ。お前が笑うたび、喜ぶたび、俺も同じように心が弾んだしお前が悲しそうにしていれば俺も気持ちが沈んだ。なあ、それって、」
——好きってことなんだろ?
聞きたかったような、聞きたくなかったような。待ち望んでいたけれど、言ってほしくなかった言葉は、今確かに彼の口からしっかりと紡がれて私の耳に届いた。嘘、でしょう…?答えも聞いてもなお、否定したくなる。どっちつかずの関係に慣れてしまったこの身がハッピーエンドを拒んでいるのかのように、舞い上がりそうになる頭に反して瞳からはぼろぼろと大粒の涙が頬を伝って、落ちる。綺麗に整備されたレンガ道に不規則なしみを作って、喉からは嗚咽が漏れだした。