二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- 第三幕 濃紅【こきくれない】 ( No.5 )
- 日時: 2012/07/05 22:17
- 名前: 無雲 (ID: C5xI06Y8)
ピリリリリ、ピリリリリ
とある船の一室に電子音が響き渡った。
部屋の中には今、二人の男がいる。一人はヘッドフォンにサングラスをかけた河上万斎。
もう一人は左目を包帯で隠した鬼兵隊総督、高杉晋助だ。
突然の電子音に万斎は一瞬動きを止めたが、すぐに右手に持っていた三味線のバチを床の上に置き、服のポケットから電子音を出している箱、基携帯電話を取り出した。
携帯電話のボタンを押し、耳に充てる。
その一連の動作の間、高杉は窓辺に腰かけたまま紫煙をくゆらせているだけだった。
「はいもしもし、つんぽですけど。」
———あ、どーも。河上万斎さんだよな?
聞こえてきた若い男の声に、万斎の表情が強張った。
この携帯電話は、彼がつんぽとして活動しているときのみ使用しているものだ。それに万斎は芸能界で本名を名乗ったことなど一度もない。
それにもかかわらず電話の男はつんぽ=河上万斎だということを知っていた。
「・・・お主、何者でござるか。」
万斎は声のトーンを落とすが、相手の男の声はすこぶる明るい。
———高杉さんに代わってくれないか?『紅蓮の鎌鼬』って言えば分かるから。
「紅蓮の鎌鼬?」
思わず聞き返した万斎の言葉に、高杉は口元へ持っていこうとした煙管の動きを止めた。
そして窓辺から離れ、万斎の手から電話を奪い取る。
抗議の声を上げる万斎を尻目に高杉は携帯電話を耳に押し充てた。
「・・・よぉ、何の用だ紅葉。」
———お、やっと出ましたね高杉さん。突然で悪いんですけどちょっと俺等の拠点まで来てくれません?
「断る。」
新岡の明るい声を高杉の冷たい声が一刀両断した。
袂を分かった相手の拠点になど行くつもりはないということなのだろう。
高杉がそう言った途端、急に電話の向こうが静かになった。
不審に思った高杉が電話に向かって声をかけるが返答はなく、ただ奇妙な沈黙が降りる。
———・・・ククッ、いいんですかぁ?断っても。
やっと聞こえてきた新岡の声に、先程までの明るさはなかった。 代わりに含まれていたのは妖しい気配とほんの少しの殺気。
「どういうことだ・・・?」
高杉の声にも知らず知らずのうちに殺気が混じる。
その殺気に、高杉のそばに座る万斎の頬に冷汗が流れた。
———そのまんまの意味ですよ。来なかったら後で後悔すると思うけどなぁ・・・。
「・・・・・・。」
今度は高杉が沈黙する番だった。
その空白の間にの少しずつではあるが確実に新岡の放つ殺気が強まっていく。
そして次の瞬間、その殺気が一気に膨れ上がった。
———俺は紅桜の一件、忘れたわけじゃねぇからな・・・。
ブツン
電話が切られた。
ツー、ツーという機械音が最早新岡に話しかける術がないということを如実に伝えている。
「・・・、晋助、奴は何者でござるか。」
耳から電話を離し、手の中のそれを見つめたまま動かなくなった高杉に、万斎が恐る恐る話しかける。
高杉は乱暴に携帯電話を閉じるとそれを万斎の方に放り投げて再び窓辺に腰を下ろした。
煙管に新しい葉を詰める。
火皿から煙が立ち上りだしたころ、高杉が唐突に口を開いた。
「紅桜の時、鬼兵隊の死人の半数以上の首が落とされていただろう。」
先程の万斎の質問に答えるような高杉の言葉に、万斎は過去の記憶をたどる。
確かに五十数名いた鬼兵隊からの死者の三分の二には首が残っていなかった。
「あれは奴の仕業だ。」
紫煙を吐き出しながらの言葉に万斎は瞠目する。
あれだけの人数の鬼兵隊隊員の首を、たった一人の男が落としたと聞いたのだから当然の反応だろう。
驚愕で言葉を発することができない万斎を見ようともせず、高杉は窓の外に目を向ける。
小雨だった雨が少し強くなったようだ。
「紅蓮の鎌鼬 新岡紅葉。奴は貴公子に刃を向ける者には容赦なく牙をむく。」