二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- Re: イナイレ*最強姉弟参上?!10years later- ( No.16 )
- 日時: 2012/12/08 23:14
- 名前: 伊莉寿 ◆EnBpuxxKPU (ID: 7jEq.0Qb)
平日の夕暮れ。オレンジ色に色付いた空の下で、穏やかな時が流れている。
少女が神童邸を去って2日、彼女は新しく趣味というものを見つけていた。
子供たちが元気に遊ぶ外に流れるBGM。それは、その少女が奏でるピアノの音色だった。
間違いを知らないとでもいうように、鍵盤の上を滑るように動く指。
意識はピアノのみに向けられ、それに応えて溢れるメロディーは儚くもしっかりと、聴く人の心に届いている。
弾き切って一つ息を吐いた時、彼女は初めて戸口に人が立っている事に気付いた。
「貴女の≪音≫素敵ですね。」
そう言って微笑んだ同い年くらいの少女。
子供たちの元気な声が、BGMとなって部屋に流れていた。
【第4話 眠れぬ少女】
少女の記憶は一向に戻らず、情報も一切なく。
一晩経ち、警察は少女をひとまず児童養護施設に預ける事にした。ふれあいという名の刺激を、頼りにしたのである。
そして必要になった、仮の名前。
「歌海さん、“月乃”さん誘えました?」
月乃杏樹。彼女自身が考えた名前だ。
「いえ、少し疲れているようでしたので……。外に出てみて下さい、とは伝えましたが。」
そう言いながら縁側に座る薄茶色の髪の少女に続いて、藍色の髪の少女も隣に座った。
「そうですかー、同い年と聞いて仲良くなれると思ったんですけど。」
藍色の髪の少女——長坂翔萌は残念、と顔を曇らせた。
午前中の内に施設へやって来た月乃の自己紹介を、学校へ行っていた2人は見ていなかった。
しかし、面倒を見てくれる大人から大ざっぱに彼女の事は聞いていた。
13歳で中学1年、事情により声が出ない、という事だけ。
「それより、彼はどうしたのですか? さっきまで、一緒にサッカーボールで遊んでいましたよね?」
辺りを見渡し誰もいない事を疑問に思った、薄茶色の髪の少女——明空歌海が首を傾げる。
“彼”は彼女にとっての弟的存在であり、翔萌にとっての幼馴染だ。
「私が下手で飽きたそうです。どっか行きました。」
つまらなそうな顔をする翔萌に歌海はクスリと笑い、立ち上がった。つられて翔萌も顔を上げる。
「もしかしたら、マサキ君も気になっているのかもしれませんね。」
「え?」
さっき瞳子さんに聞いたのですが。
歌海はサンダルをはきながら、顔を翔萌に向けた。
「月乃さんは、サッカーに興味がある様なんです。」
**
正直、見るのが好きなんだろうくらいに思っていた。
だって女子でサッカーするのは珍しい。ヒロトさんが何度も話してくれたFFIの話には出てきたけど。
最強の双子と、決勝の対戦相手に1人、そしてチームメイトに1人。それ位しか話を聞かない。
そこまで考えて、何かこみ上げてくる物があって溜息をついた。
認めたくない。
足が止まった。何で翔萌を置いて来たんだ、なんて分かり切ってる。
サッカーボールを蹴るたびに瞳子さんの言葉が脳裏によみがえって、いてもたってもいられなくなったから。
イライラを原動力に、足が再び進みだす。
腕に抱えたサッカーボールの存在が疎ましく思えて来て、今日はもう中に入るか、と決めた、その時だった。
日陰になっている肌寒い場所から、ボールの弾む音。
認めたくない。
吸い寄せられるように足が動いた。
ボールが壁に当たった音、地面とこすれる音。この施設で、自分の知らない場所で鳴る事なんて無かった音だ。
狩屋(……あ————。)
そこにいたのは、桃色の髪を耳の後ろで2つ縛りにした、背丈の近い女子だった。
予想していたよりずっと大人しそうな、サッカーは見る事もしなさそうな。
けれどリフティングをする姿は、なぜか様になっている。ボールは彼女のペットの様に、離れようとしない。
((——認めたくない。))
翔萌と歌海と、3人では“サッカーボールを蹴った”。
ヒロトさん達には、時々、本当に時々“サッカーを教わった”。
1人で、“サッカーをしていた”。
彼女には近い内迎えが来るのだ。違う存在、なのに。
重なってしまう。1人でサッカーボールを蹴る姿が、自分と。
狩屋「っ……認める、かよ、」
本当は、“誰かと一緒にサッカーをしたかった”、あんて。
コツン、という音で、現実に引き戻された。
気付けば自分はしゃがみこんでいて、膝に目を当てていた。ぼやけた視界に、泣いていたんだと気付く。
その視界の中で、靴のつま先に当たった——白黒が、ぼんやりと。
狩屋「!?」
驚いて顔を上げると、同じくしゃがんでいる彼女が、そこにいた。
狩屋「何っ……」
月乃『サッカー見せて下さい。』
ずい、と突き付けられたメモ帳。近すぎる上に、まだ涙で良く見えない。
服の袖で1回思い切りこすると、それがよく見えた。見えた。
……意味が分からない。
狩屋「ハァ?」
思わず、そんな言葉が出てしまった。さっきから失敗ばっかじゃね?
歯を食いしばっている間に、彼女はサラサラとメモ帳に何かを書いた。
月乃『サッカーをおもいだしたいんです』
手早く書く為に、平仮名ばかりな文章だ。
やっぱり、意味は良くわかんないけど。
狩屋「……お前も付き合うっていうなら、やっても良いけど。」
ああ、認めたくない。
でも、認めざるを得ない。
————やっぱり、1人のサッカーは嫌いなんだ。
彼女がメモ帳を畳んだ時初めて、その顔をハッキリと見る事が出来た。
深い青の目に、白い肌。少し疲れているからか出来たクマが、目立っていた。
月乃とは次の日も次の日も、一緒にサッカーをした。外で目があったら、ボールを当たり前のように俺に蹴って来たから。
彼女の動きは段々よくなっていって、その動きを少しマネしてみたら、俺のプレーも良くなったような気がする。
翔萌と歌海もよく一緒にして、いつからかサッカー教室みたいになっていったけど。ああ、勿論指導するのは俺か月乃。
翔萌「つ、月乃さん上手すぎっ……!」
歌海「サッカーも出来るなんて、すごいですね。」
月乃『マサキさんには負けます』
狩屋「いやそんな事無いって!」
2人共謙虚ー、と笑う翔萌を睨んでも効果は無い。
歌海もくすくす笑ってて、何だかふわふわした感覚が生まれている。
——そのサッカーで出来た充実した日々が、サッカーによって崩れるなんて、その時は思ってもいなかったんだ。
**
月乃「ッ……、」
月明かりが、カーテンの隙間から差し込んでいる部屋。
がばりと体を起こした月乃の呼吸は、乱れていた。
汗で髪がへばりつく気持ち悪さを感じながら、彼女は耐えられずに咳込む。
歌海「……月乃、さん?」
翔萌「大丈夫? 悪い夢?」
両隣で寝ていた2人が、咳の音に目を覚ました。
歌海が素早くコップに水を入れに行く間に、翔萌が月乃の背中をさする。
歌海「水飲んで、落ちついて。」
大丈夫だから、という歌海の言葉に、月乃は小さく頷く。
コップ1杯の水を飲み干して、再び体を横にする。
時計の音が響く部屋。
月乃は手に掴めるだけの掛け布団を握り締めて、夜明けを待ち続けた。
————眠る事も、出来ないまま。