二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Re: イナクロ〜なくしたくない物〜更新困難状態〜 ( No.343 )
日時: 2015/03/10 13:59
名前: 柳 ゆいら ◆JTf3oV3WRc (ID: x/gr.YmB)

☆番外編☆第三十話   「またね」



はらはら降りてくるまっ白なものに、ぶるりと身震いする。
うつらうつらしているいまの友撫に、状況を飲みこむほどの思考は残っていない。
肩まで伸びた髪がさらさら言って、うるさい。マフラーも、コートも、がさがさ言ってる。
まわりの雑踏が、意味もなく恐怖の対象となる。
怖い。誰も、あたしたちを……。


——恐い。


どら焼きを片手にしながら、こちらを見上げてくる友撫と風花と、素性も知れない人々だけの世界。
風花たちが待っているひとは? 帰ってくるって、指切りげんまんしたひとは?
誰も、風花たちを見てはくれない……?

     ☆

ぺこりと頭を下げ、家族全員でお礼を言う。

「ほんとうにお世話になりました。」
「イエイエ。コチラコソ、楽シイ時間ヲ、アリガトウ。」
「あたしも友撫ちゃんも楽しかった!」

風花がにこっとして言うと、ムルーシュは彼女の頭に、ぽんぽんと手を乗せてくれる。
かさかさに乾いた、しわの深く刻まれた手が、いまは気持ちいい。
けっきょく、まったく心のもやは晴れていない。おまけに、昨日はわけの分からない夢を見てしまった。……気がする。ぼんやりしていて、あんまりはっきり覚えていないけど。
だけど、それをいま、全面的に出してたって、どうしようもない。ムルーシュと、できる限り笑顔でお別れをしたい。
隣で手をつないでいる友撫も、ムルーシュを見てうずうずしている。
彼もそれが目に入ったらしく、友撫の頭を、優しくなでた。

「フタリハ、トッテモ面白イ子タチデシタカラネ。オ別レガ、トテモさびシイデスヨ。」

困ったように笑って、ムルーシュはぼやいた。
母と父は黙ったままで、なにも言わない。
そう。もうお別れをしてしまうのだ。日本にもどって、それから……。
なにを、するんだろう。

(……学校……。)

自然と、そんな単語が、脳裏をよぎる。
そうだ。ムルーシュおじさんとお別れして、日本にもどったら、学校に通わなくちゃいけない。
そこで勉強しなくちゃいけないんだ。……確か。
ムルーシュはすぐに、あの若々しい笑みをこぼして、両親に向きなおった。

「ソロソロ時間デショウ。搭乗シタホウガ、イイノデハ。」
「ええ、そうですね。」

みょうな冷たさのこもった声で、母が応答する。
すっとムルーシュの手が離れると、友撫が「あ……。」と、ちいさく声をあげて、ムルーシュを見上げる。

「おじさん……。」
「ナンデスカ?」
「また、あいたい。また、おじさんにあえる?」

舌足らずな友撫の問いに、ムルーシュはにっこり微笑む。

「エエ。キット、マタ会エマスヨ。」

約束と呼ぶには確証のなさすぎる答えでも、友撫は十分だったようだ。
ぱあっと顔を輝かせて、ムルーシュにぎゅっと抱きつく。

「おじさん、またね。またね!」
「イイ子デスネ。サア、オ母サンタチガ待ッテイマスヨ。」
「あっ、うん!」

すぐに友撫はうなずき、ムルーシュから離れて、先に飛行機に乗ろうとしていた両親に駆け寄る。
風花も友撫の後を追おうとして、ちらりとムルーシュをふり返る。

「? ドウシマシタ?」
「ほんとに、楽しかったよ。あたしも、また会いたい。」
「……ジャア、マタ会イニ来テクダサ——。」
「風花、はやく来い。」

ぴしゃりとした父の声で、ムルーシュのことばがさえぎられる。
はっとして父のほうを見ると、少々不機嫌そうで。
——ふと、幼稚園の頃に焼きつけられた、父の恐ろしい表情がよみがえる。
あんなこと、こんなところでまたするはずがないのに。
ぶるっと肩を震わせると、ムルーシュに笑いかける。

「じゃあね、ムルーシュおじさん。」
「エエ。マタ。」

やわらかい笑顔でこちらを見てくれたのを確認すると、風花は家族のほうへ走り出す。


——近く、もうひとつの別れが訪れることを、また彼女たちは知らない。