二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

第6話 大丈夫です。 ( No.25 )
日時: 2013/01/15 16:55
名前: 伊莉寿 ◆EnBpuxxKPU (ID: 7jEq.0Qb)

ここからはオリジナル満載になります。



後半開始、得点は2−1——天河原のリード。
開始のホイッスル早々に点数を決めたのは、隼総だった。
彼の様子がおかしい事に、雷門も味方も、ホイッスルが鳴る直前には気づいていた。
キャプテンの喜多が俯きっぱなしの彼に声をかけると、赤く染まった目で隼総は笑っていたのだから。

放たれたのは、ファルコ・ウィングよりもはるかに強い、化身の“ただの”シュート。
それは味方もろとも巻き込んで、ゴールを揺らした。
雷門イレブンは、シュートの爆風で吹き飛ばされた事実を信じられず、彼を凝視する。
隼総は、彼等を嘲笑う、冷たい笑みを浮かべていた。

葵「……天馬、信助っ……。」
茜「シン様、痛そう。」
水鳥「神童どころじゃねーぞ、あいつ、味方も巻き込みやがった!」

痛みに耐えて体を起こす天馬達、呆然とする天河原イレブン。
美咲はシードである剣城に現状の説明を求めるべく、フィールドから剣城へ視線を向ける。
彼は携帯電話をいじっていた。それも、難しそうな表情で。

剣城(どういう事だ……?)
美咲「剣城君、あの人どうして味方も巻き込んでるの!?」
剣城「……知るかよ。」

内心、彼も混乱していた。
隼総の様子がおかしくなった事、化身シュートの威力が上がった事。
剣城の知らない、予想外の展開になってゆく。
更にフィフスセクター、黒木からのメールで混乱を落ち着かせるばかりか、さらなる混乱が招かれた。
思わず舌打ちをしてしまい、剣城は心の中で自分自身に対しての舌打ちをしてから立ち上がる。

剣城「審判。」

試合再開の準備が整い始めたフィールドに立つ男性が、戸惑いの表情をして振り返り——。
その目が、思い切り開かれた。

審判「っ!?」
剣城「!」

その目は、剣城を映していない。
その事に気付いた彼が振り返ると、少女が関係者用の出入り口付近にたたずんでいた。
迷子、そう判断した審判が一歩踏み出そうとするのを、剣城の腕が制する。

剣城「……月乃杏樹だな。」

雷門中の女子ジャージを着た少女は、剣城の目を見据えて頷いた。

天馬「だ、だれ……?」
速水「彼が知っているという事は、も、もしかして2人目のシードなんじゃ……!」
天馬「そんなっ、でも……。」

女の子だし。
天馬はその言葉を紡ぐ事が出来なかった。月乃の足元。見慣れた靴を履いている事を視認して。

天馬「雷門シューズ……!?」

自分達が履いている物と少しも変わらない、サッカーシューズだ。
困惑するフィールド、観客を意に介さず、剣城は円堂を振り返って言い放つ。

剣城「選手交代だ、月乃杏樹を雷門イレブンとして試合に出せ。」

月乃が顔を上げた。
隼総はその赤い目に月乃を映し、驚いている雷門イレブンを映し、嬉しそうに口角を上げる。

剣城「これはフィフスセクターからの命令だ。」



鈴音「誰か待っているのか。」

俺がそう問いかけると、赤い髪の男は一瞬目を丸くしてから、苦笑した。
それを肯定と受け取った俺は、もう誰もいないけど、と質問される前に答える。

鈴音「彼女でも待ってたのか?」
基山「え、まぁ、娘って感じなんだけど……。」

子持ちか。俺と2、3歳しか変わらなそうなのに。
ちなみに俺は21で大学生。どうでも良い情報だが。

基山「本当に、誰もいないのかい?」
鈴音「女子トイレに入ってもらう訳にはいかないから、俺の言葉を信じてくれ。」
基山「……分かった、ありがとう鈴音さん。席に戻ってみることにする。」
鈴音「……は?」

じゃあ、と手を振って男は通路から走り去っていった。
あ、そういえばあの人……見覚えがあると思ったら、基山ヒロトだ。
見つかるといいな、娘って感じの女の子。念の為トイレをもう一度のぞいたが、どのドアも開いている。

鈴音「……良く覚えてたな、俺の名前。」

彼とは小学生のサッカー大会の決勝を日本代表が見に来た時しか会っていないし、FFIでは話していない。
記憶力の良い奴だ。
その時、BGMが一際大きくなった。あ、もう後半が始まっていたのか。弟の……篤志のプレイ、見ないと。



円堂「……大丈夫なのか?」

ジャージのズボンを脱いだ脚を見て、円堂は問いかける。
ユニフォームのズボン、ソックス、シューズ。全てが雷門の物で、月乃自身出ると決めているのだろう。
しかし、女子特有の細さが、怪我をするのではないかと心配にさせる。

月乃『大丈夫です。』

ジャージを脱ぐ手を止め、月乃はそう書かれたメモ帳を見せて頷いた。
南沢がおぼつかない足取りでベンチに歩いて来て、マネージャーが救急箱の用意を急ぐ。
隼総の脅威のシュートを1番近くで受け、ダメージが多かった彼が交代だ。

南沢「どうせお前、シードなんだろ?」
月乃「!?」
南沢「そんな顔すんなよ。」

周囲が、小声でかわされる会話に顔をしかめる。

南沢「逆らおうとする……松風と神童とチビ、止めてくれよ?」
葵「南沢先輩っ、手当てしましょう!」

切羽詰まった葵の声とともに、南沢は月乃に話しかけるのをやめた。
しかし、彼女の中では何度も南沢の言葉が繰り返される。

月乃(逆らおうとする、松風と神童……あとチビ?)
美咲「……月乃さん、これ使って!」

美咲が、友達に話しかけるような明るい声で、月乃にゴムを差し出した。

美咲「髪の毛、まとめた方が良いでしょ?」

月乃は瑠璃色の目を見開いて美咲の顔を凝視する。ね、と美咲は無邪気に微笑んだ。
無意識に震えていた右手で、月乃はゴムをとって髪をポニーテールに結う。

美咲「期待してるよ。」

そっと耳元でささやかれた言葉に、安堵感が胸に広がる。月乃は表情を引き締めて、頷いた。
審判に入るよう促され、月乃はジャージを脱ぐ。その背に青く書かれた数字は“0(ゼロ)”。
本来なら試合に出場できない数字に、ベンチが凍りつく。ただ美咲と月乃は意に介さず、前者は微笑みすら浮かべた。

緑色のフィールドに月乃が足を踏み入れると、南沢に逆おうとしているとして名前を挙げられた2人が駆け寄って来た。
彼女は2人の名前を聞いている。だからこそ、南沢の言葉に頷かなかったのだ。止める気はさらさらない。

神童「お前っ、どうしてここに!」
天馬「えっ、キャプテン知り合いだったんですか!?」
審判「君達、早く戻って!」

審判に背を押され、渋々と天馬はポジションに着く。
月乃は南沢の位置に着いた。
神童が何か聞きた気にしていたが、声がまだ戻っていないと察したらしく、大人しく位置に着いていた。

スコアは1−2、雷門ボールで試合再開。