二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

第六話 アカデミーの屋上にて、担当上忍を呆れさせ、クラスメー ( No.6 )
日時: 2012/07/10 18:03
名前: わたあめ (ID: ADlKld9P)

「ナルトいつ受かったんだよ」
「えっへへーん! 俺ってば凄いだろ、ザマアミロー」

 何がざまあ見ろなのがわからないが、すげーすげーと手を叩いてやることにして、マナは苺大福——ではなく紅丸と共に適当な席に座った。今日は班分けの発表があり、担当上忍とご対面をするらしい。
 ——アタシみてーな奴を生徒に持つとかどんな哀れな担当上忍だよ
 思いつつぼうっとしていると、イルカが現れて班分けを発表し始めた。どうやら班分けは実力が均等になるように教師側で考えたらしい。
 ——つーことはつまり、アタシかナルトかが、もしくは両方が主席のサスケと同じ班か
 とは言えサスケと同じ班になるのはどちらか一人だろう。サスケが主席と言えどドベ二人を一気に補えるはずもない。案の定、ナルトはサスケと同じ班だった。

「七班、うずまきナルト、春野サクラ、うちはサスケ」

 ナルトはサクラと同じ班になれて、しかしサスケと同じ班になってしまい複雑なようだ。サクラにしてもサスケと同じ班になれて、ナルトと同じ班になってしまい複雑なようである。サスケは二人をどうでもいいと思っているような面持ちだ。
 じゃーアタシはこいつか、とマナは斜め前の席を見やる。あやめ色の髪をおかっぱに近い状態にした少年——サスケと一、二を争っていた次席、一文字はじめ。といってもヒナタのように毛先が切りそろえられているわけではなく、天然パーマでふわっとしている。前髪もぱっつんというわけではない。感情が顔に出にくいのか、はたまた隠すのが得意なのか、紫を帯びた灰色の瞳には何の感情もない。

「八班、犬塚キバ、日向ヒナタ、油女シノ」

 この班は感知タイプ系で揃えてきたか。さらっとシノに視線を向けると、シノは素早く顔を逸らす。キバに視線を向けると、赤丸と共ににやっと笑いかけてきた。苺大福、ではなく紅丸がわん、と小さく鳴く。ヒナタは残念そうな面持ちでナルトの方を見つめていた。

「九班、いとめユヅル、狐者異マナ、一文字はじめ」

 やはり一文字はじめとか。で、もう一人はいとめユヅル——白い長髪に黄色いカチューシャをつけた少年だった。いじめられっ子であり、しょっちゅう傷をつけて泣いているのを目にする。根暗でいつも目立たないように極力努力しているような子だ。

「十班、秋道チョウジ、山中いの、奈良シカマル」

 猪鹿蝶トリオ。この三人は一族絡みの付き合いであり、この三つの一族の跡取りは代々共にスリーマンセルを組んでいる。ちらりとそちらに視線をやれば、シカマルがめんどくさそうに溜息をつき、いのは嫉妬の視線をサクラに向け、チョウジはあいかわらずポテトチップスを食べていた。
 それからイルカに担当上忍を待つよう言われて早二分、ずばーっと教室のドアが開いた。

「第九班は名乗りを上げろ!」

 しーん。
 青白い顔に黒い長髪の男性だった。黒いズボンに赤っぽいシャツを着ており、通った鼻筋やら細い手足やら妙に美丈夫である。背もかなりの高さだ。彼が九班の担当上忍と知り、マナは眉根に皺を寄せた。この匂い——

「ミントの匂いだなあああ! ハッカ味の飴を持っているだろ、よこせ!」

 ばん! と机を叩いて立ち上がるマナに全員が驚いた顔をする。

「如何にも私がシソ・ハッカだがどうした! お前は九班の生徒だな!? さあ受け取れ——っ!」

 シソ・ハッカとやらはすっと飴玉をどこからか取り出し、そして全力で投げた。この飴玉なら人の脳天をぶち抜くことが出来るんじゃねえかというスピードである。紅丸が怯えて赤丸のところに避難したのに対し、マナは片足を机の上に乗せ——

「とぅおおおりゃああ!」

 もう片方の足に纏わせたチャクラでその威力を殺ぎ、ついでに包みを剥いで口の中に放り込む。

「こ、こんな素晴らしい力を持った生徒に恵まれるとは!」

 感極まった様子のハッカにクラス全員言葉もない。すっと身を翻して、美丈夫ハッカは言い放った。

「さあ、九班は私についてきたまえ!」


「先ずは自己紹介だ。私の名前はシソ・ハッカ。好きなものはミントの匂い、好きな言葉は“勤勉”で、嫌いなものは怠慢や百合の花粉。あれはどうも鼻がむずむずしてな……。趣味はハーブを育てること。特技はそうだな、潜水だろう。あまりしないが。幻術と水遁が得意なのだよ」

 自慢と自信たっぷりに告げるハッカに、三人とも言葉がない。正確に言えばマナは飴により口をふさがれており、はじめは始終無表情で、ユヅルはどう接していいのかわからず怯えているようだ。

「でははじめ君、君から初めてくれたまえ」
「……承知した」

 無感動な声で言いつつ首をこっくんとかすかに上下させる。

「姓は一文字、名ははじめ。好んでいるものは特に無い。厭っているものは特に無い。好きな言葉は特に無い。趣味も特に無い。特技はあるが、好んでいるわけではない。夢も特に無い」
「お前の好きな言葉、“特に無い”でいいんじゃないのか? いや、これじゃあ口癖か」

 飴玉を食べ終わったマナが溜息まじりに言う。

「そうか……? 承知した。では、好きな言葉は“特に無い”だ」
「冗談なんすけど……真に受けんなよ特に無いはじめくん……」

 天然なのか単純なのか。
 膝丈まである黒いズボンと、濃紺のパーカーをだぼっと羽織っている。額当ては腰に巻いている。

「では次はユヅル君だ」
「え……っあ、はいっ!」

 驚いたのか一層からだを縮こまらせて、伏目がちになってしまうユヅル。

「いとめユヅル……と言って……好きなものは……一人の時間、かなぁ……あ、あ、でも皆といるのも楽しいから、……ご、ごめんなさい」
「……別に謝る必要はないんだが」

 ちらちらと伏せた目の下でハッカを見つつ、どもりながら話すユヅルにマナもハッカも呆れ顔だ。はじめは相変らず無表情である。
 皆といるのが楽しいというのは半分嘘なのだろう。アカデミー生活の大半をいじめられてすごしてきた子だ。

「き、嫌いな者はその、威張る人とかで……好きな言葉も特技も夢もなくて……あの、あの、正直何の取り得もないような奴だし、それにどうして卒業できたかわからないくらいなんだけど、あの、あの……よ、よろしくお願いします」
「まあ、こちらこそだ。そこまでどもらんでもいいぞ。もうちょっと自信を持て!」
「はっ、はぃい!」

 黒い長袖のTシャツの上に白無地の半そでのTシャツ、膝丈より少し下あたりの黒いズボンと、簡素な恰好だ。額当ては首に緩く巻いている。どことなくドジっ子っぽい気質があるので、木の枝やらに引っ掛けて首を絞めてしまわないか心配だ。

「で、最後にマナくんだ」
「ほいほーい。マナでーす。名字は言うまでもねーかな? だってアタシの名字結構インパクトある読み方だっただろ? 好きなものは食べることだ。嫌いなことは食べれないこと。好きな言葉はもらう、いただく、恵んでもらう、いただきます、無銭飲食、拾い食い、棚からボタ餅。特技は早食い、趣味は食べること。夢は金持ちになって食いたい放題だ! ふっふふー」

 ニタつくマナにユヅルがずささささっと後ずさった。はじめが僅かに距離を置き、ハッカが溜息をつく。

「あ、こいつ苺大福ね。赤丸の兄弟だってよ」
「わん!」

 ハッカはつい先日会ったばかりのツメの言葉を思い出した。ツメはマナに、紅丸という名の犬を贈ったといっていたが——苺大福とは。
 再び溜息をついて、ハッカは口を開いた。

「さて、まあ一通り自己紹介が終わったところで、二次試験の説明でもさせていただこうか——」

第七話 演習場にて、ミントの飴玉を食べつつ、鈴を狙う。 ( No.7 )
日時: 2012/07/10 18:05
名前: わたあめ (ID: ADlKld9P)

「鈴取り合戦? ……なんだそれ。合戦つっても食べ物奪うんじゃないんならアタシやる気でねーぞ全く」
「否。そんなことをしてしまったら百二十パーセントの確率でマナ、お前が勝ってしまう」

 とある演習場にて、九班は話し合っていた。
 先ほどハッカが説明してくれた二次試験の内容は、アカデミーの卒業生を鈴取り合戦とやらで更に絞るという話だ。分身の術だけで卒業とは甘すぎると感じていたらしいはじめは納得し、ユヅルは顔を曇らせた。マナは奪うのが食べ物でなく鈴であるということに不満を抱きはじめる。

「ただ私の鈴取り合戦は他の班とは一味違うのだ。どう違うのかというとな、」

 普通は上忍が持つ二つの鈴を、下忍三人で奪い合う。だがハッカの場合は、音をならせないように綿をつめた鈴の入った三つの小箱に封印術を施して三人にわける。その中の箱で一つだけ、鈴が入っている。鈴なき者は鈴を奪い、鈴ある者は鈴を隠し、十二時までにその鈴を所有していた者を卒業させるということなのだ。
 
「では、この三つだ。いくぞ!」

 “朱”、“藍”、“翠”——そうかかれた小箱が手渡される。朱がユヅル、藍がマナ、翠がはじめだ。

「では、開始!」

 
 小箱の中身を知ることが出来るのは自分だけ。言動などから他二人に鈴があるかどうか、自分にあるかどうかを見極めねばならない。つまりこれは頭脳戦。そして隠すにあたっては隠蔽術、奪うにあたって必要なのは戦闘力だ。この三つをテストするものなのだろう。
 封印術の解き方はハッカに教わっている。ハッカ曰く三つの小箱全ての術が違うそうだから、自分のは開けられても他人には開けられない。なんとか奪えて十二時にハッカに持っていけたとして箱が空なら意味はない。
 ——では。

「解」

 箱が開いた。中から転がり出てきたのは……ミント味の飴玉? つまり外れということか。それを握り、再び封印をかけてジャージを引っ張り、無い胸に額当てでなんとか縛り付けてみた。ここなら奴らも迂闊には触れまい。

「苺大福、一文字はじめといとめユヅルの臭いを嗅ぎ出せ」
「わん!」

 すんすんと地面に鼻をつけて歩き出した紅丸の後を追いつつ、ワイヤーを張り巡らし、クナイを吊り下げ起爆札を貼り付けてトラップをつくりあげていく。

「わん」
 
 紅丸に促されて頭をあげると、十五メートルほど前にはじめがいた。紅丸を抱え上げ、木を蹴り飛ばしてその中へ突っ込む。

「よしっ、苺大福、ここら一帯にマーキングしとけ。ここがアタシのテリトリーだ」
「わんっ」

 言って、紅丸とは逆方向に走り出す。木肌を蹴ってワイヤーを木の枝に固定すると、更に細い釣り糸を片手にたった今きた道を帰っていく。マーキングをしている紅丸が目に入った。
 ワイヤーの直ぐ近く、ワイヤーを避けた敵が着地するであろう場所に釣り糸を引っ張っていき、二重トラップへと仕立て上げる。因みにこれらを習得したのはまだ教室を抜けるのが余り得意でなかったころで、これに閃光玉や煙り玉などを加えていた。いくつかの地点に括り付けてみる。よし、これで完璧。
 恐らく内二つの箱の中に、鈴のかわりにダミーとして飴が入っているはずだ。その内一つのが自分の。はじめが持っているのがなんなのかは分からない。
 飴玉を食べる。すうっとするようなミントの味が口の中で広がった。それと同時に頭もすうっと涼しくなっていくような気がする。
 はじめから五メートルばかり離れた場所に起爆札をしかけ、紅丸を抱いてそこを離れる。数秒とたたず、爆音。ちらりと振り返ると、木の枝を蹴って飛んでくるはじめが目に入った。

「っうわ」

 頬をクナイが掠める。はじめとは案外攻撃型なのだろうか。
 まあどちらにせよ、マナのテリトリー内でそんなものを迂闊に放ってしまえば——

「危ないことになるぜ、はじめ——っえ?」

 仕掛けた丸太がぶうん、と唸りをあげてこちらへ飛んできた。どうやらはじめにはちゃんと見えていたらしい。飛んできたいくつかの手裏剣がマナの傍を素通りしてワイヤーを切り飛ばしていく。閃光、煙幕、丸太、手裏剣、クナイ、爆発——一斉に起こる自らのトラップ攻撃に怯んだマナの背に衝撃が走った。はじめの蹴りが命中したのだ。紅丸を抱えて地面へ墜落するマナの首にクナイを当てて、その背を押してその体を地面に押し付ける。紅丸が怒りを顕にして唸ったが、はじめがクナイでマナの首を引き裂くのが怖いのだろう、噛み付こうとはしない。

「鈴を。持っているか?」
「……言うわけねーだろ、この女顔っ、! かはっ」

 女顔といった途端、はじめはマナの体を引き起こすなり再び地面に叩きつけた。飴玉が口から飛び出て地面に転がる。はじめのクナイがそれを叩き割った。見上げると、はじめは怒りと悲しみの混じったような顔をしている。
 ——あ、こいつこんな顔も出来んのか

「飴玉……鈴を持っているのはユヅルか」
「え? ——お前もミントの飴玉?」

 はじめは静かに頷いて、立ち上がる。懐から取り出した小箱の中から出てきたのは、やはりミント味の飴だった。

「——え?」

 前方から聞えた声に頭を上げると、ユヅルが呆然とした顔で突っ立っている。そんな彼が小箱の中から取り出したのも、ミント味の飴玉だった。

「……ハッカ先生——嘘、ついたのか」

 ユヅルは眉根に皺を寄せた。

「じゃあ——鈴は?」
「……若しかしたら、本当はハッカ先生のところにあるのかもしれないな。もしくは最初からないか。どちらにせよ——」

 そちらへ行く必要があるようだ。静かに言うはじめに、ユヅルとマナは無言で頷いた。

第八話 演習場にて、上忍をミント野郎呼ばわりし、味方の術を食 ( No.8 )
日時: 2012/07/12 09:17
名前: わたあめ (ID: mwHMOji8)

「わん」
「おっ。苺大福がミント野郎を見つけたようだぜ」
「……ミント野郎?」

 ご丁寧に、六メートルほど向こうに分身があるが、それで紅丸の鼻は誤魔化せないし、マナの鼻も誤魔化せない。曰く、「あっちのミント野郎にはミント飴の匂いがしない!」だそうだ。

「流石に上忍ににそれはないだろう。……まあいい。作戦通り、いくぞ」
「了解!」

 クナイを取り出して、既に彼の付近に張り巡らしてあったワイヤーを切る。すぱっと小気味のよい音と共に、クナイが一斉に飛んだ。不規則な軌道でやってくるクナイを自らのクナイで弾いていくハッカ。それを弾くハッカの目は閉じられている。音でその軌道を読んでいたというのか。改めて驚かされるが、本番はここからだ。二本目のワイヤーを弾くようにして切る。手裏剣の束が飛んでいった。それを弾こうとクナイを構えるハッカだが——。

「水遁・水車輪!」

 はじめの術にかかっていた手裏剣は一斉に反応を示し、水を纏い出だす。水を纏った手裏剣は急速に回転しだし、青白い光を放ちながら突進した。
 すっと目を開けたハッカは、飛び上がってそれを回避した。しかし十枚の手裏剣は彼を追って上へと飛び上がる。その手裏剣からは、ユヅルの指先から伸びるチャクラ糸があった。
 弾いても無駄だと判断したのだろうか。木の枝をもぎ取ってチャクラを纏わせ、水を纏った手裏剣の真ん中のその空洞にそれを挿し入れ、一気に十枚全てをからめとる。いまだ水をまとって回転するそれを、木の枝ごと引っ張った。糸につられたユヅルが宙に投げ出され、地を削る。その指先からチャクラ糸が離れた。

「そんなことが出来るとは予想外だったな。だが——」

 木の枝を振る。水を纏った手裏剣が術者であるはじめを襲った。慌てて術を解くも、手裏剣を避けきれず、いくつかが体を掠り、腕や脚に突き刺さった。
 
「余所見してんじゃねーよっ、ミント野郎!」

 後ろすら見ずにマナの回転蹴りを片腕で止める。元々体術が得意なわけではないマナの蹴りはかなり軽い。

「ミント野郎とはなかなかナイスな綽名だな」

 嫌味か何かのように笑顔で言い放って、マナの足を掴み上げるなり五メートルほど向こうにぶっ飛ばした。怒った紅丸の突進をものともせず、まるでうるさい虫か何かを払うかのように手を一閃させて紅丸を叩き飛ばす。苺大福、とマナが叫んだ。
 
「……くっ、ぅ」
「大丈夫か? はじめ」

 足や腕に突き刺さった手裏剣を引っこ抜いていると、マナが両手を腰に当ててこちらを見下ろしていた。

「ああ……大差ない」
「嘘つけ」

 マナに引き起こされて立ち上がったはじめは、ミント野郎! という叫びに驚いて振り返った。自分の前にいるのはマナ。後ろでミント野郎と怒鳴っているのも、マナ。

「なっ!」
「うっわー、流石上忍、すっげークリソツ……」

 ユヅルの呟きが聞えるのと同時に、腕に痺れるような感覚が走った。見るとミント野郎——もといハッカが、チャクラで傷痕の治療をしてくれているのだった。

「すまんな、痛かっただろう?」

 変化の術であるマナがにたりと笑う。ユヅルとマナ、紅丸がそれぞれ違う方向からハッカに迫っていた。

「これでよし、と」

 風塵を巻き上げながら跳び上がるハッカ。ハッカを蹴り飛ばすはずだったマナの足ははじめを蹴り飛ばし、ハッカを捉える筈だったチャクラ糸ははじめを捉えた。そしてハッカに噛み付くはずだった紅丸は、はじめの腕に噛み付いた。

「……!」
「っうっわ、すまんな!」
「あうん!?」
「えっ、ご、ごめんっ」

 噛み付かれた腕は痛いが、我慢できるレベルだ。マナの蹴りにしても軽いからまだまだどうにかできる。だが——

「今度からはブレーキをかけてくれ……」 

 それから、とユヅルに向き直った。

「クリソツ、とはどういう意味だ」

 あー、とマナが片手を振る。

「クリソツの術って言うのは変化の術の異名だ。最先端の流行語なんだからちゃんと覚えろよ」
「……しょ、承知した。クリソツの術、か」

 はじめが冷静な割には天然なところにつけこんでそんな大真面目な顔で変な知識を注入しないで欲しいものである。そしてはじめも真顔で頷かないでくれ。思いながら、ユヅルは溜息をついた。

「じゃー、最後の仕上げと行きますかっ」
「……最後の仕上げ?」
「おうよっ。行くぜはじめ、ユヅル、苺大福!」
「承知した!」
「任せて!」
「わんっ」

「じゃあ、行くぞ——食遁!」

 十二支の印のそのどれにも属さない、特殊で奇妙な印を結ぶ。はじめは水遁の印を結び、ユヅルは指先からチャクラ糸を迸らせた。

「水遁・水球(すいきゅう)!」

 はじめの両手のひらの間に生まれた水の球がゆらゆらと揺らめく。

「チャクラ弾の術!」

 マナの両目が見開かれて、蛇や猛禽類か何かのようなものへと変じる。口は大きく開いて、犬歯がずらりと覗いた。地面を蹴って跳ね上がった彼女は水の球をすっぽりと食べ、そしてそれからそれを吐き出した。
 吐き出された水の球が一直線にハッカを襲うも、そう簡単に倒されるハッカではない。地面を蹴って飛び上がったハッカは異変に気付いた。
 上空一帯がチャクラ糸で出来た網で覆われているのだ。

「なっ」

 ユヅルの指先から伸びるチャクラ糸が、上空でハッカを絡める。先ほどはマナとはじめの技に気を取られていて気付かなかったが——なるほど、上空へ避けるのは予想済みだったということか。

「水車輪の術!」

 水を纏った手裏剣が飛んで、ハッカのホルスターを切り落とした。ホルスターのファスナーも同時に切られ、中から忍具が飛び散る。
 その中でしゃりんと、鈴の音がした。 

第九話 いとめ家にて、ユヅルの妹の淹れたお茶を飲む。 ( No.9 )
日時: 2012/07/12 09:19
名前: わたあめ (ID: mwHMOji8)

「合格だ」

 ハッカが手を叩いた。ゆったりと微笑みが口元に浮んでいる。

「大方は、箱の中身を見た後に三人でカマをかけあい、誰が持っているのか見当をつけて殴りあいをしていたが……いやはや、貴様らが例え“偶然”であるとはいえ仲間を信じて私へ向かってくるとは感動だ。一つだけ言わせて貰おう」

 偶然? ——え、この人知ってたの?
 ぽかんとするマナを見据えて、ハッカが言った。

「お前たち三人は少し愚かな間違いをしたな」
「「「え?」」」
「普通、狐者異の人間が食べ物を持っていたら、それは自分のか、拾ったものか、盗んだものかだ。それが小箱から出てきたと判断するにはまだ証拠が足りなさ過ぎたと思うぞ。まあそれが結果的にはお前たちを成功へと導いたわけだがな」

 私も修行が足りないな、とはじめが溜息をつき、だよねーとユヅルが溜息をついた。なるほど確かにその可能性がないわけではない。

「では、明日から各々の家に向かうぞ。下忍になると何かと危険が付きまとう。それを覚悟してもらった上でサインしてもらわないといけない書類があるのでな」


 いとめ家——それは里の外れにある小さな家だった。
 ユヅルは俯いて、中々中に入りたがろうとはしない。

「あんだよ? あんたのとーちゃん、こえーの?」
「怖くはない、けどさあ」

 はじめはいない。一文字家にて、嫡子であるはじめが下忍になった祝いがあるそうだ。はじめは相変らず無感動な顔だったが、よくよく見ている内に、彼はあまり乗り気していないのだな、とわかった。
 一族が餓死で滅んでいるマナは許可を取りにいかなくてもいい。火影が彼女の後見人だ、問うまでもないだろう。

「誰かいますか?」
「……何」

 家に呼びかけたはずが、声が返ってきたのはその裏の畑からだった。ボンネットを被った少女が立っている。鋭い赤の瞳に、白い髪を短く切っていた。太陽の下にいるのにも関わらず、真っ白い肌をした彼女はどうやらユヅルの姉であるらしい。 
 
「失礼ですが、貴女は?」
「いとめヤバネ。悪かったね、大人じゃなくて」
「いや……そんなことは」

 不機嫌そうな顔には汗が滴り、右手には鋤を握っていた。両手には手袋、足には長靴を履いている。肌の垢を落として可愛らしい服をきたら、すごく美人になるんだろうなあと思わせる綺麗な顔だ。

「入りなよ。一応客なんだしね。狭苦しい家だけど入れば」

 つっけんどんとした口調でそういわれ、ハッカは頭を下げて中に入った。ヤバネから隠れるようにして、ユヅルも中に入る。マナはヤバネをまじまじと見つめてから、中に入った。
 家の中で横たわっていた男に、ヤバネが声をかけた。

「父ちゃん、お客さんだよ」

 むっくりと体を起こしたやせこけた男は白い髪を掻き揚げ、じろっとユヅルを見て、それからまたじろっと赤い目でハッカを見た。
 ハッカは礼儀正しく正座して頭を下げる。

「いとめヤジリさんですね。息子さんの担当上忍になりました、シソ・ハッカと申します。息子さんが下忍として任務に参加するにあたって、死の危険がつく場合もございます。息子さんが承知した任務にて息子さんに万が一のことがあっても、残念ながら私どもでは責任をおうことはできません。ですからこの書類に署名いただけらと」
「わしは字が読めんし字も書けん。ヤバネとておなじじゃ」

 ヤジリはきっぱりと言い切って、赤い目を細めてユヅルを睨んだ。

「ユヅルのような疫病神などどこで死んでいようがどうでもいいわ。——ユヅル、自分で署名しろ」

 頷いて、ユヅルは鉛筆を取り出す。その指が微かに震えていた。その手をハッカが握って、そしてハッカは前に進み出た。

「お言葉ですが、それは度が過ぎるのではないかと」

 真剣な顔つきでヤジリを見上げている。ヤジリは白い片眉を上げて、赤い目でハッカをじろりとにらみつけた。
 確かに、疫病神だとかどこで死んでいようがどうでもいいだとか、実の息子に向けるにしては酷すぎる言葉ではないのだろうか。いつも自信がもてず縮こまっていたユヅル。アカデミーを卒業して晴れて下忍となれた途端に、そんな言葉を実の父に言われて、彼はきっとひどく傷ついたはずだ。

「度が過ぎる、だと? 家の六人の子供と家内は、こいつの所為で死によったんじゃ!」

 唾を飛ばして怒鳴るヤジリに、ユヅルは縮こまった。そんなユヅルの肩を摩りながら、マナはヤジリを黙って睨みつける。

「……先生、あの、ほんと、俺自分で書くから」

 泣きそうに顔を真っ赤にしながら、ユヅルは言って、震える文字で書類の上に「いとめユヅル」と署名した。

「出てけ。もう二度と帰ってこんでもええわ!」
「……はい」

 涙を零して、ユヅルは家を飛び出た。その後をハッカが追う。ヤバネは父親を寝かせると、こっちにきな、と合図した。


「ほら。粗茶だけどさ、どうぞ」
「あ、どうも」

 ヤバネはボンネットを脱ぎ長靴を脱ぎ、手袋を取り、お茶をいれてくれた。ぼろぼろの色褪せた茶色っぽい服を着ている。どうやらそれは元は赤だったそうだ。ヤバネ曰く、この服は長女のものだったらしい。

「あたしとユヅルはな、双子なんだ。そんで、あたしが妹。皆信じないけどね。皆あたしのこと姉だと思ってんだよ。ユヅルがあんまりナヨナヨしてる所為かな」

 粗茶とヤバネは言っていたけれど、お茶はとても美味しかった。
 マナもヤバネは姉だと思っていたが、どうやらヤバネの方が妹らしい。唇をひん曲げて、ヤバネは言う。

 いとめ家はとても貧困だった。
 いとめヤジリとその妻いとめユギは従兄妹同士で、それ故周囲にその婚姻が認められることはなかった。雲隠れの生まれだった二人は手を取り合って木の葉隠れの里までやってきたという。忍びというわけではないので彼らが追われることはなかった。駆け落ちをした二人は木の葉隠れの里に足をおろした。
 近親婚ということが影響したのだろうか、いとめ家の子供は皆白い髪に白い肌、赤い目をしていて日に弱かった。
 貧困な家庭であるいとめ家には、新たに生まれた双子であるヤバネとユヅルを養う力はなかった。そして二人は、ユヅルとヤバネのどちらかを、または二人を殺そうとした。
 女であるヤバネが殺されるべきだったのだろうけれど、親はユヅルを殺そうとした。が、叶わなかった。泣きながら我が子の首を絞めたユギは、突然家の中に襲い掛かってきた野良犬に噛み殺されて死んだ。
 ヤジリはユギの死を悲しんで泣き、そしてユヅルを殺すのはやめた。ヤバネを殺すのもやめた。けれどヤジリはユヅルを忌々しく思い、ヤバネを疎ましく思うようになった。

「双子だったからね。もし母ちゃんが死んだのがユヅルの力だったなら、あたしにもその力が宿ってるかもしれないだろ。あたしにはないけど。——あんね、ユヅルは呪いの力を持ってるんだよ」
「……呪い?」

 ユヅルが、頭がよくて羨ましいと言った兄は、三日後に高熱を出して、そのまま死んでしまった。
 ユヅルが、背が高くて羨ましいと言った兄は、二日後に山に出かけて以来帰ってきていない。
 ユヅルが、長い髪が綺麗で羨ましいと言った姉は、一週間後にその髪で自分の首を絞めて死んでいた。
 ユヅルが、力持ちで羨ましいといった兄は、五日後に街に出かけて、馬に踏まれて死んだ。
 ユヅルが、誰にも好かれて綺麗で羨ましいと言った姉は、その日の内に人攫いに攫われて、どこかへ売られてしまった。
 ユヅルが、友達がたくさんいて羨ましいと言った兄は、四日後に友達の一人に殴られて死んでしまった。

「あたしも、すっげえ怖かったんだ、ユヅルがいつあたしのこと羨ましいって言うんじゃないかって。怖くて」

 だから疫病神なのか、とマナは納得した。なるほど、確かに呪いのようだ。
 ——ごめん、これから食べ物とか出来るだけわけるから、アタシのこと羨ましいだなんて言うなよ

「そんでね、八歳ん頃にね。貴方忍びの才能あるんじゃないって言われて、ユヅル、アカデミーに連れてかれたの。父ちゃん、すっげえ喜んでね」

 でもきっとその父が喜んだ理由は、ユヅルがアカデミーに行ったからじゃない。家を離れたからだ。

「だからこうして会うのは、すっげえ久しぶりだよ。でも家のことは、なんも話さない。いったら、羨ましいって言われちゃうかもしれんしね」

 妹のヤバネでさえ、恐れているのだ。六人の姉や兄たちが死ぬきっかけとなったユヅルの言葉を。「羨ましい」という呪文を。
 ちょっとだけ、悲しくなった。


「ユヅル」
「……ん」

 泣き腫らしたユヅルの肩を、ハッカが抱いていた。その髪を撫でて、ヤバネに向かって手を振ると、ヤバネも手を振りかえしてきた。その顔はちょっとだけ寂しそうだった。
 ヤバネに言われたことは——忘れておくことにしよう。心の中で呟いて、マナたちはその村を離れた。

第十話  一文字家にて、チームメイト二人を怒鳴りつける。 ( No.10 )
日時: 2012/07/12 09:20
名前: わたあめ (ID: mwHMOji8)

「すいません、はじめくんは——」
「ヒトツの姫さまですね。少々お待ちくださいませ」

 にこりと笑った茶髪の召使いがすっすと広い廊下を突き進み、マナ、紅丸、ハッカとユヅルはぽかんとしてその場に立ち尽くした。

「ヒトツの姫ぇ? 確かに無駄に可愛い顔してっけどさぁ」

 と呟き終えるか終えないかの内に、廊下の向こう側から、誰かが歩み寄ってきた。
 紫の地に水色の小鳥が空を舞う着物に、淡い水色の帯。紅を塗った唇、真っ白い瞼に頬紅を塗ったのか薄っすらと赤い頬。あやめ色の髪にはオレンジ色の髪飾り。

「ようこそいらっしゃいました」

 頭を下げたどうみても女にしか見えないその子の声は、間違いなく声変わりした少年の——はじめの、もので。

「一文字ヒトツでございます」
「「「ええええ!?」」」
「わうーん」

 泣きそうに潤んだ灰色の目でこちらを見上げたはじめ——ヒトツの姫に、マナたちは暫く唖然としていた。


「父上、ヒトツが参りました」
 
 指を整えて、お辞儀。入れ、という声に戸を開け、優美な仕草ではじめは中に入っていく。自然と体が固まってしまい、こわばった仕草でマナとユヅルもお辞儀をした。ハッカもお辞儀をし、紅丸は服従を示す為か腹を上へ向けている。
 ——この犬、アタシにすらそんな仕草見せたことないくせに 
 長いあやめ色の髪の男性が、静かにそこに座っていた。左側の髪だけを低いところで団子状に纏めている。彼こそが現一文字家当主、一文字一矢(かずや)だ。
 ハッカがはじめが任務に赴くにあたって命の危険があるかもしれないことなどを述べると、彼はすんなりと頷いた。一文字は忍びの一族。そんな判断があるのは当然だろう。

「だが——現時点でこの家を取り仕切っているのは私ではなく、長女の初だ。彼女は大層ヒトツのことを気に入っていてな、」

 つまり一文字初の許可を得ねばならないらしい。びくっと体を震わせて、オレンジの髪飾りをしゃらしゃら鳴らしながら、はじめは「失礼します」というなり、ゆっくりと歩き出した。


「……姉姫様、ヒトツが参りました」
「どうぞお入りなさい、ヒトツちゃん」

 優しい声が答えて、はじめはそろりそろりと中に入った。ハッカがお辞儀をし、ユヅルがそうっと戸を閉める。
 初姫は、青緑の髪をした美しい少女だった。はじめとおそろいの着物を身に纏い、赤い帯を締め、小首をかしげてゆったりと微笑んでいる。日向ぼっこしていた猫のようにとろんとやや眠たげな目だ。

「初と申しますの。本日はわざわざお越しいただき、誠にありがとうございますわ。いつも妹のヒトツちゃんがお世話になっておりますわね」

 ——妹?
 はじめがこの家での身分はどうやら初姫の妹、一文字一矢の娘であり一文字家の次女、ということになっているらしい。はじめはアカデミーで一番早く声変わりしだした少年だ。そんな彼が、どうして女の身分で女の服装で過ごさねばならないのだろう。

「え、ええ——お、いえ、妹さんは大層優秀で」
「次席などに意味はございませんわ。火影の名は誰にもずっと覚えられます。ですが火影候補の名はそこまで知れ渡るわけではございません。“一で無くば憶えに残らぬものとせよ”。——これが一文字家の座右の銘でございます。そうでしょう、ヒトツちゃん」
「……はい。私は一文字家の恥でございます」

 戸惑うハッカに笑顔でそんなことを言ってから、初姫ははじめに視線を戻した。どきっと身を竦ませてから、泣きそうに静かな声ではじめは言う。俯いてしまったままその頭が持ち上げられないようだ。
 なんて姉だろう、と思った。はじめが一文字の恥であると、彼女は直接には口にしなかったものの、遠回りしてそう言っていたのだ。そして間接的に、はじめがそれを口にするようにも促していたのだろう。
 日向ぼっこをいていたかのような柔和な笑顔で、初姫は笑い、少しの間二人きりでいさせてくださいませんかと言った。一瞬こちらを振り返ったはじめの無感動な灰色の瞳が、縋るような色を映していた。

 別室にて、マナとハッカは胡坐をかいていた。ユヅルは膝の上の紅丸を撫でている。

「……俺さ、始めて見た。はじめがあんなにびくびくしてるの」
「アタシも。嫌いなものは特に無いとかぬかしやがってたけど、ありゃ嘘だろ」

 二人ともはじめが心配で仕方ないのが、ハッカにも感じ取れた。
 それから約十五分後のこと、青白い顔のはじめが中に入ってきた。頬紅には涙の筋が伝い、額にはびっしりと冷や汗をかき、衣装も僅かながら乱れている。

「はじめ、てめー大丈夫かよ?」
「……大差ない」

 そう言えば手裏剣を手足に突き刺していたときも、そういいながらそれを引っこ抜いていたっけ。けれどそれを抜く彼の顔には脂汗が滲んでいたのを憶えている。

「ヒトツの姫様。お手当てに参りました」

 茶髪の召使いが入ってきて、救急箱を開けた。はじめの顔が一層血の気を失う。「い、いやだ……」と掠れた声で呟いて、はじめは這うようにしてハッカの後ろに隠れた。
 だめですよ、はじめ様、と召使いの少年は言う。呼称がヒトツからはじめへ変わった途端、はじめはハッカのシャツを掴む手を緩めた。ほら、とハッカははじめを前に出す。見るな、とはじめは小声で懇願したけれど、マナもユヅルもハッカも紅丸も、それを聞いてはいなかった。
 その召使いがハッカの着物を脱がせ、帯を緩めた。襦袢も慣れた手つきで脱がしてしまうと、はじめの冷や汗が滲んだ背中が露出した。そこに引っかいた後やら大きな火傷の跡がいくつかあって、ひっと悲鳴をあげてユヅルがしがみついてくる。

「では、ちょっと我慢しててくださいね」
「……っ」

 茶髪のその召使いにしがみつくはじめ。その召使いは傷痕を見て顔を顰めると、消毒液に浸した綿をそこにつけた。叫び声を上げることこそ必死に我慢しているはじめだが、呼吸はどんどん荒くなり、体の震えは大きくなるばかりだ。その召使いにしがみ付いたまま身を捩る。

「今回は焼いたクナイの刃ですか? 全く、クナイは投擲に使うためのものなのに、初姫さまも困ったお方だ」

 呟きながら、召使いはさっさと着物の裾を翻すと、太腿あたりの青アザに布で包んだ氷の塊をあてた。 
 他にも、足裏には鞭で打たれた痕があったし、膝の裏に出来た傷からは血と組織液とが流れ出ていた。よく頑張りましたね、と一言言って、召使いはようやくはじめを離したかと思うと、はじめをさっさと彼が普段着ている服に着換えさせ、部屋を退出した。そこで部屋に沈黙が降りる。

「——なんでさ、お前らはさ。我慢してんだよ」
 
 はじめの痛々しい傷痕を見て、マナの怒りは爆発寸前だった。

「なんでさ、とーちゃんに疫病神だとか言われても何にも言い返さないんだよ! なんでねーちゃんにあれだけ虐められてもいい子の妹のふりして綺麗な服きて頭下げてんだよ!」

 はじめがユヅルを見た。ユヅルは口元を引き結んで俯いている。

「なんでいってやらねえんだよ、俺はお前の息子なんだって、それ以上言ったら呪ってやるぞって! なんで殴り返してやらねえんだよ、なんで逃げださねえんだよ!? それが親子の情ってもんなのか!?」
 
 聞いたことがあった。
 「お父さんって何」「お母さんって何」「兄弟ってなんなの」。
 羨んだことがあった。
 両親を。兄弟を。親戚を持つ、他の生徒達を。
 でもこれは違う。こんなのは。こんなのは違う。優しくて一杯の愛をくれるのが家族だと思っていたけれど、これはちがう。
 自らの子を疫病神と詰り、弟に女の服を着せて虐待するのが。そしてそれを泣きそうになりながら、泣きながら、叫びたいのも堪えるのが。親子の、情?
 こんなの絶対、違う。

「お前らさ、なんかもっと言えよ!」

 どうしてされるがままなのだろうか。
 どうしてそこまでして耐えるのだろうか。
 これが親子の情だなんて、思わない。思えない。
 灰色の目と赤い目がそれぞれ自分を見上げている。耐え切れなくなって、マナは一文字家を飛び出た。
 

第十一話 里のどこかの丘にて、チームメイトと話し合う。 ( No.11 )
日時: 2012/07/12 10:12
名前: わたあめ (ID: mwHMOji8)

「マナ」

 どこからか盗ってきたせんべいをバリバリ食うマナに呼びかけると、むすっとした顔で彼女は振り返った。わん、と紅丸が鳴いて、彼女の両足の間に収まる。

「貴様、そう拗ねるな……」

 ただっぴろい丘に胡坐をかくマナに苦笑しながら、ハッカがその傍に腰を下ろす。続いて、はじめもユヅルも腰を下ろした。はじめは無表情で、ユヅルはちょっとだけ怯えているようだった。

「拗ねてねーです。怒ってるだけです」
「……そうか?」
「はいそうです」

 拗ねてるようにしか見えないぞ、とハッカは苦笑いをする。暫くの沈黙の後に、ユヅルが口を開いた。

「皆に知ってもらいたいことがある」

 皆に知らせるのも、知ってもらいたいのも、知ってもらうのも、全部俺のエゴだけど。
 それがチームワークを乱してしまうかもしれないけど。
 自分勝手だけど、でもでも知ってほしいの。
 一人で抱えるのに、その秘密は大きすぎたから。

「俺が一瞬でも羨ましいと思った人は風邪をひく。何度も羨ましいと思った人は病気にかかる。一年も二年も羨ましいと思って妬んだ人は、——死んじゃうか、持ってるものを失う」

 はじめが眉の根に皺を寄せ、ハッカは片眉を持ち上げた。ユヅルの妹であるヤバネからそのことを聞いていたマナだけが静かにその言葉を聞いている。
 自分を締め殺そうとした母。頭がいいと背が高いと、力持ちだと友達が多いと、そう羨み、妬んだ四人の兄。長い髪が綺麗と誰にも愛されていると、羨み妬んだ、二人の姉。自分を疫病神と散々詰った父は、村一番に力持ちで頭のよかった父は、病にかかってしまった。家には医者に見てもらうためのお金もなく、今は双子の妹がその田を耕している。

「ごめんね。引くでしょ。引くよね。あ、あの、羨ましいって、出来るだけ思わないようにしてるんだ。自分の持ってるものを大切にしようってさ。ごめん。——ごめん」
「……いやさ、なんであんたが謝ってんの?」

 こんな力を、ユヅルは望んで手に入れたわけじゃないはずだ。
 兄や姉や母の死が、父の病が彼の所為だったとしても、それは彼が望んだ力じゃないはずだ。
 他の人を全く羨まず妬まず、自分のもつものだけを見て幸せに感じられるほど高潔な人間は滅多にいないだろう。きっと誰しも他人の何かを羨んだり妬んだりするものだ。ユヅルの場合、そんな当たり前の想いが誰かを傷付けることになってしまっただけで。

「……ユヅルが望んで人を傷付けたわけじゃないんだろ。なら仕方ねえよ。いや、死んだ人達やあんたのとーちゃんやヤバネちゃんとかは仕方なくないだろうけどさ」

 でも謝ったってどうにもならない。死人は戻らないのだから。

「そんなことうじうじ言ってる暇があったらもっと自信をつけろっつーのっ」
「お前の力については承知した。……だが私やマナは大丈夫だろう。私達はどちらもあまり羨ましく思われる要素を持ち合わせてはいない」
「うん、そうだな。大食いになったり女装したり大食いになったり大食いになったりお姉ちゃんにいじめられたり大食いになったり大食いになったりはちょっと嫌だよね」
「え? ……何それ無駄に大食いが多くね?」

 仕方ないと思うぞ、とはじめが溜息をつく。ぶう、とマナが頬を膨らませた。

「姉姫様は、妹が欲しかったんだ」

 姉の膝を枕にして、姉に纏わり付くような、可愛い妹が。
 けれど生まれてきたのは、弟だった。人形のように愛らしい顔の弟だったから、初ははじめに女物の服を着せては喜んでいた。
 けれどそれだけじゃ満足できなくなって、もっと可愛く、もっと女の子みたいに、もっと妹らしくなって貰いたかったのだろう。口調まで女のものに似せて、召使いにすら彼を姫と呼ばせた。だけどはじめは声変わりをして、低く沈んだ声で喋るようになった。以前の甲高い声とは違った声で。
 初はきっと不満に思ったことだろう。不満に思って、そしてそれを素直にぶちまける余りに、はじめを鞭打った。はじめが余りにも女のようにさめざめと泣くから、それからは彼を度々泣かせた。泣いているときの彼は、どんなときのはじめよりも女らしく見えたからだ。

「なんだそれ。なんつーの、歪んだ愛、ってやつか?」
「……否。歪んではいない。ただあまりにも純粋すぎるんだ」

 純粋すぎて逆にいびつに思える、その感情。
 初のあの灰色の目が映す光も、とても純粋だったことを思い出す。でもそれはあまりに純粋すぎて。純粋すぎて。

「それはマナ、狐者異一族も同じだ。ほら、狐者異一族は食べることに純粋だろう?」

 拾い食いに対しても無銭飲食に対しても罪の意識はない。ただ食べたかったから、食べた。それだけだ。
 人の外見も、人の性格も。全て食べ物に関連した思想で片付けてしまう。だから狐者異は純粋だ。お腹が空いたから食べる。食べたくなったから食べる。マナもそんな、人間だ。

「——そーだなあ」

 問うたことがあった——両親とは、兄弟とは、親戚とは何かと。
 羨んだことがあった——両親を、兄弟を、親戚を持つ人を。
 恨んだことがあった——何故自分はそれを持っていないのかと。
 それでも——今の自分は幸せだから。餓死して死んでしまった彼らに少し申し訳ないけれど、でも今の自分はたらふく食べられて、すっごく幸せだ。
 なら死んだ者のことは考えないことにしよう。

「まあ、悩み苦しみ間違うのも、青春の一部だ! さて、今日は私が何か奢ってやろうか」
「えっマジ! 先生後で後悔するなよ!」
「ただしマナ、お前は易いものを最低で五杯だけしか食べてはいけんぞ! 忍耐も忍びに必須なことだ」
「えーッ、何それヒッデー!」
「わうーん」

 紅丸に促されて視線を西に向けると、目玉焼きのような夕日が丘の向こうに沈もうとしている。
 どうか明日も、またこの四人と一匹で楽しく過ごせますように。