二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

第二十二幕 石竹《せきちく》 ( No.32 )
日時: 2012/08/15 15:50
名前: 無雲 (ID: C5xI06Y8)

「暑い……。」
 土方は額に流れる汗をぬぐった。
夜とはいえ、日中降り注いだ太陽熱のせいで蒸し暑い。彼曰く『無駄にカッチリした制服』は、やはりこの季節には向かないようだった。
 あまりの暑さに耐えかね、土方は自身の左手に見えてきた店に足をのばす。店の中ならばある程度の空調は効いているだろう、という考えからの行動だったのだが、
 「店内禁煙。だと……!」
 そう、店は全面的に喫煙者を受け付けないという信念(?)のもとで営業していたのだ。
 要するに土方(喫煙者)の生きる道はこの店にはない。
 「(くそっ、やっと一服できると思ったってのに。)」
 苛立った気持ちを落ち着かせるために、土方は煙草に火をつけようとライターを取り出した。そしてカチリとライターに火をつけ……ようとしたのだが、
 「つかねぇ……。」
 今日はどうやらライターの機嫌が悪かったらしく何度親指を動かしても炎が上がることがない。それでも土方は諦めることなく親指を動かす。
 カチッ、カチッ、カチッ、カチッ、カチッ、カチッ、カチッ、カチッ、カチッ
カチッ、カチッ、カチッ、カチッ、カチッ、カチッ、カチッ、カチッ、カチッ
カチッ、カチッ、カチッ、カチッ、カチッ、カチッ、カチッ、カチッ、カチッ
「もううるせええぇぇ!!!」
怒声と共に土方はライターを地面に叩きつけた。
「自分でやってて嫌になるわ!なんでつかねぇんだよこのぼんくらがああぁぁ!!」
「……ック。」
ぜえぜえと肩で息をする土方の隣で、引きつったような笑い声が聞こえた。
その方向に顔を向けると、まず目に飛び込んできたのは二本の小太刀。見事な拵(こしら)えのそれから視線を上に持っていくと、煙管を片手に持った男の横顔があった。
「大丈夫か?鬼の副長殿。」
からかうような口調と共に、紫の目がすがめられる。
土方が見たことのない男だ。黒を基調にした着流しに、先程の二刀小太刀。片手には煙管。
そしてその髪は、袈裟切りにされたかのように斜めに切られていた。
「どうした、煙草が吸えないことがそんなにつらいのか。」
「や、そういうわけじゃねえが。」
咄嗟に当たり障りのないことを口走った土方に、そうか、とだけ言って男は紫煙を吐き出す。煙が消え流されるさまを目で追い、また煙管を口に含む。
 それを数度繰り返したとき、男が不意に口を開いた。
「一つ、お前に言伝(ことづて)を頼みたいのだが。」
「……はぁ?」
土方がすっとんきょうな声を出す。まあ、当然の反応だろう。
「何で俺がそんなことしなくちゃいけねぇんだよ。他あたれや。」
「貴様のところの一番隊隊長になんだがな、」
「おい話聞け!」
土方が声を荒げるも、当の本人は全く気に留めずに話を進める。
「『俺の友人がすまないことをした。奴にはきっちり灸を据えておいた。』、と」
「——は?友人に灸?」
煙を細く吐き出し、男は煙管の中の灰を地面に落とした。
そして煙管を懐にしまい、怪訝な表情の土方に向かって薄く微笑む。
「では、頼んだぞ。」
「おい待て!」
そのまま背を向けて立ち去ろうとする男に土方が声をかける。
男は立ち止まり、少しだけ後ろを顧(かえり)みた。その目を見据えて土方は言の葉を投げかける。
「一つ答えろ。……てめぇは幕臣かなんかか?」
それは、先程から彼が気になっていたことだった。
このご時世、刀を腰に差せる者はほんの一握り。その大部分を幕臣が占めており、それ以外で刀を持つ者はすなわち攘夷志士、と相場が決まっているのだ。

男はしばらくこちらを顧みたまま動かなかったが、やがてふっと表情を崩した。
「違う、と言ったら?」
その顔に浮かんだのはさっきまでの柔らかい笑顔ではなく、侮蔑を含んだ嘲笑。
それが表れた途端、あたりに異質な空気が漂い始めた。
「っ、テメェ!」
刀に手をかけた土方に男はわずかに目を細める。だが相変わらず浮かんでいる嗤笑は崩れることがない。
「やめておけ、俺が何者か気づけなかった時点で力量の差ははっきりしている。それに、そんな刀では抜刀さえかなわぬだろう。」
「なにっ。」
その言葉に手元を見ると刀の鍔と鞘との境目に、銀色の針が突き刺さっていた。それは鋼鉄の刀身を綺麗に貫いており、抜刀を阻止するかのように全く動くことがない。
「ではな、鬼の副長。」
男は再び前に向き直り、そのまま土方から遠ざかって行く。土方はただ、その背を見送ることしかできなかった。
               ***
「どーだった?」
薄暗い路地裏から声がした。
紫の瞳の男——棗はその目だけを声の方向に向け、不機嫌そうに眉根を寄せる。
「やはりさっきの千本はお前か、禅(ぜん)。」
「いやぁ、あいつが刀抜こうとしたから、つい。」
路地の影から姿を現したのは少年の面影を残した青年だった。
浅葱色の髪に翡翠色の瞳。そして少女のような容貌。その特徴は宮下閃そのものだが、
髪型と纏う雰囲気が閃とは違っていた。
 禅と呼ばれたその人物は、手に持った千本をもてあそびながら路地から出てくる。
 「この場所から刀に千本打ち込める俺ってすごくね?ほめろ。」
 「はいはい、スゴイネー。」
 「棒読みじゃねぇか!」
 ハーフアップにされた髪が月光によって青白く輝く。その下の表情はくるくると変化して、見飽きることがない。いつも微笑を張り付けている閃とは大違いだ。
 「あぁもううるさい。奴と同じ顔を近づけるな。」
 「相変わらず閃嫌いだな。双子の弟としてはけっこう辛いんだけど。」
 「知るか。」
 棗が歩くのを再開する。その後を禅が慌てて追いかけた。乾いた下駄の音が闇夜に響く。
 
時刻は丁度丑三つ時。
『鬼』の名を冠する二人が、この日邂逅した。



オリキャラ№10
宮下禅(みやしたぜん)
髪色:浅葱色
目色:翡翠色
 鬼兵隊総督補佐
閃の双子の弟で、顔は全く同じ。髪をハーフアップにしていて微妙に閃とは型の違う服を着ている。
結い紐は白。
素直で純粋。だが、何か『理由』がないと人を信用することができない。(=極度の人見知り)方向音痴。