二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Re: イナクロ〜なくしたくない物〜更新困難状態〜 ( No.335 )
日時: 2014/06/22 11:14
名前: 柳 ゆいら ◆JTf3oV3WRc (ID: k9pS0/Ff)

☆番外編☆二十八話   「月」



目を覚ますと、そこは車のなかだった。
もう夜が近づいていることを、空が示している。
向こう側に、自由の女神が見えるということは、ここは、母の提案で来ているアメリカなんだ。
……それにしても。

(なんで、ムルーシュおじさんとこ、出たんだっけ……?)

それに、車でどこに行ったかも、覚えていない。
いったい、あたしたちは……何をしに、行ったんだっけ?
すうすうという寝息が聞こえ、左手を見ると、友撫が夕日を浴びながら、幸せそうな顔で眠っている。友撫の右手には、どら焼き。

「あら、風花、起きた?」

助手席から、母の声が聞こえた。

「ママ、いまどこ?」
「もうすぐ帰るわ。よく寝てたわね。」
「……あたし、何しに来たんだっけ……。」

思っていた疑問を、独り言のように聞くと、母はくすっと笑って。

「ママが病院見学に行ったの。その間、風花と友撫ったら、寝ちゃってたのよ。」
「あ……そうなんだ。」

それなら、記憶がなくてもしかたがない。
何の疑問も持たず、満面の笑みになって、話題を変える。ころころと話題を変えることにか、それとも、風花の言ったことになのか。
母はなぜか、困ったように笑っていた。

     ☆

帰宅すると、不思議とまた眠気が襲ってきて、晩ご飯や風呂を終えると、風花はすぐに布団にもぐってしまった。
どうしようもない眠気が襲ってくる理由が、どうしても分からなくて、むずむずしたけれど。
あまりにもあっという間に、風花は夢の世界に、身を投げ出していた。
見覚えのない、机と椅子がいくつも並べられ、後ろにはロッカーのつけられた部屋。
机や椅子が、冷たく差しこんでくる月明かりを浴びて、影をつくっている。
いったいどこだろう、ここは。
こんなにひやりとする場所……知らない。

「……ママ……?」

自分のつぶやきすら、どこか遠くに感じる。

「パパ、友撫ちゃん……?」

どこに行ってしまったの。
なんでここにいないの。
激しい虚無感が胸を満たし、たまらず涙があふれてくる。
風花はうつむいて、つぶやくように。

「ママ……。」

お願いだから。

「……パパ……。」

誰か——……。

「……友撫ちゃん……ッ。」

返事をして……!
こらえていた涙がこぼれ、床に落ちて弾けた。
そのとき。
がらりと音がして、扉が開いた。

「ッ……!」

ママ? パパ? 友撫ちゃん?
期待してふり返る。
が、そこには、母も父も友撫も、いない。
いるのは、誰なのかも分からない、ひとりの、頼りなさげな少年だった。
それほど好きなのか、サッカーボールを抱えて、真剣な瞳でこちらを見ている。

「ふーちゃん!」

誰、なの?
特徴的なかたちをした藍色の髪。
まっすぐこちらを見つめてくる、綺麗な黒の瞳。
……何でだろう。
知ってる、のに……。
せっぱつまったような表情から一変。
少年はにっこり笑って。

「やろう? サッカー。」

うれしそうにボールを差し出す。

「……?」

あまりに風花に、反応がなかったからだろうか。
彼はこくりと首をかしげてから、耐えきれないというようにこちらに走ってきて、風花の手首をしっかりつかむと、部屋を出て、長い廊下を走り出した。

「えっ!?」
「ほら、行こう!」

笑顔でこちらをふり返ってくる彼は、月明かりに照らされて、輝いている。