二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- 第8話 背景に黒と白 ( No.32 )
- 日時: 2013/01/28 15:56
- 名前: 伊莉寿 ◆EnBpuxxKPU (ID: 7jEq.0Qb)
試合終了。
おもしろい、と口角を上げた聖帝は、背後に立っている青年の存在を思い出して立ち上がった。
聖帝「これで、よろしいでしょうか。」
「ええ、ありがとうございました。」
しかし、と暗い表情で俯く黒髪の彼に、聖帝は顔をしかめる。
青年は、フィフスセクターに莫大な支援金を出している支援者Xの代理。
その正体は支援者Xの仕事仲間の身内だと組織は聞かされている。
そんな紳士的な青年には、別で望みがあるらしい。考え込んでいる彼に、聖帝は質問を投げかけた。
聖帝「……月乃杏樹とは、一体?」
支援者Xからも協力を依頼された、月乃杏樹という少女の試合出場。
調べてみれば、数日前に住宅街で倒れていた、施設に身を寄せているという事しか出てこない。
女子サッカーで活躍していた訳でもない、一見すればただの女子。
「察しはついていますが、憶測の域を出ないので。しかしいずれ、フィフスセクターにとって有益な存在になるでしょう。なので、」
聖帝「分かりました。我々の監視下に置きましょう。」
望んでいた言葉を聞いて、ありがとうございます、となめらかな動作で礼をする青年。
礼儀正しい彼にどこも怪しい個所は無いはず——しかし。
漆黒の短髪、闇と溶けそうなスーツ。そんな彼の出で立ちに、聖帝の心はざわついていた。
*
美咲「さて、フィフスセクターの剣城君に聞いても良いかな?」
剣城「何も話すつもりはない。」
だから何も聞くな、と言いたげな目に美咲はイラッ、と来たらしい。
美咲「だってあたし達、勝っちゃったよ?」
剣城「……。」
美咲「あ〜なるほど、何も知らないからかぁ。何も話すつもりはない、なんてカッコつけてさ。」
葵・ソフィア「美咲ちゃんっ!」
美咲「……え?」
重なった声に、美咲の目が点となる。葵は挑発する美咲を止めようとしたのだと推測出来ても、ソフィアは?
振り返ると、声が重なった事に驚いている葵と、柄にもなく焦った演技をするソフィアの姿。
ソフィア「私、途中で帰るつもりだったのに予想以上にすごい展開でっ、だから、私帰らなきゃ……。」
美咲「え、あ、うん?」
ソフィア「あのっ、皆さん今日はありがとうございました!」
ぺこりと効果音が付きそうな、可愛らしいお辞儀。
ベンチ一同がそれに目を奪われたが、彼女が立ちさった直後に息切れしながら立っていた隼総が倒れた事で、現実に引き戻される。
喜多「おいっ、隼総!?」
西野空「何かあっちで途中から来た女子倒れてんだけど……。」
ぐったりとした隼総に駆け寄る喜多、それに話しかける西野空の言葉に葵が彼の視線をたどると——。
葵「っ、月乃さん……!?」
美咲「何で2人して倒れてんの!?」
ちょうど駆け付けた救護隊が、彼女の周りに集まる神童たちに問いかけているところだった。
救護隊は審判を呼び、指示を受けた審判が両チームの選手をひとまず整列させようとしている。
審判「君たちも戻って!」
天馬「でも!」
救護隊員「すみませんっ、脈を測るので!」
震える腕で月乃を支える神童に、審判と救護隊員が焦りながら声をかける。
神童(何で、何でだ……!!)
どくんどくん、と心臓が跳ねている。黒の騎士団の時の様になるのではと、思考が止まらない。
嫌な汗が、神童の額を伝った時。
天馬「っ、大丈夫ですキャプテン!」
神童「え?」
天馬「ほら!」
元気づけるように明るい声を出す天馬が指差したのは、月乃の体。
ゆっくりと上下する胸。
もしかして、と耳を澄ませば不規則な、穏やかな呼吸音が聞こえてくる。
神童「……寝てるだけ、なのか?」
顔をあげて天馬を見ると、満面の笑顔。
神童は脱力しつつも、良かったと笑みをこぼさずにはいられなかった。
*
会場上空に、3人の天使が集っている。
ソフィア「助かったわ、オラージュ、クローチェ。」
オラージュ「……別に、天使として当たり前のことだ。」
クローチェ「それに、2人もいらないザコだったよ。」
唯一の最高ランク・S級天使である天使長ソフィア。彼女は2人の天使の言葉に顔をしかめる。
その2人の天使はアルモニが長を務めるA級の天使、オラージュとクローチェ。
彼女達はソフィアに呼ばれて人間界に降りて来ていた。——なぜか。
ソフィア「弱かったの? あの〝悪魔〟が?」
——悪魔を討伐するために、だ。
オラージュ「弱いと言っても、言葉を理解し考える事は出来ていた。でも力的にはそうでも無かったな。」
ソフィア「……そう。」
記憶をたどる。
隼総には後半から、悪魔が乗り移った。突然レベルアップしたのも、悪魔の力があったからだ。
天使であるソフィアは、その力が使われた瞬間に魔力を察知する事が出来た。
しかし試合の途中、どうしようも出来なかった。
そこでオラージュとクローチェに、会場上空で待機しておくよう試合が終了してから急いで連絡を入れ、魔界に戻る途中を狙って2人が無事討伐。
ただ……。
ソフィア「引っ掛かるわ。その程度のレベルの悪魔が、何を狙って人間界に来たのか……。」
クローチェ「……普通人間界に来るのは、ペットレベルの悪魔が迷い込むとか、幹部レベルの悪魔が何か企んでいる時。あのレベルの悪魔が来る時は……。」
オラージュ「っ、幹部レベルの悪魔に命令されて……。」
しまった、と3人が人間界を見下ろす。会場に、すでに人影は無かった。
ソフィアが目を閉じて気配を探るが、付近に魔力は感じられない。
オラージュ「あの悪魔は囮だったってことか。」
ソフィア「ええ……何かが、始まっているんだわ。」
彼女が呟いた言葉は、誰にも拾われず風に消えた。
*
神童さん。会場の駐車場で名字を呼ばれて振り返ると、見覚えのある警官が2人立っていた。
確か、月乃担当の警察官だったような。ふと聞きたい事が、止めどなく溢れてくる。
警官「質問があるのは分かってますが、まずはこちらの話を聞いて頂いても?」
制されて、俺は口を開きかけていた口を閉じた。
それでは、という警官の言葉に、耳を傾け——。
警官「彼女の身柄を、再び預かって頂きたいのですが。」
ぽかん、と閉じた口を開けざるを得なかった。