二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- Re: イナクロ〜なくしたくない物〜6000越え!? ( No.304 )
- 日時: 2013/08/17 07:01
- 名前: 柳 ゆいら ◆JTf3oV3WRc (ID: J69v0mbP)
10話 「その表情は——」
おわってほしくない。
そんなふうに思う試合は、これまで何度もあった。
それは、ただ単に楽しかったり、おもしろかったり。すごく単純で純粋な思いだった。
でも今回は、もっと複雑な思いから、おわってほしくない。
こう望んでみる。
だけど、なにごとにも終わりはあるものだ。
こんな願いは、かなうわけがなかった。
「あ、試合、おわったね。」
輝がテレビをつけて、なにげなくつぶやく。
そのことばで、俺がかたまったのも、とうぜん知らない。
「ほんとですか?」
相崎が輝のそばまで行き、テレビを一緒に見はじめる。
いつの間にか、頭痛は消えていた。なにもかも元通りになり、なにもかも進歩していた。
だから俺も、なにもかも元通りになり、なにもかも進歩していた。
ベッドから飛び出し、相崎たちのあいだをすりぬけて、俺は部屋を飛び出した。
「ふ、ふーちゃん!?」
後ろで、輝が驚きの声をあげるのが聞こえた。
でも、もうふり返らない。
もう、帰れないから——……。
——輝SIDE——
「そっち、いた!?」
「いない!」
「そっちはいたか!?」
「いないよ!」
廊下中に、「いた。」を期待して訊く声が飛び交う。けれど、その答えはこれまで、すべて「いない。」であって、だれも彼女を見つけていない。
(ふーちゃんが、消えた……。)
最初にフェイたちにも相談してみた。でも、「きっとすぐもどる。」って言われたから、とりあえずは、自分にもそう言い聞かせてみた。
けれど、ふーちゃんは、出発寸前になってもやってこなかった。
タイムブレスレットは、支援者x——フェイのお父さんに返してしまったから、もしここに置いていったら最後、もし見つけられなかったら、ふーちゃんは慣れないこの時代で暮らすことになってしまう。
だから帰る前、おれたちは、必死にふーちゃんをさがしていた。
でも、何十分探しても、見つからなくて……。
「あっ、輝くん!」
「友撫ちゃん!」
向こうから、友撫ちゃんが走ってくる。はあはあ言いながら、ひざに手をあて、そのようすは、かなり疲れていた。
「ひ、輝くんは……?」
「見つからなかったよ。」
「友撫も、見つかんなかったよ……お兄、どこ行っちゃったんだろ……。」
「友撫ちゃん! 輝!」
今度はフェイだ。フェイも疲れ切ったようす。
「駄目だ……いなかった……。」
「そっちもいなかったんだ……じゃあ、いったいどこに……?」
友撫ちゃんが、目に涙をためて、小さくつぶやく。
「だいじょうぶだよ。」
友撫ちゃんの頭を撫でながら、フェイがにっこりほほ笑む。フェイをじっと見詰めてから、無言でこっくりうなずき、手の甲でぐいっと涙をふく友撫ちゃん。
そして、気を取り直し。
「探しに行こう!」
「「うん。」」
捜索を開始しても、そんなに簡単には見つからないだろうし、いい状況で見つかるとも、あまり思っていなかった。
が、その予想は裏切られた。
正確には、前者の「簡単には見つからないだろう」という考えのみが、裏切られた。「いい状況では見つからないだろう」というのは、残念ながら、ほんとうにそうだった。
ふーちゃんは、試合前に集まった、ミーティングルームのモニター前にいた。
そして、そこには天馬もいて。
ぱしっ
乾いた音が、ちょうど鳴った瞬間。
おれたちは入室した。
そもそも、なんでおれは、この部屋に目をつけなかったんだろう、と遅まきながら自問するが、たぶん、意識のどこかで「たぶん違う」とでも思っていたんだろうけど。
乾いた音の原因は、ふーちゃんが天馬の手をはたいたからだった。伸ばされた天馬の腕は右にかたむき、天馬の体も、右にかたむいて。
あっさり倒れた。
おまけに、まわりには雷門のみんなが倒れていた。天馬と同じように。
訳が分からず、おれたちがぼうぜんとしていると。
「いまさら来たのかよ? フェイ、輝、友撫。」
「どうなってんのよ、これ!」
まず最初に、友撫ちゃんが怒鳴りつける。でも、その声は明らかに震えていた。それは、とうぜんふーちゃんにも伝わったはずだ。
ふーちゃんはすっと顔を上げる。その表情は、とても険しい。
「《約束事》だから。」
「約束?」
次に声をあげたのは、フェイだった。いぶかしげな顔をして、ふーちゃんをじっと見つめる。ふーちゃんは無言でうなずき、倒れているみんなを見る。
「《半個半幽》だから。」
「まさか!」
友撫ちゃんが、悲鳴にも似た声をあげる。
半個半幽? なんだろう、それ……。
「友撫ちゃん、半個半幽って……?」
「天界と人間界の間でなんらかの影響で、人間界に呼びもどされ、ふつうの人間でも、幽霊でもなくなってしまったたましい……それが、《半個半幽》。」
「つまり……一度死んだ人?」
「そんな認識でいいと思うよ。」
(じゃあ、ふーちゃんは……!?)
おれは思わず、ふーちゃんをぎょっとした目で見つめてしまう。
だが、もう慣れっこなのか、ふーちゃんはおれについて、なにもふれない。
「個体でも、幽体でもない《半個半幽》……そんな体の俺が、幽体になろうとしてるんだ。」
「じゃあ、ふーちゃんは……。」
「いわゆる、幽霊になるってわけだ。」
おれの問いに、ふーちゃんはさらっと答える。まるで、なんでもないことのように。日常生活であたりまえにあり得ることを、肯定するときのように。
幽霊になるのに……と思うけれど、きっとふーちゃんには、それなりの覚悟があるんだと思う。じゃなきゃ、こんなにさらりとは言えないと思うし。
でも……!
「じゃあ、なんでみんなはこんなふうなの? いまの説明じゃ、おれは納得できないよ!」
「数年前。」
ふーちゃんは、きゅうにそんな単語を口にした。
「ゴッドエデンにむかう兄さん——風丸一郎太の小舟にこっそり乗りこんでいた俺は、荒波に飲まれて死んだ。」
「え……?」
とつぜんのことで、なにを言われているのかさっぱり分からない。
必死に頭を回転させても、ちっとも追いつけない。
なのに、ふーちゃんは続ける。
「天界に行っているさいちゅう、なぜか俺は人間界に引きもどされ、《半個半幽》として生きることになった。個体でも幽体でもなくなったとはいえ、まわりから見れば、ふつうの人間に見える。だから、ふつうに話しかけるし、こちらも応じる。でも。」
しょうじき、おれはこの続きは耳にしたくない。「でも」っていうのは、これまでの発言が、すべて否定されたりする。
なんとなく、予想がついてしまったんだ。
「けっきょくは、いったん死んでから、中途半端な形で生き返っただけ。それに、《半個半幽》はいつか幽体になる。」
いったん死んだ人間が、目の前に現れる。
そして、また消える。
それは、つまり。
「つじつまが合わない部分がでてくる。」
おれの口は、無意識的につぶやいていた。ふーちゃんがこくりとうなずく。
「つじつまを合わせるための処理のしかた、知ってるか?」
おれたちは顔を見合わせ、ふるふると首を横に振る。
すると、ふーちゃんは無知の子どもに教えるように、ていねいに説明していく。
「つじつまは、記憶がないと合わない。記憶は、あいまいで、それでいて、形にも残せる。だから。」
ふーちゃんは、倒れているみんなから、おれたちに顔を見せる。
「《半個半幽》と共有した記憶を、抹消すること。」
無意識的に、しりぞいていた。
それは、どうやらみんなも一緒らしい。友撫ちゃんは口元を手でおおい、フェイはくちびるをかみしめている。
エルドラドみたいに「書き換える」わけではなく、「抹消する」なんて……。
「記憶を抹消された人間と《半個半幽》が話していた記憶があったとする。でも、記憶を抹消されたら、誰かと話していたことは思い出せても、その肝心の『誰か』が思い出せない。」
そんな……。
「《半個半幽》になる前の記憶も、きれいさっぱり消さなきゃならない。だから、もともと——風丸風花なんて人間は、いなかったってことになるんだ。」
「そんなの、やだ!」
友撫ちゃんがさけぶ。その声は、震えているし、そのうえ、しめっていた。
「お兄はいたもん! 友撫に優しくしてくれたし、家を出て行くときでさえ、友撫を連れてってくれたもん! そりゃあ、お兄はムチャクチャだったよ。でも、お兄と過ごした時間は、ちゃんとあるもん!」
ふーちゃんは友撫ちゃんのことばを聞いても、表情ひとつ変えない。
すっと、こちらに手を伸ばすふーちゃん。
「な、なに?」
友撫ちゃんが睨むような目つきで、ふーちゃんを見つめる。ふーちゃんは、やっと表情を変えた。
「べつに。」
その表情は——…………。